勝ちにいくためには、みんながやってない「プロデュース」が必要だと思った
──プチデポットとして独立して、第1作目に開発されたのが『メゾン・ド・魔王』ですよね。確か、実際にメンバーの方が副業としてアパートの管理人をした経験が開発の契機になったとか。
川勝氏:
プチデポットとして独立したのが、ちょうどリーマンショックの時期だったんですよ。不景気だったのでゲーム以外の仕事を受ける必要もあって、その中の1つが「アパートの管理人」っていうアルバイトでした。
そのバイトをしてたプログラマーが、住民から家賃を踏み倒されて苦い思いをしたことがあったんですよ。生活が苦しいのはこっちも同じなんで、なんとかそれをネタにゲームを作って生活にあててやろう……と。

──他のインタビューなどでも、当時からお話されていた結構有名なエピソードですよね。
川勝氏:
ただこういう説明をしていたのには別の理由もあって、実体験から生まれた愚痴みたいな開発秘話ですから、リアリティが半端ないですし切実です。だからきっとゲームの内容が分からなくても、まずは興味は持ってもらえるかもしれないと。
実際のところ、無名のチームが無名のゲームを世の中に売り出そうとした時に、ゲームのスペックとかジャンルをいくら説明してもおそらく興味ないだろうと。
それよりも、「アパートの管理人をやったら家賃を踏み倒されて……」というこのゲームを作るに至った物語を伝えたほうが新鮮かなと思いまして。未回収の家賃をゲームのネタにして回収しようなんて稀だろうし。
──モノを売るんじゃなくて、体験であったり物語を売るということですね。
川勝氏:
そうです。例えばNHKの『プロジェクトX』で「黒部ダムがすごい」といった話で放送されるわけですけど、私はダム建設自体には興味はなかった。それでも、「ダムを作った男たちの熱い戦い」みたいな物語には興奮したんですよ。
そういった文脈によるゲームの伝え方は大事だなと。以前、専門学校で学生が好きなゲームをプレゼンするという授業をした時に、この伝え方を取り入れたらリアクションがすこぶるよくて。
──その『メゾン・ド・魔王』なんですけど、実際のところ商業的にはどのくらいの成功だったんですか?
川勝氏:
切り詰めながら5年くらいは生活できたかな。ネットの親和性もよかったみたいでずっと売れ続けたんですよ。ただ次の『グノーシア』で開発が長引いて、最終的には生活費として足らなくなっちゃったんですけどね。
『メゾン・ド・魔王』は最初Xboxで売り出したんですけど、その後からSteamで展開して大きく伸びました。当時日本はまだ全然PCゲーム文化が大きく根付いているわけではなく、日本のゲーム会社はSteam販売にほとんどノータッチだったんですよ。
販売会社のPLAYISMさんと一緒に「ここに突っ込みたいよね」って相談して上手く成功しました。本音を言うと誰にも気づかれたくなくて、内心では「騒ぐな、騒ぐな……」と思ってました(笑)。
──『メゾン・ド・魔王』は最初Xboxでしたし、『グノーシア』は生産が終わったPS Vitaからのスタートでしたよね。言ってしまうと、市場としてはどちらもニッチです。
当時「なんでそこから行くんですか?」と伺った時に、「狭くても一番が取れるから」といったようなことをおっしゃっていて、驚いた記憶があるんですよね。きちんと「売る」ことを、かなり冷徹に見てらっしゃるような気がしたんですよ。
川勝氏:
狙ったというより発売可能なプラットフォームと時期がそこになっただけなんですよ。それが結果的にニッチだったと。ですので競争相手が少なくランキング上位に上がるだろうと予測はしてました。
4人で開発する開発コストの規模感なら一般的にデメリットにみえても、実はメリットもあるはずで、状況が悪くても、それをプラスに変える考えと伝え方の結果です。プラットフォームの選定はメンバーにXboxファンがいたことや、Windowsで開発しやすかったことなど、理由はいくつかありますが、一番大きな理由は無名のフリーランスが作ったゲームでも、Xboxならリリースできたことですね。
あとどうせ出すなら、最初からPCで出すより家庭用ゲーム機という憧れもあって、Xboxのリリースが望ましいと。当時Xboxは日本でこれからという印象でしたが、熱心なファンがいることは分かっていましたし、尖ったゲームでも受け入れてもらえる期待感はありました。あとなんで?という周りの興味も得られましたしね。
──初出の印象の違いというのは、確かにありそうですね。
川勝氏:
もうひとつ、『メゾン・ド・魔王』はXboxとPCで年間セールスで1位を取れたので、それが他プラットフォームに展開する際の実績にもなりました。
『メゾン・ド・魔王』は3DSでも出てるんですけど、その移植、販売っていうのはうちでは難しくて、メビウスというゲーム会社さんにお願いしてるんですよ。その依頼の際にも、Xboxの時の実績が役立ちましたね。
──『メゾン・ド・魔王』が出た頃って、小規模なデベロッパーが自分たちでゲームを出すという環境は、まだ十分に整っていなかったような時期だったかと思います。これなら行ける、という確信は最初からあったんでしょうか?
