福満しげゆき氏は、『僕の小規模な生活』、『うちの妻ってどうでしょう?』などの生活系エッセイマンガから、ゲームについて語る『ほのぼのゲームエッセイマンガ』、そして『就職難!! ゾンビ取りガール』などの日常系創作ゾンビマンガに至るまでを幅広く描き、カルトな人気を誇るマンガ家だ。
今回のホラー特集にあたって編集部は、これまでそのホラー好き、ゾンビ好きを各所でチラチラと語っていた福満氏に参戦を要請。ゾンビ&ホラーの映画とゲームについて存分に語ってもらった。すると出るわ出るわ……ほとばしるゾンビ愛! 福満ファン、ゾンビファン、ホラーファン、それらの映画&ゲームファンなら共感できる話を詰め込んだインタビュー。描き下ろしマンガも含め、ぜひお読みいただきたい。
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「興奮してきたので何度も言いますけども、回復とかもういいんです」
──長いこと先生の担当をしながら見ていますが、ゾンビが本当にお好きですよね。それ以外のホラーには興味があるんですか?
福満しげゆき氏(以下、福満氏):
嫌いじゃありませんが、幽霊ものはそこまで熱心には観ませんね。ただ、ジャパニーズホラーが流行ったときの貞子とかは好きでした。今度、貞子が対決するみたいな映画(『貞子vs伽耶子』)【※】をやるって言うじゃないですか。そういう特殊なものは、だいたい変になりがちですが、その監督さんは好きなので、ちょっと期待しているんです。
※『エイリアンvsプレデター』、『フレディvsジェイソン』、『キングコング対ゴジラ』のように、Jホラーキャラの二巨頭がまさかの直接対決をするホラー映画。白石晃士監督。インタビュー収録時は劇場公開前だった。
──あ、ジャパニーズホラーも追いかけているんですね。ホラーのゲームで、何か追いかけているシリーズなどありますか? 『バイオハザード』のシリーズがお好きなのは知っています。
福満氏:
もちろん『バイオハザード』は大好きです。ただ、いま僕としては『ラスト・オブ・アス』が……。
──週刊ファミ通の連載でもよく出てきますが、『ラスト・オブ・アス』が本当にお好きですよね。
福満氏:
いやー、あれはスゴいですね。ゾンビシステム自体がすごく魅力的ですね。ゾンビが生まれる要因としては、近年は病原菌による感染が多く、一方、クリーチャーみたいな方向にいくと敵のインフレが起きてしまい、ゾンビもクソもなくなるというところがあります。
──ゾンビもクソも。
福満氏:
『ラスト・オブ・アス』も、やはり病気なんですが、なにかこうカビっぽいようなもので顔の形が変わるというのは、すごくいいバランスだと思いますね。敵がゾンビでいるうちは目も見えるから、視野に入らないように気をつけなければならない。一方、クリッカーという段階になるころには目は見えなくなるんですけど、音に注意しなければならない、などと設定をゲーム性に落とし込みつつ、化物のデザインとしてもいいぞという。クリッカーのいるところに火炎瓶を落とすと、「なんだろう? なんだろう?」なんて言ってクリッカーがどんどん集まってくるわけです。そして勝手に燃え始める、みたいなところも愛おしいと言いますか。
──愛おしいんですね(笑)。ゾンビ映画は量産されていくなかで、記号性が愛されて、どんどん独立したジャンルになっていますよね。ゾンビは火事や津波のようなパニックの状況の一種になっています。だからなんでもかんでもゾンビを今回のホラー特集に入れていいものなのかが悩みどころなんですよ。
福満氏:
逆にホラーといえばコレだというジャンルを考えますか。たとえば『13日の金曜日』【※】のジェイソンみたいに不死身な化物がいて、ヒヤヒヤするような音楽がかかっていて、ビックリするけど毎回セーフ。だけど後ろを振り向いたら「ドーン」と来るとか。ああいう演出が強いものがホラーですかね。それは幽霊ものでもいっしょですかね。
