2000年代以降、ゲームというもののあり方は少しずつ変わってきた。
そうした流れを代表するのが、例えば『Fate』の奈須きのこ氏や『ひぐらしのなく頃に』の竜騎士07氏といった、いわゆる同人文化の中から現れたクリエイターたちだ。
彼らは巨大な資本によるバックアップを受けず、プロモーションの力を借りることなく、創作に対する情熱と、作品それ自体の突き抜けた面白さだけで、多くの人たちを熱狂させてきた。
「売れる」ゲームでなく「作りたい」ゲームを作り、多くのユーザーがそれを受け入れる、そうした流れが生まれはじめたのだ。
同時代のクリエイターとして、そうした「純粋な面白さで受け入れられる」タイトルの隆盛を眺めながら歯噛みしていたのが、後に傑作アドベンチャーゲーム『グノーシア』を生み出すことになる川勝徹氏だった。
──「自分たちはこれが作りたいんだ」っていう情熱だけで作られたものが、多くの支持を集めたんです。誰が煽るでもなしに周りが自然に盛り上がってしまう。これが本物の純粋なクリエイティブの面白さなのかと思うと、すごく羨ましかった。
今でこそ『グノーシア』の爆発的なヒットによりインディーゲーム界の寵児になった川勝氏だが、その歩みは決して平坦なものではなかった。
機械メーカーでごく普通のサラリーマンとして勤めながらも、「ゲームに関わりたい」という夢を諦めきれずに会社を辞め専門学校へ入学。自分よりも若い世代の同級生に交じって努力し、けれど念願叶って入社した会社は半年余りで倒産してしまう。
次に入ったのは当時はまだITを主力としていたため「ゲームメインの会社」ではなく、任されたのは旧世代の名作を携帯電話向けに移植する仕事。実績をあげながら、名作への憧れとオリジナル開発を虎視眈々と狙う日々。
──いつか他者のための仕事だけでなく、IPホルダーとして信頼する仲間たちと代表作を作りたい
自分の力でヒットする作品を作りたい。でも、作りたいものは売れるゲームではなく、「自分が遊びたいゲーム」だ。自らの手で作品を生み出すことへの執念は、たった4人のクリエイティブチーム・プチデポットへと繋がり、そこから『グノーシア』が生まれることになる。

純粋なクリエイティブを目指す燃えるような執念と、それに相反するような「ヒットさせる」ための冷徹なまなざし。矛盾したふたつの想いとともに歩んできた川勝徹というクリエイターのあり方について、お話を伺ってきた。
クリエイターは純粋な気持ちでゲームを作って欲しい。「売る」ことは全部自分が引き受ける
──これまで過去に何度かインタビューなどでお話を伺ってきましたが、川勝さんは作りたいゲームを作ることに対してある種、狂気的なまでの情熱を傾ける一方で、それをどうビジネスとして着地させるかという、すごく現実的なお話もされますよね。
その矛盾がすごく面白いポイントであると思っていて、本日はそうした「クリエイターとしての在り方」について、お話を伺っていきたいと思います。さっそくなんですが、ご自身では自分の仕事について、どのように考えていらっしゃるんでしょうか?
川勝氏:
経験を重ねると「良いもの作っていれば、誰かが気づいて売れる」なんていう理想は、ほぼないという現実を知るわけで、実際はある程度お金のことだったり、ビジネス感覚がないと難しいんですよ。
特にクリエイティブ以外のやるべきことからは逃げられませんし、とても重要です。夢だけではどうにもならないので、現実を見定めて着実にしっかりと手順を踏んで、調べる、考える、立ち回るを高速でやり続けないと。
一方で、そうしたビジネス的な考えというのは、純粋なクリエイティブにとってはある種の雑念になりかねないと思います。幸運にもうちのメンバーは「売れそうだから」というアイデアに飛びつくような発想は持っていません。
実際、『グノーシア』の開発中は、一時期ネットを遮断し、外からの評価から離れて、自分の世界に没入していたことがありましたね。時としてクリエイティブのためには重要なのだと考えています。
──クリエイターは外部の評価を気にするべきではない、ということですか?
