追い詰められたからこそ、「納期までに言われた通りのものを作る」アセッターの呪縛から解けた
──今回の開発メンバーは、どのようにこのメンバー構成に行き着いたのですか?
藤森氏:
本作の開発メンバーは、全員がゼロからの開発経験がありません。藤原さん、塩崎さんは入社初年度でこのプロジェクトに参加していて、僕自身も初めてのディレクターでした。
──藤森さんが本作のディレクターに就任するまでの流れを聞いてみたいのですが……。藤森さんの新卒時代ってどんな感じだったんでしょうか?
藤森氏:
僕は新卒のころ、仕事場でカップラーメンを啜りながら地べたで寝て開発に没頭する……みたいな環境に憧れていました。
なので、新卒で入ったゲーム会社は、定時で帰らされるから辞めました(苦笑)。
──……凄まじい気骨です。でも当時って就職氷河期で、倍率もすごいですよね……?
藤森氏:
そうですね。その当時から、ゲーム業界全体の就労環境は健全な方向に向かっていました。「みんなでがむしゃらに一致団結してやってたら面白いものが絶対作れるはず」という空気感自体がちょっと悪、みたいな。
──その後、藤森さんが求めていた環境に身を置くことはできたのでしょうか?
藤森氏:
はい、その後1ヶ月に数回しか家に帰れない「結構アレ」なCG下請け会社に移りました。「ありがてえ〜!これでガンガンレベル上がってライバル追い抜けるわ」、「同期なんて目じゃねえな」と思っていました(笑)。
──それはそれで、ヤバい思考なのでは……。
藤森氏:
その下請け会社で数年働いていたら、そこの先輩が「ゲームを作るから独立する」と言ったので、ついていくことにしたんです。
先輩のゲームを作りたい気持ちを横で聞いていて、「あ、僕も昔ゲーム作りたかったな。忘れてた」って、思い出したんです。
──志を取り戻せたんですね。その会社では、どんなゲームを作られていたのですか?
藤森氏:
それがですね……。
ゲームを作るには、会社としてお金が必要ですよね。
なので「ゲームを作るためにみんなでがむしゃらに働こう!オー!」という意気込みのもと、また2ヶ月とか3ヶ月に1回家に帰るような生活を始めたんです。ハードに働いていたのですが、8年ぐらい経ってもなかなかゲーム開発が始まらなくて……。
──雲行きが怪しくなってきました。
藤森氏:
あれ、どうしたんだろう?と思って「そういえばゲーム開発ってどうなりましたか?」と先輩に聞いたら、「ゲーム開発は無理だ」って言われてしまったんです(笑)。
──……(絶句)。
藤森氏:
その後、この先輩の会社は出向が禁止だったのですが、この頃には解禁になります。そこで、僕は数年ほど出向に出ることになりました。
そこは出向で来た人員であっても意見が通るようないい環境で、かつみんながお泊まりセットを持っているような「情熱的な」働き方【※】もできるところでした。
その出向先で携わっていたタイトルで「お客さんのことを考えて作る」という価値観を思い出して、ゲームを作りたい!という熱が再燃したんです。
※このような働き方は社会背景を踏まえても奨励されるものではありませんが、藤森氏のキャリアや仕事へのスタンスを明らかにするうえで必要な箇所であったため、発言内容を掲載しています。
──アセッターとして、これまでの会社と作業内容はおおむね同じにも思うのですが、その出向先では何が違ったのでしょうか?
藤森氏:
出向先のアセッターの皆さんは、お客さんの感情が動くことを念頭に、キャラクターの衣装デザインをしていたんです。
アセットっていうのは、ゲーム会社などの発注元に納品したら終わり、納品先の満足度を最大化させることこそが使命です。だからこそ、お客さんのことや、その先を考えているその姿勢が、自分には衝撃だったんです。
──「受託体質」ではない姿に感銘を受けたと。
藤森氏:
アセッターはどうしても自分の意見が言えることが少なく、作業員になりがちです。「自分が作りたいものを作りたいんだ」ということを、10年かけてこの出向先でやっと思い出したんです。
──「作りたいものを作りたい」というピュアな気持ちを思い出して、ネストピに辿り着くのですね。
藤森氏:
じつは、ネストピに辿り着く前に他の大手の会社にも入ったのですが、やっぱり求めているような働き方はできなかったです。健全化が進んだのはもちろんいいことなのですが、熱血なのが異端というか……。
いろんな会社に面接に行ったのですが、「深夜とか土日とかもやります!」と面接で言うと「手が遅いのかな?」と捉えられてしまうみたいで、逆アピールになってしまうんです。僕としてはそれくらいやる気がある、ということなのですが、そこの齟齬に苦しんだ時代もありました。
──藤森さんはガシガシ働きたいし、その準備もできているのに、社会にはその環境がない。
藤森氏:
そうして「やりたいことを早くやらせてくれるのはどこだろう」と考えた末、ネストピに辿り着きました。
──なるほど、そのような経緯があったのですね。新卒のおふたりはいかがですか?