※1980年公開のホラー映画。湖のキャンプ場を訪れた若者たちが、つきつぎと惨劇に巻き込まれていく。人気を博してシリーズ化し、スピンオフ含め、10作以上が作られている。ホラーに少しでも興味があるなら、1作目は観ておくべき。
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──今回は、怖がらせるのが目的のものも、ホラー風味で別ジャンルのものも全部ホラーでいいのではないかという判断をしています。たとえば『バイオハザード』シリーズなら、怖くて叫んじゃうようなのは1作目やリメイク、それから『バイオハザード コード:ベロニカ』などですよね。
福満氏:
『バイオハザード5』以降の批判をする人たちには、そのヒヤヒヤ、ドッキリ、ドーンというホラー要素が薄くなったところを嫌がっている傾向はありますね。『バイオハザード4』は、そういう批判の上をいくぐらいおもしろかったので、いろいろねじ伏せたわけですが。その『4』があったから、『バイオハザード5』や『6』がああいうサバイバルアクションのようなゲームになっているわけで、一概にホラーじゃないからダメだという批判をするものでもないと思います。これは『バイオハザード』だけが抱える問題ではなくて、映画もほかのジャンルもみんな抱えている問題ですね。
──怖さとゲーム的な楽しさの並立の難しさは、今回の特集を通じてクリエイターの皆さんが悩みどころにしています。
福満氏:
アクション的な爽快感も怖さもとなってくると難しいですよね。もちろん、怖かったらいいなと思って買うし、そのうえで楽しかったらいいなって思うわけじゃないですか。その怖さも、体験した年齢によると思います。たとえば『バイオハザード4』にしても、20歳で体験したなら怖がるけど、30歳のときに体験したら何も怖くないということが起こりうるじゃないですか。
──先生は『4』は怖かったんですか?
福満氏:
野蛮な村人などがけっこう怖かったですよ。僕がいくつのときだったか……すごい大きかったらイヤだな(笑)。『デビルマン』の住民たちが暴動してるような感じ【※】とかと同じで、考えなく怒り狂った村人というのは怖いですね。ゾンビだったらわかりますよ、ウィルスに感染してるんですから。でもあれはもう、ただの田舎の怖いヤツらですからね。
※悪魔が人に紛れていることを知らされた人々が、暴徒となって正体のバレた主人公の住む家を襲うコミックのシーン。トラウマ必至。
──アメリカにはそういう恐怖感というのはありますね。都市労働者がレッドネック【※】に揉まれるとか。
※南部を中心とした地域の白人貧困層を指す、あまり品のよくない表現。非常に保守的で荒っぽく、田舎くさいキャラクターとして映画などで描かれる。
福満氏:
海外の映画だと、ひとつのタイプとしてあるかもしれませんが、あの感じはゲームでは見たことがありませんでした。これまではゾンビだったのに、『4』では、いちおう生身の人間もどきで、品のないヤツがひどく怒って襲ってくるという。そのうちの何人かの頭がボロボロボロとなるわけです。映画の『ホステル』【※】なども、アメリカ人から見ると、ああいうヨーロッパの小さい国は、わけがわからない怖い対象らしくて、そういうのがテーマになっているんでしょうね。
※クウェンティン・タランティーノも製作総指揮で関わった、イーライ・ロス監督による2006年のホラー映画。アメリカ人学生たちがヨーロッパをバックパックで旅行中、不純な動機から赴いたホステルでひとりまたひとりと消えていく。なんというか、肉体破壊ホラー。
(c)2005 SCREEN GEMS INC. / LIONS GATE FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.
