「チップチューン」という音楽ジャンルを、皆さんは知っているだろうか?
昨今、ゲームだけではなく、音楽の分野においても、いわゆるピコピコ音を使った楽曲を耳にする機会が増えてきたが、そうした音楽の総称がチップチューンである。
※8BIT MUSIC POWER
イラストレーター・漫画家「RIKI」が制作したチップチューンアルバム。FC/FC互換機で動作するファミカセ(任天堂社のライセンス製品ではない)で、アルバムCDの様に様々な楽曲を楽しむことができる。コロンバスサークルより、2016年に第一弾が、2017年に第二弾が発売された。
そんなマニアックそうな音楽が……と思うかもしれないが、既にチップチューンは音楽ジャンルとして確立したものだ。例えば、今やゲームサントラにおいてもチップチューンアレンジは人気を博している。さらにはJ-POPやクラブのシーンでも頭角を現してきた。そう、今やチップチューンは若い人には新しく、そしてファミコン世代の人には懐かしく映る音楽として、幅広い世代で親しまれ始めているのだ。
しかし、このチップチューンが一体何かを本気で定義しようとすると、なかなか大変だ。この存在を知っている人でも、実は「ファミコンの様な音楽」という言葉以外で説明できることは少ない。
そこで今回、電ファミニコゲーマー編集部は、ゲーム音楽史/ゲーム史の研究家であるhally氏に、「チップチューンとは何か?」について、お話を伺うことにした。氏はチップチューンという言葉と概念を日本にもたらした張本人であり、今年の5月にはチップチューンの誕生から現在に至るまでの歴史を一冊にまとめた『チップチューンのすべて』を上梓。話題を呼んでいる。
インタビューでは、ニコニコ動画が果たした役割から、ゲームボーイアドバンスの再評価など、様々な興味深い論点が登場。非常に面白い内容となった。
チップチューンの定義と面白さとは
――そもそもの話になるんですが、チップチューンの定義とは何なのでしょうか。
hally氏:
何がチップチューンで、何がそうじゃないのかという境界線は、いまとても曖昧になりつつあります。
まず基本は“音源チップ”【※】の生成するシンプルな音が主体になっている音楽ということになるのですが、最近は「実機で鳴らないものはダメ」という原理主義者も増えていて、そういう人は「チップチューン警察」なんて呼ばれたりしてますね。
※音源チップ
主にパソコンやゲーム機に搭載された音を鳴らすための基板の部位(内蔵音源)や、専用の基板。主にパソコンやゲーム機で効果音やBGM音を鳴らすために用いられる。
――「チップチューン警察」(笑)。ただ、警察が登場する瞬間って、ジャンルが成熟期に入って、浸透と拡散が始まったタイミングだと思うんですよ。
hally氏:
実機で完結する音が原点なのは確かなんです。でも本来、そもそも音楽ジャンルとしては、そこまで厳密なルールはありませんでした。
「チップチューン」に、こんなふうに本格的に火が付いたのは、2004年から2006年にかけてのことです。ゲームボーイアドバンスで『ファミコンミニ』シリーズ【※1】が出た辺りから、マニア層ではなく、大衆に向けた8bitのリバイバルが始まり、Wiiのバーチャルコンソール【※2】が始まった頃にそれが定着したという感覚です。
そういう時代背景のなかで、それまでアングラだった「レトロゲーム由来の音楽」が少しずつ市民権を得るようになりました。
※1 『ファミコンミニ』シリーズ
2004年に、任天堂がファミリーコンピューターの名作タイトル群をゲームボーイアドバンス用に移植したシリーズ。収録作品に『スーパーマリオブラザーズ』『ゼビウス』『ドンキーコング』など。
※2 バーチャルコンソール
かつて発売・設置されていた一部のコンピューターゲームや、アーケードゲームを、任天堂のゲーム機Wii、ニンテンドー3DS、Wii Uにダウンロードして遊べるサービス。
――レトロゲームを一般層でも面白がる流れは、確かにその時期に来ていると思います。特に2006年は、春先から日本でYouTubeが本格的に流行りだして、冬にはWiiでバーチャルコンソールも出て、一気にレトロゲームの話題が増えていきました。
hally氏:
日本の場合は、ニコニコ動画の存在も定着した背景として、大きかったと思いますね。大きな役割を果たしたのは、ニコニコの「タグ」でした。あれで自然と「これがチップチューンか」という認識が広がっていったのかな、と思います。