川勝氏:
僕がインディー業界に入った当時のことですが、作ることはできても、売り方まで考えている開発者には巡り会わなかった。逆に僕はそうしたプロモーション含めての営業的な仕事も経験していたので、勝機があるとすればそこだと思いました。それに当時インディーゲームとしては稀だったマルチプラットフォーム展開もできるはずだと。
例えばですけど、電ファミさんみたいなメディアの方にうちのゲームをアピールしたいと思っても、普通のインディー開発者って、いきなり編集長の平さんに連絡しないだろうなって(笑)。
──なかなかないですね。そういえば僕(編集長・平)と川勝さんとの最初の接点って、どんな感じでしたっけ?
川勝氏:
今でも覚えてるんですけど、年末の12月31日に、平さんがXかどこかで「『グノーシア』ってゲーム、なんか面白いらしいじゃん」みたいなことを呟いてたんですよ。「認識してくれてるこの瞬間に捕まえよう!」と思って飛び込みでメールしたんです(笑)。
そうしたら平さんも反応してくれて、ふたりでやり取りして年を越えるっていう。一緒に年越しちゃったんですよ。
──そうでしたっけ(笑)。
川勝氏:
その時は平さんもびっくりされてましたけど、そこで「おや?」という引っ掛かりは作れるんですよね。
そんな風にメディアの人たちとの接点を作りに行くとか、イベントであった人たちに片っ端から全員交換して連絡していくとか。
営業をしている会社員であれば当たり前に考えつくことですけど、当時のインディー業界だと珍しかったみたいです。要は昭和のやり方なんですけど、SNSでちょろっと告知して満足してたらダメなんですよね。機械メーカー営業時代に所長から言われてたので。そもそも営業において、お客さんはおまえのことなんて誰も知らないし興味ないから。待ってたらお客さんから声がかかるなんて思うなと。
発信するだけならSNSなどで簡単にすることはできるんですが、もっと人間性を出した泥臭いこともやる。みんながめんどくさいと思ってやらないことこそ、一番やるべきことだったりするんですよ。今となっては珍しい昭和的コミュニケーション!
──それは僕としてもすごく納得できますね。本当に大事なのは、「自分がどれだけ本気で作ったか」を相手に丁寧に伝えることで、BCCでまとめて送ったメールなんて、結局は埋もれてしまうんですよね。
川勝氏:
そうなんですよ。連絡を受けた側に「君たちにとってわたしは一斉に送った30通のうちの1通だろ」と思われてしまうとよろしくないなと。相手にとっては1個のうちの1個なわけですから。反響があるかわからないものを記事にしていただこうとお願いするにあたって、メディアさんとの関係性ができていない状況で、初手でその対応はいかがなものかと。
三国志の劉備玄徳じゃないですけど、人が集まってくるというのは、そうした赤心に惹かれるからだと思うんです。
他者からみた危うさと期待が『グノーシア』の勝機になった
──さきほど、本当に良い作品は勝手に引っ張られていくんだ、ということをおっしゃっていましたけれど、『グノーシア』もまた、いろいろな人からの熱烈な支持を受けて駆け上がってきたタイトルだと感じます。その点についてはいかがでしょう?
