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「うつ病」患者が認知行動療法を学ぶRPG『SPARX』。漫画家・田中圭一が実際にプレイして感じた、ゲームと「うつヌケ」の意外な親和性とは?【田中圭一×清水あやこ】

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 日本国内に約100万人の患者がいると言われる「うつ病」。そんなうつ病をゲームによってケアすることを目的に、ニュージーランドの国家プロジェクトから生まれた『SPARX』というRPGがある。7つのレベルに分かれた世界をキャラクターたちと共に冒険するうちに、現実的な考え方が自然と身につくよう、「認知行動療法」をゲームに応用しているものだ。自分のペースで取り組めるため、外出につらさを感じる人や今までカウンセリングを挫折した人にも効果的だという。

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 その『SPARX』の日本語版を開発し、普及活動に取り組んでいるのが、清水あやこさん。金融業界で働いていたが、会社を辞めて大学院に入り直して心理学を学び、大学院在学中に『SPARX』に出会って起業したという経歴を持つ。

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『うつヌケ』(KADOKAWA・2017)
(画像はKADOKAWA公式サイトより)

 今回対談していただくのは、自身もうつ病にかかり、そこから復帰した経験を持つ漫画家の田中圭一さんだ。うつ病から脱出した人の体験談をまとめたドキュメンタリー漫画『うつヌケ 〜うつトンネルを抜けた人たち〜』は33万部以上の大ヒットを記録し、大きな話題となった。現在は電ファミでゲームクリエイターたちの若かりし頃を振り返るレポート漫画『若ゲのいたり〜ゲームクリエイターの青春〜』を連載している。

 うつ病をゲームで療育するとはどういうことか、日本におけるうつ病ケアへの理解などについて、二人の経験も交えながら語ってもらった。

※記事末尾にて、プレゼント企画の情報を掲載しております。お楽しみに!

取材/なかJ
文/透明ランナー
カメラマン/増田雄介


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うつ病をケアするゲーム『SPARX』

――今日はRPGによってうつ病をケアするアプリ『SPARX』【※】の普及に取り組むHIKARI Lab代表の清水あやこさんと、ご自身もうつ病から回復した経験をお持ちの漫画家の田中圭一さんにお集まりいただきました。まずは清水さんに、『SPARX』がどのようなゲームかお聞きしたいと思います。

※SPARX
Smart(賢明で)、Positive(前向きで)、Active(活動的で) Realistic X-factor thought(現実的な新しい考え方)の略称。オークランド大学で開発・リリースされたニュージーランドのファンタジーRPGゲーム。清水あやこ氏が代表を務める株式会社HIKARI Labによって、2016年に日本版がリリースされた。プレイヤーはゲームを通じて認知行動療法の発想を学べるようになっており、本国ニュージーランドでは抑うつへの効果が実証されている。

清水あやこ氏(以下、清水氏):
 『SPARX』は、先進国の中でもっとも10代の自殺率が高いニュージーランドの国家プロジェクトとして、オークランド大学【※】で開発された3DRPGゲームです。うつや不安に効果があるとされるカウンセリング手法の「認知行動療法」の考え方を、ゲームを通して学ぶことができるようになっています。もともとPC版しかなかったのですが、できるだけ気軽に使えるようにスマートフォン版を制作し、日本語版アプリを2016年5月にリリースしました。

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清水あやこ氏

 認知行動療法とは、「考え」「行動」「気分」が相互に関連しているという理論に基づき、考え方を変えることで、行動や気分を変えようとする心理療法です。バランスが取れた考え方を身につけることで、ネガティブな考え方と感情に対処できるようになり、ストレス対処能力の向上に繋げます。

※オークランド大学
ニュージーランドのオークランド市にある国立大学。世界大学ランキングで100位以内にランクインすることもある。政治家をはじめとする、さまざまな著名人を輩出している名門校。

田中圭一氏(以下、田中氏):
 うつの軽度な段階でこれ以上悪化させないように、もしくはうつから脱出できそうになってきたころに再発しないように、その人の考え方自体を偏りのないものにしようという療法ですね。

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田中圭一氏

清水氏:
 認知行動療法は欧米では活用が進んでいて、日本でも保険が適用されるのですが、この療法に精通している精神科医がなかなかおらず、結果として認知行動療法が受けられるような場所が非常に限られているのが現状です。

――田中さんには事前にゲームをプレイしていただきましたが、いかがでした?

