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コナミの音楽は教科書、GBAは再評価すべき…日本の「チップチューン」立役者が語る、音楽史に無視された“ピコピコ音”の電子音楽史【『チップチューンのすべて』hally氏】

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チップチューンが日本で生まれるまで

――ちなみに、ゲーム音楽にとどまらない、日本独自のチップチューンの歴史ってどういうものなのでしょうか?

hally氏:
 日本について言えば、80年代~90年代には、コモドール64のSIDサウンドに取り組んでいた日本人は全然いなかったですよ。例外中の例外として、ジャズギタリストの川崎燎さん【※】がいるくらいです。

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※川崎燎(写真右)……1947年生まれ。日本のジャズギタリスト。ギターの音をシンセサイザーのような音に変換する装置「ギターシンセサイザー」の開発者の一人としても知られている。
(画像はwikipediaより)

 彼は、ちょうどコモドール64が発売された時期にアメリカ在住で、SIDの音に感動して自分で音楽ソフトを制作、商品化したんですよ。日本人で初めてコモドール64の音楽を作った人間は、たぶん彼なんじゃないかと思います。

――ある意味では海外と比べて、日本は遅れていた……という言い方もできるのでしょうか。

hally氏:
 「精神性」においては、そうかもしれないです。
 でも、日本でも同様の発想は、早くからX68000【※1】のユーザーたちから生まれています。1990年代初頭からちらほらあって、同人ゲームではX68000の『爆裂矩形弾』【※2】などで、早くからチップチューン的なアプローチが採用されていました。

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※1 X68000……シャープ開発によるパソコン。『グラディウス』『ドラゴンスピリット』『源平討魔伝』などのアーケードゲームのほぼ完全移植を実現した、アーケード野郎にとって夢のようなマシン。
(画像はより)Image by Gürkan Myczko.  Licensed under the terms of cc-by-3.0.)

 商業での「あえて」の最初の事例は、おそらく『ちっぽけラルフの大冒険』【※3】というプレイステーションのゲームでしょう。ちなみに、このゲームは、もともとX68000用に開発されていたものですね。ただ、もちろん彼らの誰もが、海外のチップチューン事情なんて知らなかったと思いますが。

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※3 ちっぽけラルフの大冒険……ニューから1999年に発売された、プレイステーション用の横スクロール2Dアクションゲーム。もともと最末期のX68000用に開発されていたものとされ、そのせいか、アクションの難度をはじめとしてゲーム自体が旧世代機に寄せたレトロな傾向にあり、BGMをPSG音源風に切り替えるモードまで付いている。
(画像はソフトウェアカタログより)

※2 爆裂矩形弾
X68000でリリースされた同人ゲーム。荒いドット絵による弾幕シューティングゲーム。

――ただ、それらの音源チップを使った音楽って、当時はチップチューンとは言われていなかったのですよね。じゃあ、いつ「チップチューン」と呼ばれ出したかというと……実はhallyさんこそが、この言葉と概念を日本にもたらした「張本人」なんですよね(笑)。

hally氏:
 そうですね(笑)。僕が「チップチューン」という言葉に出会ったのは、2001年のことでした。
 それからすぐに「VORC」【※】という個人ニュースサイトを立ち上げて、そこでゲーム音楽とチップチューンの情報を発信しはじめました。そこから、日本でも「チップチューン」という言葉やムーブメントが、少しずつ知られるようになっていったんです。

※VORC
hally氏が運営していた国内&海外のチップチューン情報を扱うサイトの名称。「VGM(Video Game Music) or Chiptune」の略。

――その熱意は、どこから生まれたものなのでしょうか?

hally氏:
 当時の僕は、テクノに興味を持っていたのですが、1997年頃にテクノの方法論に限界を感じ始めたんですね。当時は、それまでアンダーグラウンドな活気で盛り上がってきてたテクノが、ちょっとずつメジャーに取り込まれ、オシャレな扱いを受け始めていた時期でした。

 ドラムンベース【※1】やビッグビート【※2】の流行が、そういう時代性を象徴していて、イノベーティブさの面では、少し停滞感が漂いはじめていました。自分が求めるものは、そっちにはなさそうだぞと。

