2024年に公開され、大旋風を巻き起こした話題の映画『侍タイムスリッパー』が、ついにAmazonプライムビデオをはじめとするサブスク配信に登場した。
『侍タイムスリッパー』と言えば、自主制作のインディー映画として制作され、たった1館のみの上映から、あまりの面白さに口コミで日本中の300館以上に拡大したという、驚異的な令和のシンデレラ・ムービーだ。
日本アカデミー賞で最優秀作品などを受賞したことでも記憶に新しく、授賞式のあった3月14日にはX(Twitter)でも一時トレンド入りして大きく話題になった。
筆者が本作を初めて見たのは昨年の10月ごろ。すでに話題が日本中に飛び火していたタイミングだったのだが、その時の衝撃は忘れがたい。そんな作品が早くも自宅のリビングやベッドの中で手軽に見れる!いや~いい時代になったもんですね。
なんて言ってる場合じゃねえ!
待って、ちょっとだけ待って!サブスク配信で観るのをちょっとだけ待って、この映画、映画館で観てみません? いや、観て欲しいのはすごく観て欲しいんだけど、この映画を自宅のリビングでパパっと消費しちゃうのってすごくもったいないんよ。
「いい映画は映画館で観ろ」的な言説はあらゆる映画ファンが何度も言っているので、もうみなさん聞き飽きてるだろうなとは思うのだが、それでもやっぱり言いたい。この映画は映画館で観たほうがいいです。
特に時代劇が好きな人、かわいいおじさんが見たい人、それから福島県出身の人は特に観たほうがいいです。おれも『ゾンビランドサガ』第1話をリアタイしなかったことを死ぬほど悔いてる佐賀の民だからわかる。ぜったい観たほうがいい。

劇場の大画面・大音響の迫力で味わってほしい、というのはもちろんあるのだが、本作に関しては明白に映画館でなければその魅力を最大限に味わいづらいシーンがある、というのも大きい。詳細に言ってしまうと後半のネタバレを踏んでしまうので、あんまり詳しくは言えないのだが、このシーンはマジですごい。何も言えないからすごいしか言えない。すごい。
すごいからみんなに観て欲しいのだが、とはいえ声だけをデカくして「何にも言えねえけど信じて映画館に行ってくれ!」と言っちゃうのもすごく不誠実な感じがするので、いったんネタバレなしで触れられる部分について本作について説明したい。なにせこの映画、ネタバレなしの部分だけでもすごく面白いのだ。
※この記事には映画『侍タイムスリッパー』のネタバレが一部含まれています。あらかじめご注意ください。
侍がタイムスリップしてきて時代劇の「斬られ役」に。あらすじだけでこんな面白いことある!?
『侍タイムスリッパー』はそのまんまタイトル通り、侍がタイムスリップして現代にやって来るという物語だ。なんというか、もうこの時点でだいぶ面白そうな気がしません?
筆者も大好きな映画紹介漫画『邦キチ!映子さん』が本作の紹介をする回で「そ…そんなサプライズニンジャ理論みたいな…⁉」※ものとして「タイムスリップサムライ理論」が提唱されているが、どんな話だろうと突如として侍が現代に現れたら、そりゃあ面白くならないわけがないのである。
※サプライズニンジャ理論
「突然ニンジャが乱入した方が面白くなるなら、そのシーンは良いものとは言えない」という脚本理論。どこぞの忍殺とは特に関係がない。
(4/5) pic.twitter.com/Uy78OAKjAM
— 服部昇大/映子さんwebまとめ本通販中 (@hattorixxx) December 6, 2024
時は幕末、物語の主人公は会津藩士・高坂新左衛門。
敵対する長州藩士を暗殺するという命令を受けた高坂新左衛門は、京都西経寺の門前でその相手と切り結ぶも、そのさなか落雷に巻き込まれてしまい、気づけばそこは現代日本の時代劇撮影所。突如現代に放り出されてしまった高坂新左衛門は、なんと時代劇の「斬られ役」として身を立てていくことになる。

侍が現代にタイムスリップしてきて面白くならないわけないし、しかもその「本物の侍」が時代劇の「斬られ役」という、言ってみれば「偽物の侍」として活躍するという要素もイイ。あらすじを聞くだけで「一体どういうことなの?」とついつい覗き込みたくなってしまうような要素が組み合わさっているのだ。
しかもそうしたタイトルを聞いて想像できる面白さが、映画が始まってすぐにしっかり回収されるのだ。冒頭15分くらいのうちに、タイムスリップした高坂新左衛門がいきなり時代劇の撮影シーンに闖入するシーンがあるのだが、ここに本作前半の面白さがぎゅっと濃縮されている。
ひとことで言ってしまうと、それは「本物」が「偽物」を演じることの面白さだ。
たとえばこの撮影シーンに登場する「世直し侍 心配無用ノ介」の笑っちゃうくらい仰々しい登場シーンの口上※や、メインカメラの背景として映る人々が口パクで演技しているところとか、一度リハでやったシーンを本番で撮影するため、人々が全く同じように動き出したりするところとか、時代劇というものの「作り物」感が、カメラから一歩引いた視点で描かれることで強く表現されている。

