「もし東京藝術大学にゲーム学科ができたとしたら?」
そんな想定のもと、日本最高峰の芸術大学である東京藝大が7月末に開催したのが「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」だ。スクウェア・エニックスと協力して藝大の構内に期間限定でゲーム学科を立ち上げてしまおうという試み。藝大の学生らが作ったアニメーション作品を、スクエニのゲームクリエイターのアドバイスを受けながら「誰もが遊べるゲームに変換してしまおう」という、両者にとって初めての取り組みだ。
「ゲーム学科(仮)展」という一風変わった展覧会の名前の裏には、「今は(仮)だが、いずれは本物のゲーム学科を新設したい」という意図が込められている。それどころか主催側は「藝大の未来にとってゲーム学科の設置は必要不可欠」とまで言う。前身を含めて100年以上の歴史を持つ東京藝大が、なぜ今ゲームを芸術と位置づけ、その教育の中にゲームを組み入れようとしているのだろうか。
電ファミでは、今回の展覧会を主導した東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻の桐山孝司教授・研究科長にその意図を聞いてみた。話はゲームとアニメの目的意識の差から、日米の大学でのゲーム教育の違い、そして社会における藝大のあり方の行く末にまで広がっていった。
取材、文/透明ランナー
「本当に実現したいと思ってます」
――今年7月21日から30日まで、「もし東京藝大にゲーム学科ができたとしたら?」をコンセプトにした初めての展覧会「東京藝術大学ゲーム学科展(仮)」が開かれました。まずはこちらの展覧会がどのようなものだったのか教えてください。
桐山孝司氏(以下、桐山氏):
この展覧会は、東京藝大の映像研究科が過去に製作したアニメーションから7作品を選び、その作者とスクウェア・エニックス(以下、スクエニ)さんのゲームクリエイターやエンジニアらがタッグを組んで、一方的に見るだけだったアニメーションをVRゲームなどに作り変えて展示するというのがメインの企画です。
また、展示のほか、スクウェア・エニックスのアーティストやクリエイターによるゲーム制作プロセスを解説する連続講義も行いました。最終日には『ファイナルファンタジーXV』(以下、『FFXV』)【※】の楽曲を藝大の学生が演奏するスペシャルコンサートも開きました。
※ ファイナルファンタジーXV
2016年発売のアクションRPG。本作は、シリーズの従来作品のようなコマンドバトルでなく、オープンワールド型となっている。爽快感のあるオーケストラ調のゲーム音楽も、本作の魅力のひとつ。
――期間中はどのくらいの来場者が訪れたんですか?
桐山氏:
9日間で3000人以上の人にお越しいただきました。それほど来てもらえるとは思っていなかったんですが、ふたを開けてみたらいろんな年齢層の方、特に女性が多かったので、結構驚いています。アートに興味がある方は展示に、ゲームのコアなファン層は連続講義に、ライトな層はコンサートに来ていただいて、幅広い人に見てもらえました。
――この展覧会のコンセプトは「もし藝大にゲーム学科ができたら」ということですが、前身を含めて100年の歴史がある東京藝大に、実際にゲーム学科ができる予定はあるのでしょうか?
桐山氏:
実はぜひ本当に実現したいと思っています。
大学院の専攻になるかもしれませんが、ゲーム学科は今こそ本気で藝大に作らなければならないと思っていますし、完全にそこに目標を置いています。手続きなどには時間がかかると思いますが、可能な方法で早く立ち上げたいと思っています。藝大の未来にとってゲーム学科は必要不可欠なんです。
――ゲーム学科が藝大に必要……その理由、気になります!
アニメーションがゲームになるって?
――ただ、その前に、アニメーションからゲームを作るというのがどのようになるのかあまり想像できないですが、具体的に作品を紹介してもらえますか?
桐山氏:
例えばこちらの『鞍馬の火祭』という作品。谷耀介というアニメーション作家が、地元の祭り「鞍馬の火祭」を描いた作品が元になっています。
自分が実体験した世界を雰囲気も含めて絵にしていたんですが、それをゲームにするために見せ方を変え、「部屋の中に隠れている妖怪を探し出すと、自分が何のために鞍馬の火祭に来ていたかの記憶を取り戻し、この部屋から脱出できる」という設定の3Dゲームにしたものです。
――観客はHTC Viveをかぶって1回5分ほど体験するわけですね。こちらは3Dのゲームですが、もともと3Dアニメだったんですか?
