貴重なレゲー1万本と雑誌を収集するフランス没落貴族!?→自宅に凸して数奇な人生を聞いたら、ただのガチゲーマーだった件【NPOゲーム保存協会:探訪レポ】

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「ゲーム保存協会」の設立経緯

――そしてルドンさんは、2011年にゲーム保存協会を設立し、レトロゲームの保存・アーカイブ化に取り組まれることになります。こちらはどのような経緯で発足した団体なんでしょうか?

ルドン氏:
 元をたどると、1990年代、私はフランスで仲間たちとAmiga向けのゲームを保存しようという活動に関わっていたんです。Amigaはヨーロッパで人気があったパソコンですが、フロッピーにものすごく堅牢な、他で見たことがないようなプロテクトがかけられていたんです。ヨーロッパでは、1980年代からそういうプロテクトを破る技術を複数のグループが競い合っていたという背景があったためですが、そのせいでゲームの情報を吸い出して保存するのが難しかったんですよ。

(画像はKryoFlux Products & Services Ltd.より)

 そこで、私たちのチームでフロッピーディスクのデータをクラック【※】せず読み出すことができるデバイスの研究を始めました。現在われわれが使っている、「クリオフラックス(KryoFlux)」というクレジットカードサイズのデバイスの前身にあたるものです。これのおかげで多くのレトロゲームの情報を保存できるようになりました。

※クラック
クラッキング(Cracking)とも言われる。システムに変更を加え、コンピュータを不正に利用すること。

――もう大昔から、保存の方にもガチだったと(笑)。

ルドン氏:
 ちょうどそのとき、あるコレクターからまとめて1500本ほどの日本のPC-88シリーズのゲームソフトを譲ってもらう機会がありました。私は「じゃあAmigaの次は日本のPCゲームを保存しよう!」と提案したのですが、チームの他の人たちは「日本のPCってゲームあるの?」「日本ってAmigaないの?」みたいな感じで、反応が薄かったんです。

 そこで日本に移住したあと、私が予算をほとんど出す形でデータの保存を試みたんです。それがうまくいって、「これならいける。これなら日本のPCゲームも救うことができる」と思ったのがきっかけです。

――その後、どうやって日本での活動を広げていかれたんですか?

ルドン氏:
 ちょうどその頃、いま秋葉原でもゲームショップを営業している「BEEP」【※】が、ネットオークションでレトロゲームやレトロPCの販売を始めていたんですよ。

マニア垂涎! ゲームのレアなお宝がゴロゴロ。中古ショップBEEPの巨大倉庫にはゲームの歴史が眠る…元ファミ通・名物編集長と行ってみた

 彼らが出品したゲームを片っ端から私が全部買っていたら、先方から「失礼ですがどういった方ですか?」とメッセージが来まして。

※BEEP
「あらゆるレトロなゲーム的な品」の買取・販売を手がけるレトロPC・ゲーム専門店。

――それは販売側からしたら気になりますよね(笑)。

ルドン氏:
 「私はゲームコレクターではなく、ゲームのアーカイブを作りたいんです」と返信したら、「それは面白い、ぜひBEEPのウェブサイト上で記事を書いてほしい」と言われたんです。それがBEEPの小林正国代表取締役でした。

――なるほど……レトロゲームの販売を始めたばかりで、ホームページでその宣伝になるようなコンテンツを出したかったんですね。

ルドン氏:
 そうです。そのサイトで第一弾の記事として、レトロゲームを保存したいという思いや、クリオフラックスのことなどについて書きました。

 それで、こんなマニアックな記事読んでも分かる人いないでしょうと思いながら書いたんですが(笑)、それを読んだ新潟の福田卓也さん(@kitahei88)という人から「これ私が作ろうと思ってたやつですよ! ぜひ見せてください!」と興奮したメールが来て。そのままクリオフラックスを持って新潟まで行ったんです。