川勝氏:
確かに、『グノーシア』にはそうした面はあるかもしれません。ある意味でそれは、インディーゲームが持つ、無茶で売れないかもしれないけど、それでも食いしばって「これから一緒に頑張っていこうぜ」という挑戦的な応援の歴史でもあり、恐ろしく残酷な物語でもあるんですね。私はインディーゲームファンとして、この極端なところやゲームの中に宿る狂気が好きなんです。
たとえばだれも知らない無名のチームが強豪相手に優勝したりすると盛り上がりますよね。判官びいきというか、ジャイアントキリングというか。ユーザーさんたちの願いを託す存在として見てくれているかもしれません。
そういう意味で『グノーシア』のアニメ化は大きな出来事でした。
──最初から爆発的な人気を得たというよりは、ユーザーさんやゲーム業界人の熱烈な支持を得て駆け上がっていった作品という印象です。実際のところ、PS Vita版の初速ってどのぐらいだったんですか?
川勝氏:
そもそも時期が時期ですし、PS Vitaの市場自体がそれほど大きくはなかったのですが、それを考えると悪くない滑り出しだったと思います。初速で5000~6000本くらい、Vita版の累計だと1万5000本ぐらいだったでしょうか。
なにせVitaの生産終了が発表された後にリリースされたわけですからね。そんな時期に新作を出すようなライバルもいなかったので、ランキングもずっと1位みたいな感じでした。
──そもそもなんですが、『グノーシア』ってどんな経緯で立ち上がったプロジェクトなんですか?
川勝氏:
当時PlayStationストアに「Mobile」っていう新しいサービスがあったんですよ。今でいうアプリストアのようなもので、確かVitaやスマートフォンに向けのコンテンツを誰でも自由に作成し、配信・公開できる仕組みだったと記憶しています。
そこで一度テスト的に、簡易的な1人用の人狼ゲームを開発したんです。もともと僕たちは人狼ゲームが苦手だったので、それを1人でも遊べるようにしたら面白いんじゃないかと考えて作ったもので、今より遥かにカジュアルなゲームだったんですよ。
ところがこれを出そうかなというタイミングで、「Mobile」のサービスが終わるという発表があったんです。それじゃあ、どうせなら本格的なものを作ってしっかり出そうということになった、というのが一番最初のきっかけです。元々はもっとライトなゲームのはずだったんです。
──というと、パブリッシャーもついていたわけではなく?
川勝氏:
本格的な開発に入るまではいませんでしたね。本作のコンセプトを気に入ってもらえて、『メゾン・ド・魔王』の時からお世話になっているパブリッシャーのメビウスさんと組んだんです。
当初は開発期間もそれほど長くなる想定ではなかったんですが、こだわりすぎて結局4年もかかってしまいました。そしたら出そうと思ったタイミングで、今度はVitaの生産が終わると発表されて(笑)。
川勝氏:
結果的にはそのタイミングが令和と平成の挟間という時節にかみ合って、平成最後のVitaゲー、あるいは令和初のVitaゲーって言われて妙な盛り上がりがありましたね。
──Vitaで出たっていう危うさも含めて、「このまま埋もれさせてはいけない」みたいな空気感がファンの間にあったような気がしますね。
川勝氏:
当時は仕組みとしてYouTubeでもあまり情報が出ていなくて、遊んだ人からの反応はいいけどプレイ動画もないので、実態がよくわからない「謎のゲーム」みたいに扱われていて、そうした点も当時のお客さんの興味に繋がっていたんじゃないかなとも思います。
リリース後にはいろいろ反響もいただきましたけど、「これは私のために作られたゲームだ!」みたいなことを言われたのが、一番嬉しかったですね。
「何百万人の人に向けて作りました」ではなく、本気で刺さってくれるであろう人に向けて「あなただけのために用意しました」という気持ちで作ってましたから。
その代わり、1度心に刺さったナイフは抜けないぞっていう(笑)。
『グノーシア』は設計図ではなく、余白から生まれた
──そういえば、『グノーシア』の一番最初の企画書ってどんな感じだったんでしょうか。用意はされていたんですよね?
川勝氏:
ありますよ。あの……Vita版やSwitch版を出すときには企画書を出さないといけないから。
──えっ、というと、もしかして最初の立ち上げ時には企画書はなかったんですか?
川勝氏:
ありません。作るときの企画書は口頭ですね。途中まで作っていたPlayStationMobile版もありましたし。
一応、パブリッシャーさんと相談するときは企画書みたいなものをまとめはしたんですが、コンセプトの「1人用人狼」っていうのを説明する、2ページくらいの簡単なものでしたね。
──それはちょっとすごいですね。川勝さんがゲームを作られる時って、どんな作り方をされているんでしょう?
