昨夏にリリースされるやいなや世界中で人気を集め、国境を越えて大流行した『Pokémon GO』(以下、『ポケモンGO』)。
多くの国で人々をとりこにしたこのアプリだが、世界にはさまざまな文化があるようで、ムスリム圏では「偶像崇拝を助長する」「戒律に反する」といった理由で『ポケモンGO』が禁止されたという報道も。遠い異国の変わったニュースは、日本でもSNSやまとめサイトなどで格好のネタとなって拡散した。
しかしその一方で、現地の資料やニュースを調べ尽くし、「実はムスリム圏でも『ポケモンGO』は普通に遊ばれている」という調査結果を一人でまとめ上げた男がいる。ゲーム産業専門の調査会社・メディアクリエイトで国際部チーフアナリストを務める、佐藤翔さんだ。
佐藤さんのお仕事は「新興国ゲームビジネスレポート」という、世界中のゲーム市場をまとめた企業向けレポートの執筆。扱う地域はアフリカ、東南アジア、中東、南米と世界中に及ぶ。複数の言語を使いこなしあらゆる国に独自の人脈を持ってゲームの情報を収集し、ゲームのためとあらば危険な街のブラックマーケットにも飛び込んでいく。
『ポケモンGO』は実際には世界でどのように遊ばれているのか? そしてゲーム情報を求めて世界を飛び回る佐藤さんは何者なのか? 電ファミでは新興国のゲーム事情に日本で一番詳しいといっても過言ではない佐藤さんから、世界のゲームの濃ゆい話を聞き出してみた。
取材・文/透明ランナー
日本のゲーム会社が世界に太刀打ちするために
――こちらの「新興国ゲームビジネスレポート」、私も初めて知ったのですが、いったいどんなものなんでしょうか。
佐藤翔氏(以下、佐藤氏):
国内のゲームメーカーさんに向けて、毎月30~40ページほどの分量で作っています。B2B【※】のレポートですね。ゲームのプラットフォーマーさんやパブリッシャーさんが多いですが、ゲーム開発会社さんにもご購読いただいております。毎月異なる特集を組んで、地域やテーマを絞って掘り下げています。
特集の内容としては、「ブラジルのゲーム市場の発展可能性」、「サウジアラビア現地で見たゲーム市場のフォトレポート」、「南アフリカ現地で見た市場の課題」などなど……です。現地に行ってゲーム事情を取材し、写真もふんだんに盛り込んでいます。
※B2B
Business to Businessの略。企業・事業者が、企業・事業者に向けて商品・サービスを提供すること。
――扱う地域が多様ですね! 東南アジアもあれば南米もあって……正直なところ、こういう地域にゲーム会社があるとさえ思っていない人も多そうですが。
佐藤氏:
地域はなるべく一地域に偏らないように、ばらけさせています。
日本にも一つの地域だけに進出している会社は結構あるのですが、東南アジアだけに進出しているゲーム会社はインドのことを知らないし、逆にラテンアメリカ【※】に行っている人は、誰も中東のことを知らないという感じですね。一地域の視点だけだと、どうしても「世界の全体像」を見失ってしまうんです。
ところが、アメリカや中国、韓国の企業って、情報の質はともかく、新興国の事情を一通りすべて見てるんですよ。日本のゲーム開発者が海外の企業に太刀打ちしていくためにも、アフリカもインドもラテンアメリカも全部一つの視点で見ることのできるものを作りたい。それが僕の一つの願いなんです。
だから、たとえばレポートには毎月、世界の各地域のニュースを載せるコーナーを設けています。バングラデシュのゲーム産業振興プロジェクトの話とか、イランのスマホゲームのデータだとかを紹介することで、日本のゲーム開発者に「世界の全体像」を知って欲しいんですね。
そもそもポケモン自体、ムスリム圏で禁止されてない!?
――ちなみに、今までレポートで取り上げた話の中で、特に熱のこもった特集は何ですか?
佐藤氏:
半年以上前になるのですが、2016年8月号で取り上げた「ポケモンGOと新興国の反応」です。これは結構頑張って調べたネタです。『ポケモンGO』がリリースされたときに、ムスリム圏で禁止されたという話が日本のメディアでも取り上げられたと思うんです。
――あー、ありましたね。やはりイスラームは戒律がいろいろ厳しそうなイメージ……。
佐藤氏:
それが気になって、本当かどうか現地のニュースをいろいろ調べてみたんです。調べたところ、実はそうでもないよということが分かったというのがこの特集の要点になります。かなりの人がアメリカのアプリストアに繋げてダウンロードしていたし、アラブで『ポケモンGO』が遊べなかったというのは嘘だということなんです。
――ちょっと待ってください。文化的な意味で、イスラム教の教えとコンフリクト(摩擦)があったりはしなかったんですか?