田中氏:
 実際に触ってみるとなかなかゲームとしてもおもしろいですね。ポジティブな思考に持っていくような仕掛けがストーリーの中に盛り込まれていて、認知行動療法をゲームという形で知らず知らずのうちに受けることができるわけですね。

清水氏:
 その通りです。カウンセリングや精神科に行こうとなると躊躇してしまう方もいると思いますが、ゲームなら気軽に始められるので、精神科医や心療内科に行きやすくなったり、より積極的な治療に進む導入剤としての意義もあると思っています。

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『SPARX』のゲーム画面

 ゲームのキャラクターが持つ力というものがあって、自分が信頼するキャラクターからのアドバイスは「人間」からのアドバイスよりも心に入るという効果もあるようです。「希望を持ちましょう」と人から言われて腑に落ちなくても、ファンタジーの世界の住人に言われるとちょっと納得できるというような。「あれ、自分ちょっといつもと違うな」、と思ったときに簡単に手に取ってもらえるゲームになるのが理想です。

田中氏:
 私は『うつヌケ』【※】の取材で、うつを抜けるためにアイドルにハマったりとか、ペットを飼って自分が世話をしないといけない状況にするといった人たちの話を聞いてきました。要は何らかの手段で自分の気持ちや考え方を変える必要があるんですよね。たしかにゲームはそのハードルが低いですよね。

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 うつで苦しむ人に考え方を変えさせるというのは、いろいろな方法がある中で、私の経験から言ってもゲームは親和性が高いと思います。なるほど、こういう手があったんですね。もっと早く知っていたら利用していたかもしれないです。

※うつヌケ
『うつヌケ 〜うつトンネルを抜けた人たち〜』(KADOKAWA・2017)。うつ病を克服した経験をもつ田中圭一氏がさまざまなうつ病患者にインタビューをし、その体験談を描いたルポ漫画。ミュージシャンの大槻ケンヂや研究者の内田樹など著名人をはじめ、OLや教師、編集者といったさまざまな職業のうつ病患者たちが登場し、彼らがいかにうつから脱出したかが描かれている。

『SPARX』ってどんなゲーム?

――『SPARX』というゲームの内容について、もっと詳しく教えてください。ゲーム自体はどのようにプレイするものになっているんですか?

清水氏:
 ネガティブな気分が蔓延して人々の心のバランスが崩れた世界に入っていって、ユーザーはヒーロー/ヒロインとして世界を救う、という設定のRPGになっています。冒険中はアクションやパズルをこなしてステージをクリアしながら、いろいろなキャラクターと出会い、憂うつな気分への対処方法や物事の柔軟な考え方を教えてもらえるようになっています。

田中氏:
 たとえばRPGの道中で旅人が「困難な状況に直面したときは、呼吸に集中すると落ち着く力を得ることができますよ」とアドバイスしてくれる、という具合ですね。

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『SPARX』のゲーム画面

清水氏:
 全部で7レベル、1レベルあたり約30分ほどで、認知行動療法の流れに沿って段階的に進んでいきます。3部構成になっていて、最初にガイド役の女性が簡単な話をして、次にファンタジーの世界で冒険をして、最後にまた女性がいる世界に戻って、「リラックする呼吸法」「考えを変えると気分も変わる」といった、そのレベルで学んだことを復習するといった形式です。

――何かを学ぶとなると身構えてしまう人もいるかと思いますが、堅苦しくなく楽しんでもらうために、どんな工夫がありますか?