※1 ドラムンベース
ドラムとベースの重低音を目立たせ、高速ビートで聴かせる電子音楽ジャンルの呼称。上記のPendulumの『Crush』はドラムンベースの代表曲のひとつ。

※2 ビッグビート
音楽ジャンルの一種。バンドサウンド重視の音作りと、ループを多用したサンプリングが特徴。1990年代中盤に英国の音楽雑誌がケミカル・ブラザーズの音楽をそう評したのがジャンル確立のきっかけとされている。

――日本で言えば、小室哲哉さんがダウンタウンの浜ちゃんと「H Jungle with t」をやったりしていた時代ですね(笑)。

hally氏:
 そんな中で、自分本来の興味をもう一度見つめ直したとき、チープな電子音ならではの面白さと向き合いたいと思うようになりました。
 というのは、そもそも僕は1990年代初頭までゲーム音楽に熱狂していたんです。それが90年代半ばのサンプリング移行期に一度醒めてしまって、そこからテクノに興味が移っていった歴史がありました。当時はゲーム音楽が失ってしまった「電子音主体の世界」が、むしろここにあるじゃないかと思っていて、自分で音楽を作るようになったのもこの頃でした。

――8bitの音楽体験が、自分の原点にあることを再発見したんですね。

hally氏:
 ただ、「みんなが見捨てた初期のゲーム音楽に帰らなきゃいけないんじゃないか」「そのエッセンスを発展させていきたい」という気持ちが芽生えてきたものの、周りを見渡してみても、初期の音源チップのゲーム音楽に関して正当に「音楽的な」評価を下している人は当時、数人いるかいないかでした。

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 ほとんどは「あれは良かったね」って昔話みたいに語る人たちばっかりで。当時僕の活動の主体だった草の根BBS【※】にも、やっぱりそういう人は滅多に見当たらなくて……「これは日本中探しても、もう同志はほとんどいなさそうだぞ」ということに気が付いたんです。

※草の根BBS
パソコン通信で主流を成していた、個人・少人数のグループで運営される小規模なBBS(電子掲示板)のこと。商用のBBSとは異なり、基本的にはホストのPC所在地までの電話料金のみで利用できたのが特徴。

インターネットで出会った「チップチューン」の仲間たち

――今からすると信じられないですが、当時はそんな状況だったんですね。相当に孤独ですよね。

hally氏:
 そんな頃に、僕はインターネットを始めました。そして、「海外はどうだろう?」と思って検索しまくったら――テクノ界隈の、いわゆるエレクトロ【※】というジャンルの片隅に、初期のゲーム音楽に着目している人たちが少数ながらいたんです。
 しかも、僕が思っていた以上にそういう動きは盛んで、SIDやPSGの音楽を現役で制作している人たちも、未だに多数いることがわかった。そんな中で、ついに出会ったのが「チップチューン」という言葉でした。こういう音楽を言い表すのに、こんなに適切な言葉は他にないだろうと、感銘を受けました。そして、「これは何とかして向こうの連中にコンタクトを取らなければいけない」という意識が強烈に芽生えました。

※エレクトロ
1982年から1985年の間に流行した電子音楽のジャンル。ヨーロッパの電子音楽とアメリカのファンクが融合して成立したと言われている。一般には、ロボットボイスやスクラッチのミックス、サイバー系の効果音がミックスされているなどの特徴を持つ。

――ついに光明が見えた、と。ただ言語の壁がありますよね。

hally氏:
 はい。英語は大の苦手でしたから(苦笑)。
 もう最初の頃はただ必死で、文法とか単語とかも、めちゃくちゃな書き込みだったと思います。時には、「何言ってるか分からんぞ」と言われることもありました。でも、向こうも日本の事情がわからないので、「ぜひ知りたいよ!」という人は多いんです。みんな親切に接してくれて、ちょっとずつお互いの事情がわかるようになっていきました。

――まさに、先駆者の試みですね。最初は小さな界隈の、そういう少人数の人々の熱意の先に、冒頭に話したようなチップチューンの大きな盛り上がりがやってきた、ということなんですね。

hally氏:
 でも、そこに至るまでには、結構時間がかかりましたけどね……。
 なにせVORCを介して、国内と国外のアーティストが少しずつ繋がっていって、「日本でもチップチューンのライブイベントやってみようか」という機運が生まれるまでに、まず2年ほどかかってます。