タイニーP:
 福田さんは、ゲーム保存協会のイベントでもよく登壇されていらっしゃいますね。MZ-80B【※1】やPC-8801mkIISR【※2】のユーザーで、ゲームよりもゲームのプロテクトを外すことに没頭していたとか。

※1 MZ-80B
MZは1978年からリリースされたシャープの8ビットコンピュータシリーズ。MZ-80Bは、1981年に登場したシリーズ最強の高性能機。

※2 PC-8801mkIISR
ビジネス用途として目された9800シリーズ(1982年)に対し、ホビー用途路線として長らく人気を保った8800(1981年)シリーズの決定打。1985年に登場。発色やサウンドなど表現力が大幅に上がり、9800シリーズとともに、以降、NECを覇権へと導く一因となった。

ルドン氏:
 そうそう、ゲームの保存自体より、ゲームのプロテクト技術に興味がある方なんですよね。「面白いな、そういう考え方もあるんだ」と思って、会った瞬間に意気投合しました。それなら組んで一緒に何かやりましょうと盛り上がって、日本のゲームを保存するNPOを一緒に作ろうという話になったんですよ。

 そして2011年9月、私が理事長、福田さんが副理事長、そしてBEEPの小林代表が理事。ゲームを通じて偶然引き合った3人で細々と始めたのが、「ゲーム保存協会」なんです。

――それ以来、ゲームの収集や保管、イベントの開催などの啓蒙活動を行っているわけですね。

ルドン氏:
 早いもので、今年でもう6年目になります。

 ……ちなみに、アーカイブは実はゲームだけじゃないんですよ? この下の階にもっとすごいアーカイブがあるので、そちらに移動しましょう。

――えっ、ここ以外にもあるんですか?

ゲーム関連雑誌が4000冊も!

ルドン氏:
 ここが書斎です。ゲーム関連の雑誌を4000冊ほどアーカイブしており、そのうちPCゲーム関連やみなさんの需要が高そうなもの約2000冊を並べています。

――「コンプティーク」【※1】、「テクノポリス」【※2】、「I/O」、「アスキー」、「マイコンBASICマガジン」などなど……ぎっしり並んでいますね!

※1 コンプティーク
1983年創刊のゲーム雑誌。通称・コンプ。現在もKADOKAWA(角川書店)より月刊で発行中。当初はPCやファミコンゲームを主に扱っていたが、次第に現在のように美少女ゲームやコミカライズ作品の連載を中心とした形式へと変わっていった。

※2 テクノポリス
1982〜1994年にかけて徳間書店より発行されていたパソコンゲーム雑誌。創刊当初は「マイコン入門雑誌」として、CG技術やゲーム紹介を中心としていたが、やがてゲーム、そして美少女ゲームへと特化していった。

ルドン氏:
 雑誌だけでなく攻略本などもアーカイブしています。1985年くらいまで、PCゲームは出版社が発売する攻略本がほとんどなくて、同人レベルで作られたものが少部数印刷されて売られていたんです。こちらがその中でもわりと有名な、「ゲームエイド」【※】というシリーズです。

※ゲームエイド……まだ出版社による攻略本が少なかった当時、ゲーマーたちの間では同人レベルで作られた攻略本が出回っていた。ゲームエイドもそのひとつ。現代では、オークションなどで稀に当時のものを見かけることがある。

タイニーP:
 おお、これはすごい! 私も現物は初めて見ます。当時ショップや通販で売っていたんですよね。いやー、同人レベルなのによくできてるなあ。

ルドン氏:
 7000円くらいするゲームを買ってクリアできなかったらストレスが溜まりますよね。なのでこの500円くらいの同人攻略本の需要はけっこうあったんですよ。

タイニーP:
 ちょっと書棚を見てもいいですか? ……あっ、これは「遊撃手」【※】ですね。

※遊撃手……1984年にラポートから発刊されていたPCゲーム関連の月刊誌。全9号。資金難のため1年足らずで休刊となったが、マニアックで辛口のゲームレビューが特徴的であったとされる。

