1年半ほど前、会社を退職してひまだった男が、何気なく買ったゲームで「ガンタンク」を作り始めた。
1年半後、彼は人気動画投稿者となり、さらに「ガンタンク」を作り続けたことがきっかけで、新たな会社に就職することになる……。そんな謎の物語を今回はご紹介したい。
1979年に放送されるや、日本のロボットアニメに革命を起こした『機動戦士ガンダム』。主役機であるガンダムを筆頭に、地球連邦軍の量産機であるジムや、両肩のキャノン砲が特徴的なガンキャノン。
そして、ジオン公国のザク、グフ、ドム、ゲルググ。勢力や設計思想、想定される環境に応じて多種多様に登場するモビルスーツたちは、今でも大人から子どもまでを魅了し続けている。
その中でもひときわ異彩を放つのが、主役機と同じ型式番号「RX」を堂々と冠するRX-75「ガンタンク」だ。テレビアニメ版では、ジオン公国に遅れをとった地球連邦軍が打ち立てたモビルスーツ開発計画「V作戦」のなかで開発される。
高機動による立体的な戦闘を主目的として開発されたモビルスーツ、その理念を基本的に無視した「無限軌道」つまり「キャタピラ」を足回りに採用した戦車的モビルスーツであり、同時にモビルスーツ的戦車とも言える。
最大射程260kmと不必要なほどに射程の長い120mmキャノン砲。艦砲クラスを受け止められる装甲を持ちながら、弱点部分である履帯を露出したデザイン。
70km/hと二足歩行のモビルスーツよりも圧倒的に遅い移動速度と、どこを取ってもコンセプトからしてよくわからないモビルスーツだが、その見るものを飽きさせない謎の魅力にはファンも多い。
そんなガンタンクを『Besiege』という兵器クラフトゲーム内で1年半以上にわたって開発し続けている男がいる。「ガンタンク開発計画」シリーズの動画投稿者である、新月ひびき氏だ。
『Besiege』は、2015年にリリースされた兵器クラフトゲーム。さまざまなミッションをクリアするため、無数のパーツを組み合わせて兵器を開発するというタイトルだ。
ゲーム内では物理演算が働いているため、兵器は重量や負荷によって自壊してしまうこともあり、この手のゲームのなかでも非常に難度が高いタイトルとなっている。
しかしながら高い自由度が世界中のプレイヤーを魅了し、発売直後から複雑な機構を持つマシンが製作されてきた。新月ひびき氏は、それからやや遅れて同作を購入し、先達の歴史をはるかに凌ぐレベルでさまざまな技術革新を断続的に成功させてきた。
そして同氏が一年戦争より長い期間にわたり開発に心血を注いできたオリジナルのガンタンクは25世代目に至り、上記の動画でもわかるように驚異的な進化を遂げている。今回はひびき氏にガンタンク開発の経緯と、その進化に至るイノベーション、エポックメイキング的な試作機についてお話を伺った。
文・取材/Nobuhiko Nakanishi
編集・取材/ishigenn
500円で買ったゲームから始まるガンタンク開発
──まずそもそも、なぜガンタンクを作ろうと思ったのでしょうか?
新月ひびき氏(以下、ひびき氏):
なぜかと言われると難しいですね(笑)。ガンタンクの開発を始めたのは2016年の7月からです。『Besiege』自体は2015年に発売されたゲームで、もうひととおりブームは終わったあとでした。
自分はたまたま過去に流行っていた『Besiege』の動画をいくつか見て、「いろいろできるゲームだな」と思って調べてみると、価格が1000円もしなかったのですぐに買ってしまいました。
──今は1000円を超えていますが、当時は500円ぐらいの値段でしたね。【※】
※Steamで販売されている『Besiege』は開発中のゲームを販売する早期アクセス制度を採用しており、開発の進行度によって徐々に価格が上昇していく。
ひびき氏:
せっかく買ったので、なにか作ろうと思ったのですけど、人型ロボットとかは難しそうだなと。でもガンタンクなら、それっぽいものに上半身を乗っければできるだろうと思ったんです。
──確かに第1世代は“それっぽいものに上半身”が乗った感じです。
ひびき氏:
買って数時間で作ったのが第1世代だったんですね。なんか、あんなにしょぼいのに、動画のコメントで「もっと作ってほしい」と言ってもらえて、それで作り続けることにしました。
──当時は25世代も続けようとは思っていなかったですよね。
ひびき氏:
そうですね。もう飽きたからやめようと思って、これまでに何度も開発終了宣言【※】をしているんですけども。
※開発終了宣言
「ガンタンク」開発シリーズでは過去7回にわたり開発終了が宣言されているが、ひびき氏はいずれも期間を置いて舞い戻っている。動画には「終わる終わる詐欺」のタグがジョークで付けられていることも。
──毎回、本気で辞めようと思っているのですね。
ひびき氏:
本当に辞めようと思っていましたね(笑)。
──最初にガンタンクを選ばれたのには、なにか理由があるのでしょうか? ガンタンクに何か特別な思い入れがあったのですか?