──『ホステル』は、東欧が舞台ですね。
福満氏:
『4』は、あのわけのわからない言葉で村人が会話してる感じがその『ホステル』のようだったり、村人の頭が『遊星からの物体X』【※】みたいになりますよね。あともうちょっと奥へ進むと、怪しい儀式のようなことをしている連中もいたりして。いろいろなホラーの持つ違和感みたいな怖さが、いろいろなところに組み込まれています。
※南極の観測基地という極地で展開する、1982年公開のSFホラー映画。クリーチャーの造型もおどろおどろしく、人間どうしの疑心暗鬼も重要な怖さのポイントに。
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──ひとつひとつの怖さの要素を分解して考えたことはありませんでした。
福満氏:
要素でいうと、けっこう終盤にいくと、ドンパチとしたゲーム性のある戦争ゲームのようになりますし。ひと口で二度どころかどれだけおいしさを詰め込んだのか、というゲームですよね。背中を狙うでっかい敵(エルヒガンテ)も、ギリギリのラインでホラーの世界を壊してしいませんし、やられる怖さもちゃんとありましたし、ボートで移動するときは『ジョーズ』のような仕掛けもありましたし。サービス満点すぎですよ。
──ベタ褒めですね。
福満氏:
さらに『4』にもありますけど、あまりカスタマイズなどが行き過ぎると、ゲームが怖さから離れていきますよね。でも『4』では、せいぜい「なんとかかんとかー」みたいなヤツ【※】がいて、服をババっと開くぐらいなもので。
※武器商人。特徴的な声で“Strabger! ”や“Welcome!”と主人公レオンに話しかけつつ、着ている外套をめくり武器を見せる。
──話を聞いているとまた遊びたくなりました。確かに手軽ですね。
福満氏:
そうなんですよ。何度も言いますけども、海外の人々も『4』を楽しんで、「かったるいカスタマイズとか、もういいや」って、「バンバンバンと撃っていたほうが楽しいに決まっている」となっていったんじゃないかと思うんですよ。実際に『ギアーズ オブ ウォー』や『Dead Space』は開発者たちが影響を認めているんですよね? 興奮してきたので何度も言いますけども、回復とかもういいんです。『アンチャーテッド』とかもそうですが、「撃たれ過ぎたら死にます。撃たれすぎなかったら大丈夫」でいいじゃないですか。いちいちアイテム欄を開いて回復薬を合成したり使ったりなんてやってられないわけですよ。だって本物の人間はそんなので簡単に回復しないんだから!
──先生、少しキモい、いやアツいです。
福満氏:
……キモいで言えば、『4』の後のほうで、何か「ハッハッハッハッ」って呼吸の音が聞こえてきてゆっくり動くヤツ。あれは怖かったですね。
──(笑)。リヘナラドール【※】ですね。
※『バイオハザード4』終盤で登場するトリッキーな敵。具体的な様子は、続く福満氏の解説を参照されたい。
福満氏:
あれは登場のしかたも、戦いぶりも怖かったですね。最初、なんかちょっと「ヘッヘッヘ」というひょうきんな呼吸の音だけが聞こえてきて、見回すとなんか立っているんですよね。イヤだなと思いつつ、でも、そこにいかないといけない。そういう葛藤を生むところがよかったですね。さらにいまどきは「ウワーッ」と突っ走ってくる敵が多いので、こちらも慌てて対応することが多いんですが、コイツ相手のときは少し慎重にいかないといけません。そこがゲームとしても、すごく緩急のバランスがつくと言いますか。
──キモ怖カワイイとプレイヤーのあいだでも大人気の敵です。
「最近のゾンビゲームは、“噛む”ということがおろそかになっていると思うんです」
──先生が『バイオ4』好きなのはよく理解しました。でも先生はもともとゾンビ好きですよね? しかもジョージ・A・ロメロ【※】原理主義。
※ゾンビ映画の始祖にして金字塔である3部作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)、『ゾンビ』(1978年)、『死霊のえじき』(1985年)の監督。ゆっくりと歩み寄るゾンビの恐怖の裏側に、人間社会の病理を描くシリアスな作風で知られる。
福満氏:
ええ、はい。ロメロ先生がすべての基本です。
──ロメロゾンビとそれ以外ではそんなに違うものですか?
福満氏:
バカ言っちゃいけませんよ。大きく違うというか、ゾンビは大きくロメロと非ロメロに分けられます。もっとも大きな違いはゾンビの生態なんですが、それによって倒しかたが変わるんですね。ロメロ映画では頭を撃ったり潰したりしないとゾンビは活動を停止しません。これはかなり重要なポイント。ですが、そもそもゾンビの定義についてはけっこういろいろな派閥があり、相原コージ先生が近年にゾンビマンガ【※】を描くにあたって“頭を撃っても倒せないほうがいい派”を形成されています。
※別冊漫画ゴラクで2011年から2014年にかけて連載されていたコミック、『Z~ゼット~』のこと。ロメロのゾンビ観を踏襲しつつも、ゾンビを燃やす以外に殲滅できないものとし、その条件下で生きる人々の営みや悲哀を描くオムニバス連作。実写映画化もされている。
──そうなると、どうやって倒せばいいのかわかりませんね。
福満氏:
それがそのマンガのポイントで、『バタリアン』【※】や『バタリアン2』のように“撃っても倒れない”、“細胞になってもまだ生きている”ということが、逃げられない怖さに繋がるわけですよ。
※いまなお愛され続ける、コメディ度の高い名作ゾンビ映画。監督のダン・オバノンは映画『エイリアン』(1979年)の原案・脚本ほか、『ゾンゲリア』(1981年)や『トータル・リコール』(1990年)などの脚本も担っている。
(c) 1984 Cinema’84, A Greenburg Brothers Partnership. All Rights Reserved. Package Design (c)2003 MGM Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
※1987年公開。続編なのに大筋は1作目とほぼ同じでよりコメディに振った内容。主人公たちが少年3人組になっているほか、新ゾンビキャラも登場。
(c)2011 Warner Bros. Japan LLC. All rights reserved.