ちなみに、ニコニコ動画では2008年ぐらいからチップチューン系の投稿が目立ち始め、2010年以降は毎年、年間800本前後が発表されています。もう「何かをファミコンでカバーしてみた」というのが、1つのジャンルとして確立されていますね。
ただ、海外ではもう少し早くから大衆化の動きがあったんです。チップチューンの定着も早かった。2006年にニューヨークでBlip Festival【※1】という世界規模のライブイベントが始まってるくらいですから。近年になると、Bandcamp【※2】のような音楽投稿サイトの勃興を経て、インディーレーベル界隈でもさかんにチップチューンのリリースが行われています。
※1 Blip Festival
2006年から2012年まで開催されていたチップチューンをテーマにしたフェス。ニューヨークで始まったイベントだが、2010年には東京でアジア初のBlip Festivalが開催された。
※2 Bandcamp
2007年に立ち上げられた、音楽のダウンロード販売のプラットフォーム。人気のアーティストだけでなく、世界中の若手・無名アーティストたちも楽曲をアップロードしており、音楽ファンにとっては新たなアーティストとの出会いの場にもなっている。アップロードされているほぼ全てのトラックが無料試聴可能で、その価格も、アーティストが自由に設定できる。買い手に金額設定を任せることも可能。「お金を払って楽曲を買う」から「アーティストをサポートする」へと、音楽ファンの購買意識に起きた変革の一旦を担った。
――なるほど、日本のみならず世界的なムーブメントなのですね。ただ、チップチューンって、「レトロ感」のようなノスタルジー要素での魅力は分かるのですが、もっと音楽表現としての「可能性」はあるジャンルなのでしょうか?
hally氏:
音楽表現としては、普通の楽器ではやらない/できないような表現ができることが魅力ですね。
古代祐三さん【※1】が昔のインタビューで「PC-8801【※2】時代の音楽はFM音源【※3】で鳴らすために作ったものであって、そこで完結している(ただし、それを別音源でアレンジするのは苦手)」というようなことをおっしゃっていました。逆に言えば、そんな風にその音源でしか表現できない音楽が生まれているとも言えるわけです。
※3 FM音源
FrequencyModulation(フリクエンシー・モジュレーション)の頭文字と取った音源の名称。主にシンセサイザー、ゲーム機、パソコン、携帯電話などに使用された。波形調節をすることで様々な音色を作り出すことができるため、クリエイターの個性や技術力が発揮されやすい。音のテイストは上記動画を参考。
音源チップを前にすると、「人間はこうまでして音楽をやりたいんだな」という根源的な衝動を感じ取れますよ。音源チップは「楽器として何かが足りない」。でも、かえって、そこから「普通の楽器に勝るとも劣らない聴き応え」を引き出せるところに、チップチューンの面白さと魅力があります。
※1 古代祐三
1967年生まれ。日本の作曲家、ゲームプロデューサー。ゲーム音楽制作をメインに活動する。株式会社エインシャント代表取締役社長。株式会社JAGMO名誉会長。「イース」シリーズ、『ソーサリアン』、「世界樹の迷宮」シリーズをはじめとする、数多くの作品の楽曲を手がけた。
※2 PC-8801
日本電気から1981年に発売された8bitマイコン。1979年発売のPC-8001シリーズの上位互換を有していた。翌82年にハイエンド志向のPC-9801が登場すると、PC-8801はホビーマシンとしての性格を強め、グラフィックやサウンドを強化したPC-8801mkIISRの登場でそれは決定的になる(1985年)。この時期はちょうどゲーム専門機であるファミリーコンピュータ(1983年)の躍進期にもあたり、PCゲーム市場にも珠玉の作品群がつぎつぎに現れていた。
――今のお話を聞いて、あえて合成の音声で歌を作るボカロ楽曲を思い出しました。初音ミク【※】をしっかり調教して歌わせた曲って、それ自体に不思議な感動を覚えるじゃないですか。何だかチップチューンって、ボカロに似ているように思いますね。
hally氏:
おっ、面白いことを言いますね(笑)。
実はボカロもルーツを辿れば「音源チップから生まれた音」なんですよ。1970年代、時期的にはPSGチップ【※1】が生まれたのとだいたい同じ頃に、「スピーク&スペル」【※2】という、ロボットボイスでしゃべる知育玩具が爆発的にヒットしているんです。そこにはまさに、ワンチップ化された音声合成チップが載っていました。携帯電話でも2000年代まで、その延長線上にある音声合成技術を組み込んだ音源チップが使われていました。