※YMCK
2003年にアルバム『ファミリーミュージック』でインディーデビューをした男女3名のチップチューングループ。2005年のアルバム『ファミリーレーシング』では、高橋名人がゲストボーカルとして登場する曲なども収録。2008年にavexからメジャーデビューを果たす。

 ただ、この辺りから「ファミコンやゲームボーイで音楽作れるぞ」っていうことが、少しずつ世間に知られるようになってきて、じわじわ盛り上がりはじめました。そして決定的だったのは――やはり2003年のYMCK登場ですね。チップチューンはそれまで、どちらかというとコワモテな音楽だったんですけど、YMCKが「ちょっとオシャレでカワイイもの」という方向に引っ張ってくれたんです。
 そこから一気にリスナー層が拡大していきました。

――「才能」の登場が、シーンをついに表舞台に押し上げ始めた。

hally氏:
 YMCKに続いてシーンの拡大に貢献したのは、ヒゲドライバーさん【※】でした。

※ヒゲドライバー
チップチューンアーティスト。TVアニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」EDテーマ「吹雪」、TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」特殊EDテーマ「Wishing」、TVアニメ「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」OPテーマ「Blow out」とったアニソンも手掛けているほか、リミックスワークや、歌手・アイドル・ゲームへの楽曲提供なども行っている。

 SNSや動画サイトの全盛期になってくると、それまでのリスナー層とはまた異なるチップチューンの愛好家層が、そこに育っていきました。そんな中でいち早く注目を集めるようになったのが、彼でした。しかも、彼はいわゆる実機志向ではなくて、ファミコンもゲームボーイも使っていないんです。それが実機志向の人たちを凌ぐほどまで評価され、人気を博したという最初のケースになりました。彼の登場によって、チップチューンはより自由で、よりカジュアルなものになったといえるかもしれません。

――この辺りの名前は、読者でも知っている人は多そうですね。そして、その後チップチューンは、クラブシーンに食い込んでいきましたね。

hally氏:
 クラブミュージックには2000年代からすでに、かなり食い込んで行っていました。今ではチップチューン=ダンスミュージックって誤解している人もいるくらいですから、その成果はある程度あったと思います。4〜5年前なんて、ダブステップ【※】に紐付けられたチップチューンが、あちこちにありましたから。

※ダブステップ
2ステップのダブミックスにブレイクビーツやドラムンベース等の音楽要素を取り入れた電子音楽ジャンルの呼称。

ヒーロー不在のチップチューン世界

――ただ、最近は、どうなっているのでしょうか。冒頭に紹介したニコ動が盛り上がっていた時期はともかく、今のチップチューン事情を知らない人は多いかもしれません。

hally氏:
 そうですね……例えば、クラブミュージックとしての機能性を追求する動きは、現在は逆にちょっと下火になってきています。それは、クラブという「場」そのものの変容もあって、必ずしも機能性が求められる場ではなくなりましたからね。もちろんクラブミュージックの流行りすたりは常に変わっていきます。関係性はその中でまた変わっていくと思いますよ。

 ただ、音楽性の話について言えば、もうチップチューンに目新しさや変革を求める時代ではないように思います。
 ここ5~6年の間に「変革の時代」から「洗練の時代」に突入した気がします。2000年代に比べて、とにかくみんな、ものすごくテクニカルになりました。作曲が緻密になり、打ち込み技術もすごく向上しました。楽器構成もずいぶん多様になって、プロフェッショナルな生演奏を盛り込むようなアプローチも増えました。一方で、昔ながらの素朴なチップチューンは、逆にちょっと少なくなってきたかもしれません。
 そして、それにともなって実機志向とソフトシンセ志向の乖離が、結構大きくなりました。今からチップチューンを聴いてみようという人は、まずどちらが自分の好みに合うのか見定めてから、掘り下げていくといいと思います。

