2018年3月8日、チリのゲーマー・Wolhaiksong氏が『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下、『ゼルダの伝説 BotW』)の RTA【※】で39分11秒の記録を叩き出し、世界初の40分切りを達成した。レギュレーションはAny%、No Amiibo(後述)の記録となる。
I got nervous at fights D: , pretty solid run otherwise. 38 with phantom armor is within reach!! pic.twitter.com/QC4wsiQcXU
— Wolhaiksong19 (@Wolhaiksong19) March 8, 2018
同氏は2017年12月19日に同レギュレーションにて40分48秒の記録を達成し、日本人走者・すば氏の記録(40分58秒、2017年4月21日)を塗り替え世界1位となった。今回は自己ベスト記録を塗り替え、30分台の世界に突入した。
※RTA
Real Time Atack(リアルタイムアタック)の略称。英語圏では“Speedrun”と呼ばれる。ゲーム内の時間を競うTA(タイムアタック)とは異なり、ゲーム開始からクリアするまでの現実世界での時間(リアルタイム)を競う遊び方。計測開始・終了地点をどこにするか、ゲーム内の要素をどこまで達成するかなどによって「レギュレーション」は異なる。
なお、amiiboありのレギュレーションでは、2017年7月27日にOrcastraw氏が初めて40分切りを達成している。しかしWolhaiksong氏はamiiboありのレギュレーションにおいても、2018年3月4日に38分56秒を叩き出し、世界最速記録を達成。
その時点で同氏は『ゼルダの伝説 BotW』Any% RTAで2冠に輝いている。そして今回の記録更新によって、Any%、No Amiiboでも40分を切り、前人未到の世界に足を踏み入れたことになる。
最速記録を次々と生み出すWolhaiksong氏とはいったい何者なのだろうか? 『ゼルダの伝説 BotW』発売からこれまでのRTAの変遷を解説しつつ、Wolhaiksong氏に最速記録更新について話を伺った。
文・聞き手/実存
『ゼルダの伝説 BotW』 RTAのルールとその歴史
インタビューへ移る前に、『ゼルダの伝説 BotW』 RTAのルールと、これまでの記録やRTAならではのテクニックについて一瞥しておこう。
「Any%」
「Any%」とは、クリア率やアイテム収集などのやりこみ要素を度外視して、エンディングまでのタイムを競うレギュレーション。RTA/Speedrunでは一般的なルール。
『ゼルダの伝説 BotW』では、すべての祠やダンジョンを攻略せずに、ゲーム開始から最短でのガノン討伐を目指すものになる。世界中の走者が集まる最大のRTA記録サイト・『Speedrun.com』における、『ゼルダの伝説 BotW』Any% RTAのルールは以下のもの。
・「はじめから」を選択した瞬間に計測開始
・魔獣ガノンに最後の光の矢が当たった瞬間に計測終了
「Amiibo/No Amiibo」
『ゼルダの伝説 BotW』では、別売りのamiiboを読み込ませることによってさまざまなアイテムを入手することができる。amiiboを使用して追加アイテムを利用するレギュレーションが「Amiibo」、利用しないものが「No Amiibo」となる。
Any%、 No Amiiboルールでの前世界記録保持者・すば氏の解説動画によると、amiiboを使用することで一般的に30秒ほどのタイム短縮につながるという。
『ゼルダの伝説 BotW』はオープンワールドタイプのゲームのためプレイの自由度が高く、スタート地点の「始まりの台地」をクリアすれば、一直線にラスボス・ガノン討伐まで進むことができる。
今までの『ゼルダ』シリーズとは異なり、クリアに必須となるアイテムはなく、特定のダンジョンをクリアする必要はない。そのためか、発売直後からRTAは盛んになり、発売日からわずか9日後には1時間を切る記録(amiiboあり)も現れた。
Any%、No Amiibo RTAでは、 2017年03月19日に日本のRTA走者・ガバルタン氏が49分46秒を記録し、初の50分切りを達成。
その後も多くのプレイヤーによって48分、45分、43分と記録は縮まっていったが、『ゼルダの伝説』シリーズのRTA走者として知られるすば氏が、2017年4月21日に40分58秒のタイムを叩き出す。このタイムはWolhaiksong氏の記録更新まで、およそ10ヵ月にわたって破られることはなかった。
『ゼルダの伝説 BotW』RTAでは、今回Wolhaiksong氏が記録を更新した「Any%」のほか、四神獣を解放したのちガノンを討伐する「All Dungeons」、メインクエストを全て達成してガノンを倒す「All Main Quests」、すべての祠を巡ってクリアする「All Shrines」などがある。
なかでもクリア率をコンプリートする「100%」はプレイ時間が非常に長く、2017年4月17日にフランスのXalikah氏が初めて達成。タイムは49時間9分41秒。