 かなり辛口で知られた雑誌です。当時日本では、テレビゲームはもちろんPCゲームも、子どものものというイメージがだいぶ強かったんですが、大人向けに批評的な記事を書いていたんです。今思うとよくこんなの発行できましたよね(笑)。

ルドン氏:
 国産のPCゲームに対してすごい辛口だったんですよね。アメリカのゲームは本物、日本はしょぼい、みたいな(笑)。

――そういうコンプレックスのようなものがまだあった時代の産物なのかもしれないですね。

タイニーP:
 電ファミの「経験値」の記事を書いている最中に、事前調査でこの『遊撃手』の中に経験値という言葉が使ってあるのかな、と気になったんですよね。そのときは『夢幻の心臓』【※】の方が前のようだったので深く調査しなかったんですが。

※夢幻の心臓
1984年にクリスタルソフトから発売された国産コンピュータRPG。国産PCゲーム黎明期の代表作のひとつに数えられる。「夢幻界」に落とされた主人公が、現世に戻るために「夢幻の心臓」を入手しようとする。全3作。

――こんなアーカイブがあると調べ物がはかどりますね。

タイニーP:
 それにしても、1980年代の「コンプティーク」とか、「テクノポリス」とかの抜けがないのがすごいですね。「テクノポリス」は国会図書館でも創刊号のあたりは欠落しているんです。「コンプティーク」も、80年代後半がだいぶないんですよね。

――国会図書館がカバーできていない雑誌もあるんですね。

ルドン氏:
 そう、抜けがないように集めるのにも苦労しています。例えば『マイコンBASICマガジン』。1982年7月号だけ抜けていたんですが、オークションっていきなりポンと1年分が出品されたりするんですよね。

 それを逃すと次がいつになるか分からないんですが、そうすると雑誌のダブりが生まれて……。今あわせて700冊くらいダブっています。そのダブりをうまく使って、レアなゲームとの交換に活用したりしていきたいです。

――すさまじい執念を感じます(笑)。

高橋名人の初登場雑誌を探してみた!

――さらにお宝を探していきたいと思います。こちらにある「ソフト・メディア」【※】というのはどういう雑誌ですか?

※ソフト・メディア
1982〜1984年にかけてハドソンソフトが発行していた月刊誌。ハドソン社の制作するゲームに関する情報だけでなく、パソコン関連の情報も豊富に扱っていた。1984年3月に休刊し、「プロコン」と合併する形で再出発するも、こちらもまもなく休刊となった。

タイニーP:
 ハドソンが広報誌のような形で出していた雑誌ですね。

 内容が広報誌とは思えないくらい充実しているんですが、これも創刊号のあたりは国会図書館にないんですよ。1982年創刊で、その年の途中から月刊化して、1984年に「プロコン」【※】と合併したんですが、そちらもすぐ休刊しちゃったという。

※プロコン
1983年から84年にかけてエム・アイ・エーより発刊されていた月刊雑誌。誌名は「プログラムコンテスト」の略で、ゲーム制作やプログラミングについての情報を主に扱っていた。

ルドン氏:
 ハドソンは当時日本最大規模のパブリッシャーで、同じタイトルをあらゆる機種に向けて出していたので、それぞれの発売日を調べるのが大変なんですよね。なので『ソフト・メディア』の毎月の発売リストがないと詳しい調査が不可能なんです。

タイニーP:
 そういえば、有名になる前の高橋名人が一社員として本名で「ソフト・メディア」に載っている話、前にルドンさんがツイートしていたような……。

ルドン氏:
 何号目でしたっけ? 忘れちゃいました。

――……せっかくなので高橋名人探しませんか?

ルドン氏:
 バックナンバーも全部で30冊くらいですし、みんなで探しましょう!

