2月某日、京都。タクシーから降りた我々が冷気の中で空を見上げると、真っ白な直方体のビルの上空からハラハラと白い雪が舞っていた。
腕をさすりながらさっそくビルの中に入り、暖かい応接室に通される。すると、目の前には大きなディスプレイ。その前にちょこんと置かれているのは、リモコンのような形のゲーム機。それは明らかに3月3日発売の話題のゲーム機Nintendo Switchだ。そしてSwitchに差し込まれていたのは、あの話題の新作『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』――。
そう、ここは京都にある任天堂本社の応接室である。今回、ゲームの企画書で「ゼルダの伝説」シリーズを取り上げるにあたり、なんと取材前に我々は、1ヶ月後に発売を控える新作ゼルダのプレイをいち早く許可されたのだった!
さて、今回そんな新作を含む「ゼルダ」シリーズを聞くのは、『時のオカリナ』以降のシリーズに大きく関わり、その“生みの親”とも言える宮本茂氏から引き継ぐ形で、近作のプロデューサーを務めてきた青沼英二氏だ。一方、その対談相手を務めるのは、やはり「ドラクエ」シリーズを堀井雄二氏から引き継ぐ形で担い、『VIII』以降の作品でディレクターを務め、現在はスマホゲーム『予言者育成学園 Fortune Tellers Academy』を手がけるスクウェア・エニックスの藤澤仁氏。氏は一人のクリエイターとして、かねてより青沼氏に会って尋ねてみたかったことがあるという。
宮本茂と堀井雄二、ゼルダとドラクエ。ゲーム史の偉大な「天才」から人気シリーズを継承した二人が、互いに交わし合った言葉とは――。雪の降りしきる京都で新作の興奮冷めやらぬ中、対談はシリーズを受け継ぐものの苦悩に始まり、任天堂の物作りの「神髄」が垣間見える、驚きの新作開発秘話へと進んでいった。
取材/TAITAI、稲葉ほたて、斉藤大地
文/稲葉ほたて
カメラマン/田井中純平
English version is available at: Talk: Latest Zelda’s making process & “Ocarina of Time” proposal disclosed[Nintendo Eiji Aonuma x SQEX Jin Fujisawa] (June/9/2017)
巨大タイトルを引き受けることの意味
――今日のインタビューなのですが、今回についてだけは編集部が趣旨を話すよりも、たぶん藤澤さんから話していただいた方がいいように思うんです。
藤澤仁氏(以下、藤澤氏):
そうですね(笑)。では、自己紹介も兼ねて、僕の口から説明させてください。
青沼英二氏(青沼氏):
わかりました(笑)。
藤澤氏:
僕はいま46歳なのですが、ずっと「ドラゴンクエスト」の製作に関わってきました。始まりは、ファミ通に載っていた堀井雄二さん【※】のアシスタント募集に応募したことです。1998年のことでした。それから15年間ずっと堀井さんの下で「ドラクエ」を作ってきて、最後の10年間はディレクターを任せてもらいました。主に『ドラクエVIII』(以下、ローマ字は数字表記)の終盤の作業から、『9』、『10』の立ち上げの頃にかけてですね。
※堀井雄二
アーマープロジェクト代表取締役。『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親で知られるゲームデザイナー。学生時代からフリーライターとして活動し、その後、アニメカルチャー誌「OUT」の読者コーナーなどを担当。『ポートピア連続殺人事件』などを手がけるかたわら、週刊少年ジャンプのゲーム紹介ページを担い、その後も『ドラゴンクエスト』シリーズ、『いただきストリート』シリーズなどゲームデザイナー業を中心として活躍。
青沼氏:
なるほど。
藤澤氏:
最初はシナリオスタッフとして、堀井さんの教えを受けながら作っていました。ただ、ハードとソフトの大容量化によって、堀井さんが見渡せる範囲の限界が、物理的に訪れるわけです。それで、最初はシナリオだけだったものが、次第にバトルやワールドデザインも任せてもらえるようになっていきました。