川勝氏:
会社員時代はバリバリ企画書、仕様書は作ってましたけれど、いまは4人のチームですからね。もちろん先にゲームのコアサイクルは作りますが、そのあとはスクラップ&ビルド前提で進めます。
私たちが遊びたいと思うゲームを作っていくチームですから、少し作ってテストプレイし、体験の解像度を上げて、作り込んでいく手法です。以心伝心みたいなメンバーで少人数だからこそ作れるやり方なので、大人数では無理ですね。私の会社員時代とは真逆のやり方。
仕様もどうせ変わるかもしれないから、ふわっとさせておくことが多いです。メンバー内で中身は全てわかっているし、いつでも修正できる前提で作っていますからね。何かを確定して決めてしまうっていうのは、そこに入る可能性があったものを消すってことでもあるんです。それはギリギリまで残しておきたい。よくないやり方かもしれませんけど。(笑)
──何かが入る余地のある空白こそが、ゲームの面白さに繋がっていると?
川勝氏:
そうです。ゲームに関しては、もうすでに完成している『グノーシア』にせよ、「これはこういう設定で、こういうキャラで、こういうゲームです」とは、はっきり説明したくないんですよ。そこに入りきらない余白こそ、本当に面白い部分だと思うんですよね。
余白の部分を最後まで取っておくようなやり方です。ゲームそのものの力を信じているといいますか。
──それで開発が長引いたようなところもあるのでしょうか。小規模チームで1本の開発に4年かける、というのはかなり勇気がいることだと思うのですが。
川勝氏:
Vita向けの買い切りゲームとして出す以上、きちんとした遊びごたえと「きちんと終わる」体験が必要だと考えていました。
『グノーシア』は「短時間で遊べるシングルプレイ人狼+ストーリー」というコンセプトの期待値が高い一方で、無名でこれまでも実績が知られていない4人組だったので、お客さんから見れば期待と不安が半々の状態だったと思います。
川勝氏:
開発が長引いたのは、その期待を超えようと力を入れた結果ですね。中でも時間がかかったのはシナリオで、4年の開発期間のうち約半分を費やしました。ゲームシステムを先に作り、そのあとからシナリオを乗せていく「後付け」の形だったことも、その大きな理由です。
しかも実際にテストプレイを繰り返しながら、どういったイベントがあると楽しいか、ワクワクするか、みたいなことを都度考えながら入れ込んでいったので、効率とは無縁の作り方です。でも独立してやりたかったんですよね。そういうわがままを。
大失敗するか、想像を超えたものになるか、特殊な環境からしか得られないものがあるだろうと。過去の経験の延長線で行う開発だと、予想を超えるゲームができない気がしていたので。
──スタート時点でシナリオがなかったというのも不思議な話ですよね。そこに後からシナリオを足すというのも、かなり大きな決断だと思います。
川勝氏:
単なる人狼ゲームだけだと、ずっと遊んでいると飽きてしまうんですよ。だからやっぱり物語やキャラクターを生かそうという方向に舵を切りました。
ゲームの仕組みは既にできていたので、どこにシナリオを差し込めるかはゲームの設計上で必然的にわかります。シナリオを練ることは大変ですが、そこまで大きな決断というわけではありません。必然ですね。ゲームデザイン上の制約の中でしか生まれないシナリオや会話劇ができたと思っています。
実は最初に用意していたのは、人狼ゲームの骨子になるルールだけで、コマンドも「疑う」とか「かばう」みたいな本当にシンプルなものだけで、キャラクターも4、5人ぐらいでした。
シナリオ担当のしごとくんと制作の中で意識していたことがあって、「テキスト文だけで判断するようなことをなるべく避ける」ことなんです。『グノーシア』は小説ではなくゲームのシナリオなので、実際にゲームを遊ぶ体験に即したテキストを目指すと。

川勝氏:
テキスト上では面白そうに見えても、ゲームとしてプレイしてみると印象がガラリと変わることもあるんですよね。ゲームではボタンを押すと、演出があって、それで物語が進んでいくわけですから。
僕らとしては、その印象がとても大事だと思っていました。そのせいで、結局6000回もテストデバッグをやることになったんですけど。