清水氏:
 ニュージーランド版のガイド役は民族衣装を着た男性でしたが、日本人には柔らかいキャラクターのほうが合うのかなと思い、女性に変更したりしました。

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『SPARX』のゲーム画面

 あとは随所に簡単なクイズやミニゲームを設けています。たとえば「単語を並べ替えて文章にする」とか、「落ちてくる岩を適切に取り除く」といったものです。クイズがあることでエンターテイメント性が増すのと、内容がしっかり定着することを狙っています。

田中氏:
 うつ病の人って、心の調子が崩れると心身にかかわる全体的な機能が落ちてしまうんですよね。そういった人にとって取り組みやすいような工夫はありますか?

清水氏:
 うつ病の方は自然と外からの情報をシャットダウンしてしまうようになることも多いので、声優さんにはわかりやすく、できるだけゆっくりと、頭に入ることを心がけて話してもらいました。

――たしかに母性的というか、落ち着いたゆっくりした声ですよね。

清水氏:
 また、心の調子が優れない人でも違和感を抱かず同調できるように、あえて最初は暗い世界観となっています。そして進んでいくにつれて徐々に空の色が明るくなるような仕掛けになっています。

田中圭一さん『うつヌケ』誕生エピソード

田中氏:
 私も漫画家という職業を30年以上やっていますが、まさか自分がうつ病になるとは思ってもいませんでした。むしろ一番うつ病とは縁遠いタイプだと思っていたんですが、なってみると出口が見えない状況で、いつ抜けられるかまったく分からず、一生このままだと思っていた時期もありました。

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 幸運にもなんとかうつ病のトンネルから脱出に成功したので、漫画家としてはこれは何か描かないわけにはいかない、転んでもただは起きないぞ、という気持ちで取り組んだのが『うつヌケ』です。
 ただ、いざ書こうとなった時にすごく悩みまして。映画化もされた『ツレがうつになりまして。』【※】という漫画がありますよね。

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※ツレがうつになりまして。……細川貂々氏が手掛けたコミックエッセイ(幻冬舎・2006)。作者の夫がうつ病にかかり、夫婦一丸となって闘病に励む生活を描く。続編は2007年に、完結編は2011年にそれぞれ出版され、さらに2009年にはテレビドラマ化、そして2011年には映画化もなされている。
(画像はAmazonより)

清水氏:
 細川貂々さん【※】の漫画ですね。私も読みました。

※細川貂々
1969年生まれ。日本の漫画家、イラストレーター。1996年に、「ぶ〜け」の増刊雑誌である「ぶ~けデラックス」(集英社)でデビュー。『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎・2006)で大ヒットを記録し、シリーズの続編だけでなく数多くの作品を発表している。

田中氏:
 あれは「連れ」、つまりパートナーのための本で、当事者のための本じゃないんですよね。周囲の人や家族がうつになっちゃったらどうしよう、という需要なんです。ところが自分がうつの渦中にあったときには、本も漫画も一切頭に入ってこない、脳みそがシャットアウトしちゃう状態でした。今まさにうつ病で苦しんでいる人たちに向けた漫画って、そもそも成立させるのがかなり難しいと、自分の経験から思ったんですよ。
 ただ、うつを抜けて多少気分もハイになっていたので、「悩むよりやっちゃえ」と思って企画を始めました。

――そうしてできたのが『うつヌケ』だったんですね。

田中氏:
 おかげさまで、かつてうつだった人、うつを理解したという人にとってはすごく受けました。でも正直なところ、今まさにうつのトンネルのど真ん中にいる人にとってはなかなか読めない、頭に入ってこないという声もあるんですね。

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 そうは言っても多くの人にとって救いになり役に立つ本にもなったということで。出してよかったなというのが正直なところです。

――田中さんのうつの期間はどのぐらい長かったんですか?