そのときに、バトルのバランスなども見るようになって、結果的にディレクターになったという感じです。なので、堀井さんから任命されたというよりは、「堀井さん大変そうなんで、それ俺がやりますよ」と引き受けていったら自然とそうなっていた、という感じに近いんですが。
青沼氏:
良い話ですね。
藤澤氏:
はい、とても良い話だったと思っています(笑)。
最初は大好きな「ドラクエ」のスタッフになれて嬉しかったし、ディレクターになれたこともとても嬉しかった。それは間違いないのですが、それもずっと続くと、次第に「あれ、これいつまでやるんだろう?」と思い始める時期が来るんですよ。
青沼氏:
そうでしょうね。とても良く分かります。
藤澤氏:
「ドラクエ」は堀井さんが生み出したものであって、自分が作ったものという感覚はないんです。そうして、「自分がモノを作れる寿命」みたいなものを意識する年齢に差し掛かってきたときに、このままずっと「ドラクエ」を続けていくのは、果たしてアリなのか――と悩み始めていたんですね。
でも、僕は堀井さんに任せてもらった「ドラゴンクエスト」を一生懸命に作っているわけで、そのことに疑問を抱いていること自体が、とても不遜な、わがままなことだという自覚もあった。だから、この悩みは誰にも言えずにいたんです。
――確かに、ちょっと共感しがたい読者も多いかも知れないですね。とはいえ、これほどの巨大タイトルを、裏方として支え続ける重圧や孤独というのは、僕らにはとても慮れないものですが……。
藤澤氏:
僕自身も、これはあまりに特殊な悩みだという自覚はありました。誰にも共感を得られることはないだろうとも思っていました。
そうしたらある日、自分も大好きな「ゼルダ」を作っている青沼さんがインタビューで、「このままずっと『ゼルダ』だけでキャリアが終わるものなのかと思っている」というお話をされていたんです。それを読んで「あ、同じようなことを考えている人が他にもいたじゃないか」と……。
青沼氏:
ははは(笑)。
藤澤氏:
その記事が本当に印象的で、次のステップを踏み出すキッカケにもなったんですね。実際には色々とあったのですが、僕は結局、「ドラクエ」をやめて自分の作品を作る道に進みました。
でも、その一方で青沼さんは今も「ゼルダ」を作り続けています。そのときにモノを作る一人の人間として、率直に青沼さんにどういう気持ちで作り続けているのか、一度伺ってみたかったんです。そんなときに電ファミニコゲーマーさんからお声がけいただいたので、今日はお願いして訪ねてみたという経緯なんです。
“天才”たちのタイトルを受け継ぐ「苦悩」
青沼氏:
率直なお話を聞かせていただいて、ありがとうございます。
でも、僕も若い頃に宮本茂【※】に「もうこれ以上ディレクターはやりたくない」と話したことがありますよ。
あれは、ちょうど『風のタクト』を作り終えた後で、宮本といっしょに欧州に広報ツアーに出かけたときのことでしたが、仕事がつらかったということに加えて「宮本と一緒に取材を受けるのはつらい!」っていうのが重なったんですね。
だって、取材の場で横から僕にダメ出ししてくるんですよ!
※宮本茂
任天堂株式会社 代表取締役 クリエイティブフェロー。1977年に任天堂に入社後、1981年にアーケード『ドンキーコング』を完成させ、以来、任天堂の代名詞たる『マリオ』シリーズや『ゼルダ』シリーズに始まるさまざまな作品を、つぎつぎとディレクションやプロデュース。ビデオゲームの第一人者として国内・海外問わず名高い。
藤澤氏:
ああ、そういう感じは分かります(笑)。
青沼氏:
例えば、取材でしょっちゅう「ゼルダらしさとは?」と聞かれるんですよ。でも、それは僕らでも上手く言えないものなんです。宮本も現場で「ゼルダらしさとは、ユニークってことだよ」と言ったかと思えば、「ゼルダらしさって、成長感かなー」とか言ってみたりするんです。「どれやねん!」と(笑)。
――これは今日のテーマでもあるのですが、取材の準備中に「ゼルダらしさって、冷静に考えるとよく分かんないな」となったんです。一見スタイルが固定されているようで、実は一作ごとにとんでもない数の挑戦を繰り返し続けてきた作品なんですよね。
青沼氏:
そうなんですよ。でも取材だから、そこは答えなきゃいけない。そこで現場で宮本が話していた「ゼルダらしさ」の定義を喋ると、宮本がプレスの前で「……いや、それは違うな」とか言いだすわけですよ!
