このレビュー依頼は断ろう
よし、やめよう。断ろう。
そう決めて、ふとモニタから顔をあげて窓外を見やれば、そこは春。通学していくぴかぴかの一年生たちが、スイッチ2かってもらえっかな、などと話しながら、にこにこ、楽しそうに通学していく。いいことだ。おれもスイッチ欲しいなあ。あ、うぐいすが鳴いてる。うれしいなあ。
そうだ。人生はお花畑で、この世にゲーム機はスイッチ2しかないのだ。
わけのわからないタワー型のPCやブラウン管のモニタ、AGP規格の苦しみや悲しみなんてものはあり得なくて、みんなきれいで美しくて、ハッピー・ゴー・ラッキーなのだ。
アイドルはうんこをしないし、ツイッターでしゃべってるひとたちは理知的で頭がいいし、世界中で国粋主義が台頭してもいない。誰も負けたり挫折したり発狂したりしない。
おれの愛したあの子は、おれの心のなかでいつまでも永遠に笑ってる。ウクライナは侵略されてなんかないし、ガザは爆撃されてない。おれの親友は難病にかからない。青春は無限に続く。どこまでも晴れ渡るひろびろとした青空のようなこの人生。そのどこに、『Big Rigs』などという夾雑物が混じり込む余地があるだろうか。いや、ない。
やめよう、やめよう、こんなゲームは見なかったことにしよう。この世にいじめはない。DVもない。公文書の書き換えもない。万博の裏金もない。トランプは関税を引き上げない。マーケットは暴落しない。桜は散らない。
くそったれ。おれたちみんな地獄行きだ。
結論:そのまま
結論からいうと、とくになにも変わっていない。
16:9の画面比のウィンドウが起動して、軽快な音楽が鳴り始め、「ウィナー・ウィザードを起動しています」みたいなことを言い始めたときには、古典的怪作であることを逆手にとったメタフィクショナルな物語とかが展開されたりすんのかなとちょっと期待したが、なんということはない。ウィナー・ウィザードは、ただのランチャーであった。
Steamへのポート(?)にあたって実績も追加され、50個ほどあってすてきに見えるが、そのほとんどはアルファベット一文字のフィラーで、てきとうにプレイしているだけでピコリンピコリンと実績解除の音がしまくるだけの代物である。
プレイ感と種々のバグはAVGNが紹介したそのままの通りに残されているので、本稿では割愛する。リバースで走り続けて音速を超えればメタ的になにか起きるかもしれんと↓キーを押下して粘ったが、30万マイル毎秒に達しても何も起こらなかったので、たぶん何もないのだろう。
腹がたつ音。謎のリーダーボード。ウイルス判定
と、思ってゲームを終了しかけた。さきほどのランチャーに、リーダーボード機能というのがあるのに気づいて、クリックすると、DLCが必要だという。無料なので、インストールして再起動したら、コンテンツが増えていた。ふつうの車とバイクとを選べる。両方ともやってみた。
まず、乗用車で行った。コリジョンがないつもりでプレイしていたが、アプデが入ったらしい。街灯にぶつかった。馬鹿でかいノイズがして、すごくびっくりして、耳がきいんとした。わたしは腹が立った。

バイクもやってみた。なぜかカメラがものすごく小刻みに震えていて、3D酔いには耐性があると自負している筆者も、一分と画面を見ていられない。また街灯にぶつかって、馬鹿でかいノイズがして、すごくびっくりして、耳がきいんとした。わたしは腹を立ててゲームを終了した。
まだ何かあるかもしれんと思って、この怪しげなランチャーをいじった。古いOSのセットアップ・ウィザードを模した窓の文字列をクリックすると、なぜか明滅する縦線があらわれたので、バックスペースキーを押すと、その文字を削除できてしまった。
また、追加された音楽はこのランチャーに乗せられているようで、スピーカーのイラストが描かれた部分をクリックすると音楽をオン・オフできるのだが、それをやるとなぜか音量が馬鹿でかくなった。割れまくりの雑音で、わたしはとてもびっくりし、腹を立てた。
リーダーボードを確認すると、YOU’RE WINNERというカテゴリがあって、販売元のMargarite Entertainmentが3時間20分24秒で堂々の一位だった。なにをどうすればこのランキングに反映されるのか、説明は一切なかった。

これ以上プレイできない。身体的に不快だから
もしかするとこの作品には、何らかのフラグによって新たな、メタフィクショナルな物語が開陳されたりするような仕掛けが施されているのかもしれないが、わたしはこれ以上このゲームをプレイすることはできない。なぜなら、身体的に不快だからである。
いまのところ、オリジナルの部分も追加されたコンテンツもクソに見える。なにをどうすればゲームを「進めた」ことになるのかはわからないが、好奇心旺盛なかたはプレイして、隠しコンテンツがないかどうか探してみてください。嫌いなやつへのプレゼントにぴったりです。
……ここまで書いて、なにかもうひとつ物足りないと思った。
そもそも、なぜ、この作品はランチャーを分ける必要があったのだろう。古いゲームの移植だから、何らかのバッチを適応する必要があるのかも知れないが、それにしてはランチャーの伝えていることがへんだ。
「Processing… Don’t turn off your computer.(プロセス中、コンピュータの電源を切らないでください)」とあって、その下に謎のプログレスバーが表示されているけれど、いっぱいになったと思ったら空になって、それをずっと繰り返している。これは、いったい何なのだろう。
考えて、ぴんときた。
返金除けか?
Steamには返金機能があり、そのポリシーのひとつは「プレイ時間2時間未満」である。このランチャーを起動しているあいだもSteamは『Big Rigs』をプレイしているものと見ている。ユーザーが、このランチャーを見て、もしかしたら何かあるかも知れんとおもってゲームをつけっぱなしにし、起動時間が二時間を超えたら丸儲け、というわけだ。
もちろん、これはわたしの推理にすぎない。このレビュー依頼を甘くも受けてしまったわたしの怒りが、世迷言を生みだしているに違いなかった。
しかし、そもそもネットがそんなに発達していなかった2003年のオリジナル版が、ユーザーの情報不足を悪用して、かっこいいジャケットで詐欺っていたことを考えると、このクソをもう一度利用して小銭を稼いでやろうと考えた小悪党が、現代の市場のありように合わせてゲームを二時間以上プレイさせる仕掛けを加えたとしても、なんら不思議ではない。
だとしたらこれはクソどころか、明確な悪意をもったゲームだ。いや、まあ、法的に駄目ってわけでなくて、悪徳商法くらいのものではあるんだが、なんにせよ、わたしはこういうのが嫌いだ。
覚えてろよ
わたしはこんなゲームについて書いた原稿を世に出して、いらんことを世間に広めたくはない。だが、わたしはすでにこの原稿を書いてしまった。
わたしが聖人なら、この原稿ごと没にしただろうが、わたしは俗人である。原稿料をもらい、明日の飯を食わねばならない。
畢竟、わたしはクソとわかっているクソを自ら踏んづけたのだ。
また腹が立ってきた。I。覚えてろよ。