──すると、先生は“頭を撃っても倒せないほうがいい派”なわけですね。
福満氏:
……そう思っていた時期もありました。ところがですね、あるとき「頭を撃ったら倒せるのもいいな」と思い直したのです。
──わりと日常的にゾンビの定義について考えていると。
福満氏:
(照れながら)ええ。ゾンビが撃たれても迫ってくるのは痛くないからだとすると、移動を制御する脳が破壊されてやっと止まるというのは、理屈としてアリではないかと思ったんですね。ロメロ先生が近年撮った『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(2010年)では、木の棒に串刺しにしたゾンビの頭が生きている描写があります。つまり本家の解釈では、「どこが千切れても生きているけど、脳の破壊はダメ」ということなんですね。
── 一貫していますね。
福満氏:
そうなんです。それと頭の破壊って、結局は銃社会での対処法なんです。銃がなかったらなかなか頭の破壊は難しい。日本だったらせいぜいバットで、それではゾンビは倒せない。何か細い棒で脳を刺せばいいかもしれませんが、実際に頭に突き刺すとなると、倫理的になかなか抵抗がありますよね。たぶん海外の方にとっても“頭を”撃ち抜くというのはかなり特別なことで、「それくらいしないと倒せない相手」という意味合いがあると思うんですよ。
──あ、それはかなり腑に落ちる理屈ですね。
福満氏:
(得意気に)それとですね、ゾンビほどわかりやすいホラーならともかく、心理的な海外ホラーの場合は、宗教が背景にあることが多いので、ただの日本人の僕が観てもピンと来なかったりする部分が多いんです。
──観ながらそう思うときはありますね。土葬の感覚とか。日本では、そもそも土の中にゾンビになる元がいません。
福満氏:
結局は土葬も銃と同様、アメリカ合わせなんですよ。
──お話を聞いていると、日ごろからずいぶんとゾンビについて考えているようで……本当にお好きなんですね。
福満氏:
なんというか……ホラーやゾンビに対するこの気持ちを人に説明するとき、「現実には起こり得ないことをいちばんリアルに起こったように感じる」ジャンルだから、などといろいろ理屈をつけて語っていたわけですよ。でも、自分の深層心理を掘っていくとですね……気づいたんです。単純に、残酷な描写が好きなのではないかと。もう千切れないと不満だと。
──あ、はい(困惑)。
福満氏:
ネットに触れ始めた当初は、ちょっとした残酷シーンでも出くわすとホントに貧血を起こすほどでしたけど、人間は慣れますからね。観続けているうちに、「ホラー映画を観たかった自分って、結局そういうことだったのでは?」と気づきました。
──でも、それは皆、好奇心半分で観たいんじゃないかと思います。ということは、先生はスプラッターやスラッシャーなどゴアもの【※】映画やゲームがお好きなんですか?
※スプラッターは血飛沫、スラッシャーは切り裂き魔、ゴアは血塗れ的な意味。明確な定義ではなく、一般的にみたら、どれも似たような感じ。
福満氏:
どうですかね。でも言うほど血塗れのゲームってありませんよね。映画にしても、そういうものが批判された時期以来、あまり作られていないし。
──確かに最近のゾンビものはあまり貪らないですね。
福満氏:
それです。最近のゾンビゲームは、“噛む”ということがおろそかになっていると思うんです。『バイオハザード』にしても、ちょっと敵に噛まれたからって、即ゾンビ化することはないじゃないですか。ですから「“何かを噛む”というところにもっと着目したゲームを作ったらどうだろうか」ということを……ちょっといま……考えました。
──いま(笑)。具体的には?