川勝氏:
しっかりとした軸を持つべきなので制作中はある時期ではそう思いますね。同時に誰からも理解されない「孤高のクリエイティブ」というのもビジネス的に難しいかもしれません。だから最初は、プロデューサーさえ理解できていればいいんだと、僕は思ってるんですよ。
クリエイターは外部の評価より先にまず自分自身のうちなる世界と対話し、純粋な創作に対して徹底的に向き合ったほうが深い制作思想が培われると思っています。その代わり、自分たちの作品が目指すゴール、つまり「作品の解像度」を限界まで頭の中で高めておくことが、プチデポットのプロデューサーとして大事な仕事です。
川勝氏:
僕がスポークスマンを務められるのは、ディレクターとしてメンバーと共にゲームを作り、課題や方向性を共有しているからです。4人しかいませんし、コミュニケーションの密度も濃いんですよね。
開発メンバーと共にどこでつまづいて、何に悩んでいるのか。そしてどんなゲームを目指しているのか、わかっているつもりです。
──クリエイター本人に代わって、プロデューサーがビジネス的な雑念を引き受ける。その代わりにクリエイターは彼ら自身の仕事に集中させると。
川勝氏:
そうですね。私の場合はディレクターを兼務しているので、残りの半分はプロデューサー脳でやってます。本質的には、コア部分の世界を構築するっていうのは少なければ少ないほうが良いと思っています。だからメンバーと共に各々のタイミングで「世俗とのシャットダウン」に入ります。
周囲から離れて集中し、感覚を研ぎ澄ませている状態です。そういう時はお互い極力声をかけないようにしています。特にうちの場合、各担当は1人しかいないので、属人性の高みを目指したい。
もちろん、「こう作って欲しい」という要望は伝えますが、すぐにアイデアを実装できないですしね。その間もずっと開発メンバーと考えながら、初期の段階からテストプレイをし続けます。あくまでプレイヤー目線を忘れないように。編集者のように彼らの悩みに寄り添う動きに徹しています。
──個人の作家さんであればひとりで集中して作業することも可能ですが、ゲームは集団制作だから、そこが難しいですよね。ただその矛盾を乗り越えられなければ、本当に面白いゲームにはならないのだ、というのも共感できる部分です。
川勝氏:
誤解を恐れずに言うと、僕はクリエイターのやりたいクリエイティブをそのまま出し切ってしまうと、ある意味で高尚なものになりすぎて周囲の共感、理解が得られにくい可能性があると思ってまして。作品がクリエイターの思想や背景もわからない状態でリリースしても味が濃すぎるかなと。そこでそのあたりが汲み取れるかを含めて膨大なテストプレイをして確認したいわけです。
インディーゲームで生計を立てようと3年も4年もかけて作ることが多いので、当然売れて欲しいし、ヒットさせたい。継続的な創作活動ができなくなりますからね。
そのためには、もしゲームでプレイヤーが戸惑う点があったとしても、「わからなくてもいい」と意図しないところでもあまり突き放さず、仮に100%理解できなくてもその先に広がりを感じるような筋のよいものにしたいと思っています。
なので誰よりも作品のことを理解しつつ、一方でビジネス的な知見をもって、ゲーム内容の味付けの濃さを調整する必要があるわけです。それが、私の中ではディレクター兼プロデューサーという役割の一つですね。
「ありったけの思いで作るゲーム」で成功しているクリエイターの強さが、本当に羨ましかった
──川勝さんはクリエイターとしてもプロデューサーとしても、両面でゲームを考えることが多いと思うのですが、その意味で気になっている方などはいらっしゃいますか?