佐藤氏:
10数年前に世界中でポケモンカードがリリースされたとき、反イスラム的だといって禁止されたことがある。これは事実です。ポケモンカードが火で燃やされる動画が欧米のメディアにも流れて、「あー中東ってやっぱりこういうところなのか」と思った人も多いかもしれません。
なぜかというと、ギャンブルに見えたんですね。何か怪しい事をやっているからこれは賭博の一種に違いないと。でも禁止されたのはポケモンカードゲームだけです。
ポケモンだからダメなのではなく、DSや3DSの「ポケモン」シリーズは正規に販売されている。現地に行って直接調べてきたので間違いのない情報なんですけど、サウジアラビアのようなムスリム圏にもちゃんと任天堂商品の専門店があるんですね。全国チェーン店などで「amiiboピカチュウ」などのポケモン関連商品は売られているし、実は禁止なんてされてなかったということなんですよ。
――ええー! よくローカライズの話で「ポケモンは中東では禁止されていて」なんて言われたりしますけど、禁止になったのは「ポケモンカード」だけなんですか……。
佐藤氏:
同様に、『ポケモンGO』についても議論はありましたが、結果として明確な禁止はされませんでした。
そして実際にどういうふうに遊ばれているのか調べた結果、サウジで『ポケモンGO』ポケモンが遊ばれている証拠を見つけました。実はサウジにもユーチューバーと呼ばれる人たちがいまして、サウジで有名なゲーム系ユーチューブチャンネルの中に『ポケモンGO』で遊んでいる動画を発見したんです。
でもこれだけだと必ずしもサウジで撮っているとは限りません。そこでいろいろと調べたところ、動画の中にいくつかアラビア語の地名が出てきたので、チェックしてみたらサウジにしかない地名でした。しかも、動画の左上にたまにケータイキャリアの名前が出るんですよ。日本ならdocomoやSoftBankみたいな感じですね。あんな感じでSTC(サウジテレコム)【※】という、サウジにしかない通信キャリアブランドの名前が出てきたところで、「これは間違いなくサウジでもプレイされている」と確信しました。
※STC(Saudi Telecom Company)
サウジアラビアを拠点とする通信事業者。「ちなみにSTCはクウェートやバーレーンにも進出していますが、そちらではVIVAという異なるブランド名です」(佐藤さん)
――うーむ。探偵みたいですね。
佐藤氏:
一方、アラブ首長国連邦では、アメリカでリリースされたあとわずか2週間以内に、まだ自国のストアでリリースされていないのに、全体で3.5%のAndroidユーザーが『ポケモンGO』をインストールして遊んでいました(SimilarWebの調査より)。ちなみにUAEでの正式リリースは4ヶ月遅れの11月でした。
――もう自国でリリースされる前にインストールしちゃうんですね。
佐藤氏:
マレーシアについても、『ポケモンGO』が禁止されたというニュースが日本でも流れたんですけど、調べてみたところ、『ポケモンGO』に関するファトワ【※1】がいくつかの州で出たのは事実でした。
ただ、これが法的な拘束力を持つには、マレーシアでは州の官報【※2】に公告されないといけないのですが、結果的には掲載されませんでした。その後、マレーシアのアプリストアでは堂々とリリースされて、『ポケモンGO』が売上1位になっていましたし、ついでに大手キャリアが現地のタクシー配車アプリとタイアップして『ポケモンGO』便乗サービスをやっていたりしていました。
こんな調子で、東はインドネシア・ブルネイから西はモロッコまで一国一国、『ポケモンGO』がどう遊ばれているか、法的拘束力のある禁止命令は出ているかどうかを調べました。
※1 ファトワ
高位の宗教指導者によって出される宗教的な見解。
※2 官報
政府の機関紙、もしくは官公庁が打つ公用の電報のこと。
――すさまじい執念のようなものを感じるのですが、佐藤さんをそこまで突き動かすのはなんですか?
佐藤氏:
やっぱり、ムスリム圏って誤解されがちなんですよ。
情報が偏っていたり、間違って認識されるような書き方をしているメディアが欧米でも日本でも結構あるんです。実際、「◯◯が禁止された」という話はセンセーショナルに報道されるけど、「◯◯が受け入れられている」「人気がある」という話は全然出てこないでしょう。そういう話は現地に行くなり、アンケート調査などでデータを収集するなり、現地のメディアやSNSをきちんと分析するなりしない限り分からない。そういう部分を正しく伝えるのが、自分の仕事だと思っています。
好きなゲームは沢山……「女神転生」シリーズも
――あまりによく調べられていて驚くのですが……学生時代は一体何をされていたんですか?