福満氏:
たとえば組み付かれたら主観視点に移行して、噛まれることに対してのディフェンスに主眼を置くモードに入るものとか。
──なんだかFPSのスナイパーモードみたいですね。
福満氏:
たとえば手に雑誌を巻いて対抗するなどは『アイアムアヒーロー』【※】でもやっていたガード方法です。それはゾンビがうろつく世界で、ある程度経験を得た人の発想ですよね。ゾンビ発生後の世界には段階があるわけです。その時期を踏まえて、どう噛まれないようにディフェンスするかに主眼を置いたゾンビゲームがあるといいなって思いますね。
※2009年からビッグコミックスピリッツ誌にて連載中の、花沢健吾によるコミック。ゾンビ化する奇病の蔓延によって日常が崩れていくさまと、その中を生きる人々の暮らしと戦いを描く。映画化もされている。既刊20巻。
──ニッチもいいところですね。それにしてもゾンビになると噛みたくなるんですかね。
福満氏:
ロメロ先生の3部作では、基本的にゾンビは、生きていたときの記憶をうっすら持って、本能のままに動きます。日ごろショッピングモールに集ってた人々は自然とモールに向かうというような説明がされつつ、食欲が残っているから、そこらへんにある肉を噛むと。
──なるほど。でもなんで人肉なんですかね。
福満氏:
単純に、タブーを犯すことで恐怖を引き出しているのかもしれませんね。『バタリアン』では、「脳を食べたいんだ」とゾンビが明確に言っていましたね。『バタリアン』のゾンビはしゃべりますから。
──そんなだったような気がします。
「ただ、もうちょっと大切にしてほしいですよね、ゾンビであることを」
──『バタリアン』は、お好きそうですね。
福満氏:
いい映画ですね。ちょっと社会風刺的なところもあって、しかも当時にしては後味の悪い終わりかた。僕は小学校の5、6年生あたりで『バタリアン2』を映画館で観たんです。いま観るとコメディータッチの映画なんですが、当時は怖かったんですよ。たぶん主人公が男の子で歳も近かったから、感情移入したんでしょうね。
──『バタリアン』は頭を撃っても死なない派ですよね。
福満氏:
それが斬新でした。最初にトライオキシン245というガスを、倉庫番をしていたふたりがかぶるんですが、ものすごく苦そうで、「とっても体に悪そうだな」と思えるんです。それくらい強いガスだから、死体が蘇り、頭をツルハシで刺されても死ななくなることに妙に説得力があるんですよね。ただ、いま観ると粗いです。その最初に出てくる裸のゾンビ、ハゲでタフだからハーゲンタフと言うんですが、これが頭を刺されても死なない。さらに首を糸ノコで切られても動くんですけど、その……丸わかりなんですよ、首が切れていないのが。
──どういうことでしょう?
福満氏:
棚の後ろで暴れたりなど、首を切られても動き回る様子を何種類かの方法で表現してるんですが、切られたはずの首がアクションシーン中に映り込んでいたように記憶しています(笑)。
──(笑)。頭を撃っても死ななくなったのは『バタリアン』が最初なんですかね。
福満氏:
そう思うんですけどね。『バタリアン』の原題は『リターン・オブ・ザ・リビングデッド』で、完全に『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のパロディーです。映画の中の人々は、その『ナイト・オブ~』を観ているという設定。だから「頭を撃ったら死ぬ」という知識があります。なのに映画中では死んでくれない、というのがおもしろさのひとつになっているんですね。
──そこから頭を撃っても死なない派の映画がしばらく続くんですか?
福満氏:
と言いますか、『バタリアン』や『バタリアン2』以降は、またゾンビ枯渇期間に入り……大ヒット映画が出ないんですよ。ゾンビが観たい人向けに作られたものはあるんですが、ぜんぜんロメロ派ゾンビじゃない。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』によって大ブームが起き、その後いろいろなバッタものが作られていくうちにぜんぜん怖くなくなって、ダメになり、本場アメリカでもあまり作られなくなったのでは。そして再ブームまでは海外発のものすらなくなっていたんですから。そういう期間がずいぶん長く続きましたね、本当に。『28日後…』【※】が現れるあたりまでずっとそんな感じでしたよ。
※2002年(日本は2003年)公開の映画。人々の凶暴性を引き出すウィルスが蔓延し、壊滅した28日後のロンドンが舞台。近年の走るゾンビの起点的な存在となっている。
(c)2002 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved. (c)2008 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
──そして2000年を越えてから、再びゾンビ映画ブームが。
福満氏:
大ブームというほどではありませんが、どんどん撮られ始めて。じつは『バイオハザード』のゲームや映画がこのゾンビブームの引き金なんじゃないかと。『バイオ』は何年の発売ですか?