川勝氏:
それで言えば、同時代の同人出身の作家さんには剥き出しのクリエイティブというか、属人性の強さに嫉妬していたんです。お客さんの熱狂もすごくて。
僕は以前コミックマーケットに出展したことがあるんですけど、デビューしたちょうどそのタイミングで、後ろの席が『ひぐらしのなく頃に』の竜騎士07さんだったことがあるんですよ。
その時はまだイベント初参加だったと記憶していますが、そこから竜騎士07さんはメジャーに駆け上がって今やコナミさんの『サイレントヒルf』の脚本を担当されています。本当にすごいことです。

──同人から活動を始めて人気クリエイターになった方というのも、ここ20年ほどでかなり増えてきましたよね。
川勝氏:
タイプムーンの武内さんや奈須さんも登場するや否やものすごい人気でした。
まだ同人サークルだった頃に、まんだらけで『月姫』を買ってプレイしましたし、彗星のように駆け上がっていくところをみていました。

──それはクリエイターとしての能力に対して嫉妬するところがある、ということですか?
川勝氏:
純粋なクリエイティブの力であれほどの支持を得られたことに衝撃を受けたんです。
何がすごいかと言うと、当時この方々からビジネス的な匂いを感じられなかったし、その必要もない。クリエーターとお客さんの間に余計なものがないダイレクトに繋がるような感覚というか。
あの自然発生的な盛り上がりは、狙ってできるようなものではないと思うし、すごい勢いで駆け抜けていきましたよね。
──ほかに何の要素も含まない、クリエイティブそれ自体がとてつもないパワーを持っていたと
川勝氏:
本当に面白いものっていうのは「問答無用」なのであって、プロデュースというビジネス的なテクニックが入り込む余地なんてないんだと、見せつけられた気分でした。
これが本物の純粋なクリエイティブの凄さなのか。プロデューサーなんていなくても、周りが自然と引っ張ってくれるのかと思ってしまったのです。ビジネスマン的考えが覆された。
そう思うと、すごく羨ましかったし、嫉妬してしまうんですよ。
──問答無用の面白さを持った作品っていうのは、確かに時々出てきますよね。
川勝氏:
僕がリーダーとして『グノーシア』で目指したかったものは、そういうところなんですよね。やるからには、純粋なクリエイターの力だけで面白さを提示したい。
うちのメンバーはクリエイティブにすごく純粋で力もあって、ビジネスとか利益とかを全然気にせず作ってきたメンバーだからこそ原点に立ち返って、これまでの経験をフルに使ってやってみようと。
クリエイターとして、面白さをみつけるのではなく作りたい
──せっかくですので、川勝さんの原点に立ち返ったお話も聞いてみたいと思うんですけど、川勝さんはそもそもなぜゲーム業界の門を叩くことになったのでしょうか?
川勝氏:
もともとゲーム業界は憧れの場所でした。ただ僕はもともと一般大学の商学部出身で、プログラムだったりゲーム作りについての勉強とかは全くしていなかったんですよ。やってたのはマーケティングとか経済の学問でした。
だから当時はどうやったらゲーム会社に行けるかも分からなくて、大学卒業後は普通のサラリーマンとして、工作機械のメーカーの営業になりました。ただ、やっぱり諦めきれなかったんですよね。
川勝氏:
仕事でPlayStationを作ってる工場とかに自社の工作機械を納品に行ったりするんですけど、すると「そっち行かないんだ、僕が」っていう考えがちらつくんですよ。それで1年間でお金を貯めて、一念発起して専門学校に入り直すことにしました。
そこで改めて2年間勉強してから改めて就職活動して、ゲーム業界に入りました。でも最初に入ったT&E【※】は、なんと入社から半年で潰れちゃって(笑)。
それで次に、当時ガラケー向けのゲームアプリとかを作っていた会社に入ったんですが、当時はメインの業務とは別に新規事業として小規模のゲームも作っているという感じで、完全なゲーム会社ではなかったんですよね。それでも受託で昔の名作を移植する仕事をたくさんできたのは幸運でした。限られた容量の中で、いかに面白くさせるか、演出するか、創意工夫の塊でしたから。
