2016年末、チェルノブイリ原子力発電所第4号炉。ここに今後100年にわたり放射線の漏洩を防ぐ安全シェルターの本体が完成した。『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』や『Call of Duty 4: Modern Warfare』で描かれている、煙突が特徴的な4号炉は、ゲームや写真の中でしか見ることができない過去のものとなった。
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(筆者撮影2018年5月)
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『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』のように、これまでに発売されたチェルノブイリ原発を舞台にしたゲームではもちろん、この安全シェルターが描かれることはなかった。しかし現在、このシェルターが完成した後のチェルノブイリを舞台とするゲーム『Chernobylite』の開発が続いている。
『Chernobylite』は、チェルノブイリ原発周辺の「Zone」と呼ばれる地域を舞台にした一人称視点のアクションシューティングゲームだ。仮想空間にチェルノブイリ内の施設を再現した『Chernobyl VR Project』を制作したThe Farm 51の作品であり、本作も綿密な取材によってZoneのマップが制作されている。
原発事故から30年が経ったZoneを舞台に、本作の主人公の男性は原発事故で恋人を失ったトラウマを克服するため、彼女の痕跡を探してZoneへと足を踏み入れる。ノンリニアな進行を特徴としており、プレイヤーの選択が物語を左右するリプレイ性の高いゲームプレイが特徴とされている。
『Chernobylite』のプレアルファデモ(以下、デモ)では、Zone内部で起きる超常現象や正体不明の敵、仲間のストーカー【※】との協力や敵対勢力との戦いとサバイバルなど、ゲームの要素の一部が体験できる。その中でも注目したいのは、作中のロケーションの再現度の高さだ。
※ストーカーとはZone内部で価値あるものを探し回る人々の総称。ストルガツキー兄弟による小説『路傍のピクニック』(邦題『ストーカー』)に登場し、『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』に引用されてゲームファンにも広く知られるようになった。
ゲームなので建築物の位置やサイズ感は現実と異なるが、現地を取材しなければ再現できないようなロケーションが満載となっている。本稿ではデモに登場するロケーションと現実のチェルノブイリを比較しつつ、その場所がかつてどういった場所だったのかを紹介していきたい。
文/古嶋 誉幸
編集/ishigenn
チェルノブイリ近辺を集約した全体マップ
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(画像はゲーム内のスクリーンショット)
ストーカーの1日は、チェルノブイリのどこを探索するかを決定することから始まる。デモ版ではオリビアという仲間が最初から加入しており、彼もどこかに派遣できる。ゲームは拠点で装備を整え仲間のマネージメントを行い、Zoneで資源集めやさまざまなクエストをこなすことを繰り返す。Zone内部にいられる時間はデモでは30分。制限時間内に拠点へと戻らなければならない。
全体マップの左上には工事中の4号炉が見え、その隣にはロシアンウッドペッカーとも呼ばれる旧ソビエト連邦の巨大レーダー施設「Duga-3」が見える。コパチ村やピリピャチ港など、現在も観光名所として知られているロケーションも確認できる。なお実際には、それぞれの施設や名所の位置はかなり離れているため、これらをゲームのように一望することはできない。
プレイヤーが現在アクセスできるのは「Eye of Moscow」と呼ばれるマップのみとなっている。Duga-3を中心にしたこのマップは、その巨大なレーダー施設をゲームサイズに再構成されつつも、特徴的なロケーションが現実さながらに再現されている。
巨大なレーダー施設「Duga-3」
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Eye of Moscowのマップに侵入してしばらく探索していると、ひときわ巨大な建造物が見えてくる。レーダー施設Duga-3は、機密性の高い軍事施設のためその存在は秘匿されており、ソ連時代の地図には記載されていなかった。そのためか、陰謀論の根拠のひとつとして扱われることもあった。
現実のDuga-3は現在機能していないが、軍事施設のため近くの宿舎に兵士が詰めている。メンテナンスは行われておらず、建物は風化していく一方だ。近くには落下したレーダーの一部が放置されており、この重々しく巨大な施設も、いつかは崩れてなくなってしまうことを予感させる。