一同:
(笑)
――なんとなく現場の雰囲気がしのばれます(笑)。ただ、これも今日の新作に繋がっていく話だと思うのですが、「らしさ」の定義に苦しむことこそが、後からシリーズを受け継ぐ人間の悩みではないんですか。「ドラクエ」も、そこは凄まじく大変な気がするのですが。
藤澤氏:
僕らも「ドラクエらしさって何だろう」と、大真面目に考え込んだ時期がかなりありましたよ。
たぶん、『ドラクエ』が『7』から『8』になる頃、3Dになって絵も随分と変わってしまったタイミングです。でも結論は、答えなんてないんですよね。というか、そこで答えを出したとしても、過去作をプレイヤーがどう受け取って遊んだのかという話にしかならないんです。
青沼氏:
そうなんですよね! 「ゼルダらしさ」という言葉をメディアの人は好きだけど、たぶん、その答えって、結果論でしかないような気がしているんです。
藤澤氏:
そう思います。大事なことは新作をプレイヤーさんが受け入れて、それが「ドラクエ」に「なっていく」ことなんだと思います。ちゃんと「ドラクエ」として認めてもらえる作品にする、というか。
ただ、「ドラクエらしさ」というのは言語化しがたくはあるのですが、画面を一目見た瞬間に確実に伝わるものでもあるんです。なので、こだわったことがあるとすれば――画面の中に一つも余計な情報がない、ということですね。
でも、話し合うのはそこまでです。大体、それ以上にこだわりだすと、スタッフが喧嘩しだすんですよ。
青沼氏:
そうそう。「青沼さん、“ゼルダらしい”のはどっちか決めてください!」と言われて、「そうは言ってもなあ……」みたいなね。
藤澤氏:
僕のところにも来ました。スタッフが行き詰って、「藤澤さん、どっちが“ドラクエらしい”と思いますか」とやってきて、「いやあ。俺にはわかんないなあ……」って。
――シリーズものディレクター二代目の、あるあるなんですね。
青沼氏:
ただ、宮本の発言を聞いていく中で、僕が考える”ゼルダらしさ”がモヤモヤと出来上がっていくんです。もちろん、宮本の言葉面だけを見ていると、時と場合によって変わっていくので、そこに捕らわれてはいけないんですけどね。
藤澤氏:
わかります。僕もそうで、堀井さんの色んなダメ出しの中で、徐々に学んでいったところはあります。特にプレイヤーさんの視点を大事にしてる方なので、その辺りの話での納得感はありました。
――やっぱり、ダメ出しは多いんですか。
藤澤氏:
そりゃもう、たくさん。しかも、「これがダメだ」と言うだけで、「これが良い」とは教えてもらえないこともよくあるんです。でも、自分が判断する側になって思うのは、ダメなことに全てハッキリした理由があるわけじゃない。だから、今になって「堀井さん、あの時はこういう気分だったんだろうな」と思うこともあります。
青沼氏:
……いやもう、僕もそうです。ホントにお話、同じ感じですよね。まさにその通りだと思いながら聞いています。
藤澤氏:
そういうものなんでしょうかね(苦笑)。
――という感じで、お二人の話を色々と聞いてみたいのですが、今回は記事が出るのがNintendo Switch発売前日でございまして……。せっかく先行プレイをしたことですし、まずは『ゼルダ』新作の話から始めようかと思います。
大谷より“剛速球”な(?)新作『ゼルダ』
――それで……先ほど『ブレス オブ ザ ワイルド』をプレイしてみたのですが、もう任天堂の「ものづくり」の底力を真っ正面からドーンと突きつけられた気がしました。いや、こんな真っ直ぐに剛速球を投げてきたゲームは正直なところ、近年見たことないです。
青沼氏:
ああ、それは嬉しい評価ですね。そんなに剛速球でしたか?
