え、まだやってたの!? 今なお海外で現役の『ドンキーコング』スコア争い。最近現れた新星26歳の世界記録保持者と飲み屋で話し込んでみた【聞き手:バカタール加藤】

 去る2017年4月30日、千葉県茂原市のゲームセンター「アミュージアム茂原店」の一角にて、日本初の“アーケード(AC)版『ドンキーコング』”の交流会がしめやかに行われた。

 

 

 このイベントは、「若者のドンキー離れ」を危惧した「DKK/ドンキーコング研究会」(『ドンキーコング』のハイスコアプレイヤー団体)が、AC版『ドンキーコング』プレイヤー人口の拡大を目指して開催したものである。

 会場では、現在店頭ではほとんど見ることができなくなったAC版『ドンキーコング』を、なんと一挙に6台も稼働。来場者は自由にプレイすることができ、当時のベテランプレイヤーから最近『ドンキーコング』を知った若者まで、実にさまざまな人で賑わっていた。

 

会場には、テーブル筐体のタイトー版『ドンキーコング』も持ち込まれ、稼働していた。この筐体は、タイトーが正式に任天堂の許諾を受け、生産されたものだという。

 

 その中に、ひときわ目立つスーパープレイを披露する一人の外国人の姿が。

 

 

 彼こそは、AC版『ドンキーコング』のハイスコア世界記録保持者のアメリカ人、Wes Copeland氏。自宅に専用の筐体を所有するほど『ドンキーコング』を愛する彼は、2016年5月5日に1,218,000点というスコアを叩き出し、「Donkey Kong Forum」【※】に世界記録として認定されたプレイヤーである。

※Donkey Kong Forum
『ドンキーコング』のスコアを管理するWebサイト『Donkey Kong Forum』。ちなみにこのイベントには、『Donkey Kong Forum』でスコア審査を担当するJeremy Young氏も訪れ、プレイに興じていた。

 『ドンキーコング』のハイスコア争いってナニ? 

 日本のゲーマーには、いまいちピンと来ないかもしれないが、アメリカではAC版『ドンキーコング』のハイスコアを巡って1982年以来の長きに渡って競われており、世界記録保持者には多くの称賛が送られるという、いわばe-Sportsの走り的な存在。

 初代の世界記録保持者Billy Mitchellと挑戦者Steve Wiebeの戦いは、米ドキュメンタリー映画『The King of Kong』【※】になったほどである。

※The King of Kong……2007年のアメリカ映画。Billy Mitchell が持つアーケード版『ドンキーコング』の世界記録に、Steve Wiebeが挑むドキュメンタリー。DVDは2008年に発売。残念ながら日本では未発売だが、編集部員の小山オンデマンドが海外版を所有していた。

 その長い歴史を持つハイスコア争いにおいて、まさに“いま”頂点に立っているWes氏とは、いったいどんな人物なのか? そもそもハイスコアを目指すきっかけとは何だったのか? そして、これからは何を目指すのか?

 かねてよりWes氏に対し興味津々だった“元・ファミ通編集長”バカタール加藤は、このイベント開催日の1週間前からWes氏がお忍びで来日しているという情報をある筋から入手。都内某所で会食のアポを取り付けることに成功したのであった。

取材・文/バカタール加藤、浅野 稔、なかJ
通訳/松村梨加(パイン・ビレッジ)
撮影協力/84


1981年に発売された日本版AC『ドンキーコング』のチラシとWes氏。

『ドンキーコング』との出会いは近所のゲームセンターだった

Wesさんが極秘来日しているということで、ぜひお会いしたいと思いまして、アポを取らせていただきました!

(笑)。実はこの春、職場で昇進しまして、そのお祝いで長期休暇をもらったんです。それを利用して来日しました。

それはおめでたい! ゲーム関係のお仕事だったり?

あこがれてはいたんですけれど……いまは転職エージェントサービスのサイトに携わっています。

ちなみに、日本は初めてですか?

大学生時代、日本に留学したことがあるんです。横浜と東京にキャンパスがある大学でした。いまから5年前になるかな。

え? というと、いまおいくつなんです?

26歳です。

 

なぜそんな若者が『ドンキーコング』を?

若い! なぜそんな若者が『ドンキーコング』を?

『ドンキーコング』をプレイしはじめたのは、いまから4年くらい前、大学生時代の終わり頃から。と言っても、もっぱら大学時代はブリザード社の『スタークラフト』にハマってましたね。

小さい頃からずっと『ドンキーコング』をプレイしていたと、勝手に思ってました。ちなみに子供の頃はどんなゲームを?