佐藤氏:
大学時代は、京都大学で哲学や思想を専門でやっていたんですよ。そこでサンスクリット【※】やラテン語の文法は嫌でも覚えさせられました(笑)。
※サンスクリット
古代インド・アーリア語に属する言語。日本では馴染みの薄い言語だが、実は「カルピス」はサンスクリット(「醍醐味」の意味)であったりと、意外と身近な存在。
――今のお仕事とぜんぜん違いますね。一体、どういう遍歴でこんな仕事をされているのですか?
佐藤氏:
日本の大学を出たあとは、ヨルダン【※】のゲーム業界団体に所属していたんです。
――ヨルダン! なんでまた。
佐藤氏:
その辺は話し出すと長くなるのですが、キッカケは2010年に米国のサンダーバード国際経営大学院というビジネススクールに行ったことです。ここがちょっと変わっていて、日本ではあまり知られていないと思うんですけれども、卒業生が世界140か国にいる、すごく国際的なネットワークを持っていました。そこで知り合った知人伝いで、中東のゲーム事情に興味を持って、そうなった感じです。
実際、僕のクラスメイトにはカメルーンとかトリニダード・トバゴとか、あまり知られていないような国からも、たくさん留学生が来ていましたからね。
――なんか名前が頭に入ってこない読者も多いんじゃないかと思いますが……(笑)、なかなか日本では経験できないグローバルさです。
佐藤氏:
で、せっかくこんなにいろんな国の人がいるんだから、一緒にいろんな国のゲームを持ち寄ったら絶対に面白いだろうということで、ゲームクラブを立ち上げてそこのプレジデントになったんです。
というのも、僕は昔からゲームが好きで、たくさん遊んでいたんです。『ウィザードリィ IV』【※1】とか『ウルティマ IV』【※2】とかも好きでした。
※1 ウィザードリィ IV
1987年発売、1988年に日本語訳版がリリースされた。RPGゲーム「ウィザードリィ」シリーズの4作目。ゲーム史に残る発売延期作品であり、発売日の確定が宙に浮いた状態が長らく続いたことでも有名だが、雑誌「コンピューター・ゲーミング・ワールド」のライター・Scorpias氏は、長い間待つ価値があったと述べている。
※2 ウルティマ IV
1985年発売。リチャード・ギャリオット氏によるリアルタイムコンピュータRPG「ウルティマ」シリーズの4作目。3原理と8徳の概念の導入、魔法、占い形式のキャラクター作成、アバタールコンパニオンのようなレギュラーキャラクターの登場など、ウルティマシリーズを特徴づける要素が初めて現れた作品。
あとは『レーシングラグーン』とか『ブシドーブレード』とか、スクウェアのも好きでしたね。あとは『坂本龍馬・維新開国』とか、『インゴット79』とか『ゴッドハンド』とか、あとはドイツのボードゲームとか……まあ、とにかくいろいろやっていました。「女神転生」シリーズとかも好きですよ。
――このご経歴で、「女神転生」シリーズ【※】が出てくるのはなかなかヤバさを感じますね(笑)。それにしても、幅広い趣味ですね。
※女神転生
西谷史による小説『デジタル・デビル・ストーリー』シリーズの第一作。および、そこから派生したコンピュータゲームシリーズ名。実在する世界中の宗教の神が悪魔として登場することでも有名。
佐藤氏:
やっぱりゲームって、幅広くいろんな人が楽しめるのがすごいところだと思っています。だからこそ、僕はカードゲームやボードゲームを、デジタルゲームと同列に扱っているんです。できる限り分けないように、と思ってやっています。
そのサークルでも、デジタルゲームだけじゃなくてボードゲームも含めて遊ぶことにしたので、100人くらい入りました。学生が600人くらいなんで、1/6ですね。がんばって勧誘しましたよ(笑)。『ストリートファイターIV』や『鉄拳6』のトーナメントを学内で開くために、日本からリアルアーケードPro.のレバーとボタンを換装用に持っていったり、ナイジェリア人やタイ人、台湾人、トルコ人に母国のボードゲームを頼んで持ってきてもらったり、とにかくそういう付き合いをしていたんです。
――それにしても、だいぶ広範囲に色々な国の文化に触れられていて、驚きます。
佐藤氏:
そうですね。でも、知られていないだけで、行ってらっしゃる方はもっと行ってますから。
ただ私みたいに、その土地のブラックマーケットや怪しいゲーム屋さんまで見ているという人はなかなかいないかもしれませんね。
――ブラックマーケット、気になります……。知られざる新興国のゲーム事情について、もっといろいろ教えてください!
佐藤氏:
わかりました(笑)。南米、南アフリカ、中東とか色々とありますけど……一般のゲーマーの方が興味を持たれるのは、どこなんでしょうね?