藤原氏:
自分も、藤森さんの言っていた「泊まりがけで開発する」といったような環境への憧れがどこかにあるんです(苦笑)。
──えっ、そうなんですか!?塩崎さんは……?
塩崎氏:
自分は、どちらかと言えば泊まりがけなどは避けたいタイプです。弊社は時間内に働くスタイルでも、全力投球するスタイルでも問題ないので、自分らしくやっています。
──よかった……安心しました。藤森さんは、ネストピに入社してからどのくらいで本作のディレクターに就任されたのですか?
藤森氏:
31歳くらいのときにディレクター希望で入社したものの、3Dデザイナーとしてくすぶっていたんです。
そこから5年経って、36歳で『Chill With You』のディレクターを引き継ぐ形で初挑戦したので、自分でも崖っぷちのラストチャンスだと思っていました。
──こうして藤森さんの人生が『Chill With You』に辿り着いたのですね。本プロジェクトを引き継いでディレクターに就任することになったのは、どんな流れからだったのでしょうか。
藤森氏:
『Chill with You』は、もともと前任の者が企画原案を立てたのですが、ターゲット層が不明瞭であることを理由に開発が一時中断するなど、紆余曲折がありました。
中間審査会に提出したこの企画書のスケジュール上では2024年12月中旬に開発完了になっていますが、前任者からディレクターを引き継いだり、チームが爆散したりと、いろいろありまして……。その後チームを引き継ぐ形で、僕がディレクションを任されることになりました。
──このスケジュール通りには行かなかったと。
藤森氏:
当初の予定から、プラス1年かかっています。
──そんなにも……!
藤森氏:
それから、チームの再編では、アセッターとして10年ほど業界に携わって擦れてしまっている僕がディレクターになったことで、どこにでもありそうな「AAA的なもの」になってしまう懸念がありました。それに、3DCGを長くやってきたので、全体のディレクションよりもデザインや演出といったミクロなところに意識が傾いてしまうんです。
「アセッター魂」の呪縛と言えると思います。
──なるほど。その呪縛は、より具体的にどんなものなのでしょう。
藤森氏:
「納期までに言われた通りのものを作る」という受託仕事のクセです。
アセット制作の仕事は注文通りのものを、決められた範囲で仕上げるのが正解です。だからこそ、指示通り、企画通りに、忠実に、というところに縛られて自分の味が出せない。その呪縛です。
言われた範囲でやろうとするクセや、サービス精神に欠けている部分が、どうしても抜けない時期がありました。
──なるほど。これまでのキャリアで積み重ねてきた経験からくる価値基準を抜け出すのは、相当苦しかったのではないでしょうか。
藤森氏:
そうですね。「リリースできない」というところまで追い込まれてようやく、その呪縛から動き出せた気がします。
──では、最終的には初のディレクターである藤森さんと、新卒のおふたりという意外な座組で開発が進んだのですね。
藤森氏:
だからこそ、チームの再編では「新卒の尖ったパワーを使ってみよう」という方針になったんです。新人らしからぬ具体性と表現力を持つ二人の良さを、僕がディレクションで消さないように注意しました。彼らの尖った情熱を打ち消さないように気をつけつつ、自分のやりたいこともこっそり差し込んでいく(笑)。
そうすることで、最終的に良いものが出来上がったのだと思います。
塩崎氏:
『Chill With You』の開発中は、作業用のデスクでみんなで三角形になって、「ここをどうしようか」と常に直接話し合っていました。
藤原氏:
ダメ出しを経てから体験版配信までの2週間は、全員で死ぬような思いをしました(笑)。
藤森氏:
あの2週間は、その後のチームの方針が固まった瞬間でもあり、連帯力がすごい上がった瞬間でもありました。みんなでほぼ毎日、泊まりながら作業していました。
本当にもう……夜中の4時ぐらいにみんなで散歩に行ったりもしました。
一同:
(笑)。
藤森氏:
初めてのディレクターに新卒ふたりという、みんなが現場や開発をよく分かっていない手探りなチームだったので、お互いに意見することに遠慮もしていました。それに、ディレクター、プログラマー、デザイナーと自分たちの作業区分のことだけでいっぱいいっぱいでした。
でも「このままだとリリースできない!」という崖っぷちに追い込まれたからこそ、そういった遠慮も全部吹っ切れたような気がします。これがなければ、ヤバかったかもしれません。
──先ほど伺っただけでも、2週間でサウンド、ビジュアル、カメラ、チュートリアル……と凄まじい物量の改修作業を行っていましたよね。
藤森氏:
でも、チームの空気感がすごく良くなったきっかけでもあったんです。みんな寝ていなくてつらいし、作業ペースも落ちているはずなのに、常に質のいいものが上がってくるという状態でした。
──同じ目標に向かって共に走っているからこその、部活のような結束感というか、疾走感というか。
藤森氏:
あの期間でゲームの体験感を生み出すための話し合いができるようになっていって、最後のほうは自分の作業外のことも考えられるようになっていました。
このときにやっとチームとして動き始めて、ちゃんとしたゲーム開発が始まったのかもしれません。
ディレクターになりたい、サトネの人間らしさを追求したい、雰囲気ゲーを作りたい──それぞれの今後
──今後の『Chill with You』の展望、そしてこの経験を踏まえた皆さんの「次」について聞かせてください。
藤原氏:
本作には、500時間以上プレイしている、熱心なユーザーの方もいらっしゃるんです。
ストーリーを読み終えた後も、ずっとサトネといっしょにいてくれる方々のためにも、永遠に遊べるようなエンドコンテンツも作りたいです。これからもずっと、サトネとの作業を楽しんでもらえるようにしていきたいです。
──サトネというキャラクターをさらに売り出していく、IP化のような方針はあるのでしょうか?