 

 

〜10分後〜

 

 

タイニーP:
 ……あったぁ~! ありましたよ、高橋名人【※】。なんと「ビジネス用簡易言語HuCAL研究」という記事ですね。

※高橋名人……1959年生まれのゲームプレゼンター。本名は高橋利幸。ファミコン全盛期にハドソン(当時)所属のファミコン名人として一世を風靡した。ゲーム機のコントローラのボタンを1秒間に16回押す「16連射」が有名。

 「ハドソン 営業」という肩書ですが、結構突っ込んだ内容ですね(笑)。

――1983年1月の「ソフト・メディア」ですね。髪の毛がフサフサですね(笑)。

ルドン氏:
 高橋名人の写真がメディアに出てきたのはこれが最初じゃないでしょうかね。こんなふうに、ゲーム保存協会の雑誌アーカイブもいろいろな研究に役立ててもらえればと思います。

ゲーム保存はカビとの戦い

――貴重なアーカイブを見せていただきありがとうございました。こういったゲームを保管するにあたって気をつけていることはありますか?

ルドン氏:
 うーん、やっぱりカビとの戦いですね。フロッピーディスクの場合、パッケージやマニュアルの紙が湿気を吸ってカビをおびき寄せ、放っておくとどんどん劣化していくんです。
 湿度が60%を超えると危ないですが、一般的な家庭だと夏はエアコンをかけても70~80%くらいになってしまいます。特に日本の一般家庭の押し入れって、下手したら湿度が100%に近い環境で。

――カビにとっては理想なわけですよね。

ルドン氏:
 なのでやはり空調管理が大切になります。今まで10数年かけて色んなフロッピーを集めてきましたが、半分くらいカビてましたね……。

 あと大変なのが、フロッピーって40枚組のゲームとかあるんですよ。

タイニーP:
 『VIPER CTR 〜あすか〜』のことですよね(笑)。1997年発売のアダルトゲームです。当時はもうCD-ROMが主流になっていたんですが、通販限定でフロッピーも売っていたんですよ。

(画像はAmazonより)

※VIPER CTR 〜あすか〜
1997年にPC98/Windows版として発売されたアニメーションアダルトゲーム。「VIPER」シリーズの『V10』(1994年)に登場するヒロイン・藤堂あすかを中心に取り上げた。FD版は40枚組で、その数は日本のアダルトゲーム史上最多であった。

ルドン氏:
 こんなにあるとそれだけで容器一ついっぱいになってしまって……。フロッピーを収納する容器も1つ1万円ほどしますし、なかなか困った話ですよ(笑)。

――容器だけでもけっこうなお値段なんですね。

ルドン氏:
 図書館や博物館で保管庫の作成を行っている保管のプロ、日本ファイリングさん【※1】と資料保存器材さん【※2】に、ゲーム専用の保管用ボックス作ってもらいました。中性紙を使ったディスクケースと、劣化を促進するガスを出さず密閉できるボックスの組み合わせでできています。

(画像はゲーム保存協会HPより)

 通常の紙は酸性で、資料の劣化を促進してしまうので、フロッピーは中性紙で作られた封筒に移し替えています。中性紙は劣化促進のガスを出さずに、丈夫で軽く、湿気の管理もしてくれる優れものなんです。

※1 日本ファイリング
日本ファイリング株式会社。1924年創業で、黎明期は日本初のスチール家具の開発を手がけ、書庫設備を中心に数多くの実績を誇る。現在も物流保管機器設備や文化施設用家具の製造・販売、資料の保存処理や保存環境設備を中心的な事業としている。

※2 資料保存器材
株式会社資料保存機材。1999年創業。紙媒体記録資料の修理と、そうした文化財の長期保存のための容器の製造開発を手がける。

――ちなみに、将来的に雑誌のデジタル化などは考えていないのでしょうか?

ルドン氏:
 もちろん考えています。ただ、単にスキャンするだけではいけないと思っています。たとえば「高橋名人」と検索しただけで、「高橋名人の初出は『ソフト・メディア』の何年何月号の何ページ」とパッと出るようになればうれしいですよね。

 そのためには1ページごとに、どんなゲームが載っていて、誰が解説していて……とタグ付けしてデータベース化する必要があります。今はボランティアベースでやるしかないんですが、その理想に向かっていきたいと思っています。

タイニーP:
 パッケージに書かれていない情報は雑誌で調べるしかないので、ゲームの保存研究にはすごく大切な資料なんですよね。このアーカイブを活用して、私のようにゲームについて研究する人が増えていくとうれしいですね。

認定NPOへ向けた取り組み

――最後に、これからの目標、今後の計画はありますか?

