タイトル名:『Peripeteia』
プラットフォーム:PC(Steam)
発売日:2025年2月22日(早期アクセス)
価格:2800円
概要:
架空の歴史を辿ったソ連圏のサイバーパンク都市を舞台に、女性アンドロイドの傭兵となるRPG。さまざまな人物から任務を与えられ、挑戦していく。かつて時代の最先端だった「イマーシブ・シム」を目指した、どこまでもゲームの世界に没入し、その空気を味わう作品。四の五の言わず、トレイラーを見れば、直ちに雰囲気がわかる。
はなから現代のプレイヤーを相手にしていない
友人たちと話しているとき、彼らは言った。「ゲームは、面白いほうがいい」。
あまりに当然に聞こえるので、わたしはそうだと首肯して別れたが、あとになって思った。
ゲームは、必ずしも面白くなくても、かまわない。
小説のプロットが、文章を書くための当座の建前であってもかまわないように、ゲーム・システムは、作家のオブセッションを表現するためのきっかけのようなものに過ぎなくても、かまわない。
どんな作品をつくることも、自由なのだ。
ストラテジックな思考やアクションの反射を推奨し、難易度や操作感を研ぎ澄まして面白くすることは、確かにすばらしい試みだが、もしも作家に、もっと語りたいことがある場合、ゲーム・システムは、出来合いのまま済ませられたものであってもかまわない。
ただ、もちろん、そうすると、多くの人が、その作品に見向きもしなくなる。面白くない、とは、娯楽性がない、ということだ。
とはいえ、プレイヤーの数がゼロになるわけでもない。世の中には、奇特なひとも、一定数いる。
わたしが『Peripeteia』をプレイできる理由は、わたしが奇特だからとしか言いようがない。
ゼロ年代初頭の、グラフィックボードの規格がPCI-EどころかAGPだったころのような、ジャンキーな3Dモデル。
初期『Deus Ex』シリーズのような、武骨なダイアローグ。
オートソート機能をもたず、つねにテトリスを強いられるインベントリ管理。
ぜんたいに、現代のプレイヤーをはなから相手にしていない、不親切な造りだ。
不便だが。駆け出した街並みは、夜で、雨で、広大だ
舞台となるのは、並行宇宙のUSSR。プレイヤーはスクラップ置き場で目覚めたサイボーグで、あとで部品を取るつもりで彼女を運んできた男は、ある種のフィクサーらしい。
彼は言う、屋根伝いに街を走って、破棄されたプラネタリウムから電球を取ってきてもらいたい。報酬は、名前と仕事と蓄電池。
駆け出した街並みは、夜で、雨で、広大だ。
その広大さを、移動に時間がかかりすぎる不必要なものだと見なすひとは、Steamの返金機能を用いる。
その広大さを横切りながら、これは、ソ連共産主義時代に建設された母なる大地の街の、がらんどうな寂しさの表現なのかもしれないなどと思うひとは、退屈しながらも何故か、プレイし続ける。
クエストマーカーどころか、地図さえない。
だから仕事をくれるひとの話はよく聞かなければならないし、聞くということは、テキストを読むということだ。
べつにそのテキストも、それ自体で面白いと思わせるものはなくて、設定的である。よくわからない固有名詞が頻出し、やっとプラネタリウムに辿り着いたと思ったら第二ソーシャリストとかいう組織の男に阻まれて、RPSとかいう組織のボスをこの爆弾で吹っ飛ばしてこい、そしたらなかに入れてやる、などと言われる。
それが、ひとにものを頼む態度だろうか?
「優等生」な退屈は、ショットガンの銃砲で終わる
わたしはこのゲームに退屈し、飽き飽きし、苛々していて、わたしの手のなかには先程のフィクサーからもらったTOZ-34ショットガンが握られている。
狙いをつけて発砲する。リコイルで肩が脱臼し、発砲音で鼓膜が破れたと思うのは、気のせいだ。
門番の男のスプライトがラグドールする。
その瞬間、ブラウン管のモニタで作曲されたに違いない、九十年代まるだしの、脅迫的な、ジャングルなブレイクコアが、けたたましく鳴りはじめる。
現代のゲームは、良い子になりすぎた。
とっつきやすく、ユーザー・フレンドリーで、誰とでも友達になれて、にこにこしている優等生になった。
ゲーマーであるわたしたちも、長じるにつれて、自分の怪物性を覆い隠す術を学んだ。誰も何もわかっちゃいない、この世には馬鹿しかいないと苛々し、校舎の窓ガラスを叩き割って先公のバイクに火をつけていたころのわたしたちは、いつのまにか、いつも微笑みを浮かべている、人当たりのいい、りっぱな社会人になってしまった。
だからTOZ-34を構え、男にむかって発砲するまでの十秒間と、プラネタリウムの入り口に辿り着くまでの苛立たしい十分間の彷徨は、わたしが十代の不機嫌な青年に戻り、その本性を呼び覚ますためにもうけられた、神聖な時間だったのだろう。
そして、わたしが元の木阿弥、怪物になることを、このゲームも望んでいたに違いなかった。
というのも、脅迫的なブレイクコアは、銃声を小節の始点にとって流れ始めたから──ショットガンのトリガーが、すりきれたCDプレイヤーの再生ボタンとハードワイヤされていたみたいに。
奥のほうから、銃声を聞きつけた男たちが、レーザーサイトつきのモシン・ナガンを手に、わらわらと這い出してくる。赤い光が、わたしの視界を突き刺して、わたしはもっと不機嫌になる。
F3キーにバインドした反射神経増幅装置を起動し、バレット・タイムに入る。わたしは、興奮を覚えている。
【私たち】が怪物に戻れるゲーム
そうしてわたしはいま、めんどうな手動セーブ・ロードを繰り返し、プラネタリウムの最深部に辿り着いて、そこで頽れていた管理者アンドロイドと話をしている。
今年は西暦何年だと問うと、1919年だと答える。ことしは1991年だと伝えると、ぶるぶる震えて応答しない。最後にメンテナンスを呼んでから何日経ったと聞くと、桁が千の数字を答える。
アンドロイドは女性型で、眼球のフィラメントが劣化して、電力がスパークするたびに泣いているみたいに見える。
わたしの眼前には、わたしひとりではどう頑張ったって止められない、馬鹿でかいプラネタリウムの装置が、巨大な電球の燦然たる光を放ちながら、ぐるぐる回転している。
わたしは装置を見上げ、頽れたアンドロイドを見て、一先ず、このアンドロイドをあのフィクサーのところに運んでやり、修理してやったらどうだろう、と考える。
わたしはゲーマーの直感と経験にしたがって、アンドロイドの身体にむけて、Fキーを長押しする。その通りだ。わたしは彼女を持ち上げる。
ジャーナルに新たなクエストが追加される。
怪物にだって優しさはある。
このゲームは、優等生ではないが、わたしは好きだ。
※同作の素晴らしきサウンドトラックが楽しめる公式ミックステープ