桐山氏:
いえ、元は手描きの2Dアニメなんですよ。それを作中の細かいアイテムまで3D化してゲームに仕上げています。
ただ、カーテンや畳、妖怪の描き方はアニメーション作家らしいこだわりがあるので、そこはできるだけこの3Dの中でも質感を引き継いでいこうとしています。
――こちらの『雪山のライチョウ』はどういった作品ですか?
桐山氏:
雪山で猛吹雪に飛ばされた男を主人公にしており、手描きのアニメーションが元になっています。これを「ライチョウと一緒に遭難者を救出する」というVRゲームに作り変えました。
プレイヤーは雪山に立って周囲を見渡しながら、遭難した男を救い出すことが目的になります。視界を遮って激しく吹き荒れる吹雪が特徴的で、その雰囲気を大切にしながら制作が進められました。
――どうしてこのアニメをゲームにしようと決めたんですか?
桐山氏:
藝大のアニメーション専攻は今年で設立8年目を迎え、一年次、二年次を合わせて毎年32本ほどアニメーション作品を作っているので、相当な数が溜まっているんです。その中から修了生の薩摩浩子さんによる雷鳥のアニメーションを見つけて、薩摩さんに「このアニメーションをゲームにしませんか」と声をかけたんです。
そこからスクエニさんのメンターと、映像研究科の修了生を含むエンジニアリングチームと一緒にタッグを組んでゲームづくりを行いました。
――この「Z」という作品も面白そうですね。2Dの世界に積み木を置くと3Dの世界が完成し、その世界に埋め込まれたパズルを解いていくという。メディアアート寄りの作品ですね。
桐山氏:
アイデアとしてはかなりメディアアート寄りですが、実はこれも元はアニメーションだったんですよ。紙の世界に暮らす二次元の住人が偶然三次元の世界があることに気づき、自ら紙を折り曲げて脱出を試みるという設定の、7分ほどのストップモーションアニメーションです。
元のアニメーションの世界観を生かしつつ、本来2Dでしかない絵が3Dに立ち上がってくるのを楽しめる形にしたいということで、積み木にプロジェクションするという形になりました。
アニメとゲームの違いとは
――今回アニメーションをゲームに変換するという藝大としても前例のない取り組みをしたわけですが、いかがでしたか?
桐山氏:
今回一見無謀にも思える挑戦をしてみてよくわかったのは、アニメーションとゲームは入り口の発想が違うということです。
ゲームはプレイヤーをいかに熱中させるかをとことんまで追求していて、「まず何を見せ、次に何をやってもらえばいいか」という流れが非常に重要です。
――ゴールを設定して提示したり、次に何を目指せばいいか分かりやすくするということですね。
桐山氏:
そうですね。そこでゲーム制作の知見が豊富なスクエニさんのアドバイスは非常に有用でした。どうしてもアーティストは一つの世界に入りこんでしまうので、客観的に見て面白く熱中させるゲームにするために、さまざまな方面からアドバイスをもらいました。
――アーティストとスクエニがタッグを組んで制作したわけですね。
桐山氏:
今回はアーティスト1人にスクエニさんからメンターが1人、エンジニアが1~2人ついて、チームで制作を行いました。
我々はまだまだゲームづくりの経験知がないので、ゲームプレイを楽しませるためのプランニングはこれから伸ばしていきたい部分です。
歴史あるアメリカの「ゲーム学科」
――こちらの展覧会、そもそもどのような経緯で企画されたんですか?