ひびき氏:
もともと『機動戦士ガンダム』自体が好きで、ゲームもよく買っていたんですけど、ゲームのガンタンクって戦車だから変な動きをするじゃないですか。
──変な動きですか?
ひびき氏:
ガンダムのゲームに登場するモビルスーツは、強い攻撃を受けたらだいたいダウンするんです。でもガンタンクは倒れると起き上がれないので、仕様上の問題で転倒せずスライドするみたいに移動するんですね。
ほかにも、腕がないのでこいつだけ武器の換装ができない。なんだか、毎回ガンダムのゲームを否定するような仕様で出てくるので、お気に入りではありました。
──なるほど。実は自分たちは、ひびきさんはきっとすごいガンタンクマニアの方で、ガンタンクがどう動いているのかを研究したくて、それを追求しているのかなと思っていました。
ひびき氏:
お気に入りのモビルスーツではありましたけど、ガンタンクがとても好きというわけではなかったですね(笑)。
たとえばキャタピラだって、最初は木製の車輪で稼働していたんですけど、動画のコメントで「ガンタンクなんだからキャタピラにしないと」と言われて、第5世代でしぶしぶ作ったんです。
かなり大変だったんですけど、キャタピラを作ったときに「意外とかっこいいな……」と思ってしまった。
今までガンタンクってネタキャラだと見ていたのに、第6世代ではキャタピラ作りに熱中するようになって、どんどんキャタピラ開発にのめり込んでいきました。
──確かに前半の動画では、ほぼ履帯と転輪の話しかしていないですよね。ずっと試行錯誤されている。
ひびき氏:
そんな感じですね。
ゼロ知識からのキャタピラ開発、本物戦車やプラモ参考に
──これだけ複雑な機構を作られているわけですが、工学系やメカニックの知識はいつ学ばれたのでしょうか?
ひびき氏:
そういった知識はまったくないです。
──ええっ!?
ひびき氏:
仕事もまったく関係なくて、以前はコンビニで正社員として働いていました。
──たとえば学生時代にそういう学部にいたとか、そういうことでもなく?
ひびき氏:
まったくないですね。
──プラモデルを作るのがすごく好きだったとか、ミニ四駆が好きだとか、子どものころ工作が好きだったとか?
ひびき氏:
プラモデルは少し作っていましたが、エアブラシで塗装する際の粉じん対策を用意するのが面倒で、その程度しかやっていませんね(笑)。
──粉じん対策を面倒だと投げる人が、こんな複雑なガンタンクを25世代も作らないのでは……?
ひびき氏:
(笑)。クラフトゲームも『Besiege』が人生初ですね。
※ほかのクラフト系ゲームと比較すると、より緻密な設計が求められる『Besiege』。第25世代ガンタンクの開発映像でも紹介されているとおり、今年3月のアップデートでは、さらにパーツの角度調整や重複処理などがバニラ環境(Modを使用しない環境)で行えるようになった。
──では、なにが面白くてここまでガンタンク開発に熱中しているのでしょうか?
ひびき氏:
ベルトコンベアが流れていく様子とか、エスカレーターが流れていくのを、なんとなく見ているのは好きですね。キャタピラもずっとグルグル回っていくじゃないですか。なんだか見ていて飽きないなあと。
──実際の戦車が好きということもない?
ひびき氏:
それはむしろ逆で、ガンタンクを作るために参考にして現実の戦車に詳しくなりましたね。
──まったくの予想外でした……。では、キャタピラを初めて採用されたのが第5世代ですが、その際にはどうやって作られたのでしょうか?
