互換機などのゲーム製品販売企業Retro-Bitは、アイレムから認可を受け29年前にファミリーコンピュータ用ソフトとして発売された『ホーリー・ダイヴァー』を世界市場に向けて正規発売することを発表した。
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— Retro-Bit Gaming (@RetroBitGaming) January 10, 2018
『ホーリー・ダイヴァー』は、1989年に日本でのみ発売されたアイレムのファミリーコンピュータ用ソフト。
『悪魔城ドラキュラ』に多大な影響を受けた無骨で挑戦的なゲーム性から、今日でも国内外でカルト的な人気を誇っている。
ファン層から高い評価を受けながらも、本作は29年前に日本でのみ発売されたもので、海外では待ちに待たれていたところ、今回初めての正規販売となった。
ではどうやって海外のプレイヤーはいままで『ホーリー・ダイヴァー』を愛してきたのか。じつはその背景を紐解いていくと、そこにはレトロゲーム保全の危うさや、ブートレグと呼ばれる海賊版市場の存在が窺えるのだ。
この記事では、『ホーリー・ダイヴァー』の正規版発売ニュースに、混沌としたレトロゲーム市場の現状という情報をプラスしてみよう。
高騰する希少レトロゲーム。『ホーリー・ダイヴァー』は200ドル以上にも
さて、たいていのビデオゲームは営利目的で開発/販売されており、その役目を終えればゲームメーカーはやがて製造を止め、サポートを終了する。そして製造の終わった希少なカートリッジなどの物理媒体は、中古市場で需要と供給の支配するもと、自由な価格で取引がされるようになる。そこでは販売当初に比べ何倍もの価格で取引されるプレミアム化したソフトも登場し、両親からもらうお年玉程度では手が出せないような値がついていることもしばしばだ。
1枚の基板とそれを保護するABS樹脂で成型された外装、貼り付けられた製品ラベルに注意書きのシール、厚紙やプラスチックでできたケース、印刷されたスリーブや綴じられたインストラクションマニュアルとアンケートはがき。カートリッジソフトのパッケージ構成を思いかえしてみても、じつのところさして貴重な技術や素材は含まれておらず、複製自体は容易である。
しかしゲームの権利を持つたいていのコンテンツホルダーは、当然ながら第三者によるコピーの製造販売を認めておらず、最長のケースとして著作権保護期間(映画70年、映画以外50年)のあいだ、現存する希少な物理媒体は高騰を続けるのだ。
実際に『ホーリー・ダイヴァー』のオリジナルは、ebayで裸カートリッジが75ドル以上、完品は200ドルを超えて取引されている。
著作権の保護期間はどれだけ? | 著作権って何? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC
急進的リプログループの登場──メーカーが作らないなら自分たちが作る
しかしそういった法律上の問題をよそに、現実に目を向ければ、レトロゲーム市場はさまざまな種類の海賊版が大量に流通している。
法律上の制約を無視して販売されている非合法品をブートレグと呼ぶが、たとえばブートレグ文化にはリプロ(Reproduction/再現品)という概念がある。これは権利元が製造を止めたり、何らかの理由で販売が差し止められたような複製品。
現行の市場に流通していない製品は権利元と競合することがないので、市場荒らしには当たらないという主張に基づく考えかただ。
代表的なリプログループを挙げると、nesreproductions.comは2002年より、個別に手数料を徴収して米国で公式に発売されなかった特殊なNES(ニンテンドーエンターテイメントシステム、北米仕様のファミコン)ソフト、ユーザーにより改造された(HackRom/Mod)ソフトなどを、Romライターを使用し既製品カートリッジに移植する活動を始めている。
また後発のRetroUSB(旧Retro Zone)は、より急進的なリプログループである。彼らは2007年に『Nintendo World Championships 1990』のリプロカートリッジを製造し、45ドル(当初の価格。現在は値上がりして75ドル)で販売し始めた。
『Nintendo World Championships 1990』とは、1990年にNintendo of Americaが主催した同名イベント用に製造された非売品ゲームカートリッジだ。現存数の少なさやその経緯から、青天井の値段で取引されるコレクター市場最高峰ソフトのひとつとされる。このリプロカートリッジについて、RetroUSBはユーザーがオリジナルと誤認しないようにという意図で、半透明な独自の外観を採用したレプリカを作成している。
RetroUSBは以降も「New School Tech For Old School Gamers(伝統的なゲーマーにナウい技術を)」のスローガンをもとに独自のクリアカートリッジを目印にしたリプロコピーを製造しており、たとえば日本とスウェーデンなどの一部でだけ販売されたファミリーコンピュータ用アクションソフト『ギミック!』を、北米の本体を含むマルチリージョン仕様に改良して販売を行っていた。
高騰するレトロゲーム市場を狙う”カウンターフィット”の脅威
これらリプロがRom移植というスタイルにこだわること、基板が見えるクリアカートリッジにこだわること、そこにはなんらかの矜持がある。
そう断言できるのは、近年日本でもヤフーオークションやメルカリといったインターネットでの取引を通じて、おもに中国で製造された精巧なカウンターフィット(正規品との誤認を狙った模造品)が出回り始めているからだ。レトロゲーム市場はより厄介な目立たない脅威を抱えているのである。