――まさに、ジャンルとして成熟期に入ったという感じですね。となると、今からチップチューンに入門したい人は結構大変な気もします。オススメのサイトやミュージシャンがいれば、教えていただけますでしょうか。

hally氏:
 YouTubeやニコニコ動画などの動画サイトのほかに、BandcampやSoundCloud【※1】などが定番ですね。もっと深く知りたいという人は、CHIP UNION【※2】というWEBサイトを見てみてください。旬の情報がぎっしり集まっています。

※サカモト教授
1980年生まれ。日本のミュージシャン。頭にファミコンを乗せ、黒いマントを羽織ってチップチューンミュージックを演奏することで有名。メーカー公式で『モンスターハンター』『ストリートファイター』『大神』『グランブルーファンタジー』などの楽曲アレンジも行っている。

 アーティストについては、やはり名の知れた人が最初はいいでしょうね。YMCKやヒゲドライバーさん、そしてサカモト教授のような、さっき名を挙げた人たちです。

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YMO……細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一の3人で1978年に結成されたテクノグループ。1983年に散開(解散)発表するも、1993年に一度だけ再生(再結成)している。画像はアルバム『テクノデリック』(2003年)。
(画像はAmazonより)

 ただ、ちょっと言っておきたいのですが、チップチューンって、YMOやビートルズのような、絶対的なヒーローがいない音楽なんです。ゲーム音楽の全盛期だったら、日本には古代祐三さんがいたし、海外にはロブ・ハバードさん【※】がそういうポジションに居たわけですが、それクラスのヒーローがチップチューンの時代になってから出てきたかと言われると……うーん、どうなんだろうな、と思います。

※1 SoundCloud
2007年に始まった音声ファイル共有サービス。ミュージシャンが音源を公開するプラットフォームとして利用する場合が多い。

※2 CHIP UNION
チップチューン・8-bitカルチャーのポータルサイト。「より多くの人々にチップチューンの面白さを知ってもらいたい」という想いを元に発足。

※3 ロブ・ハバード
コモドール64で『モンティ・オン・ザ・ラン』等のゲーム音楽を制作した海外のゲーム音楽作曲家。

――いわゆるアンセムにあたるものがない、ということですか?

hally氏:
 そうですね。すごいアーティストはたくさんいるんですけど、チップチューンってジャンルの幅がいろいろある中で、それぞれの得意分野だけをやってる感じになっていると思うんですよ。そこを横断していけるような音楽が出てくると、本当はいいんですけどね。

――ちなみに最近の海外はどういう感じなんでしょうか?

hally氏:
 日本よりも幅が広いので、全体像を掴むのはけっこう難しいです。
 その中心地もいくつかのコミュニティに分散しています。Amigaやコモドール64に端を発するデモシーン文化圏、ネットレーベル文化圏、その他のWEBコミュニティ(chipmusic.org, Chiptunes = WIN, Battle of the Bits)、そしてBandcampやSoundCloudなどですね。コミュニティごとに、さまざまな方向性が模索されています。ゲーム音楽志向あり、ダンスミュージック志向あり、あらゆる音源チップを掘り下げていく実機研究志向あり。いずれの場合も、やはり洗練を極めています。

――やはり、世界的にもチップチューンは「洗練の時代」に突入しているのだ、と。でも、海外は本当にチップチューンが好きですね(笑)。

hally氏:
 ヨーロッパ、特にドイツと北欧の人たちは、我々日本人よりも断然こういう音が好きだと思います。歴史的にも、統計的にもそうだと思いますよ。

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クラフトワーク……ドイツの電子音楽グループ(本人たちは、マルチメディア・エレクトロニック・プロジェクトと自称したりもしている)。前身活動を経て、1970年からこの名前で活動を開始した。シンセサイザーで構成されたシンプルな楽曲や、コンセプチュアルなアルバムメイクなどが特徴。後世のアーティストに多大な影響を与えており、「テクノ・ポップ」というジャンルのルーツと言われている。
(Photo by Getty Images)

 そもそもヨーロッパの人たちは、昔から乾いた電子音に親しんでいて、ドイツのクラフトワークなんか典型的でしょう。あんなスカスカな電子音が大ヒットになるなんて、日本では考えにくい。やはりYMOがそうですが、日本のシンセサイザー音楽って、ちょっと湿り気があるものが好まれるんです。