子どもの頃は……ゲームソフトを買ってもらうとき、両親はゲームショップの店員さんに「イチバン難しいゲームをください」と言ってましたね。「ゲームをあまり買ってあげたくない」という理由で、ですよ? だから、『ロックマン』『忍者龍剣伝』ばかりやってました(笑)。

 

「そのゲームをクリアするまで、新しいゲームを買ってあげないよ!」みたいな? ある意味、英才教育かも。

かもしれない(笑)。で、高校生時代にはチェスにハマっちゃって。チェスの“戦略的な思考”の流れで『スタークラフト』を大学生のときにプレイして、卒業間際から『ドンキーコング』をはじめました。

そこでいきなり『ドンキーコング』だもんなぁ。きっかけは何だったのでしょう?

お父さんがアーケードゲームの『ディフェンダー』【※】が大好きで、家に買ってきたんです。家にあるもんだから、自分もプレイして、好きになっちゃって。

※ディフェンダー
1980年にウィリアムスエレクトロニクス社が開発した、世界初・横スクロールのシューティングゲーム。翌1981年、ゲーム オブ ザイヤー受賞。『グラディウス』や『ファンタジーゾーン』といった後のシューティングゲームに多大な影響を与えたと言われている。日本の輸入販売元はタイトーなど。

めちゃくちゃ古いゲームですね。

で、ある日、家の近くにできたゲームセンターに行ってみたら、そこに『ディフェンダー』が置いてあったので、毎日プレイしに行ってたんです。……でも、誰も強い人がいなくてつまらなかったんですよね。それに比べて、『ドンキーコング』は違かった。交流会みたいなのがあって、それが6カ月に1回開かれていたりと盛り上がっていたんです。その交流会に参加したのがきっかけですね。

交流会当日の写真

チャンピオンになるためには『ドンキーコング』のMy筐体が必要!?

そんな盛り上がりがあるんですねぇ、アメリカには。

アーケードゲームのカルチャーは、日本と比べて小さいけれど、『ドンキーコング』はそのなかでもメジャーなんですよ。たとえば『パックマン』は、オール満点でやる人が出てきちゃって、競争がなくなってきたんですけど、『ドンキーコング』は、ハイスコアを獲得するためには、いろんな方法【※】(リンク先はPDF)があるので。そこがいいところかな。

※いろんな方法
こちらは、先述の「アミュージアム茂原店」にて開催されたAC版『ドンキーコング』交流会にて配布された、『ドンキーコング』の基本的な攻略方法についての資料。

で、その交流会がなければ、『ドンキーコング』をやろうと思わなかった?

そうですね。 自分はイジイジしている方ではなく、「勝ちたい!」という健康的に出ていく方の、生まれつきの挑戦者なので、それが上手く『ドンキーコング』とマッチしたんだと思います。

スコア争いをはじめたのは、地元のゲームセンターの交流会が最初、ってことですね。

アーカンソー州にあったゲームセンターです。当時は、“90万点取ればハイスコアラーとしての腕がある”と言われていましたが、ボクは3カ月の練習でそこまでたどりつきました。そうしたら、「Donkey Kong Forum」でオンラインのトーナメントに出られるようになって、競うようになったんです。

「Donkey Kong Forum」って、『ドンキーコング』のコミュニティサイトですね?

Donkey Kong Forummのトップページにあるランキングには、Wes氏の名が刻まれている。
(画像はDonkey Kong Forumより)

ですです。このコミュニティは、全米はもちろん、オーストラリアとか世界中から参加があるんですよ。特に英語圏から登録が多いようです。ボクがはじめた頃(2013年頃)のチャンピオンは、Hank Chien【※】というお医者さん。いまでは友だちです。彼は、ニューヨークのマンハッタンでイチバンの整形外科医なんだけど、彼のオフィスの中には『ドンキーコング』の筐体があって、暇な時間は頭の体操だと言ってプレイしているんですよ。

※Hank Chien
ドキュメンタリー映画『The King of Kong』に触発されたHank Chienは、2010年2月26日に1,061,700点を獲得し、世界記録保持者になった。その後、映画に出演していたBilly Mitchellが2010年8月7日に1,062,800点で再びチャンピオンに。同じく映画に出演していたSteve Wiebeが、2010年9月にスコア1,064,500点を叩き出し、世界記録を更新した。その後、2011年1月にHank Chienが1,068,000点で破り、1カ月後に自身の記録を更新(1,060,400点のスコア)、2012年5月には1,110,100点のスコアで記録更新した。2012年7月25日、Hank Chienは1,127,700点を出し、自身の記録をさらに更新した。

Wesさんも持っているんですか? 筐体。

うん。

いいなぁ……でもお高いんでしょう?

ボクが100万点を超えはじめた頃に、「Donkey Kong Forum」のボスみたいな人から「オリジナルを売ってやる」と言われて、100ドルで買いました。普通だと300ドル以上するものを、100万点を取ったからということで、100ドルで売ってくれたんです。

当時の筐体。プレイしているのは、有名スコアラーのSteve Sanders氏。
(Photo by Getty Images)

太っ腹だなー「Donkey Kong Forum」!