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レーダーがあるということは、当然近くにはレーダーを管理する施設もある。レーダー施設だけに特徴的な部屋が多く、その点はゲームでも再現されている。再現の度合いは高く、現実の写真とゲームのスクリーンショットを並べるとHUDがなければどちらがどちらか少し迷ってしまうほど、と言っても大げさではないだろう。
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この部屋はレーダーの管理室だ。壁に貼られている紙や天井から崩れ落ちそうな絵など、左右反転の処理を加えているが、ほとんど現地の実物そのままに再現されていることがわかるだろう。壁に貼られているのは西側諸国の持つミサイルや、OTHレーダー【※】がどのような仕組みになっているかが図解されている。
※電離層を利用したレーダー技術。電波を電離層に反射させることで水平線より遠い場所にある飛来物を観測できる。
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いくつか相違点はあるものの、この部屋もゲーム内でよく再現されている。この部屋の壁にはソ連のスローガンが貼られており、現地ガイドからはプロパガンダルームだと説明を受けた。どのような目的で使われたかは今はもうわからないが、兵士たちがこの椅子に腰掛けていたのだろう。
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サイズ感は異なるが、大きな地球の模型もゲーム内で再現されていた。ミサイルやレーダーについてわかりやすく説明するために作られたと思われるが、今となってはもうどんな用途で使われていたかは想像するしかなさそうだ。
Duga-3以外のランドマーク
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「世界を救った人々の記念碑」と呼ばれるモニュメントもゲーム内に設置されている。原発事故で消火にあたった消防士、そして原発事故の処理にあたったリクビダートルと呼ばれる人々に捧げられている記念碑だ。
実はこのモニュメントはチェルノブイリ原発から距離にして約15キロメートル、Duga-3からでも10キロメートル離れているのだが、ゲームではデモでアクセスできる単一のマップに設置されている。
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(筆者撮影2018年5月)
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現実でもゲームでも、Zone内部では朽ちた人形をそこかしこで見ることがある。実はこれらは原発事故当時からそこにあったわけではなく、後から来た人々が写真映えするように設置したものがほとんどだ。
しかし、当時のプリピャチ市は新しく生まれた都市で、市内には幼稚園から高校、音楽を学ぶ学校まである教育に力を入れた都市としても知られていた。人形自体はチェルノブイリの事故の前からあり、かつてここで暮らしていた子どもたちの持ち物だったのだろう。
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撮影禁止だったが、放射線物質をZoneの外へ持ち出さないために検査する機械も、実際に現地にあるものだ。本来であればZoneから出るときにだけ通るゲートだが、ゲームではZoneと外部を隔てる象徴として最初に通る。
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ゲームと写真とを見比べてみると、『Chernobylite』はやはり綿密な取材を通して作られていることがわかる。さらにプレアルファデモの時点で、すでに土台となるゲームシステムは完成しているように見える。強力な武器を持つ兵士を相手にしたステルス重視のゲームプレイは、隠れる起伏の多いマップ構造と相まってなかなか面白い。拠点のアップグレードやクラフト、経験値とスキルを上げるNPCメンターのシステムはデモ版にも実装されている。
ひとつ注意してほしいのが、『S.T.A.L.K.E.R.』シリーズのようなオープンワールドなゲームを期待すると肩透かしを食らうかもしれないという点だ。デモで遊べるEye of Moscowマップは、クエストや戦闘抜きなら30分以内にあらかた回りきれる程の大きさだ。
しかし、不気味だが抗いがたい魅力を放つチェルノブイリを舞台に、30年前に消えた恋人の痕跡を探すという雲を掴むような目的を果たそうとする物語は、魅力的に見える。安全シェルター後のチェルノブイリで、いったいどのような物語が展開するのか。ゲームの発売が今から楽しみだ。
ライター/古嶋誉幸