前回更新の前編に引き続き、シミュレーションRPG『スーパーロボット大戦』(以下、『スパロボ』)シリーズのプロデューサーである寺田貴信氏と、ビジュアルノベル『Fate/stay night』やスマホアプリ『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)のシナリオを執筆した、TYPE-MOONの奈須きのこ氏との対談の後編をお楽しみいただきたい。
【寺田P×奈須きのこ:対談】決戦!『スパロボ』VS『Fate』――と思いきや、奈須きのこのスパロボ愛が炸裂して、寺田Pから濃ゆい制作秘話が聞けちゃった!
奈須氏が『スパロボ』の熱心なファンということでスタートしたこの対談では、『スパロボ』シリーズの誕生秘話から奈須氏のアニメ遍歴まで、多彩な話題が飛び出した。その会話の中で明らかになったのは、スター級の版権キャラクターが集結する『スパロボ』のシナリオを、どのようにまとめ上げていくかという方法論だ。
それに続く後編は、今度は寺田氏のほうから奈須氏に対して、『Fate』シリーズの制作手法に迫る質問が行われたところからスタートする。歴史・伝説上で実在する英雄たちに、「サーヴァント」としての新たな個性を与える際の手法とは?
『Fate』の英霊は、伝説の短い記述を「拡大解釈」する楽しさから生まれる
寺田貴信氏(以下、寺田氏):
僕は『帝都物語』【※】という作品が好きなんですけど、あれもオリジナルのキャラクターと実在の人物を巧みに融合させて、「幸田露伴先生は魔物と戦っていたんだ」みたいな錯覚を与えるような作品になっていて。『西遊記』もそうなんですけど、実在の人物をフィクションに潜り込ませて話を動かすというのは、現実世界の人物をきちんと調べていないとできないですよね。
ロボットものならアニメを全話見て、資料を調べればいいんですけど。でも実在している歴史上の人物というのは、特に時代が新しい人だと、イメージが違うといった部分も出てくると思うんです。おっしゃられた『魔界転生』もそうですけど、その手の実在の人物がフィクションに紛れ込むお話は、面白いし好きだけど、自分では難しいですね。
――奈須さんが、どんなふうに『Fate』を制作されてきたのかは聞いてみたいですね。
奈須きのこ氏(以下、奈須氏):
『Fate』は伝奇小説をゲームにしたものだったので……。『帝都物語』もそうですけど、1980年代の伝奇小説は「現実の歴史の陰にこんなことがあったんだよ」というIFを楽しむものなんですね。なので必然的に、現実の事件に即した物語になるんです。
2000年代以降の伝奇小説ではそのムードは希薄なんですけど、『Fate』の原案はギリギリその年代に作られたものなので、現代社会のIFものになっているし、英霊に関しても過去の歴史を踏まえたものになっています。ユーザーさんに求める知識量も、神話マニア、偉人マニアの人たちに刺さるように作られているんです。
ただ最近は、「アーサー王って誰ですか?」という質問もあったりして……。
寺田氏:
あっ、そうなんですね。
奈須氏:
それぐらい、今のユーザーさんの基礎知識のあり方が変化しているんです。僕らは気付いていないまま、古いフォーマットで作っていたんだなあって。
――アーサー王伝説のことは知らないんだけど、『Fate』でまずセイバーのことが好きになって、そこからアーサー王に興味を持って調べたりする人もいると思うのですが?