ひびき氏:
第5世代のキャタピラはとても簡単な構造で、すでにYouTubeなどで外国の方が作り方を動画で広めていました。最初はその猿真似だったんですね。
──それがどんどん本格的になっていくわけですよね。
ひびき氏:
第13世代で一度ガンタンク開発を辞めようと思っていたんですが、なんだか最後に作ったガンタンクがイマイチだったなと気になり始めてしまって。そのころから、実際の戦車の構造を調べ始めました。
それまでのキャタピラは、『Besiege』のヒンジというぐにゃぐにゃと曲がる部品に、車輪となる軸をはめて回していたんです。
でも調べたら、現実世界のキャタピラはそうではなくて、キャタピラの隙間の部分に歯車の歯を引っ掛けて回すことに気づいたんです。
──ゼロ知識で作っていたのもすごいですが、さらに本格的にキャタピラの構造を学び始めてしまうという……。
ひびき氏:
キャタピラは無限軌道というのですが、あれは板の方にレールとなる溝がついていて、その上を車輪が通って稼働します。
でもレールをつけるとかそういう細かい事ができないので、ヒンジに板を上から貼って、ヒンジ自体を溝にしちゃうんですね。
普通のレールは受け側がへこんでいて、そこに車輪をはめるじゃないですか。ならその逆で、車輪の方をへこませて、本当はレールになるべきヒンジの方を膨らませようと思いつきました。
ヒンジを車輪で挟み込めば、レールにハマる状況が再現できるんじゃないかというアイデアが浮かんだ。浮かんだらやるしかないですよね。
──もはや技術開発に近いものを感じますね。ちなみに、実際に参考にされた戦車や資料は覚えていますか?
ひびき氏:
実際に参考にしたのは『ガールズ&パンツァー』の劇場版の資料で、「10式戦車」のモデルが公開されているんですね。それで側面や前面がしっかりと見ることができる。
──では10式戦車から大きな影響を受けた?
ひびき氏:
10式もそうなんですけど、実は一番参考になったのは、けっきょく「マスターグレード」シリーズのガンタンクのプラモデルでした。
実際の戦車はいくら詳しい資料でも、なかなか中身までは見られないんですよね。戦車のスケールモデルを作るというのも難しいですし、手ごろなものはないかと考えていたときに、マスターグレードのガンタンクに目が止まったんです。これが細かい部分まで再現していました。
──バンダイのプラモデルはそんな細かいところまで再現しているのですね。
ひびき氏:
それらを参考に完成したキャタピラは、今までの5倍以上の頑丈さになってしまった。ここまで強いものが作れるのなら、ガンタンク開発も再開するしかないと。
──キャタピラのほかにも、ひびきさんのガンタンクには複雑な変形・合体機構が備わっていますよね。
ひびき氏:
ターニングポイントは第19世代ですね。そのときに合体機構が取り付けられました。
『Besiege』には「バウンティボックス」という機体のサイズ制限があって、そのサイズ内でないとステージを攻略してもクリア扱いにならないんですよ。だからそれまで開発してきたガンタンクは頭身が小さくて、かっこ悪かったんですね。
もっとデザインをよくしたいんだけど、そうすると縦軸のサイズ制限を超えてしまう。横はある程度は広くてもいいので、なら合体だと。
──第19世代はニコニコ動画でも注目を浴びた機体でした。
ひびき氏:
変形機能は第20世代からですね。『機動戦士ガンダム MS IGLOO 2 重力戦線』というOVAに、「陸戦強襲型ガンタンク」という機体が登場するんですが、それが機体の前にキャタピラを付けていて姿勢が下げられるんですね。
第19世代で合体機構が意外と大変だなと思っていたところに、これを参考にして変形機構を取り入れたら、可能性が一気に広がったんです。
──変身・合体機構はなにを参考にされたんですか?
ひびき氏:
自分で研究しました。
──(笑)。自力なのですね。
ガンタンク開発で自分の適職判断
──さきほどガンタンク開発になぜ熱中するのかを聞きましたが、やはりひびきさんの性分がそもそも凝り性だったという気もしますね……。
ひびき氏:
どの機体も作ってから3日ぐらいは満足しているんです。でもしばらくすると、足が遅いなとか、キャノン砲が貧弱だなとか思い始めてしまう。
そこから今回はブースターを付けてみよう、腕の武器を変えてみようと、前世代の不満をどう解消すればいいのかというのを考えてしまいます。
──もはやガンタンクを追い求めるというよりも、本当の兵器開発史のような。
ひびき氏:
最初はアニメ版のガンタンクを理想形に開発していたんですけど、どうしてもゲームに落とし込むと弱い部分が出てきてしまうんですね。
空を飛ぶ第10世代はアニメのガンタンクに近いのですが、そこからはゲーム的な実用性に寄せていきました。
第20世代ぐらいになると、動画に「もはやガンタンクではないよね」というコメントが寄せられて、そこから再現は辞めました。独自解釈で、もはやキャノン砲と頭部と腕さえあればガンタンクだろうと。
──それがひびきさんのガンタンク定義。もちろん、真のガンタンクではないですが。
ひびき氏:
そうですね。キャノン砲と頭と腕がついてれば、それはガンタンクです(笑)。
陸戦強襲型ガンタンクはキャノン砲がひとつだったり、頭がセンサーみたいになっていたりしますし、設定に出てくる「ガンタンクII」もアニメ版とまったく違うんですよね。公式でそういうのがあるのなら、まあそれぞれのガンタンクがあっていいじゃないかと。
──『Besiege』ではアップデートが定期的にあって、仕様が変わったために前の機体が動かなくなったということが何度かありましたよね。それでも「辞めよう」とはならない?
