もはやゲーマーの間ではひとつの文化として定着しつつある「リアル・タイム・アタック」こと「RTA」。国内最大のイベント「RTA in Japan」の規模感も年を重ねるごとに拡大していくなか、「RTA in Japan Summer 2021」でひときわ目を引くチャレンジが発表された。
それが『リングフィットアドベンチャー』の「Beat World1 Intensity Level 30, Intended」だ。これは同作のワールド1を負荷30でゲームが指示する通りポーズやトレーニングをして攻略していくRTAとなっている。8月15日には実際に見事なランを披露し、同時接続者が18万人を越えるなど、大いな注目を集めた。
走者のえぬわたさんは全クリアを28時間で達成した「100%スピードラン」の世界記録保持者でもある。今回はそのえぬわたさんにRTA in Japanでの挑戦を目前にして取材を敢行。いったい『リングフィットアドベンチャー』の「100%」RTAはどのように成し遂げられたのかを聞いてみた。
子どものころは骨と皮だった。筋トレとゲームに熱中した大学生活、「Wiiフィットトレーナー」のコスプレのために筋肉再始動
──しかしTwitterなどで拝見させていただきましたが、すごい肉体ですよね……。いつごろから運動やトレーニングをされてきたんでしょうか?
えぬわた氏:
子どものころから運動は嫌いではなかったんですけど、小学校に入ったころは病弱で入院したりしていました。喘息持ちで学校のマラソン大会に吸入器を持っていましたし、子供のころは本当に骨と皮みたいな。
──本当ですか。えぬわたさんの今の肉体からは正直想像できないですね。
えぬわた氏:
すごく細くて小さくて、それを克服するために運動を始めたみたいなところがあります。体操競技を大学まで10年ほど続けていて、身体が出来上がっていきました。
──なるほど。ゲームも子どものころから遊ばれていたんですか?
えぬわた氏:
逆にゲームは親に厳しく時間制限されていました。大学に入った瞬間に、とにかくやりたかったゲームを廃人のようにやり始めて、週6でトレーニングをしながらゲーム漬けの日々でした。
──筋トレとゲームに熱中した学生時代。
えぬわた氏:
ちょうど僕が大学生のころはニンテンドー3DSが流行っていて、『ファイアーエムブレム覚醒』とか『パルテナの鏡』とかやり込んでました。『ドラゴンクエストモンスターズ』はランキングに載るくらいプレイしましたね。
──もしよければ答えていただきたいのですが、現在はどういった生活を過ごされているんでしょうか?
えぬわた氏:
デスクワークのサラリーマンですね。とくに肉体を使った仕事をしているわけではないです(笑)。
──ということはトレーニングは独自に続けてきたわけですか?
えぬわた氏:
社会人になってからは2年ほど筋トレからは離れていたんですけど、トレーニングに復帰するきっかけがあって……じつは今はやっていないんですけど、以前コスプレをしていたんですよ。
──ほう。
えぬわた氏:
一番最初にやったのが「Wiiフィットトレーナー」のコスプレだったんですよ。
──まさかの。
えぬわた氏:
はい(笑)。自分の身体が生きるキャラクターでコスプレしたいと思ったんですね。体操競技をやっていたので身体が柔らかくて、わりと合うのではないかなと。
──写真がそのまますぎる。
えぬわた氏:
で、その次にやったのが「リトルマック」のコスプレだったんです。
──なるほど。これもすごいクオリティですね。
えぬわた氏:
前から顔がリトルマックっぽいって言われていて……。ただ、リトルマックってすごく腕が太いんで、体操競技で作った身体だとちょっと違う。そこでジムに通い始めて、今のような身体に近づいていきました。
──コスプレのために鍛えた肉体。
えぬわた氏:
よくある話ですけど。
──どこの筋肉世界の話ですか。
コロナでジムに通えず。『リングフィットアドベンチャー』をプレイし始める
──今日の本題ですが、『リングフィットアドベンチャー』のRTAを走るようになった経緯を教えてください。
えぬわた氏:
RTA自体は、最初は「RTA in Japan」を年末に見たりしているぐらいで「やってるなー」というぐらいの認識でした。
直接RTAを走るようになったきっかけは、各媒体で『リングフィットアドベンチャー』のRTAを走る人たちが取り上げられて知ったことですね。
『リングフィットアドベンチャー』で驚愕のRTAが成し遂げられる。運動負荷MAXで全ワールドの達成率を100%にするまでを競う
えぬわた氏:
さらにちょうどそのころ、コロナ禍の影響で週6日で通っていたジムにも行けなくなって、発売日に買ったけどジムが忙しくて遊べなかった『リングフィットアドベンチャー』をプレイし始めたんですね。ちょっとプレイしている内に「これやりこんでみたいな」となりました。コロナでほかにやることが無かったというのも大きいんですけど(笑)。
──ジムの代わりに『リングフィットアドベンチャー』を遊び始めたんですね。
えぬわた氏:
そうやって遊んでいるうちにRTAもできそうな気がしたんですね。
──これはぜひ聞いてみたかったんですが、『リングフィットアドベンチャー』はえぬわたさんのような方でも十分にトレーニングに使えるんでしょうか?