――大谷より速いです。170キロは出てます(笑)。
青沼氏:
ははは(笑)。
藤澤氏:
直球が投げづらい時代に、すごいボールを投げ込んできたと思いますね。みんながこぞって変化球を投げている時代ですから。
――なにかゲームというジャンルが久々に真っ当な「進化」を成し遂げたような感覚さえ覚えました。シリーズ作品としても、3Dになって「ゼルダ」が『時のオカリナ』になったような、非常に大きな進歩を遂げた作品だと思います。
青沼氏:
ありがたい言葉ですね。
今回の作品は、生前の岩田聡【※】にも「これまでの『ゼルダ』のアタリマエを見直す!」とプレゼンして、「頑張れ」と言われて作った作品ではあるのですが、なかなか回答を出すのは大変で……もう全ての要素に疑問を投げかけながら、試行錯誤を続ける日々でした。とにかく、何が有効かはやってみないとわからないので、例えば「最近流行りの、ハートが時間とともに回復するシステムを入れてみるか!」、「試してみたけど、やっぱりダメだ……」――みたいなことの繰り返しだったんですよ。
※岩田聡
任天堂株式会社 前代表取締役社長。故人。2002年に42歳の若さで任天堂の代表取締役社長に就任。数多くのソフトをはじめ、ニンテンドーDS、Wii、ニンテンドー3DS、Wii Uなどのハードを世に送り出し、Nintendo Switch開発さなかの2015年に急逝している。
――そんな最近のFPS【※】みたいな仕組みまで試したんですか。
※FPS
First Person Shootingの略。プレイヤーが操作するキャラクターの視野が、そのまま画面となったシューティングゲームを指す。そのため、操作キャラクターは画面内に手脚の一部が表示されるのみとなる。
青沼氏:
はい。だから、正直に告白すると、最初から「ド直球」を狙ったとは言いがたいんです。
どういうものが有効なのかを毎日考えて、たっぷりと開発者が作品を遊びまくりながら、その面白さを確認していく作り方です。振り返ってみると、あまりに前時代的な開発だったようにも感じますが、今回は発表から数えても4年間のお時間をいただけたことに対して、最大のお返しは出来たんじゃないかと思っています。
――そんな岩田さんへのプレゼンの「回答」を、いよいよこの記事の配信翌日、Nintendo Switchを手にした人たちが目の当たりにするわけですね。
藤澤氏:
楽しみですよね。
――さっそく具体的な内容に入っていきたいのですが、今作はいわゆる「オープンワールド」【※】に挑戦したのが大きな特徴だと思います。ただ、プレイして驚いたのが、その出来映えです。ここが、まさに「ド直球」の進化だと思ったポイントでした。
※オープンワールド
広大な世界を用意し、その中をプレイヤーが自在に探索して攻略するコンセプトのゲーム。また、その広大な世界そのもの。『スカイリム』や『グランドセフトオート』シリーズが代表例。AAAタイトルと呼ばれる、世界で何千万本の売り上げを叩き出す海外タイトルの多くが採用している。一方、日本では開発事例も少なく、世界規模のヒット作は『メタルギアソリッドV』など一部のタイトルにとどまる。(3月2日15:30修正)
藤澤氏:
「サンドボックス」【※】的な要素を上手に取り入れて、いきなり集大成的な出来栄えのものが示されたことに驚きました。先ほど触らせてもらったときに、松明につけた火を草にかざしたら、一気に燃え広がってったんです。しかも、風が吹くと、どんどん延焼していく。「ええええ。これ、どこまで行っちゃうんだろう」と。
※サンドボックス
直訳である“砂場”のように、ゲーム中に存在する要素をプレイヤーが(ある程度)自由に組み立てて楽しめる箱庭タイプのゲーム。代表的な例に『Minecraft』などがある。
青沼氏:
そうでしょう。どんどん燃えていきますよ(笑)。
――北米の「オープンワールド」でも、松明を草にかざして「野焼き」できちゃうゲームなんて、見たことないです(笑)。むしろ今回の『ゼルダ』を触ることで、これまでの「オープンワールド」がちっとも自由じゃなかったことに、我々は逆に気づくように思います。
※編集部注:
『Far Cry』シリーズなど、「野焼き」の要素が採用されている海外ゲームも存在する。(3月3日14:30追記)
青沼氏:
任天堂としては今回の『ゼルダ』のスタイルを「オープンエアー」【※】と名付けているのですが、今日はその一般的な「オープンワールド」という呼び方で話を進めましょう。でも、その感想は大変に嬉しいですね。
実は今回は、もう色んなルートで障害を攻略できるようにもしました。これまでの「ゼルダ」で、もし壁や山のふもとで、目の前にあるいかにもな「謎」を解かないで直にそこを登ってクリアしてしまったら、絶対に「バグ」ですよね。無論、これまでの「ゼルダ」では、そういうものは全てナシにしてきたし、徹底的にバグ取りの段階で排除してきたものです。