ひびき氏:
ないですね。これで辞めようと思って作った第13世代は、アップデートで動かなくなったんですが、履帯を新しくしようと思ったのはそれが要因なんです。
ショックだったんですけど、それ以上にこれはむしろ革新のチャンスだなと。もともと『Besiege』は自由度が高いこともあって、「これがダメならこれをやる」という楽しさがあることも、続けられた理由だと思います。
──ここまでお話を聞いていると、『Besiege』でガンタンク開発を始めたことで、ひびきさんの才能が開花していった感じがありますね。
ひびき氏:
僕、第16世代ぐらいまでは、病気で仕事を辞めて休んでいたんですよ。そのあいだひまだったので、『Besiege』のガンタンク開発に熱中していたんですね。
で、元気になってから就職活動を始めたときに、「もしかしたら自分はなにか作るのが得意なのかもしれないな」と思って、まったくやったことがなかったWebクリエイターの職業訓練を受けたんです。
そしたら自分で言うのもなんですが、本当に得意だったみたいで、プログラムをすぐに覚えることができた。
──すごいですね。『Besiege』でガンタンクを作っていたら、自分の職業適性に気づくことができたわけですね。
ひびき氏:
最終的に、未経験だけどツール開発をしている会社への就職が決まって、いまもその仕事を続けています。
──前職はコンビニの正社員でしたよね。『Besiege』とガンタンク開発に出会ったことで、大きく人生が変わったという。
ひびき氏:
『Besiege』とガンタンクで就職活動が成功しましたね。
──とんでもないパワーワードです。ひびきさんにとって、「ガンタンク」開発のゴールはどこにあるんでしょうか?
ひびき氏:
いまはガンタンクがふたたび飛べるようになるかもしれないことが楽しみです。前はModで飛んでいたんですけど、今はゲームの仕様が変わったのでバニラ環境でも飛べるかもしれない。
ただ、そう簡単には上手くいかないでしょうし、むしろ問題点があったほうが楽しいんですよね。その新天地が、今は一番の楽しみです。
ゲームのクリア自体は第11世代で達成していて、いまは単純に面白いからやってるんでしょうね。だからゴールは、僕が飽きたときです(笑)。
──『Besiege』は早期アクセス販売中で、今後もアップデートがあると思います。当分ゴールすることはなさそうです。
ひびき氏:
早期アクセスによくあるように、開発が途中で投げ出されることもあるんじゃないかと思っていたんですが、なかなかに続いていますよね(笑)。開発陣との根競べみたいな部分もあるかもしれません。向こうが新しい要素を出したら、こっちもやるしかない。
──今後も新しいガンタンクが作り続けられていくことを期待しています。ありがとうございました。
実在の「戦車」の開発史を見てみると、紆余曲折と試行錯誤の繰り返しだ。近代兵器としての戦車は第一次世界大戦時、延々と続く塹壕戦の突破口として開発されたイギリスの「マークI戦車」からその歴史を刻むが、今考える戦車とは全く形状からはまったくかけ離れていた。
「ひし形戦車」として有名なその戦車は、頑丈さ、居住性、踏破力、どれをとっても塹壕線突破力に優れていたわけではなかった。
その後、フランスの「ルノー17FT」が現在の戦車の原型を作り上げはするものの、戦場の主役にはなり得なかった。戦車が主役になったのは第二次世界大戦の緒戦で、ドイツ軍が浸透突破戦術の有効性をその機動力で見せつけたことによる。
各国の開発競争は激化するが、最終的には戦争は航空戦力による制空権の取り合いにその主軸が移りゆく中で、一定の効力を持つ戦力としての立場を保ちつつ戦場の花形の立場から遠のいていった。
同様にガンタンクは、作中でも高機動戦闘が可能なモビルスーツの枠にありながらも、戦場の主役とはならなかった機体である。
その機体が『Besiege』という無限の可能性を得て開発され続けていく様子と、病気で仕事を辞めたひびき氏がガンタンク開発と出会ったことで前職以上に適した仕事に就けたことには、なにやら運命めいたものを感じてしまうところである。
無限軌道を得て広がり続ける「ひびき氏のガンタンク」と「ひびき氏」。君は見届けることができるか?
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