えぬわた氏:
充分になると思いましたね。普通にきつかったですよ。最初はこんなのRTAなんてできないだろうと。ただ、『リングフィットアドベンチャー』のRTAでは楽なフィットスキルを使っていくことも必要になってくるので。
──スキルによって体に掛かる負荷が大きく異なりますよね。救済措置だとは思うのですが。でも、えぬわたさんでも効果があるのは驚きました。
えぬわた氏:
ジムを週6日で通っていたのを週1日に変えたんですが、それでも身体が維持できているのは『リングフィットアドベンチャー』のお陰です。僕のようにがっちりトレーニングしている人間にも充分効果のあるものです。
じつは自分は筋トレがあまり好きではなくて、ジムに行くより『リングフィットアドベンチャー』やるほうが圧倒的に楽しいんです。ジムには申し訳ないですけど(笑)。
──(笑)。
えぬわた氏:
コスパを考えれば、絶対『リングフィットアドベンチャー』の方がいいよなって思っていはしますね。
『リングフィットアドベンチャー』を28時間で「100%」クリア。パーソナルトレーナーの資格も取得
──えぬわたさんは何度か『リングフィットアドベンチャー』の「100%」RTAをクリアされてますよね。全クリアはもちろん、バグは使わず各フィットスキルも指示どおりのポーズで達成するという。さらにはクリア時間は28時間だったと聞いております。
えぬわた氏:
最初に15時間で終わる「any%」(達成率を問わないゲームクリアを目指すルール)をやっていたので、そこで基礎は作りましたね。ただ、「any%」は15時間でクリアできたんですが、「100%」は28時間。単純に時間が倍になって労力も倍というほどたやすくはなくて、五倍十倍辛いですね。
──28時間も走るというのは信じられないですね。運動やエネルギーなどに関しての知識も必要になりそうですが。
えぬわた氏:
ちなみに僕は『リングフィットアドベンチャー』RTAのために栄養学などを学んで、「100%」RTAを28時間で達成したあとにはパーソナルトレーナーの資格も取得しました。
──ええ……。
えぬわた氏:
「100%」RTAの本番前には、練習で2回試走していて、そこで感触をつかみました。
──「100%」RTAでは、具体的にどういう部分が辛いのでしょうか。
えぬわた氏:
基本的には楽なフィットスキルを選んでいくことになるんですが、山場が3つあるんです。RTAの序盤では「1-1」を周回してレベルを上げていくんですけど、そこが最初の山になります。空気砲の連射と腿上げはその後も続くんですけど、最初は休むパートが無いので一番きついですね。
──最初の経験値稼ぎがいきなり山場になるわけなんですね。空気砲の連射は見た目のインパクトも凄いです。
えぬわた氏:
視聴者の方がみていて「えぬわた砲」と名づけてくれました。自分としてはもう普通なんですけど、見ている方はよく反応されますね。
中盤もレベル上げをするパートがあって、序盤以上に周回効率はいいんですけど、そこも山場ですね。
──話だけを聞いていると、普通のRPGのRTAのチャート聞いてるみたいです。
えぬわた氏:
そうですね。完全にRPGの流れです。ただ、コントローラーが身体っていう(笑)
──予想外でしたね。経験値稼ぎが一番きつい。
「100%」RTAはフルマラソンよりきつい。完走後はくまなく「全身が筋肉痛」に
えぬわた氏:
最後の山場が10時間が経過したころに来る足のフィットネストレーニングがあるんです。「モモデプッシュ」、「スクワット」、「ワイドスクワット」、「マウンテンクライマー」、「椅子のポーズ」になります。
これ負荷30でやると、通常ならスクワットで腰を下におろして3秒くらいのものを30回、マウンテンクライマーを60回、椅子のポーズは16回という内容になります。腿上げと空気砲を10時間くらいやったあとに強制的にやらされる。ここは正直きついです。
──下半身を徹底的にいじめていく内容ですね。
えぬわた氏:
僕はフルマラソンとかも走ったりするんですけど、自分の感覚だとフルマラソンより「any%」の方が楽、「100%」はフルマラソンよりきついですね。それくらいの立ち位置ですね。
──ちなみにRTAを走る中で、もっとも負荷のかかる筋肉はどこなんでしょうか?
