映画って “賭け” なところがあるじゃないですか。たかが2時間、されど2時間。微妙な映画に当たってしまったときの残念な気持ちって、思いのほかダメージがあるんですよね。忙しい現代人にとって2時間のロスは大きいですから。
だから夫から「アマプラで配信開始した『ひつじ探偵団』を見よう」と言われたとき、内心「えええ、どうせ『ベイブ』の羊版(二番煎じ)でしょ?」と思いました。
うん、この感じはぜったいにそう。
ですが、実際に見てみたら『ベイブ』とはまったく性質の異なる映画でした。
というのも、羊に背負わせるにはどう考えても重すぎる問題を描いている映画だったからです。それでいて、「探偵団」という名のとおり本格的なミステリーが展開されるというエンタメ性の高さ。
えっ、なんでこれ “羊” でやってんの?
「ぜったいに人間が考えるべき問題」を全編とおして羊がやっている、というこれまでにない味のある作品でした。このタイトルとキービジュアルからはどうしたって想像できない内容になっているので、本稿でこの映画のやばさを紹介させてください。
【ご注意】
本稿には『ひつじ探偵団』の登場羊の背景についての言及と、いきがかり上『ひぐらしのなく頃に』のネタバレが含まれます。『ひつじ探偵団』はアマプラで無料配信されているので少しでもご興味があればこの記事を閉じてぜひ映画をご覧ください。筆者のように「どうせ『ベイブ』の羊版でしょ?」と思っている人はこの記事を読めばそうでないことをご理解いただけるはず。
ちなみにもちろん『ベイブ』もいい映画です。続編まで見ています。
文/柳本マリエ
あのヒュー・ジャックマンが簡単に殺されるわけがない
まずはいったんあらすじを説明させてください。
本作は羊飼いのジョージ(ヒュー・ジャックマン)が何者かに殺されてしまうところから始まります。……と、ちょっともうこの時点でつっこみどころが多くないですか?
ヒュー・ジャックマン(主演)が死ぬんかい!
『古畑任三郎』だったらヒュー・ジャックマンなんてぜったい犯人役(人気俳優)ですよ。普通に冒頭で死ぬので驚きました。あの屈強なウルヴァリンことヒュー・ジャックマンを殺すって、どんな人物ですか。どんなに恨みつらみがあっても「返り討ちにあうな」と99.9パーセントの人は諦めるはず。
ヒュー・ジャックマンが殺されたことで悲しむのは羊たち。生前の彼は羊たち1匹1匹に名前をつけ、深い愛情を持ってお世話をしていました。そこで羊たちは大好きな主人を殺した犯人を探し始めます。
というのも、ヒュー・ジャックマンはミステリー小説が好きで日常的に羊たちに小説の読み聞かせをしていました。羊たちはそこで培った「ミステリーあるある」をもとに真実に迫っていきます。

これがあらすじであり物語の背景ではあるのですが、上記に書かれている内容と展開される内容にギャップがありすぎる。ここから、冒頭にも書いたとおり「なんで羊がやってるの?」と疑問が湧くほど重い問題が描かれていきます。
羊に背負わせるにはどう考えても重すぎる問題
羊というのは群れで行動する動物であり、非常に警戒心が強く臆病な性質を持っています。ヒュー・ジャックマンの農場で生活する羊たちもまた臆病で、敷地から出たことのない、いわゆる箱入り娘(息子)な子たちばかり。
なので彼らはつらい出来事が起こると、「その対象を忘れる」ことで解決していました。
たとえば、怖いウワサを聞いたらそのウワサ自体を忘れてしまえばいい。だれかに怒られたら怒られたこと自体を忘れてしまえばいい。ヒュー・ジャックマンが死んだらヒュー・ジャックマンの存在を忘れてしまえばいい、といったように。
羊たちは群れで生活をしているので、そこには社会があります。つらい出来事が起こるとリーダー的存在の「リリー」が率先してつらい記憶を忘れるように呼びかけていました。目を閉じてリリーが3つ数えると、せーのでみんな記憶からその対象を消します。
つらい出来事が起きたら、忘れてしまえばいい。
羊たちはこうしてずっと、楽しいことだけを記憶に残しながら生活をしていました。そのため羊たちは「死」という概念を知りません。目の前で誰かが死んでも受け入れる前に忘れてきたからです。
しかし、たった1匹だけ、それをせずにすべての現実を受け入れ続けてきた羊がいました。それが「モップル」です。彼は親の死も仲間の死も、つらく悲しい出来事が起きても忘れずに、すべて受け入れ続けてきました。ほかの羊たちが忘れてしまうつらい現実を、モップルだけは自分の記憶に刻みます。
ひとりで何度も仲間の死を目の当たりにする、『ひぐらしのなく頃に』のリカちゃま【※】ポジションに近い。
なんで激重リカちゃまポジを羊がやってんの、って話。
※『ひぐらしのなく頃に』のリカちゃま(古手梨花)
古手神社の巫女を務める、愛らしい容姿の少女。雛見沢村で繰り返される惨劇の運命をすべて記憶しており、その絶望の連鎖から抜け出すために100年以上もの時間を孤独に戦い続けている
そしてここからがさらに重いのですが、モップルはリリーたちの行為に口出しをしないんです。それはきっと、「つらいことを記憶から消す」という行為はひとつの生存戦略だから。つまりモップルはたった1匹で農場にいる全羊の “忘れられた記憶” を背負っているということ。

この字面(メェ~探偵)から、こんな内容が展開されるとは思わなくない?
こういう話が展開されていくので、普通にいろいろ考えさせられます。ほかにも、現代社会におけるさまざまな問題をなぜか羊たちが背負ってくれているので思わず涙を流してしまいました。決して「泣かせればいい」みたいなお涙ちょうだいの内容ではなく自分事として考えられることなので、ぜひ本編で体験していただきたいです。
つまらないシーンが1秒もない
右を見ても左を見ても登場するのが羊ばかりだったら見分けがつかなくなるのでは?
筆者が最初に抱いた不安(?)は、「羊たちを見分けられるのか問題」でした。羊ばかりが出てきたら誰が誰だかわからなくなり、話についていけなくなる気がします。
『ベイブ』だって基本的にブタはベイブだけでしたよね。年齢を重ねると「アイドルの顔がみんな同じに見えてしまう現象」があるので心配です。
しかし本作においては大丈夫。ちゃんと羊たちの顔を見分けられるようになります。自分の中に「羊のバリエーション」が少なかっただけで、まず毛色や前髪といった見た目でだいぶ見分けられました。
くわえて先述のモップルのように羊たちそれぞれに生き方があり、犯人探しと同時進行で描かれていきます。すべてを紹介すると楽しみを奪ってしまうため控えますが、「登場羊の背景」と「事件解決」のバランスが絶妙で、つまらないシーンが1秒もありませんでした。
いまならアマプラで無料配信しているので(7月14日現在)、少しでもご興味があればこの機会に視聴したほうがいいです。筆者は現時点で今年のベスト映画になりました。これ、劇場公開時に映画館に足を運んでいた人は先見の明がありますね。
人に話したくなる映画だと思うのでみんなで布教していきましょう!