──1作目は1996年ですね。『コード:ベロニカ』でちょうど2000年です。
福満氏:
でしょう。『バイオ』シリーズの世界的なヒットのおかげで、ゾンビものが撮られ直され始めたわけですよ。
──『バイオ』はゾンビ中興の祖なんですね。というかゾンビは、ゲームと映画で相乗効果を上げてきたジャンルなんですね。
福満氏:
そう思います。ただ、人肉を食べるなどはもうやれないので、近年は『28日後…』の感染者のイメージを引きずったものばかりになっちゃいましたけどね。だから、そういう意味だと“ゾンビ”じゃないんです。ヒットした『ワールド・ウォーZ』【※】のヤツだって、厳密にはゾンビと言えるのかどうか。原作では頭を撃つと死ぬし、手などが切れても生きているタイプの、かなり典型的なゾンビでしたが、映画ではゾンビじゃなくて、科学的な理屈もしっかり通した感染者ですね。感染モノのパニックムービーと言いますか。まあ、僕はどっちでもいいんですけど。ただ、もうちょっと大切にしてほしいですよね、ゾンビであることを。
※2013年公開のブラッド・ピット主演の映画。人々を凶暴化させるウィルスが蔓延し、壊滅していく世界で、ブラピが奔走。対抗策を築き上げていく。
(c)2013 Paramount Pictures Corporation and GK Films LLC. All Rights Reserved. TM,(R) & Copyright (c) 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
──「ゾンビであることを大切に」。名言ですね。
福満氏:
(照れながら)それから感染者がメインになっていったもうひとつの理由として、そうじゃないと大都会や市街地に、急にたくさんのゾンビが登場させられないということが挙げられますね。もとになるたくさんの死体がないと、それらが急に襲ってくる状況にならないわけで。都会で噛まれた人がつぎつぎと感染者になっていくのは説明しやすいんでしょうね。
──なるほど。そういう意味でゾンビがゾンビらしい映画が少なくなっていると。
福満氏:
ゾンビゾンビしたゾンビ映画って何かあるかなあ……。たとえば「設定にひとつオモシロ要素を加えるといいのでは?」なんて意図で作られた映画に、『ゾンビ革命 フアン・オブ・ザ・デッド』【※1】というキューバを舞台にしたものがあります。これはゾンビの集団を囲むようにグルっとロープを回して、一気に首をはねまくるような無双シーンもあるコメディーなんですが、ゾンビの設定はしっかりしていましたね。『ショーン・オブ・ザ・デッド』【※2】と同じようなタイプ。というように、パロディーやコメディーとして撮られている映画のほうがむしろゾンビ愛があって、ゾンビ自体はちゃんとしているという傾向はありますね。
2012年日本公開のスペイン・キューバの合作映画。ゾンビファンのあいだでもなかなか評価が高い。気になる彼女の気を惹くため、40代男のフアンがゾンビ退治を始める物語。
(c) La Zanfona Producciones – Inti Herrera 2011 All rights reserved.
2004年のイギリス映画(日本未公開)。ラブロマンスとコメディとゾンビを混ぜたような快作にして傑作。
(c) 2004 WT Venture,LLC. All Rights Reserved.
──21世紀に入ってからのロメロシリーズ【※】はどうなんでしょう?
※『死霊のえじき』(1985年)から20年を経てロメロが撮った『ランド・オブ・ザ・デッド』(2005年)、『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(2008年)、『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(2010年)の3本。
福満氏:
あー。個人の意見ですが、その3本は観なくていいと思います。ヒドかったなあ(笑)。
──ロメロ先生なのにですか? ゾンビではあるんですか?
福満氏:
もちろんゾンビです。でも、その元祖たるロメロ先生が撮ったという事実がないと、ちょっと観ていられないレベルではありますね(笑)。なんでなのかなあ。なんでそんなことになっちゃったのかなあ。
──たとえば?