でも、今回は「もうネタがつぶれたって、ええやん!」って決めました。登ってクリアしてOKです。
――それ、もはや「ゼルダ」のイメージを根幹からひっくり返す発言じゃないですか(笑)。謎解きが複数のルートで解けてしまうわけですよね。
青沼氏:
ええ、ですからプレイヤーが100人いれば、100通りのゲームになります。
でも、本当は「ゼルダ」が好きな人たちは、山を登れないか試したくなったことがあるはずです。それで上手くいったら、すごく嬉しくないですか。チートをした感覚だけど、プレイヤーにとっては楽しいことですよね。
藤澤氏:
とてもよくわかります。堀井さんも、しばしば「プレイヤーには少しだけインチキさせてあげた方がいい」と言うんです。実際、『ドラクエ2』で「ふくびきけん」を使った裏技が見つかったときも、堀井さんはあえて直さなかったらしいですし。
青沼氏:
まさに、その気持ちに今回は応えたんです。ただ、それは山の向こう側の世界を見せることから「逃げない」ということでもあるんです。
今までの「ゼルダ」は、前作の『スカイウォードソード』みたいに、巨大な空から降りていく場面をつくって、いかにも大きそうな世界だと見せかけたり、色んな場所と場所の間を見せないことで大きさを表現したりしてきました。当時はそれしかできなかったからなんですが、それはやっぱり「嘘」なんですね。
だから、今回は覚悟を決めて大きな世界を作り込みました。その広い世界の中で「俺はこういうルートで行くぞ!」と思って、本当にできちゃって「やったー!」と思える。これでいいんです。
Havok社が驚いた物理エンジンの使いこなし
――ううむ、なんだか清々しい言葉ですが、実際にはオープンワールドで「あるある」な、バグだらけだったり……とかは大丈夫ですか?
青沼氏:
もちろんスタッフの調整あってこそなんですが――これが不思議なことに、意外と上手く出来ているんですよ!
例えば、山なんかでも、普通に下から登っていくと留まれないけど、上から降りていくなら摩擦でギリギリで留まれる地形があったりして、そこで「スタミナゲージ」を回復できたりするんです。この地形は結構色々な場所にあるんで、「じゃあ、わざとらしく安全地帯を中腹に作らなくてもいいね」と話し合ったりしてます。
「ゼルダ」には昔から、「これは俺にしか分からないだろう」とプレイヤーの自負心をくすぐるような仕掛けがあったじゃないですか。その密度は今回かなり高いと思いますよ。探していけば、かなり自然に色々と発見できると思います。
――それって、まさに僕らがオープンワールドに求めていながら、実際にはあまり得られなかった感動でもありますよね。
藤澤氏:
ほとんどのオープンワールドって、実際には「自由」と謳ってるだけのものが多いですからね。今回の『ブレス オブ ザ ワイルド』は、プレイヤーのアクションに対して、本当に寛容な状態を作れていますね。
――その意味では、いきなり技術的なトークで読者の方には恐縮なのですが……物理エンジン【※】をこれほど丁寧に使ったゲームを初めて見たことにも驚きました。海外製のゲームを遊んでいる人なら分かると思うのですが、物理エンジンを使ったゲームって、いかにも「洋ゲー」という感じの粗っぽい動きをするじゃないですか。
※物理エンジン
ミドルウェアの一種で、ソフトウェア中のオブジェクトの重さ、速さなどを考慮し、物理的な計算を担うツールとして使われる。物理演算エンジン。3Dを軸とする2000年代以降のゲームにおいて重要視され、代表的なものには後述のHavokをはじめ、ゲーム向きのPhysXやオープンソースが特徴のBulletなどがある。
藤澤氏:
洋ゲーでも、物理エンジンの使い方が限定的なものも多いですよね。衝撃を受けたときに崩れて落ちるだけ……みたいな。でも、そういう粗さは今回の『ゼルダ』からは全然感じられない。
――これって、任天堂が独自に開発した物理エンジンだったりするんですか?
青沼氏:
いえ、発表会でも既に明かしていますけど、Havok【※】ですよ。
※Havok(ハボック)
アイルランドのソフトウェア会社(現在マイクロソフト社が買収)および同社が開発した、オブジェクトの物理演算を行なうミドルウェア。キャラクターやオブジェクトが高所から落下するさまや、爆発などによって吹き飛ばされるさまなどでわかりやすく見られ、関節のあるぬいぐるみのようなリアルな動きを見せるその一方で、時として“Havok神”などと揶揄される不思議な挙動が話題となることがある。
一同:
えっ!