奈須氏:
アーサー王はまだギリギリ、聞いたことがあると思うんですよね。マイナーな英霊になると、「誰これ?」っていうところから調べてみて「こういう伝説があるんだ」、「この伝説を拡大解釈して、こんなふうに扱っているんだ」というのを楽しんでもらえればと思っています。
寺田氏:
リアリティが違いますからね。世界史の勉強になるし。こんな偉人さんがいるわけが……えっ、いるんだ! って(笑)。
奈須氏:
マジメに勉強すると面白いですからね。過去の偉人はホントにスゴいですよ。「あなたたちはマンガのキャラですか!?」って思うようなエピソードがゴロゴロありますから。
『FGO』に取りかかる以前は、全部で14人の英霊を出そうと思ったら14人分の資料をそれぞれ2冊ぐらい買ってきて、それを調べれば良かったんです。ところが『FGO』では、英霊の数が150人以上に増えたので、「あぁ、これは世界史になる」って。
さすがに1人では手に負えないので、信頼できるライターさんたちに声をかけて、「1年間みんなで勉強しような」って、大量の本を買い込んでもらいました。そんなふうにシッチャカメッチャカで始めたんですけど、おかげで歴史上の人物に対する理解が深まって、それをシナリオにフィードバックできたのは良かったですね。
寺田氏:
『スパロボ』もやっぱり、原作にフィードバックというか恩返ししたいというのがあるんです。
以前、『スパロボ』オリジナルのマジンガーとしてマジンカイザーを登場させたら、おかげさまで人気が出て、それがアニメになったんですけど、そういった形が理想かなと。でも『Fate』の場合は、勉強になるのがスゴいですよね。
『Fate』の根底にあるゲーム要素は、『スパロボ』の精神コマンドから影響を受けた
寺田氏:
英雄を選ぶ根拠というか、選択基準はあるんですか?
奈須氏:
初期の『Fate』はストーリーありきだったので、このストーリーを表現するためには、こういう英霊がちょうどいいだろうという基準で選んでいました。ただ、最近はもう出し尽くしてしまっているので、「まだ使っていない英霊はいないか?」という感じで探しているんですけど。
まずは多くの人に知られている有名どころの英霊。有名ではないけど絵にしたら映える英霊。それからストーリープロットに適合する英霊と、だいたいこの3パターンですね。
たまにあるのが、絵師さんの方から「描いてみた!」って、ある日突然送られてくるんですよ、ぜんぜん頼んでもいない英霊のイラストが。しかも超出来が良い。それなら作品に出してみようと、正式にお願いするっていう。そういうこともあります。
寺田氏:
『スパロボ』もたまにありますね。「この作品を出しましょうよ」「いや版権元様との調整が必要なので」「それならなんとかします」って、ホントになんとかしてくれたりとか。
じつは「カンタム・ロボ【※1】を『スパロボ』に出してくれ」という要望は、中島かずきさんからかなり前にいただいていたんですよ。「僕が(臼井儀人)先生を説得するから」【※2】って。
スマホの『スーパーロボット大戦X-Ω(クロスオメガ)』【※3】という作品があるんですけど、15年前の自分に「あしゅら男爵としんちゃんが『スパロボ』で会話してるんだ」って教えたら、「どこのコラ映像だ!」って言うと思いますよ(笑)。
※1 カンタム・ロボ
アニメ『クレヨンしんちゃん』の劇中世界で放送されているロボットアニメ『超電導カンタム・ロボ』の主人公メカ。
※2
脚本家の中島かずき氏は、かつて双葉社の編集者だった当時、『クレヨンしんちゃん』の作者である臼井儀人氏を担当していた。
本編の『スパロボ』で話をガチに組み込むのは、正直厳しいでしょうけど、『X-Ω』はシチュエーションだけを切り取ってくる形なので。『恐竜戦隊ジュウレンジャー』【※】もそうですけど、「この作品が『スパロボ』に出るのはどうなの?」という壁を、原作サイドの方々のご理解を得た上で『X-Ω』で崩していってます。
※恐竜戦隊ジュウレンジャー
1992年から1993年にかけて放映された、東映制作の特撮テレビドラマ。スーパー戦隊シリーズ第16作にあたる。『スーパーロボット大戦X-Ω』にてスーパーロボット大戦シリーズに初参戦を果たす。
――『Fate』のキャラクターには人物造形だけではなくて、パラメータが決められていて、装備アイテムとしての宝具があって、というふうに、ゲーム的な設定も用意されていますよね。それこそ『スパロボ』的な、というと語弊があるかもしれませんが。
奈須氏:
過去の多くの英雄を甦らせるというのは『魔界転生』から始まっているものですが、こういった作品は、じつはたくさんあるんですよ。その中で『Fate』がなぜウケたかというと、根底にあるのがゲーム的な部分だからだと思うんです。
自分はRPGが好きだったので、ただ単純に過去の英雄が甦るだけではつまらないから、ゲーム的な縛りがほしいと。それで7つのクラスがあるし、パラメータもあるし、相性や宝具の問題もあるし。これらはすべて、リスクとリターンをきちんと振り分けた、ゲームのユニット的な扱いなんです。じつはそこが、『Fate』が成功した一番の理由だったんじゃないのかなと。
『第4次スーパーロボット大戦』を初めてプレイして感銘を受けたのが、精神コマンドなんです。そのキャラがどの精神コマンドを持っているかということだけで、キャラクターの性格と個性を見事に表しているんですよ。このキャラクターは「愛」を持っていて当然だよね、このキャラクターはやっぱり「気合」を持っているよねって、めちゃくちゃ上手い表現だった。ゲームシステム的にも有能で、キャラクター表現にも繋がっている。
精神コマンドのように、共通フォーマットのルールだけでそのキャラクターの人間性を表すというのが、自分の中ではすごく革新的で。この感覚をいろんなもので使っていけばいいんだと。『スパロボ』に影響された部分は多いのですが、もしかするとこれが一番大きいのかも。
――なるほど、パラメータの考え方には『スパロボ』の影響があるんですね。ところで精神コマンドというのは、どのように誕生したのですか?