ですよね(笑)。

ついに世界記録に到達!

ちなみに、「Donkey Kong Forum」には、どうやって記録を申請するんです?

「Donkey Kong Forum」に参加してオフィシャルなスコアとして提出するために、いくつかルールがあって。自宅にオリジナルの筐体があるというのも1つの条件なんです。オリジナルの基板を使って、レバーも十字じゃないといけない、とか。で、プレイしているところを最初から録画して、それを提出していました。途中で止めちゃダメです。そうじゃないと、ズルをした人たちがすごくいたので。

あぁ、わかる! ボクが週刊ファミ通に在籍していた当時、「やりこみゲーム大賞」【※】というのをやっていたんですけど、それも必ず最初から録画したビデオテープを送ってもらっていましたよ。そうしないと、インチキする人が出てくるんだよね〜。

※やりこみゲーム大賞
1990年代から2000年代にかけて、週刊ファミ通誌でときおり特集されていた同時期の看板企画。単純かつ強烈なハイスコア記録に始まり、ゲームのしばりプレイ、ノーミスプレイなど、さまざまな形で“やりこんだ”プレイの様子・記録を読者からビデオなどで募集。誌面に掲載して表彰していた。企画の体裁としても毎回趣向が凝らされており、ピーク時には、戦隊モノを模してカラフルなアクションスーツに身を包んだ“ヤリコマンダー”たちが、採石場で爆破の炎や煙を前にやりこみ記録を紹介するという事例も(さらに影山ヒロノブが歌う主題歌を収めたシングルCDまで作られた)。

ズルする方法にはいろいろなやり方があったみたい。画面に近づき過ぎると画面が真っ黒になる状態が出てきたりするんだけど、その間にスコアを変えちゃったり……。

そして、最初にチャンピオンになったのは、2015年9月18日なんですね。そのときのスコアが1,170,500点!

100万点、110万点とどんどんハイスコアを更新していって、最終的にボクがイチバンになりました。でも、その前のチャンピオンであるRobbie Lakemanに、6時間後に更新されてしまった(笑)。彼は1,172,100点!

たった6時間で……悲しいぃ。

その後はしばらく、彼とチャンピオンの座を競り合っていました。2016年1月4日に、1,190,000点を出して逆転したけど、4月11日に1,190,200点をRobbie Lakemanに出されて……。でも、その1週間後の4月19日に1,195,100点を出したんです。

ハイレベルすぎる……。

Robbie Lakemanとボクは、ハイスコアを目指す方法が全然違うんです。お互い、本当にまったく違う戦略。『ドンキーコング』でいいのは、自分のやり方でハイスコアを出せるということ。自分に合ったやり方で、どんどん進めるのが素晴らしい。

そして2016年5月5日に、1,218,000点という記録を出したんですね。Wesさんは、1回でも失敗したら電源を切ってまた最初からやるんですよね。ミスして死ぬのではなく、稼げるだけ稼いで死ぬ、というところまで追求しているというスコアなんですよねぇ。

※Wes氏が1,218,000点を叩き出すまでの一部始終が収められている動画は、3時間17分18秒にも及んでいる。

マリオ1機で、22面まで行ってのスコア、というのがそれです。ボクのスコアは必ず1機でしかやらないです。

22周目で突然マリオが死ぬのは、カンストしたからなんですか?

というより、『ドンキーコング』は22周目に到達すると開始直後に死んじゃう“キルスクリーン”【※】という現象が起きてしまうので、そこが事実上の最終面なんです。

※キルスクリーン
ゲームが22周目に到達したとき、開始数秒でマリオが死ぬ現象が起こり、これを「キルスクリーン」と呼ぶ。「キルスクリーン」よりゲームを先に進めることはできないため、キルスクリーンが事実上の最終面となる。「キルスクリーン」に到達することは『ドンキーコング』のプレイヤーにとって一種のステータスとなっており、またさらに上級のプレイヤーともなると、キルスクリーンまでのハイスコアを競うことも行われている。

Wes氏にとっての『ドンキーコング』とはなんだったのか?

FC版『ドンキーコング』のカセットにサインを入れるWes氏(カセットは、会食に同席していた漫画家の大関詠嗣氏の私物)。

その22周目にたどり着くまでで、可能な限り点を取るということですね。そして、このスコアを機に引退を表明した、と。

すごいラッキーでスコアが出たのであって、その幸運をまた呼び込むのは難しいので、もうおしまいだと思います。やりきったということです。Robbie Lakemanはまだ頑張っているみたいだけどね。

結局、『ドンキーコング』に向き合った期間はどのくらいになるのかしら?