正確な製作/流通時期は不明ながら、ここ数年で海賊版業者は高騰するコレクター市場へ本格的に進出した。たとえば2000年代後半に製作され、eBayやEtsyといった欧米で展開されるC2Cプラットフォームで流通していた稚拙なカウンターフィットが、輸入される形で2013年のヤフーオークションに出品されたことが以下に確認されている。
この『エリミネートダウン』というタイトルはもともと日本と韓国でだけ発売されたメガドライブ用のShmup(シューティングゲーム)であり、その希少性から2000年代後半にはすでにコレクター市場で完品が数百ドルの値を付けていた。現在は1000ドルの大台をしばしば超え、その価値は年々高騰し続けている。
これらは2013年の時点では、外箱スリーブのスキャンをカートリッジラベルとして豪快に貼り付けた、ひと目でわかるできの悪いイミテーションに過ぎなかった。だが、2015年ごろにバージョンアップしたカウンターフィットは、オークションやフリマサイトに掲載されるWeb標準レベルの写真解像度では真贋の判断が極めて困難なものになっていた。
また中国で作られたいくつかの精巧なカウンターフィットには、大金を投じるコレクターたちだけを狙った門外不出の物もあれば、リプロとして広く世界市場に向けて販売がされている物も存在する。後者のような箱説付き十数ドルで販売される商品は、あくまで高騰したオリジナルの代替品である旨の但し書きが添えられているが、前者との表層上の差異はどれだけあるだろうか、その線引きは極めて曖昧である。
権利という名の土俵、喧嘩さながらの相撲、絶滅寸前『ああ播磨灘』
自身に一定の正当性を主張するリプログループも、中古市場に混乱をもたらす悪質なカウンターフィット製造グループも含め、海賊版業者を現行法に照らし合わせて断罪することは容易である。著作権法が親告罪であるといっても彼らの多くは他者が持つコピーライトを明確に侵害しており、彼らが得た利益は権利者に正当な分配がなされていない。彼らが文化の盗用者であるというのは揺るぎないひとつの事実だ。
しかし消費者は非常に悩ましい問題を同時に抱えている。希少なゲームソフトを合法的に得る手段がネットオークションを見張り大金を投じるしかなく、さらには精巧なカウンターフィットを掴まされるリスクを負わなければならないというのはあまりに理不尽だ。
そしてその原因の一端はコンテンツホルダーが採算の観点からしばしば著作権保護期間が切れるまで数十年単位でビデオゲームを放置する点にあるのもまた明らかであり、それぞれの思惑は錯綜し、すべてのステップが問題解消の輪の外へ向かっている。
とくに複数の権利者が介在する映画や漫画を題材にした版権ゲームが誰の手にも負えなくなるパターンは多い。入り組んだ権利関係はバーチャルコンソール、Sega Foreverなどのデジタル配信をも遠ざけるだろう。
メガドライブの『ああ播磨灘』はまだ3000円程度でオリジナルが中古市場に流通しているものの、海賊版業者たちがすでに先を見越して海賊版を製作している事実はひとつの示唆であり、黙示録となり得る。
今後、合法的な『ああ播磨灘』が現存数を減らしていくのは間違いなく、これは地球上の石油資源が枯渇するより、マスクを被った横綱が登場して日本相撲協会が破綻するより前に、リーガルな『ああ播磨灘』が絶滅するかもしれないことを意味している。これは人類に差し迫った危機に他ならない。
何が紛い物を生み出すのか
一方で、テキサスに本拠を置くPIKO Interactiveのように、権利元の許諾を得て合法的な物理ゲームカートリッジの再販を行う企業が存在する。PIKOは、ヤフーオークションなど国内でもすでに大量のカウンターフィットが出回っている『アイアン・コマンドー 鋼鉄の戦士』を昨年11月に再販し、今月には同じくカウンターフィットの存在が多数確認されている『美食戦隊薔薇野郎』の再販を控えている。
『アイアン・コマンドー』と『美食戦隊薔薇野郎』のカートリッジにリプロの定番であったクリアカートリッジが採用されているのは注目すべき点だ。
現在任天堂はスーパーファミコン用ソフトの製造設備を有していないため、カートリッジの製造は任天堂が持つ意匠を回避した上で独自に行う必要があり、それはこれまでにブートレグ文化が時に違法な形で育んできた技術や文化を転用することを意味する。
はじめに取り上げたRetro-bitの『ホーリー・ダイヴァー』の正規販売にしても、Flashback Entertainmentというリプログループが未許諾で製作していたリプロ品の横行が影を落としているのは明らかであり、違法なシーンが巡り巡って合法的な市場に還元されているという構造は、これらの潮流を観測するにあたり決して無視できないものになりつつある。
また違法な海賊版が任天堂などの意匠を無断で乱用する一方で、合法的な正規再販品はファミコンの商標を使用できずに、“8ビットカートリッジ”といったような煮え切らない名称と独自のカートリッジデザインを採用せざるを得ない。
それは少なからず消費者に混乱をもたらし、見たことのない半透明のカートリッジと聞き慣れない名前のそれは、これまで長く親しんできた最愛の人の姿をした悪質なカウンターフィット以上に、多くの人の目には怪しく映るだろう。
以上のように、レトロゲーム市場はじつに奇妙な構造を有している。権利を守り高潔であろうとすればするほど表層は紛い物のようになり、逆に敬意を捨てて法を破るほど外面を良くするようなのだ。
しかしそもそも本質はいかなるものだろうか。1枚のサーキットボードとそれを保護するABS樹脂の成型された外装、貼り付けられた製品ラベルに注意書きのシール、厚紙やプラスチックでできたケース、印刷されたスリーブの用紙や綴じられたインストラクションマニュアルとアンケートはがき、そのいずれかに宿るものなのか。あるいは“同じ月を見ている”のだろうか。
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