海外の動向、そして日本の若いアーティストへの期待

――そろそろ、このインタビューも終わりなのですが、聞いていると、手探りで創造の可能性を模索する時間が終わって、「洗練の時代」に突入したというのは、素晴らしいことでもあるし、少し不安なこともでもあると思います。シーンが活気づくようなことが必要なのではないでしょうか。

hally氏:
 その通りです。やはり、若い人の登場が必要だと思いますよ。
 チップチューンに懐かしさを感じられるのは、今20代後半のGBA世代までがぎりぎりです。その下の世代にとっては、完全に知らない音なわけですよ。

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 ということは、彼らはチップチューンを聴いた影響から、チップチューンを作り始めているんです。これは可能性でもあって、「ゲームの音」というフィルターが全くないから、もっと別の角度からチップチューンの魅力を拡散してくれるんじゃないかと思うんです。そういう若手の代表格が、女子ゲームボーイミュージシャンとして知られるTORIENAさん【※】ですね。いま実力的にも一番伸びてきてるので、彼女に期待してる人は多いです。

※TORIENA
1993年生まれ。ゲームボーイ実機とDTMで楽曲制作を行う女性チップチューンアーティスト。MV「PULSE FIGHTER MUSIC VIDEO」ではキャラクターデザインも担当し、一部楽曲ではボーカルも行っている。

 もちろん、もっと上の世代でも、ゲームのことをよく知らないでチップチューンを始めた人たちは、ちらほらいます。Saitoneさん【※】はその典型ですね。彼もまた、ゲーム音楽ではあり得ない方向にチップチューンを引っ張っていった立役者です。そういうアプローチが、いずれは普通のことになっていくんじゃないかなと思います。

※Saitone
日本のチップチューンアーティスト。国内では早くからゲームボーイ音源を用いたオリジナル音源を発表していた。

――ある意味でチップチューンがジャンルとして自立して、音楽性が洗練を極めていったり、「警察」のような原理主義的な人も登場したりする一方で、過去の文脈から解き放たれ、新しいクリエイティブに踏み出す人たちも登場してきた、という感じでしょうか。面白い人の存在こそが、やっぱりシーンを活気づけますよね。

hally氏:
 もちろん、制作環境が10年前からさほど大きく進歩していないので、手法が大きく変わることもしばらくはないと思います。でも、それでも誰かが突拍子もない、先人の考えつかなかったような手法を思い付いて、それがカッコイイって評されるようになれば、シーンの姿はがらりと変わりますよ。
 ジャズもロックも、そうやって変わっていったんです。

ーー先ほどのYMCKさんやヒゲドライバーさんも、新しい場所を開拓した人たちですからね。ただ、その一方で日本では、チップチューンがゲームやJ-POPシーンの歌謡曲で使われたりと、商業での色んな展開が進んでいますよね。

hally氏:
 チップチューンの「要素」は、より広い範囲に浸透していくでしょうね。逆に、ポップミュージックは流行りものなので、そこでのチップ要素はいつか消えていっても全然おかしくないと思います。いずれまた「この音ダサい」って言われる時代が必ず来ると思うんですよ。

――若い子が「カワイイ」なんて言う状況が続いたら、それがダサイに変わる瞬間も来ますもんね。

hally氏:
 それが5年先になるか10年先になるか分かりませんけどね。とにかく今はカワイイ、カッコイイって言ってもらえている。その間にやれることをやっておけばいいんじゃないかな、と。ただ、本当に好きな人は「ダサい」って言われても続けるでしょう。むしろ、そこからが勝負ですよね。

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 あと少し話はずれますが、チップチューンって音の数が少ないので、教材としても使えるはずなんですよ。3つの音だけで完結してもいいんだよっていうのは、作曲初心者にとっては魅力的なことです。音楽教育の方向にも道が開けていくといいなと考えています。

――黎明期から見てきた「先駆者」らしい、長期的な視野の見解だと思いました。しかし、聞いていると、チップチューンという言葉が広まった一方で、その内実はどんどん変わっていきそうですね。

hally氏:
 冒頭で言ったように、現在チップチューンの定義は揺らいできていて、「ソフトシンセでも何でもアリ」という人もいれば、「本来の音源チップを使ったものしか認めない」という人もいます。でも、どれが正解だっていう話じゃないと思うんです。定義はそもそも変化するものです。それを認めず声高に定義を主張すると、それは「権力」になってしまう。