寺田氏:
もともとはRPGの魔法ですよね。とはいえ、兜甲児(かぶとこうじ)に炎の魔法とかを使わせるわけにはいかないので、それを精神の名前にしたわけで。
精神コマンドはそのキャラクターの精神を表すものですけど、ロボットアニメの主人公ってだいたい「熱血」じゃないですか(笑)。全員が「熱血」だとさすがにアレなので、この人は「魂」かな? とか、ゲーム的な調整はやっぱり入ってしまうんですよ。キャラクターの性格を表現するという意味では、昔のほうが徹底してましたね。使えない精神コマンドをわざと入れたりしてましたから。『新機動戦記ガンダムW』【※】の主人公ヒイロが「自爆」を持っているとか。そんなの普通は使わないでしょう(笑)。
ただ、最近はいろんな精神コマンドが出てきているんですけど、個人的には精神コマンドの種類は30個ぐらいに留めておいて、その中から四苦八苦して当てはめるのがいいと思うんですけどね。
※新機動戦記ガンダムW
1995年〜1996年に放映されたテレビアニメ。富野由悠季原作の『ガンダム』シリーズのひとつ。本作では、主人公のヒイロ・ユイをはじめとして、主要な登場人物全員が美少年設定で、女性を中心に大きな人気を博した。
奈須氏:
そのキャラ専用の精神コマンドを作っていっちゃうと、「1つの世界」の中でやりくりしているところからズレていっちゃうんですよね。『Fate』でもクラスごとのスキルが決まっているんですけど、どうしてもそれに当てはまらない能力のサーヴァントが出てきて、「じゃあ、オリジナルのスキルを作ろうか」となるんですけど。
でもそうなると、今度はオリジナルのスキルばかりになってしまって、1つのフォーマットで語る意味がなくなってくるんです。みんな同じ材料でがんばっているから、ゲームとして面白いのであって。
寺田氏:
そこはジレンマなんですけど、『トップをねらえ!』【※】みたいに「奇跡」が原作で強調されていると、これは奇跡というキーワードを入れないとダメだな、という場合もあるので。
※『トップをねらえ!』
1988〜1989年にオリジナル・ビデオ・アニメとして発売。庵野秀明氏の初監督作品。マシーン兵器のパイロットを目指すヒロイン、タカヤ・ノリコの成長を描いた、スポ根アニメのパロディ作品としてスタートするが、物語の後半では宇宙怪獣軍団と人類との決戦が繰り広げられる、圧倒的スケールのSFドラマへと変貌する。ノリコの「奇跡は起きます、起こしてみせます!」というセリフは、以後の庵野監督作品である『ふしぎの海のナディア』や『新世紀エヴァンゲリオン』にも引き継がれる。
とはいえ、「熱血」を持たせないとゲーム的にはツラいけど、このキャラの性格では絶対に「熱血」は持たせられない、みたいなこだわりは必要ですよね。ある程度の縛りというのが、ゲームには絶対に必要なので。