ルドン氏:
 まず近い未来の目標は、ゲーム保存協会が「認定NPO法人」になることです。より客観的な基準で高い公益性を持つことが証明されるので、活動において非常に意味のあることだと考えています。でも認定されるにはハードルが高いんですよ。もう少しサポーターメンバーを増やしながら、目立った活動をしていかないといけません。

※NHK WORLDのInside Lensでは、2016年に「ゲーム保存協会」の特集が放送された。

タイニーP:
 今ゲーム保存協会のサポーターは170人ほどいますよね。私もサポーターの一人として、今後も協力していきたいです。

ルドン氏:
 そしてこれはもう少し遠い未来の目標ですが、私がもし明日突然いなくなっても、「ゲームを保存して、みんなのデジタルアーカイブをつくる」というミッションが続けられるように、組織が回るようにしていきたいです。今は私個人や福田副理事長が頑張っている部分が大きいのですが、もっと共感してくれる人を増やして、大きな理念に向かって突き進んでいきたいです。

タイニーP:
 ルドンさんの行動力、そしてビジョンもしっかりしているところは、私も一ゲームマニアとして頭が下がる思いでずっと見ています。まだ道半ばでもあるので、これからも力を貸していければ、このミッションに少しでも役に立てるようにしていければと思っています。

――直近だと、データベースの一般公開がいよいよ待ち受けていますよね。ちなみにこれは、どのような形で公開されるのでしょうか?

ルドン氏:
 一般公開といっても、勝手に入って手に取れるというわけではなく、保管している全ゲームの情報をオープンにして検索できるようにし、誰もが確認できるようにするということです。問い合わせがあればそれに応じてゲームを保管庫から取り出し、そのゲームをお見せする、という形になります。

――ちなみにこちら、今夏公開予定だったということですが……。

ルドン氏:
 その情報のリスト化のための棚卸し作業を1年ほど続けてきたんですが、なにしろゲームの数が膨大でかなり手間取ったんです。その上、個人的な事情ですが、私自身が9月に結婚することになりまして……。

――おおお、そうなんですね。おめでとうございます!(笑)

ルドン氏:
 ありがとうございます(笑)。そういうわけで、アーカイブの公開は今年の11月ごろを予定しています。年内には必ず公開しますので、楽しみにしてください!

――今日はありがとうございました。11月のアーカイブ公開、そして今後の活動、楽しみにしています。(了)

 日本のゲームに魅せられ、独学で日本語を勉強し、フランスからはるばる海を渡ったルドン・ジョゼフ氏。ゲームこそ将来に受け継がれるべき芸術的財産だという使命のもと、ゲームの保存・修復、そしてアーカイブ化に奔走している。

 日本人以上に日本のゲームを愛し、その文化的意義を理解しているルドン氏の活動によって救われたレトロゲームは数多い。大げさな喩えだが、それはまるで浮世絵が海を渡って欧州でその芸術的価値を高く評価され、「浮世絵は芸術作品」と考えたヨーロッパ人の評価が日本に逆輸入された歴史を見ているかのようだ。

 ルドン氏の情熱が生んだゲーム保存協会の膨大なデータベースの一般公開は、ゲーム研究家だけでなく私たち一般のゲーマーにとっても有意義なものになるだろう。ルドン氏はただゲームソフトを集めて骨董品のように展示したいのではなく、データを保存し、エミュレータを使ってどの時代でも遊べるようにすることを究極の目標としている。今後もルドン氏とゲーム保存協会の活動に注目していきたい。

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インタビュアー・著者
電ファミニコゲーマー編集部員。映画を観るのとアナログゲームをするのが好き。
Twitter:@_k18

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