藤森氏:
DLC、あわよくば『2』ですね。
企画はいくつかありますが、実行できるかどうかがまだ不明瞭で……とにかく時間が足りないんです(笑)。目標のひとつとして、ラノベのような形で書籍化したいという想いはあります。
それから、サトネと一緒に運動できるようなツールであったり……コンセプトを広げる余地は、たくさんあると思っています。
──では、今回の経験を経て、皆さん自身のクリエイターとしての「次」はどう描いていますか?塩崎さんはいかがでしょう。ディレクターを目指しているのですか?
塩崎氏:
はい、めっちゃなりたいと思っています。
今はサトネのシステムを使って、例えば主人公を男性にしたいわゆる「乙女向け」のような展開も面白いかなと思っていますし、まったく別のプロジェクトも立ち上げてみたいです。みんなと「新しいゲームを作っていきたいね」とよく話しているんです。
──藤原さんはいかがですか?
藤原氏:
自分も今回、みんなで体験を作っていく楽しさを知ったので、いつか企画を出してディレクションをしてみたいです。
もしそうでなくても、今回の経験を活かして「コンセプト」を最優先に考え、チームで揉み合っていい体験をユーザーに提供できるプログラマーでありたいですね。
──藤森さんはいかがですか?『Chill With You』を経て、作りたいものに変化はありましたか?
藤森氏:
自問自答した結果、僕はどうやら「雰囲気ゲー」が作りたいみたいなんです(笑)。
クリアした、スキルが上達した、という快感ではなく、その世界にプレイヤーが入り込み、空気感を味わい、与えられた時間をどう過ごすか。今回の『Chill with You』も、ある意味で究極の雰囲気ゲーだと思っています。
そういった「体験」ができる雰囲気ゲーの企画を立てたいですね。
あと、僕は今回、前任者の企画を引き継ぐ形だったので……。胸を張って「ディレクターとして1本作りました!」と言い切るためにも、次はゼロから企画立案をしたいです!
作業通話という、親密すぎない、けれどたしかに気を許せる誰かがそこにいる体験。
それをゲームの中に作り上げたのは、ヒロインを愛でるための着せ替え機能でも、自由なマルチアングルでもなかった。
画角は固定され、彼女が立てる物音に干渉することすらできない。ゲームという媒体において、これらは一見すると不自由な制限に映るかもしれない。
だが、作業通話という体験の「仕様」に立ち返れば、それこそが唯一の正解であったことがわかる。
実際に本作をプレイするとき、サトネという一個人に対して「介入できない」という事実そのものが、ただ隣にいて勝手に何かをしてくれているという、あの独特の安心感を完璧に再現しているのだ。
自らを「崖っぷち」と背水の陣に置くディレクターと、その背中を追う新卒のふたり。体験版の配信直前に突きつけられた「40点」という非情な宣告。開発チームは、画面の中に流れる穏やかな時間からすると意外なほどに、泥臭くドラマチックな現場で作業通話という一点をひたすら誠実に研ぎ澄まし続けた。
だからこそ、本作の作業通話という体験は、どこにもヒビのない純粋なものとして結実しているのだろう。
深夜の孤独な作業だったり、無限にも思えるレベル上げだったり。ひとりで向き合うにはすこしだけしんどい時間に、もし居心地のいい誰か……サトネが隣にいてくれたら、その気配をうっすらと感じられたなら、それだけで孤独じゃない気がする。
『Chill with You : Lo-Fi Story』は、まさにそんなときの拠り所になる、デジタルな「居場所」である。
そんな本作、2026年4月よりスマートフォン版の配信も開始している。PC版とのデータ連携も可能となっているうれしい仕様で、これまで以上に作業も、サトネとの作業通話も、捗りそうだ。