福満氏:
たとえばスプラッターシーンひとつでも、往時はすごい手のかかった特殊メイクだったわけです。リメイクの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世記』を撮った人【※】が『ゾンビ』の特殊メイクをぜんぶやっていると思うんですが、そういうところもぜんぶCGで済ませているからかもしれないですね。地面に刺さった棒に刺さった頭がベアーって動いているシーンも。そのへんが、ほかのバッタもののゾンビ映画と同じように見えてしまったのかなあ。
※特殊メイクの父、トム・サヴィーニ。『ゾンビ』、『死霊のえじき』などロメロ作品のみならず、『13日の金曜日』、『バーニング』など多数の作品で特殊メイクアップを担当。
── 「ワンオフ感がない」みたいな感じでしょうか。
福満氏:
そうなのかもしれません。ほかには『サバイバル・オブ・ザ・デッド』では、馬に乗るゾンビなども出てきます。
──ゾンビが馬に?
福満氏:
ええ。主人公たちが、安全だって言われていた島に行くと、何か田舎の金持ちどうしの派閥争いみたいなもので村がチーム分けされているような映画です。テーマは非常にロメロ先生っぽいんですが……ちょっとゾンビまわりが……うーん。
──「ゾンビまわり」。名フレーズが続きますね。
福満氏:
それこそ『死霊のえじき』にしても、予算の都合で最初の脚本で書いたものからいろいろ縮小されたりなど、映画は複合的な要素の結果でできるのでしかたがないですが、監督や脚本がたとえよくても、ヒット作を狙い撃ちできるというものじゃないんでしょうね。そのわりに3本も撮らせてもらえたというのは、スゴいですよね。
──高名ですからね。「ゾンビ」、「ロメロ」、「じゃあスゴいのできんの?」というふうに。
福満氏:
確か『バイオハザード2』のテレビCMを撮るときに、カプコンがわざわざロメロ先生を呼んで作っているんですよね? そういう意味でロメロ先生を掘り起こした点でも『バイオハザード』は偉大ですよ。
「SUUMOのテレビCMで、僕はドキドキしましたね」
──さて、話をまとめる方向に向けます。先生のデビュー作が最近単行本化されていますが、ホラーというか不思議な雰囲気の猟奇的なマンガですよね。その先生が考える“怖さ”ってなんでしょう?
福満氏:
日本に限った話かもしれませんが、理想は生身の人間の怖さと、霊でもなんでもいいんですが超常的なものの怖さがバランスよく入っているものなんじゃないですかね。単に超常的なだけだと、魔法でも超能力でもいっしょ。どっちかになると怖さが目減りします。シリーズものは重ねると、どうしても人間の怖さが薄れがちでお化け寄りになるんですよね。
──マンガでも映画でもなんでもいいのですが、具体的な例はありますか?
福満氏:
それでいうと『呪怨』【※1】はよかったですね。『呪怨』はビデオが2本最初に出ていますが、どちらも超常的なお化けと、生身の人間がする猟奇的な行為のバランスや境目が非常によかったです。同じように人間とお化けのバランスがすごくいいものに『ノロイ』【※2】というフェイクドキュメンタリーがあるんですが、その監督が先ほどの『貞子vs伽椰子』をやる監督なんです。
ビデオ(2000年)、映画(2003年)などで公開された清水崇監督のホラーシリーズ。この世を怨んで死んだ伽椰子の呪いが人々に降りかかる物語。のちにサム・ライミがプロデュースをしてハリウッド版がリメイクされている。
(c)東映ビデオ
──おお。そこに繋がるんですね。
福満氏:
その監督に『コワすぎ!』【※1】というビデオシリーズがあって、それをぜひ観てほしいですね。とある編集部があって、そこの人々が「口裂け女を捕まえにいくぞ」、「今回は河童を捕まえにいくぞ」というシリーズで、そんなノリで捕獲に向かうと怖い目に遭い……という、それがスゴくおもしろいんです。おもしろくないのもあるんですけども、メチャメチャおもしろいのもあります。さらに、それがエスカレートしてしまったので、1回リセットしてもう一回やり直した『超コワすぎ!』【※2】というものも。
白石晃士監督のオリジナルビデオシリーズ。POV(主観視点)を多用した、いわゆるモキュメンタリー仕立てで、監督自身もカメラマン役として登場する。劇場公開版もある。
(c)2012 ニューセレクト
──いずれも人間と霊のバランスがいいと。
福満氏:
ええ。うまく伝わるかはわかりませんが、たとえば村の秘められた儀式の場に妙な石の囲いがあって、そこを覗くと本当のお化けがいる状況など、人もお化けも両方とも怖いわけです。それがお化けだけだとなんとなくハリウッドっぽくなってしまう。怖さのポイントは同じでも、海外は対象が本当に違うんですよね。日本だとやっぱり土着的なものが怖さに繋がると思います。