※2 スピーク&スペル
1978年にテキサス・インスツルメンツ社が発売した教育用玩具。人工的に作られた音声で英単語を喋る。クラフトワークや電気グルーヴが「機材」として使ったことでも有名。
実のところ、チップチューンというジャンルを語るとき、ボカロそれ自体を入れる語り方は、基本的にはないと思います。でも、もしこういう音声合成チップからコンスタントに音楽が生まれていたら……それも範疇に入っていた可能性がありますね。実際、昔PC-6601【※】というパソコンで音声合成チップに音楽をやらせてみる試みがあったんですよ。もし、そういう音楽がずっと生き残り続けていたら、「初音ミク」がチップチューンの文脈で語られていた可能性も十分あっただろうと思います。
※PC-6601が歌うタイニーゼビウス
2007年にニコニコ動画に投稿された、とまぞぉ氏による楽曲。PC-6601による発声を軸にした合成音声による歌声、イントロのデータロード音、『ゼビウス』風の間奏などふんだんに1983年当時を想起させる仕掛けをはじめ、当時の小学校高学年~高校生(2017年現在の40代後半~50代前半)が「マイコン」に対して感じていた、無限の可能性や憧憬が歌われている。
ただ結果的に、音源チップの音楽と、音声合成チップの音は、1つにならなかった。これには運命のイタズラみたいなものを感じますね。
※PC-6601
1983年11月21日に発売された8bitパソコン。音声合成機能が搭載されている。通称「ろくろく」。
チップチューンの起源とは何か?
――今の「チップチューン」の魅力の話、とても面白いです。ただ、今回の本はそういった魅力を大衆的に伝えていくよりは、かなり本格的に歴史を紐解くようなものでした。書いた経緯を教えていただけますか。
hally氏:
まず一つ根本の動機として、大昔のファミコン・パソコン・アーケードのゲーム音楽が、これまでずっと電子音楽史の中で無視されてきたのに対して、それを音楽史的にしっかりと位置づけたいというのがありました。
――そう思います。絵にしても物語にしても、ゲームにまつわる表現そのものが既存の表現史の論者たちにだいぶ無視されていて、音楽はその筆頭ですね。
hally氏:
僕の場合、特に注目したのが、ゲーム音楽の原点にあったテクノロジーです。それがどういうものだったのかをハッキリさせておけば、後にゲーム音楽史の本を書くことがあっても、きっとやり易くなるだろう、という思いもありました。
ただ、もう一つの動機もあって、ゲーム音楽というカテゴリの中から、チップチューンがどのように生まれてきて、ふたつの共通点や差異はどこにあるのかを描きたかったというのもあります。
――なるほど。少しその辺の「チップチューン史」について、ここで簡単に聞いてしまってもいいでしょうか。
hally氏:
始まりは、アメリカでした。
まだパソコンが生まれたばかりの頃、音源チップも何もないのに“パソコンで音楽を作ろう”と頑張っていた人たちが、アメリカに居たんです。彼らは音を鳴らす以外、何もできないようなチープな音源専用のハードを使って、何とかして音楽を作ろうとしていました。直接的なルーツは、そのあたりになりますね。
彼らの状況が大きく変わってきたのが、1970年代末のことでした。
PSGチップが生まれ、それから数年後にSID【※】やFM音源といった、わりあい表現力の高いチップが生まれてきて、1985年にはついにAmigaというマシンが登場します。これは当時としてはきわめて先進的な、 “サンプリング機能”を備えていたんですよ。まあ、当時はそれだけで何十万円もする、とんでもなく豪勢な機能でしたけど(笑)。
※SID
SID音源。1980年代前半のコモドール社のホビーマシンに搭載されたPSG音源チップ。3音同時発声が可能。
――サンプリングって、20世紀末以降の音楽を語る上で決定的に重要な要素ですが、デジタル機器に搭載されてきたのは、この時期だったんですね。
hally氏:
ところが、1987~1988年頃になると、もう「サンプリングで作った音楽はどうも面白くない」と言い出すユーザーが出てきました。
――文句を言い出すのが、早い(笑)。
hally氏:
彼らは、リアルといえばリアルだけど、音に表情がつけられないので、いかにも「偽の生楽器」みたいになってしまう、というんですね。そこで登場したのが、むしろSIDチップを持つ旧型のコモドール64【※】のほうが、シンセサイザー的にうねうね音を変化させられるぶん、表情が豊かなんじゃないかという発想です。実際に一部のAmigaのゲームにおいて、そういうSID風の音楽を追求する動きが出てきました。
私の考えでは――これがチップチューンの原点ですね。
もっとも当時、彼らがそれをチップチューンと呼んでいた記録は残っていません。しかし、精神性としては間違いなくチップチューンではあります。
――こういうジャンルの「起源論」って、センシティブなところなので、少し突っ込んで聞いていいでしょうか。なぜ、この時期のAmiga界隈の動きを、「チップチューンの原点」と位置づけられるのでしょうか。しかも、当時はチップチューンと呼ばれていないかったわけですよね。
hally氏:
それは、彼らが技術的に仕方なくチープな音を使うのではなく、“あえてそっちに行く”というやり方を選んだことです。これこそが“チップチューンの誕生”で、それを生んだのはAmigaのサウンド文化だと言えます。
――つまり、16bit機【※】であえてファミコンみたいな音を使うような発想でしょうか。他の選択肢があるのに、「あえて」自覚的に選択する発想が、重要ということですね。
※16bit機
16bitCPUを搭載した家庭用ゲーム機の総称で、8bitゲーム機から世代交代する形で登場し、1980年代後半から1990年代にかけて普及した。具体的なハードにスーパーファミコン、ネオジオ、メガドライブなどがある。
hally氏:
チップチューンの魅力を英語で、「less is more」という言葉で表現したりするんです。
そもそも先ほども話したように、音源チップって必要十分な楽器じゃないんですよ。だから道具としては“足りない”部分があるんですが、そこをスキルやテクニックでカバーすることが、そのままクリエイティビティに繋がる。チップチューンは、そういう「あえて」から生まれる面白さがあるんですね。
ハードウェアから見るチップチューン史
――わかりました。それと、少し電ファミの読者にはマニアックな話になってしまうのかな……と不安に思いつつですが、やはりチップチューンを理解する上で、この音源チップの話は欠かせないと思います。本でも音源を大きく取り上げられてますが、他のデジタル表現と同様に、ハードウェアの水準での普及や進化が決定的なジャンルですよね。
hally氏:
そうですね。そもそもを言うと、日本と欧米では使っている音源が違いすぎましたから、歴史が少し違うんです。
というのは、ハードが違っちゃうと、国境を超えた共感は生まれにくいんですね。だって、欧米の人たちに日本人がPC-8801の凄さを説いてもピンとこないですよ。それは、日本人に向こうで人気だったSIDの凄さを説いても分からないのと同じです。
実際、欧米では先ほども言ったようにコモドール64が大きな役割を果たしていきます。この存在は欧米では何よりも大きくて、日本人にとってのFM音源と同じかそれ以上に、未来を感じさせるもので、愛着を抱かせるものだったように思います。
おかげで海外では、SIDを中心にチップチューンの歴史が語られてしまう傾向があるくらいです。でも本当は、いろんな国のいろんなハードウェアで、音楽文化が育まれていたわけです。
――そういう歴史認識の欠落を日本人として、補完した本でもあるんですね。ちなみに、ここはMicrosoftのWindowsみたいな共通のOSを搭載したPCで、何でも出来るようになった今の若いユーザーにはわかりにくいかもしれないので、補足します。
MS-DOS【※】より前のPCって、基本的にOSが共通ではなかったんですね。そのMS-DOS時代ですら細かな仕様がメーカーごと、シリーズごとに違うので、ハードの系統が違えば基本的にその上で作動するソフトも変わるから、通ってきた体験も全然変わる。国内でさえも、どのPCを使っていたかで派閥ができるような世界なんですよね(笑)。
※MS-DOS
Microsoftによる、UIがテキストベースのディスクオペレーティングシステム(OS)。もともとはIBM PC用に開発されたOS「PC DOS」(1981年)というものだったが、それ以外のメーカー用に提供されたものがver.2.0以降、MS-DOSになる。Windows95より前のWindowsは、このMS-DOS上で動く、グラフィカルな操作の環境ソフトだった。
hally氏:
ただ、そういう風に色々な場所でチップチューンが生まれた事実は、これが誰か一人の発明品ではなくて、時と状況が整えば、どんな場所でも発生しうるものだったことを示しています。現在のシーンも、色々なルーツがごちゃ混ぜになって生まれたものです。
でも、逆に全世界共通で共感されるマシンも、登場したんです。それこそが――ファミコンやゲームボーイのリバイバルでした。このときに、多様なルーツを持つ人々が、次第にクロスしていくことになったんです。
――おお。つまり、ファミコンやゲームボーイという「世界的に普及したゲーム専用機」が「発見」されて、チップチューンのコミュニティの国境を繋いだわけですね。
hally氏:
ええ。少なくとも、日本と海外のチップチューン文化が交わるには、なんとしてもファミコンとゲームボーイの存在が必要だったと思います。
コナミの音楽は“チップチューン”の教科書だった
――それでは、そろそろゲームに近い辺りのチップチューンについて聞きたいところです。ここまでの話を聞いて、チップチューンはPC文化とともに生まれ育ったジャンルなんだと思いましたが、やはり多くの日本人にとっては「ゲーム音楽」の文脈で、つい見てしまうジャンルだとも思います。
hally氏:
ゲームのハードとチップチューンの関係を話すと、やはりファミコンの支持は厚いですね。
その理由は、まず圧倒的にユーザーの母数が大きかったというのが一つあります。それと、普通のPSGチップに比べて、音にクセがあって、そこが好まれているのもあると思います。というのは、ファミコンは矩形波【※1】だけじゃなくて、三角波【※2】も出るんですね。ちょっとくぐもった感じのプーとかポーとかいう感じの音が、それです。これが結構目立つので、他のチップにはないクセになっているんですね。
※1 矩形波(くけいは)
電子音楽の波形のひとつ。音がほぼ瞬間的に立ち上がったり消えたりするため、デジタル感の強い音になる。
※2 三角波
電子音楽の波形のひとつ。音が緩やかに立ち上がり、ピークを越えて減衰するため、波形が三角形になる。
――具体的には、どういう場面で出てくる音ですか? ベースラインによく使われる音でしょうか。
hally氏:
そうですね。
『ドラクエ』だったら笛のような旋律を奏でたりする場面で使われます。
――あと、ファミコン音源って、音色もクリエイターによって作れると聞いたことがあるんですよ。
hally氏:
ある程度はできます。
音量に変化をつけて、弦楽器風に聴かせるとかもできますよ。あと普通のPSGと違って、ファミコンは矩形波の波幅【※】を4種類から選べるようになっていて、ちょっとだけ聴こえ方が変化します。本当に小さな差異ではあるんですが、それを最大限に活かせば、けっこう個性のある音色を作り出すこともできます。
ちなみに、ファミコン現役当時のゲーム音楽では、コナミが音色面において飛びぬけていました。初期の『がんばれゴエモン』の頃から、凄かったですね。なにせ鼓の音を再現したりしていましたから。
※波幅
時間とともに推移する、波形のピークとピークの1サイクルにあたる幅。
――いま考えると、凄まじい職人芸ですね。
hally氏:
コナミの凄かったところは、音色やシーケンス【※1】の組み方だけでなく、音の削ぎ落とし方や隙間の扱いも実に上手かったことです。多くのチップチューン制作者にとって、コナミのクリエイターが作る音楽は、教科書的存在だったんですよ。個人的にも、コナミの音楽からたくさん学んでいます。
ちなみに海外作品ですと、ティム・フォリンさん【※2】が音楽を手掛けた『ソルスティス』というゲームが衝撃的でした。凄く難易度の高いゲームなんですが、曲そのものもいいですし、拡張音源もサンプリングも使ってないのにものすごく分厚い音が鳴ったりしている。まだ日本人が知らなかった、さまざまなサウンドのテクニックが盛り込まれていたんです。当時は、まさに黒船来航的に突然、ヨーロッパのゲーム音楽文化が日本にやってきた印象さえありました。
※1 シーケンス
音楽用語で、反復進行を多用して楽曲を構成していく際の基本フレーズのこと。
※2 ティム・フォリン
1970年生まれ。イギリスの作曲家、ゲームクリエイター。特に8bitパソコン時代の音源チップを使った活動で知られ、その作編曲技術と音源操作技術は天才と称された。
――でも、ちょっと不思議なのですが、そういう音って、どうやって作り込んでいたんですか。
hally氏:
当時は今でいうところのシーケンサー【※1】なんて使えなかったので、直接マシン語【※2】で打っていくしかなかったですよ。作り込むというよりは、作って、聴いて、調整して……を何度も繰り返していたような感じです。
※1 シーケンサー
あらかじめ入力してある手順を自動で再生する装置、及びソフトウェアのこと。
※2 マシン語
プログラミング言語の一つ。コンピューターのCPUが直接実行できる言語で、C言語やJavaとは異なり、0と1の二進数で書かれている。当時はシーケンサーがなかったため、マシン語で音をプログラミングし、それを実行させることで様々な音を鳴らしていた。
GBAはチップチューンの中で過小評価されてきた
――途方もない作業ですね……。その後のゲーム機の音源はどうなんでしょうか。
hally氏:
スーパーファミコン以降の音源は、基本的にどれもサンプリング主体で、根本的なところではあまり大きな違いがないんです。特にプレイステーション、セガサターン【※】、NINTENDO64になると、もうメモリもチャンネル数もかなり潤沢になり、サンプリングを普通に使うことができる前提で作られています。
ただ、スーパーファミコンでは、まだサウンドに使えるメモリがめちゃめちゃ小さくて、普通にサンプリングしたら10秒も入らない。だから工夫して、若干チップチューン寄りな感じのチープな音も入ったりしています。
実のところ、スーパーファミコンの音をチップチューンに含めるかは、議論が分かれるところです。ただ、その音を求める人が増えてきているのも確かです。スーパーファミコンって、サンプリング音源なので「それっぽさ」の核がどこにあるのかを突き詰めにくいのですが、最近のアーティストたちは、そこが分かってきている感じがありますね。
※セガサターン
セガ・エンタープライゼス(当時)から1994年に発売された家庭用ゲーム機。FM音源を8ch、もしくはPCM音源を32ch備えていた。サウンドRAMも512KB搭載。
――それは、サンプリングをそれっぽく流せるように作るということでしょうか。
hally氏:
それもありますし、シーケンスの組み方でもあります。個人的には、SIDやファミコンといった、今までの王道的なチップチューンの流れに接続するんじゃなくて、こういうまだ確立されきっていない領域からこそ、今後の新しい芽は出てくるのかもしれないと、感じています。
――ちなみに、携帯機の方はどうでしょうか。実は、よく「ゲームボーイアドバンス(以下、GBA)【※】の音源は素晴らしい」という声を聞くんです。でも、どうしてもチップチューン=ファミコンというイメージがありますよね。
hally氏:
GBAは、ゲーム機としてはほぼ最後と言っていい、音源チップで音楽を鳴らすハードです。厳密には、ニンテンドーDSもGBAと互換性があるので、同等の音源機能が搭載されていますけど、これは互換モードのときにしか使えませんから。
そして――僕自身も、昔からGBAの音がすごく好きです。なにせ、あるメーカーさんから専用のサウンドエディタをいただいて活用していたぐらいです。
ただ、現役当時はなかなか共感が得られませんでしたね。実はGBAの音楽がチップチューン的に評価されるようになったのはわりと最近の話で、それまでは過小評価されてきた印象があります。GBA世代が大人になってきて、世代的に“やっと今評価されるところまで来た段階”かなと思ってます。
――GBAって、若い世代には思い出深いハードですが、音源として再評価されたのは、最近の話だったんですね。
hally氏:
GBAの醍醐味は、二つの音源が乗っていることにあるんです。一つはゲームボーイと全く同じもので、もう一つはものすごく粗いサンプリング音源。後者の方は、スーパーファミコンと同程度の音数や質感を出せますが、音質はもっと粗いです。これがゲームボーイ本来のPSG系サウンド【※】と絶妙に絡み合うところが、GBAの音楽の面白いところなんです。
ただ、この二つの音源のバランスとるのが、けっこう難しいんです。十分使いこなしていたゲーム音楽家は、決して多くありませんでした。でも、この二つが上手く馴染めば、最高に気持ちいいんですね。そこはまだまだ可能性のある領域なので、あの音に馴染みのある若い世代が、次の時代のチップチューンを担ってくれるんじゃないかと勝手に期待しています(笑)。
※PSG系サウンド
Programmable Sound Generatorと呼ばれる音源チップを用いて作られた、ファミコンが鳴らすようなテイストのサウンドのこと。