桐山氏:
2年ほど前からスクエニさんが藝大映像研究科のアニメーション専攻やメディア映像専攻に興味を持って、何度も展示や上映会に来てくれていたんです。特に『FFXV』を世に出した第2ビジネスディビジョン【※】の中の美術チームの方々が興味を持ってくれていました。そうしてお付き合いが始まり、将来的に何か一緒にできたらいいねと漠然と話をしていたんです。
そんな中で、私たち藝大が作っているアニメーションやメディアアートのような、必ずしもエンターテインメントではないものを、人を楽しませることに特化しているゲームの知見と融合させて、新しい体験を開拓してみたら面白いんじゃないかという話になりました。
※第2ビジネスディビジョン
スクウェア・エニックス内の『FINAL FANTASY XV』を核とする事業。
――なるほど、その頃からスクエニとの付き合いが生まれたんですね。
桐山氏:
そんなとき、ちょうど2016年の秋に、南カリフォルニア大学【※1】のインタラクティブ・メディア&ゲーム学科のアンドレアス・クラツキー教授【※2】が、藝大でゲームの授業をするために来日したんです。
※1 南カリフォルニア大学
1880年に設立。アメリカ西海岸に位置する名門校で、同校の映画芸術学部は、ジョージ・ルーカスやジョン・カーペンターなど著名な監督を輩出している。動画は、インタラクティブ・メディア&ゲーム学科のイントロダクションビデオ。
※2 アンドレアス・クラツキー教授
南カリフォルニア大学映画芸術学部教授、メディア・アーティスト。研究テーマは人間とコンピューターの相互作用やインターフェイスデザイン。今回の「ゲーム学科(仮)展」にあわせて再来日し、桐山教授とともに藝大で「ゲームを教育する」という講演を開催した。
クラツキー教授はアカデミックな視点からゲームを研究していて、「街などの空間を観察して、その結果をゲームに落としこむ」という授業をやってもらいました。
その授業が面白く、これはぜひ何らかのゲームを完成させて人に展示できるような作品に育てたいという思いが生まれました。そうして本格的に実際の制作作業が動き出したのが昨年の秋からです。
――南カリフォルニア大学にはゲームを扱っている学科があるんですね! そういう学科はアメリカでは多いんですか?
桐山氏:
そう、アメリカには大学の学科としてゲームを教えているところが20以上あるんです。そのあたりの事情をクラツキー教授に教えてもらって驚くことばかりでした。
たとえば南カリフォルニア大学は、ハリウッドの近くにあって歴史的に映画部門が強く、長い歴史があります。そこに新しい風を吹き込もうと15年ほど前にできたのがゲーム学科なんです。脚本や映画音楽、照明といった映画の専門家はすでにいて、さらにそこにインタラクティブな要素を強化しようとしたんです。
――なるほど、映画の知見をゲームに活かそうとしたわけですね。
桐山氏:
他の大学のゲーム学科は、たとえばゲームエンジン開発のようなテクノロジーを教えるところが多いんですが、やはり最終的にはコンテンツそれ自体を作れるようになるところが強いんですね。南カリフォルニア大学はそれまでの映画の歴史を活用しつつ、今までにない人材を輩出することで、全米でも有数のゲーム学科になっていったんです。
――そういった米国の流れに触発されて、今回の「ゲーム学科展(仮)」が企画されたわけですね。ひとつ気になるんですが、そういったゲーム学科の卒業生の進路はどういったところになるのでしょうか。
桐山氏:
15年前はそれこそソニーのような大きな会社に入社するか、パートナーとして大会社と一緒に制作するのが目標だったんですが、最近はインディペンデントにゲームを作り続ける人がほとんどだそうです。
そして面白いことに、学科自体がゲームのレーベルを持っているんです。
――大学として若手を支援する体制づくりにも力を入れているわけですね。
桐山氏:
15年前はPlayStationのゲーム開発に参加するには大きな費用が必要だし、就職先も限定されていたようですが、今やUnity【※1】やUnreal Engine【※2】で熱意さえあればいくらでもゲームを作れる時代ですからね。そういった変化はアメリカでもここ15年くらいの話なので、日本でも状況がどんどん動く可能性があると思います。
※1 Unity
ユニティ・テクノロジーズが開発したゲームエンジンの一種。ウェブプラグイン、デスクトッププラットフォーム、ゲーム機、携帯機器向けのコンピュータゲームを開発するために用いられており、100万人以上の開発者が利用している。
※2 Unreal Engine
Epic Gamesが、1998年に発売したFPS『Unreal』に実装したものに端を発するゲームエンジン。FPS、TPS以外にもさまざまなジャンルのゲームに使用されている。開発会社のEpic Games。