田中氏:
 明確な自覚はなかったけれど、今にして振り返るとおそらく2002~3年ごろからかな。うつのトンネルの入り口って、グラデーションのように白からだんだん黒くなっていくイメージなんですよ。もう確実に真っ暗な場所にいるなと気づいたのが2005~6年ぐらい。最終的に抜けたのが2012年なので、だいたい10年間くらいです。

清水氏:
 田中さんはその期間、病院にカウンセリングに行ったりはしたんですか?

田中氏:
 最初はずっと薬で治療していました。マイナー・トランキライザー【※】という、鎮静の作用がマイルドなタイプの薬で精神を安定させていました。カウンセリングもうつを抜ける直前に数回受けたのかな。その頃はカウンセリングで状況が良くなることはないなと思い込んでいたんですよ。自分の状況を俯瞰してみることには役立つけど、俯瞰してみたところで別にうつの状況は変わらないなと。

※マイナー・トランキライザー
不安を和らげたり、気分を落ち着ける精神安定剤の一種で、抗不安薬とも呼ばれる。

清水氏:
 まさにそうで、うつになっているときに自分から自主的にカウンセラーに行くことができる方ってまだまだ少ないんですよね。そういった現状を変えていきたいんです。

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『SPARX』と清水さんのとの出会い

――清水さんがこの『SPARX』の普及活動に取り組むようになった理由を教えてください。

清水氏:
 私自身、中高時代から不登校の友達などから相談を受ける機会が多くありました。ただ、素人だった私にはどうしようも出来ないことも多かったです。そういった人たちは私のような身近な素人には相談するんですが、どうしてカウンセラーなどの専門家に相談しないんだろうと疑問に思っていました。その一番の理由は、日本では気軽に専門家に相談できる文化が普及していないことだと思うようになったんです。

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 大学ではビジネスを専攻していたのですが、留学中に心理学を学び、日本で「心理ケアを受ける」という文化を根付かせたいと考えるようになりました。このような現状を変えるには、もっとライトに、親しみやすく見せることが重要だという問題意識をずっと持っていました。

――そして大学卒業後、2年ほど金融業界で働いていたんですよね。

清水氏:
 はい。そこで会社というコミュニティに縛られすぎて休むことに罪悪感を抱く人を見てきたんです。そうしてやはり心理ケアの方でやっていきたいと思うようになり、東大大学院に進学して臨床心理学の研究室に入りました。そこで偶然友人が教えてくれて『SPARX』の存在を知り、これは日本で広める価値があるゲームだと思い、在学中の2015年7月に「HIKARI Lab」を起業しました。現在は私と内科医、精神科医、臨床心理士の4名体制で運営しています。

――『SPARX』の日本語版を出す際には苦労されたんですか?

清水氏:
 オークランド大学と日本でのライセンス契約を締結し、それからは大学院生としての研究活動をしながら、手探りで日本人向けに『SPARX』を作っていく作業が始まりました。

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(画像はSPARX公式サイトより)

 最初のうちは心が折れることばかりでした。企業さんに企画書をまとめて持って行っても、「でもこれってお金にならないでしょ」「RPGと言ってもFFには到底及ばないでしょ」みたいな感じで返されることが多くて……。そんな中で社会的意義を説明して回って、最後は大学の先生の紹介でなんとか無理を言って作っていただきました。

田中氏:
 ゲーマーの人口は限られていますけど、例えばうつ病に苦しんでいる人たちが評判を聞いてちょっとやってみようと思えば、本来ゲームをやらない人たちを呼び込めるので、こういったゲームの市場は大きくなるはずですよね。

 漫画なんて課金に持っていくのすごく大変なんですよ。世の中の多くの人は「漫画なんてタダで読めるじゃん」と思ってるし(笑)。ゲームは幸いにして「最初は無料だけど、ここから先行くにはこのアイテムが必要だから」というような課金の流れが、漫画よりは完成していますよね。プロデュースをうまくやれば、絶対に事業として軌道に乗ると思いますよ。私も元うつ病患者の一人として、『SPARX』は応援していきたいなと思っています。