そんな中で最終的に事業部長まで務めたのですが、役割的に専門学校などで会社説明会をする機会が増えたんです。当時は家庭用ゲーム機がメインストリームの時代でしたから、30KBとか500KBのアプリゲームって学生さんからあまり支持されませんでした。悔しかったな。
当時のアプリゲームって短期間で多くのゲームを作れますし、当時は金銭的な開発リスクも低かったので、若手でもオリジナルゲームを作るチャンスも多かったんですね。表面的な情報や流行だけで判断するのはもったいないなと。その時から周囲が口にするデメリットは、本当にデメリットなのか。よく考えたらメリットもあるんじゃないかと考える癖がつきましたね。
※T&E
『ハイドライド』『スターアーサー伝説』などで知られるゲームメーカー
──そういう会社勤めを経て、プチデポットを立ち上げられたわけですよね。
川勝氏:
時期的には入社から10年ほどたって、スマートフォンが登場してきたタイミングですね。あれはものすごい衝撃でした。スマホそれ自体ではなく、その登場によって、個人がプラットフォーム上にゲームを送り出せる時代が来たので。
要するに、これまでのクリエイターという仕事への参入障壁が一気になくなってしまったんです。ビジネスなんて関係なく、世界の誰かがクリエイターとして面白いと思ったものを利益度外視で出してくる時代に、とてつもない恐ろしさを感じました。
逆に、そんな時代になったからこそ自分たちの作品を作ろう、ということで集まったのがプチデポットです。ゲームの面白さをみつけるというより、作りたかったので。
とはいえその時点ではまだ収益もなにもなかったので、会社ではなくサークルみたいな集まりでしたね。名前を付けたのは、パブリッシャーに対してチームの名義が必要だったからです。
──というと、特にオフィスなんかがあるわけでもなく。
川勝氏:
結成当時の僕たちは全員フリーランスで在宅作業でしたが、家同士が自転車で10〜15分ほどの距離にあり、いつでも気軽に集まれたのはチームにとって大きな強みでした。
役割分担は決めていて、クリエイティブと売上や数字まわりの両方を考えるのが僕の担当。他の3人はビジネス分野の経験が浅いこともあり、クリエイティブに専念したほうがよいだろうと。あとなにより「年齢を重ねる中、みんなでもう少し生活を向上させたい」とも感じていました。同時に大事な仲間たちと長くものづくりができる環境も整えたかったんです。
結果よいバランスになりましたね。もし「数字も分かります!」というタイプばかりだったら、きっと衝突も増えていたと思います。仕事としては繋がっていつつも担当領域は異なっていたので、お互いが自分の仕事にしっかり集中できましたね。
──専門学校に入り直したり、そこまでして入った会社も辞めてプチデポットを結成したり、ゲーム開発に対する飽くなき「飢え」みたいなものを感じますね。それはいったいどんな感情だったのでしょうか
川勝氏:
一番は、クリエイターとして勝負したかった。次にその作品を、私たちの管理下においてコントロールしたかった。
──IPを自分自身でコントロールするというのは?
川勝氏:
過去の仕事でどんな名作タイトルをどれほど完璧に移植しようが、それは私たちのものではなく、生みの親の功績あってのことで、有名な作品に関われる喜びとそれで得られる生活に感謝しつつも、同時に頼り切っている自分への憤りも感じていました。このまま自分の人生を終わらせていいのか、自前のIPで挑戦しないと年齢を重ねるだけで終わるなと。
会社員時代に版権モノもたくさん扱ってきましたけど、ゲームを作っていると監修元からの修正依頼に対してゲームとして楽しむためにその方法は最適解か、と思うことがあるんですよ。
僕だったらこうした方が絶対面白いっていうアイデアがあっても、版元さんが絶対ですから。