達成のためには全部で900個存在する「コログの実」をすべて集める必要があるため、途方もない時間と体力がかかり、途中で仮眠休憩を挟んだRTAということで話題になった。なお、同氏はその後不眠不休でのチャレンジを行い、2017年6月6日には33時間41分11秒の記録を残している。
RTAでのリンクは指を咥えながら走り、物理演算で飛ぶ
1年前にリリースされた『ゼルダの伝説 BotW』では、発売直後からより速くクリアするためのルートやテクニックが研究開発されてきた。そのなかでも代表的なテクニックを挙げよう。
「whistle sprint」
通常はダッシュするとスタミナである「がんばりゲージ」を消費するため、立ち止まったり、歩きを挟んだりすることでゲージを回復させなければ走り続けることはできない。
だが、ダッシュ中に「口笛を吹く」アクションを挟むことで、「がんばりゲージ」を消費せずに走り続けることができる。これが「whistle sprint」と呼ばれる技だ。地上を走る区間のほとんどでこの技を使うため、RTAでのリンクは常に指を口に咥えながら走ることになる。
「stasis launch」
『ゼルダの伝説 BotW』の基本アイテム・「ビタロック(英語名:Stasis)」を利用した技が「stasis launch」、もしくは単に「launch」と呼ばれる。
ビタロックは木や岩などのオブジェクトの時間を一定のあいだ停止させることができる。時間停止中に対象に与えたダメージは蓄積し、時間停止が解除されたときに蓄積された力が解放される。
New Tree pic.twitter.com/YSYSRecLOo
— Wolhaiksong19 (@Wolhaiksong19) February 22, 2018
「stasis launch」はこの仕組みを利用してオブジェクトを発射(launch)し、それに乗って移動するのだ。
吹っ飛んでいく木や岩にそのまま乗って移動する方法のほか、乗らずにわざと吹っ飛ぶ対象にぶつかり、飛ばされた勢いでパラセールを開き滑空する方法がある。最後の一撃によって飛ぶ方向が決まるため、矢を射って方向を調整することも可能。
さて、『Speedrun.com』に申請された『ゼルダの伝説 BotW』のRTA回数は、発売から1年で約1300走(2018年3月現在)。多くの記録は発売直後の3月から同年の夏頃にかけて集中しており、長らく記録更新は打ち止めになっていた。
ここからは、最近になって次々と最速記録を更新したWolhaiksong氏に話を伺い、記録更新の秘訣や具体的なテクニックについて語っていただいた。
「この記録に満足しているわけではない。38分台も実現可能」
Wolhaiksong氏による39分11秒(Any%、No Amiibo)の記録
──Any%、No amiiboで世界初となる39分台を記録しましたが、現在のお気持ちはいかがでしょうか?
Wolhaiksong氏:
とても嬉しいです。大きなミスはありませんでしたし、全体的に操作もうまくできました。とはいえ、完璧だったわけではありません。ガノンとの闘いですごく緊張したせいか、少しだけタイムロスしてしまいました。それがなければ38分台を記録できたはずです。ですので、まだまだ頑張れますよ。
──今回の記録は、どういった部分でタイムを短縮できたのでしょうか。また、どのようなテクニックを使って短縮したのでしょうか?
Wolhaiksong氏:
まず、ハイラル平原での移動でタイムを短縮しました。3度目の「stasis launch」で今までとは違う木を使ったのが大きいですね。これで「ファントムの鎧」【※】の宝箱のすぐ近くに到着することができ、4〜6秒の短縮になりました。
最も短縮できたのはハイラル城です。今回の記録で使った新しい方法は、矢の入った木箱の上にあるタルを燃やすことです。まず、タルが落ちて床の葉っぱを燃やせるようにしてから木箱を壊します。
次に炎のダメージで死なないように注意しつつ、葉っぱが燃えている間にできるだけ速く矢を入手します。そして、燃やした葉っぱから出た上昇気流を利用して、パラセールで飛びます。
この方法では柱を登らずに済むので、スタミナ切れが起きません。ですので、そのまま走り続けることができます。その分がタイム短縮になるわけです。
といっても、5〜7秒の短縮にしかなりませんが。ハイラル城での好記録は一切ミスをしなかったのが大きいですね。ハイラル城内で使うどの技もとてもうまくいきました。
──ミスを減らすだけでなく、新しいルートを開拓したのですね。Wolhaiksongさんは『ゼルダの伝説 BotW』Any% RTAをAmiibo、No amiiboの両方で世界1位を記録しましたが、2冠の王者になった感想はいかがでしょうか。
Wolhaiksong氏:
めちゃくちゃ嬉しいですね。でも、この記録に満足しているわけではありません。どちらの記録ももっと速くできると思っているので。amiiboありで38分切り、amiiboなしでは38分50秒が現在の目標です。
最近の『ゼルダの伝説 BotW』Any% RTAは最適化が進んでいまして、40分を切るのはそれほど難しいものではなくなっています。新しく編み出された方法を全部使えば40分は切れますし、38分台も十分に実現可能だと思います。
──Wolhaiksongさんが更新するまで、40分58秒というすば氏の記録は10ヵ月に渡って破られませんでした。40分切りは高い壁だったのでしょうか?