──そうですね。別のものに対して、同じような感覚が海外でもあるんだと思いますが。
福満氏:
『ポルターガイスト』【※】でも、ピエロをまず大写しにしたあとで事件が起こったりしますよね。ちょっと怖さの対象と見せかたの手順が違う。海外では、こういった感じでピエロを怖がっているんだなってことは理解できたりしますが。
※1982年公開のホラー映画。スピルバーグが製作しているが、監督をトビー・フーパーに委ねている。新興住宅地の子どもたちを襲う怪異を描く。ピエロにまつわる事件はその一環。近年、サム・ライミがリメイクしている。
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──高所恐怖症などと同様に、ピエロ恐怖症的な病状もありますからね。海外は。
福満氏:
そういう感覚のズレを考えると、僕が「怖いなあ」という映画はだいぶ減りますね。『ミザリー』【※1】のようなサスペンスホラーも怖いんですけど、あの手のハリウッド映画は、最後は結局、取っ組み合いのバトルになりますから。心理的なホラーだったはずの『ルームメイト』【※2】みたいなものでも、『危険な情事』【※3】でもそうですね。最後は取っ組み合いですよ。ほかのパターンはないのかなと思います。
1991年日本公開のスティーヴン・キング原作による映画。人気作家がファンを称する女性に追い詰められるサイコスリラー。
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1993年日本公開のサイコスリラー。ルームメイトと暮らし始めたヒロインが、徐々にそのルームメイトの異常さを怖れる物語。
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1988年日本公開のサスペンス映画。一夜の情事だったつもりの相手に追い詰められる主人公一家の恐怖を描く。
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──だとすると『ミスト』【※】みたいなものとか。
※2008年日本公開のSFホラー映画。スティーヴン・キング原作。嵐のあと、買い出しに出かけたアメリカの父子が、突然霧に覆われた街のスーパーで体験する怪異を描く。原作と映画で結末が異なり、とくに後者は、後味の悪い映画を語るときに必ず名前が挙がる作品。
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福満氏:
ああ、『ミスト』。あれは限られた予算の中でそんなにできることがなかったんでしょうけど、いい感じに仕上がっていますよね。テレ東でやっているとぜったい観ちゃいます。
──取っ組み合わない、後味の悪い映画ですね。
福満氏:
お子さんがいらっしゃる方は、観ると相当イヤな気持ちになれると思います。僕も子どもがいなかったときは、父親が男の子をギュッとして「大丈夫、大丈夫だよ」って言っている感じがあまりわからなかったんですよね。あれは男の子だからまた独特なんですよ。娘なら、娘がいない僕でも「守ろう」という気になるのがわかりますが、息子だと「そういうふうになるのかな?」って思っていたんです。でも、男の子が産まれてから観ると、なおのこと怖いわけですよ。
──父子の関係とか、嫁との関係とか、いろいろなことを考えながら怖がって観られるSF的なホラーですね。
福満氏:
そうですね。娘を守ったり探したりする父親を描いた映画やゲームは、それこそ『サイレントヒル』を始め、たくさんありますから。逆はけっこう少ないんで、ぜひ観るといいと思います。SUUMOのテレビCMで、男が家に帰って子どもたちが寝ているところを見るシーンがあるんですが、それが男の子ふたりの兄弟だったんですよ。あんまりないですよね、ウチと同じ構成です。「何で男の子ふたりにしたんだろう?」って僕はドキドキしましたね。ほとんどないと思いますよ、物語において。だから『ミスト』もかなり特殊なんだと思います。
──『ミスト』はともかく、そんな視点であのコマーシャルを観ていた人はいないと思います(笑)。そろそろお時間ですが、以上の話を踏まえて、先生にホラーやゾンビについて何か描いていただければと思います。どんな話になりそうですかね?
福満氏:
どうですかね。ちょっと描いてみなければわかりませんね……。
──最後が『ミスト』だっただけに、霧の中ということでしょうか……。
という経緯で描き下ろしていただいたのが下のマンガ。やっぱりあのタイトルが出ています。ぜひ福満節をお楽しみあれ。