藤澤氏:
ううむ。正直なところ、Havokを使ったゲームって、すぐに分かるくらいの動き方をするんですが、これは全くそう感じないですね。いや、これプレイしただけで分かる人は少ないんじゃないか……。
――ちょっと驚きました。読者の方に説明すると、Havokは広く普及している物理エンジンですが、やはり日本のユーザーにはビックリするような動きが多いんです。極端な例では、空中にキャラが飛び上がってしまったりとか(笑)。電ファミの母体になっているドワンゴの、ニコニコ動画ではユーザーから「Havok神」なんて言われていたり……。
青沼氏:
実はこの辺については、Havok社の人と親密な関係を築けたことが、大きいんですよ。もうとにかく現場のエンジニア達が議論して、徹底的に手を入れさせてもらったんです。Havok社の方からも「Havokでここまでやれるの?」という驚きの言葉をいただいたほどです。
――それは物理エンジンのアルゴリズムをもっと精緻にしていったということですか?
青沼氏:
いえ、むしろ僕たちは『ゼルダ』らしい謎解きをつくる上で、物理を「信じなかった」んです。
やっぱり、どんなに良い物理エンジンでも、その言いなりになっていては、今回の『ゼルダ』的な、どんどん「かけ算」的に現象が起きていく謎解きはつくれないんです。そのためには、むしろ物理エンジンに全てを任せてしまわずに、その挙動を制御する必要があるんです。
――いわば『ゼルダ』の世界を実現するために、オープンワールドを構成する物理法則そのものに、徹底的に手を加えたわけですね。ただ、あまりに現象の連鎖が見事です。通常の「サンドボックス」型ゲームでも、ここまで洗練された挙動にはならないと思うんです。
青沼氏:
それについては、おそらく今回2Dの世界でゲームを作り込んで一回シミュレーションしてから、3Dの開発を始めたのが大きいでしょうね。
藤澤氏:
それ、面白そうな話ですね!
実は2Dゲームから作り始めた
青沼氏:
実は最初、世界全体の物理をまとめるのに、リードプログラマが2Dの世界に物理法則を乗っけて、最初にシミュレートするのはどうか? と提案してきたんです。
――だいぶ、ポカーンとする提案ですね(笑)。
青沼氏:
さすがに僕も最初は全然ピンと来なかったです(笑)。でも実際に作り出してみて、「なるほど」となりました。2D空間の中で、火がついて、それに風が吹くと別の場所に火が移っていき、最後には何か燃やしたいものが燃える――こういうものを2Dゲームのキャラチップの変換なんかを使うと実現できてしまうんです。
――つまり最近ネットで中高生に流行りの、RPGツクール製ホラーゲームみたいな手法を駆使して、プロトタイピングしたわけですね(笑)。でも確かに、そういう『ピタゴラスイッチ』みたいなアイデアは、平面で小さく作った方が思考が整理されやすそうです。
青沼氏:
実際、非常に考えやすかったですからね。とりあえず近場の木を切り倒したら、それが川に浮いて、向こう岸への橋になって……みたいなネタの展開が、どんどん2Dの画面で生まれてくるんです。ああ、これなら考えやすいぞ、と思いました。
それをやっているうちに、おぼろげにゲームの全容らしきものが見えてくるんですね。そこで今度は、この2Dゲームをどうやって3Dゲームに落とし込めばいいか、と考えたわけです。
――めちゃくちゃ面白い話ですね。そんな衝撃的な開発手法、聞いたことない。
藤澤氏:
そのプロトタイプは、あまり人目には触れないかたちで作られていたのですか?