Wolhaiksong氏:
たしかに、すば氏の記録は最も高い壁でした。当時、彼の記録にはとてもたどり着けないと思っていました。できるわけがない、無理だと。というのも、すば氏は良い乱数を引くまで試行を繰り返す方法【※】を採っていたからです。
私が挑戦し始めたころ、ほとんどのプレイヤーはすば氏の記録に破れ去っていました。今では新たに発見されたいろいろな方法によって、「ファントムの鎧」を使うルートに可能性が出たので嬉しいですね。
──Wolhaiksongさんご自身のことについて伺います。RTAはいつから始めたのでしょうか?
Wolhaiksong氏:
初めてちゃんとRTAを始めたのは『ゼルダの伝説 BotW』です。それ以前では、ネットで流行った『マリオカートWii』をちょっと走っただけですね。
──普段どれくらい練習しているのですか?
Wolhaiksong氏:
昼間は大学に通っているので、夜にしか練習できないんですよね。練習時間は毎日2〜3時間ほどです。
──どうしてそこまで『ゼルダの伝説 BotW』のRTAをやり込むのでしょうか?
Wolhaiksong氏:
『ゼルダの伝説 BotW』のRTAが大好きで、とくに自己ベストを更新できたときの快感がすごいからですね。自分ではそれほどやり込んでいるとは思っていません。時間が許すならば一日中でもやれますからね!
──まさにアスリートですね。世界記録保持者としてのプレッシャーはありますか?
Wolhaiksong氏:
アスリートなのかどうかはわかりませんが、日頃から走っているだけですよ(笑)。
正直なところ、世界1位のプレッシャーはあまりないですね。自分が最高のタイムを出したい気持ち、ベストタイムを出せる気持ちでいればプレッシャーは感じません。自分の力に磨きをかけようとすればいいだけなんですからね。ですから、もっと上達する余地があるうちは楽しいんです。
──日本のゲーマー、RTA走者たちに伝えたいことはありますか?
Wolhaiksong氏:
日本のゲーマーのみなさんへ。このインタビューを楽しんでもらえたら嬉しいです。また、『ゼルダの伝説 BotW』RTAを始めてみたいと思った方へ。
恐れる必要はありません。『ゼルダの伝説 BotW』はRTAを始めるにはうってつけのゲームです。難しいグリッチ(バグ技)よりも、精密な操作技術の差が大きいゲームだからです。ほとんどの技はとてもシンプルで、一度やり方を覚えれば問題ありません。
日本のRTA走者のみなさんへ。日本の走者の方々は非常に優れていますし、安定した実力があるので深い尊敬の念を抱いています。いつか私もあなたがたのような実力を身につけたいと思っています。
また、その創造力にも目を見張ります。新しい方法やクールな技が日本人走者によってたくさん発見されているのです。つまり私が言いたいのは、みなさんはめちゃくちゃゲームが上手いということです。ほかのレギュレーションでもあなたがたとタイムを競い合いたいですね。願わくは、Any%でも!
──ありがとうございました。(了)
Wolhaiksong氏は非常に謙虚で、たゆまぬ努力を自らに課すチャンピオンだった。驚くべきは、彼がRTAに挑戦したのは『ゼルダの伝説 BotW』がほぼ初めてということだろう。
RTAの経験が未熟でも、全く新たなルートを構築したり、プレイの修練を継続してゆけば、すば氏のような歴戦の古強者の記録をも打ち破ることができる。そんな可能性が『ゼルダの伝説 BotW』にはある。Wolhaiksong氏が語った「恐れる必要はありません」という言葉は、『ゼルダの伝説 BotW』の懐の広さを表している。
発売から20年が経つ『ゼルダの伝説 時のオカリナ』でさえ、今も記録更新が続いている状況を見れば、『ゼルダ』RTAがいかに“魔力”を秘めているのかがわかる。『ゼルダの伝説 BotW』も、10年20年と更新されてゆくタイトルとなるのだろうか。その答えは、Wolhaiksong氏をはじめとした、若きRTA走者たちに託されている。