将来はVR対応も……

――ところで、うつだけに限らず、身体全般の話でも、健康になろうと思ったらまず行動を変えていくというのが重要になってきますよね。

田中氏:
 でも分かっていても急に毎日ランニングはできない(笑)。やればいいと分かっていてもできないものをどうやればいいかと考えた時に、やはりゲームの持つ力は非常に大きいと思います。

清水氏:
 「ゲーミフィケーション」【※】という言葉は少しずつ皆さんにも馴染みのある言葉になってきましたが、まだ専門的なほうに寄っているので、もっともっとエンタメ要素を増やして、気軽に使えるようにしていければいいと思っています。

※ゲーミフィケーション
ゲームデザインの技術やメカニズムをはじめとするゲームの考え方や動機づけの方法論を、ゲーム以外の領域に利用すること。顧客ロイヤリティの向上から企業の組織マネジメント、フィットネスまでその応用分野は多岐にわたる。

田中氏:
 私も漫画家の一人として言わせてもらうと、ゲームの良いところは、漫画より容易にその向こう側の世界に没入できることだと思っています。

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 ゲームの没入感やプレイのハードルの低さを考えると、漫画を始めとする他のメディアよりも可能性があると感じています。だから私は、ゲームはよりいっそう心の病のケアに有効かもしれないという期待を抱いています。

清水氏:
 まさにそこなんです。実は『SPARX』は、いずれはVR、AR、HoloLens【※】なんかにも対応させたいという思いを持っています。これは非常に重要なことで、現実と仮想現実を組み合わせて、最適な環境で気軽に没入できるエンタメとして自分自身の心を健康にしていくことができればそれが理想なんです。

Microsoftが本気出して作ったお値段33万円のHMDをさっそく購入してみた【HoloLens体験レビュー】

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※HoloLens
マイクロソフト社製のMR機器の名称。その価格はなんと33万円。ドワンゴVR部による体験レビュー記事も公開中。

田中氏:
 なるほど、VR対応ですか。それはおもしろいアイデアですね。これからのゲームは現実との境目がどんどん無くなっていくことになります。そういう仕掛けやデバイスが増えてきているので。向こう5年10年、ゲームがもたらしてくれる新たな世界にすごく期待をしています。
 個人的には週の半分を関東と関西で行ったりきたりしているので。家で犬や猫を飼いたくても飼えないんですよ。でも仮想現実の世界だと飼えるかもしれない。もう一歩踏み出せば叶うかもしれないようなものでも、躊躇しているものがたくさんある。そういったものが仮想現実で叶うようになるといいですね。

清水氏:
 私たちは今まさに、ゲームと人との関わりの転換点にいるのかもしれないですね。

『SPARX』に乙女ゲーバージョン!?

――では最後に、おふたりの今後の計画を教えてください。

清水氏:
 『SPARX』をやり始めるのは「うつ病をケアしたい、認知行動療法に取り組みたい」という方が多いですが、いずれは「このキャラクターに会いたい」とか「このゲーム自体がおもしろそう」という理由で始めてもらって、知らず知らずの内に心も体も健康になるようなものができたらいいなと思っています。

田中氏:
 たとえば著名なゲームクリエイターやグラフィックデザイナーと組んでそういったプロジェクトが組めれば、社会的にもメリットは大きいですね。

清水氏:
 そうですね、そういったことを進めていきたいです。『SPARX』は海外での臨床研究も済んでいて内容も確立しているので、いくらでも応用できる可能性があります。たとえばキャラクターや世界観をまるごと変えて、美少女ゲームのキャラのIPを使うとか。

田中氏:
 それはいいですね! RPGよりむしろ恋愛シミュレーションに寄った方がよりセラピー効果が高そうな気がしますね(笑)。恋愛要素を絡ませるとコミュニケーションの練習にもなると思いますし。『ときめきメモリアル』【※】版とか。