だいたい3年半。最初にチャンピオンになった頃まで1年半ぐらいかな。

あ、意外と短いんですね。

でも、濃厚な時間だったと思います。『ドンキーコング』は、私の性格の“挑戦者的な部分”を満たしてくれるので、それがいいところです。あとは、いろんなコミュニティがあったりとか、人と人とのつながりを作ってくれたり。たとえば、バカタール加藤さんにお会いできたのも、『ドンキーコング』のおかげですもん。

(照)。

会社の面接を自宅で受けるときも、後ろに『ドンキーコング』の筐体を見えるようにして、「これでイチバンなんです」とアピールしたりしました。短い期間だったけど、『ドンキーコング』は私の人生の中心となっていますね。

今は『ゼルダ』新作に夢中

今後、他のゲームのハイスコアを目指すことはないんですか?

実は『ドンキーコングJr.』でも世界5位なんです。で、ワールドチャンピオンとは友だちです。もしも、ボクが1位になっちゃうと友だちと仲が悪くなりそうなので、『Jr.』の方は遠慮しています(笑)。彼がスコアを高くするにはどうすればいいかを教えてくれているんですが、私が1位になってしまうと、“彼の秘密を全部使ってやった”みたいになってしまってイヤなんです。

となると、ゲームの活動はナシ?

そういうわけではないです。いまはTwitchでチャリティー放送しているんですけれど、最近では『ゼルダの伝説』の全シリーズの実況プレイをやりました。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は157時間かけてクリアしましたよ。

(画像はWes氏のTwitchより)

そのチャリティー放送で集めた金額は、ボストンの小児病院に寄付しています。そういう風に、いろいろ目的があってゲームに挑戦していくのが好きなんです。

すばらしいですね! 『ゼルダ』の次にプレイする予定のゲームはあります?

いまは次のものを考えているんですけど、『ドンキーコング3』にしようかな、なんて思っています。160面を超えてくると、ジャミジャミしてきてブルースクリーンになっちゃうそうで、それを出したことがあるのが世界に2人しかいない。

ふむふむ。

それに挑戦したらどうかとファンから勧められているので、挑戦するかも。いま『ドンキーコング3』でも良いスコアは取れているので、やってみようかという気にはなっていますね。といった感じで、ファンの人たちにも何がいいのか聞いているので、それをまとめて、お休みが終わったら数カ月以内には、はじめようと思っています。

乞うご期待、ということですね。楽しみにしています! 今日はありがとうございました!(了)

 いまなお愛され、スコアアタックを楽しむファンを持つ『ドンキーコング』。1981年にリリースされたクラシックゲームにもかかわらず、1人の人生を変えるだけのパワーをいまだに持っていることにオドロキを隠せない。そして、世界記録を保持する男が、意外にも自分よりふた回り近くも年下だったことにもオドロキを隠せない……。

 正直、後者の事実を知って受けた自分へのダメージはデカイが、キラキラした目で『ドンキーコング』を熱く語るWes氏を見て、“ドンキーコング研究会(DKK)”が危惧する「若者のドンキー離れ」も杞憂なのかもしれないな、と感じた次第だ。

 最後に。この記事で幸いにも『ドンキーコング』をプレイしたくなった方には、「ニンテンドーeショップ」でダウンロード購入できるファミコン版をはじめてみることをおすすめしたい(Wii U、3DSで購入可能)。アーケード版と面構成は異なるが、Wes氏の待つ“頂上”に近づく“一歩”となることは間違いないだろう。私も久しぶりにプレイしてみよっと。(バカタール加藤)

取材協力/DKK/ドンキーコング研究会(DKK-MBL-AZU/DKK-ASN-Esperle/DKK-OKINAWA2)、MBL-ミカエル

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取材・文
元ファミ通編集長。「東京中日スポーツ」でコラム「オヤジでもわかるゲームな話」(毎月第2、4火曜日掲載)の執筆や、ニコニコチャンネル「世界でいちばん役に立たないゲームch.」「ユリコちゃんねる」のプロデュースなど、ゲーム業界でバリバリ活躍中!
Twitter:@bakataal
取材・文
浅野 稔
ゲームチラシコレクター。集めたチラシを整理したり自分なりに分析したりするのが好きな人。ここ数年は『ドンキーコング』熱が再燃してゲームセンターに通ったりもしている。2016年、ゲームセンターでUS版『ドンキーコング』のキルスクリーンを達成。今後の目標は『ドンキーコング』で100万点を突破すること。
取材・文
なかJ
「電撃セガサターン」、「電撃PS2」、「電撃オンライン」、「電撃レイヤーズ」、「iモードで遊ぼう!」、「mobileASCII」、「デンゲキバズーカ!!」と数々の媒体を渡り歩いて来た40代ファミコン世代の編集者。好きなハードは「ファミコンバージョンのゲームボーイミクロ」。 
Twitter:@nkjdfng
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