えぬわた氏:
「100%」RTAを走ってみて僕も面白いなと思ったんですけど、文字通り「全身筋肉痛」になるんですよ。三角筋、上腕二頭筋、三頭筋、前腕、大胸筋、腹直筋も腹斜筋も背筋。足も大腿四頭筋もハムストリングもヒラメ筋、腓腹筋など、ざっくりですけど全部使う。文字通りリングフィットアドベンチャーで全身くまなく鍛えられるんだなと。
──でも28時間ぶっ通しでやることで運動効率って良いんですか?
えぬわた氏:
絶対よくないですね(笑)。ただ僕は数日で筋肉痛は治っているので、自分には良かったのかなと。またやりたくはないですけど。
──しかし、「any%」も「100%」も、やはり普段から鍛えていないと走り切れないですよね……。
えぬわた氏:
僕も「any%」を初めて走ったときはすごくきつかったです。「100%」も繰り返す内に少しづつ楽になっていったので、身体を慣らしていくのは大切ですよね。
「100%」に挑戦するころは週5日でリングフィットをやっていて、週1日はジムに行って1日休む、みたいな生活をしていました。ジムでは『リングフィットアドベンチャー』で苦手な部分を重点的に鍛えてましたね。
──具体的にはどこが苦手でどこを鍛えたんでしょう。
えぬわた氏:
「100%」RTAでは負荷のかかるフィットスキルをやらないといけないんですね。具体的には赤系の技「バンザイプッシュ」とか「リングアロー」とか。で、ジムではワイヤーを引っ張るトレーニングをリングコンよりも高負荷でしていました。足もスクワットを200キロくらい負荷をかけてやってました。
──逆に『リングフィットアドベンチャー』での弱点をジムで鍛えていたという……。
睡眠、食事、カーボローディング。まるでアスリートの如く望むRTA
──お話うかがってると、アスリートの方の話を聞いているような気分になりますね。逆に『リングフィットアドベンチャー』RTAのゲーム的な部分となると、どこにあるんでしょうか?
えぬわた氏:
ほぼチャートですね。RPGのRTAと同じなので、どのタイミングでどのレベルにしておくかとか、どの技を覚えておくか、この技でこのボスを倒せるとか、そいう計算をしておきます。
逆にテクニック的なものはほぼないですよね。一発勝負でけっこう体力を消耗していくので、それほど精密なことはできないです。そういった意味では、参入障壁は低いかもしれませんね。それ以外の部分で壁は高いんですけど。
──ただただフィジカルとメンタルが重要になると。
えぬわた氏:
心が折れる人はいるんだろうなと。たまに挑戦して途中でやめる人もいますね。
──そういう方になにかアドバイスのようなものはありますか?
えぬわた氏:
個人的には「やめる」という選択肢もすごく大事だと思っています。意地になって最後までやって身体を壊したら元も子もない。
一応、僕のやり方としては、徐々に走る量を増やしていきました。2時間から3時間、3時間から4時間、そういう刻み方をして、自分の限界を少しづつ伸ばしていくということが大切ですね。
あとはやはり、日頃のフィジカルトレーニングが大切だなと。
──(笑)。やはりゲームの話に聞こえない。
えぬわた氏:
ちなみに100%に挑戦する際はカーボローディングも重要です。カーボローディングってご存じですか?