※「心配無用ノ介」登場シーンの口上
「お江戸の町に蠢くワルを、斬って捨てよと遣わすは、神か仏か閻魔か鬼か、世直し侍、心配無用ノ介とは、この俺様のことよ!」。あまりにも良すぎる。全52話ではやく地上波放送して欲しい。
他方で、闖入者である高坂新左衛門は「本物」の侍だ。本物なので、偽物の世界で起こっている出来事に戸惑うことになる。良く知っているはずの風景ではあるのに、なにもかもが噛み合わない。
高坂新左衛門の絶妙な「くたびれ感」も良い味を出しているポイントだ。アニメの実写版などでは、しばしば「衣装が綺麗すぎてコスプレ感がある」みたいな批判を見ることがあるが、このシーンの高坂はしっかり「くたびれ」ているのだ。
時代劇側の出演者たちがみんな綺麗でパリッとした着物を着ている中に、一人だけ土埃だらけでヨレヨレの着物を来た小汚い奴が混ざっていることで生じる違和感が、この場合には「偽物」と「本物」の対比によってリアリティを引き出している。そしてリアルであるからこそ、“現代にやってきた侍”の噛み合わないポンコツっぷりが、ものすごくおかしく見えるのだ。

「イイやつ」過ぎて推したくなってしまう魔性の侍・高坂新左衛門
一方でこうしたポンコツっぷりは単にコミカルに面白いだけではなく、本作の主役である高坂新左衛門という人物表現にも大きく関わっているポイントでもある。
というのも、この高坂新左衛門というキャラクター、めちゃくちゃ推せるのである。これに関しては、主演を務めた山口馬木也さんの想像を絶するハマり役っぷりも大きいのだが、とにかくとんでもなく「イイやつ」なのだ。

不器用で朴訥で謙虚で真面目で、見栄と体面を気にする「サムライっぽい」頑なさもあり、それでいて出会った人々に対してはどこまでも誠実であり、あとはめちゃくちゃご飯をおいしそうに食べる。いやこれは本当に冗談ではないのですが、高坂新左衛門の食事シーン、ものすごく笑えるのに同時に涙が出てくるんですよ。
白米のおにぎりを食べながら「磐梯山の雪のような白さ、食うてしまうのがもったいない美しさですなあ」と涙するシーンとか、生まれて初めて食べたであろうショートケーキの甘さに驚愕して「これは大変高価な菓子なのでしょうな?」と尋ねるも、そういったお菓子が「普通の」ものであると教えられ、「日本は良い国になったのですね……。こんなうまい菓子を誰もが口にすることができる、豊かな国に……」と感涙するシーンとか。

もうこれね、高坂新左衛門という人物の素朴な善性がぎゅっと詰まっている、ものすごく良く練り込まれたシーンなのだ。後述するラストシーンを除くと、筆者がこの映画で一番好きなのはこのふたつの食事シーンだと思う。
また、登場当初はあまりのポンコツっぷりに観客の笑いを誘う高坂新左衛門というキャラクターも、時代劇の「斬られ役」を目指すことになって以降、めきめきとその実力を発揮していくというところも、観ていてかなり気持ちが良かったポイントだ。
現代にやってきた侍が「斬られ役」として出世していくというストーリーの流れは、ある意味で「異世界転生モノ」的な物語にも近い。「侍」という特殊技能をもった主人公が、かつての世界で培った知識や技能を駆使して活躍するというのは、分かりやすいカタルシスでもある。その意味で、時代劇のフォーマットを用いながらも現代の人々に受け入れられやすい作品になっているのではないかな、というのが筆者の所感だ。

まとめると、本作の主役・高坂新左衛門というのは「こいつイイ奴なんだよ!」と他の人に推したくなってしまうような、「不器用なんだけどすごく善良で、しかも仕事はめっちゃデキる」という、こんなん嫌いな人いないじゃん!なキャラクターになっているのだ。
そして、そうした人物が妙に間の抜けたことをやったりしてしまうと、なんだかすごくかわいく見えてしまう。初めて抜いた竹光の軽さに(なんやこれ……)と戸惑ったり、初めて注いでもらったビールの味と匂いに(なんやこれ……)と戸惑ったり、ちらりと映る些細な部分まで「侍を現代に持ってきたらこんなことしそう」というイメージをしっかり補完してくれる。
ほかにも、紹介したいシーンはまだまだある。物語の後半で袴姿から現代風のポロシャツ&ジーンズになっても立ち姿がめっちゃ和服のそれですごく綺麗なところとか、恋する男子中学生みたいなアホかわいすぎる高坂新左衛門とか、終盤に剣の修行をしているシーンで、いつの間にか自分の剣の型が変わっていることに気づいてハッとするシーンとか。(長くなるのでこのあたりで割愛)

そして、高坂新左衛門という劇中の人物を語るにあたって欠かせないのが、主演を務めた山口馬木也さんの好演だ。これはもうハマり役という言葉では言い表せないくらいめちゃくちゃハマってる。本当にすごいんですよ、これは。映画をずっと観てると、途中からマジの会津侍を観ているような気分にさせられちゃう。もう一発でファンになりました。めちゃくちゃ渋かっこいいのよ。
山口さんはこれまでにも多数の時代劇などに出演してきたベテラン俳優さんだが、今回『侍タイムスリッパー』での主演、日本アカデミー章での最優秀主演男優賞へのノミネートを経て、今後ますます活躍が期待されるところだ。さっそく2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では柴田勝家役に決定し、小栗旬さん、宮﨑あおいさんら人気俳優と共にキャストとして発表されている。

なお、これを読んでいる人の99割には関係のない話ですが、私は柴田勝家がめちゃくちゃ好きなので、このニュースめっちゃ嬉しかったですね。柴田勝家と言えば勇敢、剛毅、朴訥、誠実(個人の解釈です)な“親父殿”で、生き残ってしまった最後の「織田家の重臣」。もうこれ、『侍タイムスリッパー』で観た山口さんの演技がめっちゃハマる予感しかない。解釈完全一致だよ、ありがとうNHK。
「以降はもう最後の展開まで含めて書いていきます。
覚悟の準備をしておいてください! 問答無用でネタバレもします!わたしはちゃんといいましたからね! まだ観てないんだったら引き返すのは今のうちです! ここから先に進むということはネタバレに同意したとみなされます! いいですね!」