青沼氏:
いや、任天堂のスタッフの間では1ヶ月くらい、それを稼働させながら、みんなでワイワイガヤガヤと研究しました。そうして結局、基本の部分は全て2Dゲームの中でシミュレートしてしまったんです。
で、僕らはこのゲームを宮本にプレゼンしに行ったんです。僕たちの手応えとしても、「今までにないゲームができているぞ」という感じではあったんですが、さすがにちょっとドキドキしましたね。
The quickest way to bring these ideas to life, and present it to the team, a 2D prototype of #Zelda was created. pic.twitter.com/OJnE4yt8Oi
— Nintendo of America (@NintendoAmerica) 2017年3月1日
※「GDC2017」にて公開された『ブレス オブ ザ ワイルド』2Dプロトタイプ。3月2日14:00追記
――「次の『ゼルダ』はオープンワールドです」と言いながら、2Dゲームのプロトタイプを見せる(笑)。さすがに宮本さんも驚いたのでは。
青沼氏:
ところが、宮本は一発で僕らの意図を理解したんですよ。
僕らのプレゼンを聞いて、宮本は「これまでの『ゼルダ』は、マップにオブジェクトを置いたときに“世界の側がオブジェクトに影響を与えてきた”けど、今回は“オブジェクトの側が世界に影響を与える”ということだね」と言いました。
この言葉には僕らも、「ああ、なるほどな……」となりました。実際、そうなんです。広い世界の中にモノを置いたときに、モノとモノが影響し合って、そこから色んな反応が連鎖的に起こっていく――これが今回の『ゼルダ』なんです。宮本は「そうだとすれば、広い世界に一つ何かを置くという行為が、とても豊かな意味を持つね」と納得して、すぐにGOサインを出しました。
――うーむ。その宮本さんの理解のスピード感もすごいですね。言ってしまえば、「ゼルダ」において天動説が地動説に変わる「コペルニクス的転回」みたいな話を一瞬で飲み込んだわけですよね。
青沼氏:
「あれも出来るなら、これも出来るはずだ」というのは、まさに「ゼルダ」がずっと大事にしてきた面白さでもあるんです。
実は最初の3Dゲームだった『時のオカリナ』でダンジョンディレクターとしてアサインされたのが、僕の「ゼルダ」との関わりの始まりなんです。当時、「水の神殿」【※】を最終段階近くで調整していたときだと思うんですが、ふっとやって来た宮本が妙なことを言いだしたんです――「看板を縦に切って、縦に切れるのは普通だけど、横に切って横に切れたら、みんなビックリするよね?」と。
※水の神殿
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』に登場するダンジョン。フィールド上の湖から潜入できる大広間を中心に大きく3層にわたり、スイッチを操作してダンジョン内の水位を調節することと、水中でも浮かび上がらないアイテムを使用することで、内部を行き来する。このシリーズ屈指の複雑な仕掛けは青沼氏が設計。
藤澤氏:
僕もあの看板の切断は、当時プレイしていて驚きました。ここまでやるのか……と。
――「社長が訊く」でも語られていた、あのギミックですね。今となっては当たり前ですが、98年の時点でその表現は非常に先進的なものでした。
青沼氏:
まあ、当時の僕は「忙しいときに何を言うとんねん、この人は!」でしたけどね(笑)。
「3Dのダンジョンをつくるのでヒイヒイ言って、やっと仕上がってきたのに、看板だと!?」みたいな気分ですよ。「何を言ってるのかよくわかんないし、こりゃ自分とは関係ない世界だと思っとこ」と思って、ひたすらダンジョン製作してました(笑)。
ところが、なんか知らぬ間に看板が横に切れるどころか、斜めに切れたりしだしたんです。そして、しまいには飛んでいった看板が水面に浮きだしたんですよ!
藤澤氏:
しかも、流れていきますからね(笑)。
青沼氏:
でも、こっちは散々苦労して、これまでダンジョンを設計してきたわけですよ。ところが、宮本はというと、「イイと思わへん?」とニッコリしてるわけです。
藤澤氏:
その感じ、僕にはすごくわかります(笑)。
――堀井さんもそういう感じなんですね(笑)。
青沼氏:
でもね、今にして思えば、あれこそが「ゼルダ」の「世界に自分は触れちゃった」という感覚を生み出してるんですよ。
そうすると、プレイヤーは「あ、こんなこと出来るんだ。じゃあ、これも出来るんじゃない?」と、どんどん考えが進んでいくわけです。宮本もその後どんどん、オカリナを奏でると反応する「時のブロック」みたいなアイデアを出してきました。僕は「そんなギミック、ダンジョン設計には入れてませんから!」と悲鳴を上げてたんですけど、今や代表的な仕掛けですよね。
そんなふうに一個出来ることが見つかったら、他にも出来ることを仕掛けていきたくなる。そうして、それを体験したプレイヤーは世界にどんどん没入してもうその世界から離れられなくなっていく。今回の作品は、看板に象徴されるような3D「ゼルダ」以降に宮本が考えてきたことを推し進めた先にあるものです。
――そう聞くと、今回の作品が「これまでの『ゼルダ』のアタリマエを見直す」という言葉と同時に、「『ゼルダ』の原点回帰だ」と謳われていることに、納得がいくように思います。3D以降の「ゼルダ」のある種の「本質」に沿っているんですね。