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※ときめきメモリアル……1994年にKONAMIから発売されたPCエンジンスーパーCD-ROM2用タイトル。高校に入学した男子生徒となり、3年の学生生活の中で女生徒たちと交流して好感度を上げ、卒業式の日に女子から伝説の樹の下で告白されることを目的としている(セガサターン版では自分から告白可能)。『プリンセスメーカー』(1991年)、『卒業』(1992年)などに端を発した美少女ゲームを一大ムーブメントに押し上げた立役者であり、さまざまなハードに移植されながら、キャラクターに焦点を当てたスピンアウト作品なども多数登場。ひとつの歴史を築いた。画像は『ときめきメモリアル~forever with you~』。
(画像はKONAMI公式サイトより)

清水氏:
 あるいは乙女ゲーのような、『アンジェリーク』【※】版とかもやってみたいですね(笑)。

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※アンジェリーク
1994年に光栄(当時)より第一作目が発売された、恋愛シミュレーションゲームシリーズ。女性向け恋愛ゲーム市場を開拓した作品のひとつと言われている。

――田中さんの今後の目標はいかがですか?

田中氏:
 『うつヌケ』がベストセラーになったので、続編はやらないんですかという声をたくさんいただくんですが、個人的にはこれが契機になってメンタル系のルポ漫画がひとつのジャンルになってくれればいいと思っています。たとえば史群アル仙さん【※1】という方が、不安障害【※2】とADHD【※3】の体験談をエッセイ漫画にしています。

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※1 史群アル仙……しむれ あるせん。1990年生まれの女性漫画家、画家。Twitterで発表していた1ページ漫画『今日の漫画』が好評を博し、それがきっかけでプロデビュー。ADHDであることを公表しており、2016年8月から「Champion タップ!」にて『史群アル仙のメンタルチップス~不安障害とADHDの歩き方~』を連載中。
(画像はAmazonより)

 私はうつ病のルポ漫画は経験者なのでカバーできるけど、双極性障害【※4】やADHDは体験していないので、取材したとしてもなかなか本物にはなり得ない。なので『うつヌケ』と同じように、双極性障害に苦しんだ漫画家さんが双極性障害の方をインタビューして回るというような本があればすごくいいと思う。そういう意味で今は、『うつヌケ』の続編ではなく、電ファミで連載しているゲーム業界取材漫画『若ゲのいたり』に全力を注ぎたいというところです。

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※2 不安障害
不安が異常に高まってしまうことによって、日常生活に支障をきたしてしまう疾患の総称。

※3 ADHD
Attention Deficit Hyperactivity Disorderの略で、注意欠如多動性障害のこと。さまざまな症例が報告されているが、一般には注意が散漫であったり、じっとしていることに困難を極めたり、衝動的・突発的な言動が頻発するなどの症状があるとされる。

※4 双極性障害
躁うつ病とも呼ばれる。気分が異常に高揚する躁状態と、過度に落ち込むうつ状態を繰り返す疾患のひとつ。

清水氏:
 最後に一言。うつ病になりやすいのは責任感が強く、自分が頑張らなくちゃいけないと思うタイプの人です。しんどくなったらそれを周りに伝えて休んでもいい、人生頑張らなくてもいいんだよということを、広く伝えていきたいです。自分を好きになれるような体験、考え方が変わるような経験を、この『SPARX』というゲームを通じて広げていけたらと思います。

――ありがとうございました。(了)

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 詳しい応募方法は電ファミニコゲーマーの公式ツイッター(@denfaminicogame)をご覧ください。ご応募お待ちしております!

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「電撃セガサターン」、「電撃PS2」、「電撃オンライン」、「電撃レイヤーズ」、「iモードで遊ぼう!」、「mobileASCII」、「デンゲキバズーカ!!」と数々の媒体を渡り歩いて来た40代ファミコン世代の編集者。好きなハードは「ファミコンバージョンのゲームボーイミクロ」。

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著者
電ファミニコゲーマー編集部員。映画を観るのとアナログゲームをするのが好き。
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