 ただ個人的には、「間口を狭める方向には変わってほしくないな」と思っています。若い頃、僕はいわゆる“モダンジャズ【※】おじさん”が大の苦手でした。必ず聴くべき名盤はこれで、それはこういう聴き方をすべきで、こういうオーディオシステムで聴くのが正しくて――と、全部押し付けてくる。
 ああなってしまったら、あとは衰退しかないと思いました。

※モダンジャズ
1940年代に確立されたビバップから、1969年にマイルス・デイヴィスがはじめた電化ジャズまでに登場したジャズの演奏スタイルの総称。

――チップチューンでも、そういう人が大声で登場してくるようになると、衰退は起きうると。

hally氏:
 これはモダンジャズだけじゃなくて、どんな娯楽文化でも辿りうる道なんですよ。規範が固まりすぎて、若い人が近づきがたくなってしまったら、最悪じゃないですか。
 だからむしろ、僕は「若い人たちの感覚はいつも100%正しい」と思うようにしています。既存の定義の居心地が悪ければ、壊してくれて構わない。そうしないと、そのシーンは潰えていくと思っています。

 だから、これからチップチューンを始めようという若人は、 “チップチューンおじさん”のことはあまり気にしなくていいです。必要ならガンガン喧嘩しちゃってください。「年寄りの言ってることはわかんねえんだよ!」って言ってもらって、ぜんぜん大丈夫ですから(笑)。

――本日はありがとうございました(了)

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 ビデオゲームの基板に搭載された音源チップが奏でるサウンドに魅了され、その原点へとたどり着くべく長年に渡って深く調べ上げ、遂に1冊のチップチューン本を書き上げたhally氏。音源チップが国内と海外で全く違った形で研究され、海外ではそうした音源チップが鳴らす音楽の呼称として定着し始めていたチップチューンという用語を自身のサイト「VORC」を通じて日本に紹介し、日本国内でチップチューンという用語を定着させることに貢献した。hally氏がいなければ日本では今でもチップチューンという用語が存在していなかった可能性もあるのだ。そう考えるとhally氏の果たした功績は計り知れないものがある。

 現在、チップチューンは音楽ジャンル全体から見ればニッチかもしれない。だからこそまだまだ大きな可能性を秘めているとも言える。中田ヤスカタ氏やヒゲドライバー氏を始めとしてチップチューンを操って魅力的な音楽を作り出すクリエイターは定期的に誕生しているし、今後もチップチューン界どころか音楽業界を賑わすクリエイターが登場する可能性は低くはないだろう。もしかしたらhally氏の著書に影響を受け、チップチューンアーティストを目指す若手クリエイターもいるかもしれない。もしそのようなクリエイターが登場してきたとしたら、hally氏の著書『チップチューンのすべて』はチップチューン界にとって大きなターニングポイントとなるだろう。

 また、チップチューンはレトロ風新作ゲームのサウンドに使われるジャンルとしても、はなくてはならないものになっている。古くてチープな音と言われ“一度死んだ”はずの音楽が時を経て定着し、様々な形で親しまれている現状は少し不思議な気がするが、その不思議さもまたチップチューンの魅力なのだと思う。そんな、なぜか魅了されてしまう不思議な魅力を持ったチップチューンという音楽、あなたも意識して耳を傾けてみてはどうだろうか。

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インタビュアー・著者
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風のイオナ
東京在住のフリーライター/編集。得意分野はゲーム、音楽、アイドルなど。2017年からは地下アイドルグループDORCAのプロデュースも開始。
Twitter:@ionadisco ‏
インタビュアー
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新聞配達中にトラックに跳ね飛ばされたことがきっかけで編集者になる。過去に「ロックマンエグゼ 15周年特別スタッフ座談会」「マフィア梶田がフリーライターになるまでの軌跡」などを担当し、2017年4月より電ファミニコゲーマー編集部のメンバーに。ゲームと同じぐらいアニメや漫画も好き。
Twitter:@ed_koudai

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