──いえ、初めて聞きました。
えぬわた氏:
マラソンの選手とかも取り組んでいるんですが、直前に炭水化物を蓄えてグリコーゲンという運動エネルギーになるものを蓄えて臨む。そういう知識とかも必要ですね。
──走られる前日は実際にどうされてたんですか?
えぬわた氏:
体調を万全にするというのと、炭水化物多めにとるというのと、あとは睡眠ですね。
──28時間やって眠くなりませんか?
えぬわた氏:
眠くなりますね。「100%」RTAはお昼の12時くらいに始めたんですけど、深夜2時くらいには眠くなるんで、座らないようにしていましたね。座ると寝落ちする可能性があるので。
──RTA中の食事も大変ですよね。
えぬわた氏:
カロリーメイトやゼリードリンクを、こまめに摂取するようにしてました。食事というより栄養補給ですね。
最後に重要なのはメンタル。そしてえぬわたさんは“ゲーマー”だった
──『リングフィットアドベンチャー』の100%RTAで一番大切な要素はなんでしょうか?
えぬわた氏:
最終的には体力よりメンタルの方が大切なのかなと。というのもこのRTAを走っている人で、僕以外にマッチョな人はいないんですよね。身体は大事ですが、意思がなにより大事です。
──どう自分と向き合うかとかですね。完走してどうでしたか。
えぬわた氏:
海外で少し話題になってくれて、海を越えて配信で応援してくれたのがありがたかったです。
僕も心が折れそうにはなるので、応援の力はすごかったです。孤独にひとりで練習しているときは辛いんですけど、本番走り終わったときは皆さんに感謝の気持ちを伝えたかったですね。
──完全にアスリートですね。オリンピック競技のインタビューのようです。でもお話を聞いてるとRPGのRTAによくある「精神の摩耗」だとか「ロスとリカバー」とかもきちんとある。そのあたりはきちんとゲーム的なお話になっているんですよね。興味深いです。
──今回「RTA in Japan」で走られるレギュレーションについてお伺いしてもいいですか?
えぬわた氏:
今回はワールド1の負荷30で「Intended」を走ることになってます。なので3ステージを17分18分程度でクリアします。レベリングも最低限です。「100%」RTAだと25周走るんですけど、今回は1.5周になります。
──最適解ですね(笑)。「100%」RTAとの違いはありますか?
えぬわた氏:
どうしても使える技が少ないので、その中でどれがDPSが高いのかを計算して走る感じになりますね。
──特別な見どころのような部分はありますか?
えぬわた氏:
RTAによく出てくるすごいバグとか、数フレームのテクニックとかは全くないのでそこは期待しないで欲しいですね(笑)。
──絵面はすごいですけどね(笑)。
えぬわた氏:
そうなんですよ。絵面しか期待できない(笑)。本当にまっとうにゲームに向き合って、ゲームを力でねじ伏せるのを見ていただくしかないかなって。あと短時間なので、できる限り綺麗にきちんと運動したいなと思ってます。
──最後に読者の方にコメントがありましたらお願いします。
えぬわた氏:
これよく言われるんですけど、僕はマッチョだから『リングフィットアドベンチャー』のRTAを走っているわけではないんですよね。アスリートである以上にゲーマーで、たまたま自分にあうRTAがあったからこのゲームのRTAをやっているというということを誤解されたくはないですね。
初めてやった時にちょっと非難の声もあったんです。アスリート的な人間が急に『リングフィットアドベンチャー』に乗り込んできたら、それはいい記録が出るだろうと。でも僕はゲーマーなんだよと思ってやっているんです。
──なるほど。肉体強者がちょっと気になったから挑戦したのではなくて、もともとゲーマーでありマッチョでもあったから『リングフィットアドベンチャー』のRTAに挑戦されたと。
えぬわた氏:
走っているうちに応援してくれるようになった人たちには感謝してます。その応援なしでは走ってこれなかった。さきほど「100%」RTAを走りきった時に応援してくれた人に感謝を伝えたかったというのは、そういう背景もあります。
──ありがとうございました。