タイトル名:『Big Rigs』
プラットフォーム:PC(Steam)
発売日:2025年4月8日
価格:980円
概要:
2003年に発売されたパッケージのトラックレースゲームで、信じられないバグや不具合から、アメリカでたびたび「史上最悪のゲーム」「商品未満」といった称号で呼ばれる伝説的な作品。
22年のときを経てSteamでの配信が決定し、“一部のユーザー”が大興奮した。Steam記載の公式サイトに飛ぶと、謎のページが現れる。
そのレビュー依頼は突然やって来た
だいたい、ここの編集部は頭がおかしい。
あるいは編集のIがおかしい。もともとすこしおかしいやつだったが、昨年あたりになにか病を得て、えらいことになって入院したと聞いた。おそらくそのとき、いよいよ頭をやられたのだ。
経緯はこうだ。
わたしは生活が落ち着いて、ひさしぶりに原稿を書いた。
いまは退院して、元気に仕事をしているIに送った。
「いいですね、掲載しましょう」とやつは言い、それはよかった。
しかし、そのうえで、やつは言った。
「藤田さん、つぎは『Big Rigs』でひとつ書きませんか?」
笑止であるが、その理由には説明が要る。
『Big Rigs』は、2003年にStellar Stoneという会社がつくったビデオゲームである。3Dでレンダリングされたトラックを運転し、レースする。
それだけ聞くと、まあ、面白そうかも知れん。しかし、実物はひどい。あらゆるところにバグが残っている。建物のコリジョンが存在しない。ギアをリバースに入れると最高速度が無限になる。対戦相手のNPCがスタートラインから動かない、などなど。全くお話にならない、書籍でいえば乱丁落丁だらけの代物だ。
クソゲーのプロ「AVGN」も賞味した一品
しかし、わたしは個人的に『Big Rigs』をプレイしたことがない。
ならば、なぜそんなゲームのことを知っているのか。
合衆国の古株クソゲー・レビュワー、Angry Video Game Nerd(AVGN)が紹介したからである。
彼はもともとNESやCommodore 64などのアーカイブに埋まっていたレトロでクソなものを専門に、YouTubeにプレイ動画つきのレビューを投稿していた。その動画のシネマトグラフィは手作り感あふれるインディー・スピリットに満ちていて、わたしは大好きだ。
そのAVGNが、レトロでコンソールなゲームしかやらないという自らに課した掟を破って、いまから十年ほど前にレビューしたのが『Big Rigs』なのである。
そして、ほんらい忘れ去られるはずだったそのクソをみずから発掘して賞味し、レトリックと編集の妙を尽くして語る彼の技に、若き日のわたしは抱腹絶倒したものである。
さて、これだけなら大したことのない話だが、続きがある。先日、Margarite Entertainment社たる謎の企業が、この『Big Rigs』の販売権を取得し、Steamで売り出すという暴挙に出た。2025年4月8日のことであった。
あきらかにラインを超えたレビュー依頼
そして、この報せを見たIの頭上に、電球がピコンと灯った。スタートラインに灯るGOサインのごとく。
わたしとIの付き合いは古く、もう十年になろうとしている。彼は編集者、わたしはライターだった。
仕事上の付き合いはさっぱりしているし、ふとしたときにすれ違って雑談すると、気分のいいやつだ、表面上は。
水面下はちがう。
たしかにわたしは、弊誌や他誌で、一般にはとても受け容れられないだろうニッチなゲームのレビューを書いたことがある。
というか、わたしというライターにたいする彼の編集方針は、そういう奇妙なゲームをぶん投げて、わたしがひいひい言いながらプレイして原稿にし、彼がそれを楽しむというものだった。サディストなのだ。
しかし『Big Rigs』については、あきらかにラインを越えている。
まず、この作品がゲーム史に残っているのは、完全にAVGNの業績である。その版権を取得して販売したMargarite Entertainmentは、たんに他人のふんどしで相撲を取ったにすぎないし、かりにわたしが『Big Rigs』について書くならば、わたしも同様である。わたしには品性があるから、そんなことはしたくない。
さらには、わたしはニッチなゲームをプレイするが、とはいえ、そのゲームは面白いはずだという直観に導かれてやる。
『My Summer Car』【※】も、『Farming Simulator 19』も、『Disco Elysium』も、これはとっつきにくいけれど、めげずに味わえばきっとわかる、いわゆるAcquired Tasteであろうと直観して、プレイした。そしてその直観は当たっていた。はじめはとっつきにくいが、やりこむと面白かったのだ。
※『My Summer Car』
田舎の片すみで自動車をほんとうに“いちから”組み立てシミュレーター。1995年の北欧のくそ田舎で、羽虫の不快な音を聞きながら、こみあげる怒りを紛らわすためにビールを飲む、たいへんなゲーム
『Big Rigs』がクソであることは、わかっている
しかし『Big Rigs』の場合、ほかならぬクソゲーのプロであるAVGNが、てっぺんから爪先までクソであることを見事に語ってしまっている。彼のスタイルは一見攻撃的だが、その批評は観察と考察に支えられていて、わたしは彼の意見を全面的に信用している。
つまり、『Big Rigs』はクソであることがわかっているクソである。クソのようなカレーでも、その逆でもない。お食事中の方失敬。
そして編集部のIは、こういう事情もぜんぶわかったうえで、とうとうわたしに、クソであるクソを食え、と迫っているのである。
そりゃあ、わたしはこれまでいろんなプレイをしてきた。多少専門的な体験にも耐性がある。しかしこれはさすがにラインを越えている。
わたしはこの依頼を断らなければならないだろう。こんなゲームをプレイし、あまつさえレビューを書いて小銭を稼ぐなど、わたしの職業倫理から完全に外れている。