「ナビゲーションAI」の進化形、「スパーシャルAI」。
左藤:
今、作中に出てきてない「ナビゲーションAI」を擬人化して出せないかっていう話をしていて。「どうやって、何させるか難しくない?」って話で終わってるんですけど。
三宅:
ちょうど今、僕はナビゲーションAIを成長させた空間型AIというか、「スパーシャルAI」っていうのを考えていて、研究しています。まず3つのAIのうち、キャラクターAIとメタAIは自分で感じて考えて行動する自律型AIですよね。唯一、ナビゲーションAIだけは自律型じゃないから、キャラ化しにくいところがあると思うんです。
そこにきてスパーシャルAIは、先んじて自分でマップを解析しちゃう。これまではメタAIとかキャラクターAIが「ちょっとルート探して」ってナビゲーションAIにお願いする形だったんです。でも今のオープンワールドだと、必要になった時に計算してると間に合わない。つまりスパーシャルAIはプレイヤーの周りをずーっと解析してその情報を自分からメタAIやキャラクターAIに投げ続ける、無駄になるかもしれないけど。そうすることで、メタAIとキャラクターAIが行動しやすくなるんです。たとえば事前に隠れられる場所がわかっていれば、隠れるという意思決定しやすいですよね。
人間もそうなんです。「棚の物を取ろう」って決めた後に、「実際に手が届くかな」とか思わないわけです。手が届くのがわかってるから、それを選ぶ。先に空間解析をやっていて、その次に意思決定がくる。なので、必然的にナビゲーションAIは自律化させた方がいいですし、自律型AIとして実装する設計っていうのはずっと考えてきていて、半分はそうなってます。広いマップだと、やっぱり自律型にしないといけないっていう。
左藤:
ナビゲーションAIは健気でかわいいキャラクターですね、そう考えると。
三宅:
そうなんです。縁の下の力持ちっていうところですかね。
左藤:
逆に地形情報があらかじめ入ってないってことは、キャラクターAIの主観でいうと、あまり見えてない状態で歩いてるってことになるんですか?
三宅:
キャラクターAIにはローカルなセンサーがあるので、簡素な情報は持っています。視野の前方70度分の3メートル先までに敵が何体いるか、とかっていう情報はキャラクターAIが自分の感覚で取っちゃうんですね。ところが、もうちょっとスケールを大きくして、たとえば30メートル先の地形がどうなってるかは、ナビゲーションAIが全部管理してます。ですから、目的地まで行くときに最初にやることは、ルート上に直方体を一回通してみるんですね。そこに何のコリジョンもなければ、まっすぐ行くだけなんです。もし岩とかがあったら、改めてナビゲーションAIがパス検索して、迂回経路を見つけてもらうっていう。実は多段階になってます。
左藤:
そのナビゲーションに関する情報に加えて、もっと情報を与えようというのがスパーシャルAIっていう。
三宅:
そうなんです。要するにキャラクターって、空間の情報を与えれば与えるほど賢く見えますから。「岩をバンと割って、その衝撃で相手を倒す」っていうように、本当はオブジェクトとか空間をうまく使いたいわけです。アニメや漫画だと「崖の上からジャンプして上からグサ」みたいなシーンがありますけど、それがゲーム内のキャラクターには、なかなかできないんです。人間は空間の使い方が絶妙に、異常にうまいですから、アクションゲームでAIは人間に勝てない。岩と岩の隙間から手だけ出して魔法撃つとか、AIはそんなことできないんですよ。とりあえずプレイヤーの正面に行ってバーンって撃つ、っていうロジックで動かされちゃいますから。
左藤:
確かにユーザーは本当にいろんな殺し方を試しますもんね。なかなか想像がつかないような。
Googleが現実世界のスキャニングにこだわり続ける理由。
三宅:
そうなんですよ。ゲームAIだけじゃなく、AI全般にも言えることなんですが、人工知能は空間認識がとにかく苦手なんですよね。人間はもともと3次元の世界に生まれて、3次元の世界で学習していくから、必然的に3次元空間をうまく使える。でもAIは3次元に生まれたわけでもなんでもなく、「3次元の世界があるらしい」くらいのところから始まってますから。加えて体がない。人間みたいにちゃんとした体がないので、身体で空間を測ることができない。だからこそ補助のためにナビゲーションAIが必要になるんです。
なぜGoogleがあれほど撮影車を走らせたり、衛星を飛ばすような世界のスキャニングにこだわるかというと、空間の重要性がわかってるからなんですね。空間をまるごとデジタルデータにしちゃえばゲーム空間と同じような状態になるので、把握がしやすくなって、そうすると最低限の自動運転とかならできちゃうわけですよ。実際、今の自動運転システムって半分はデジタル世界の中を走ってる状態なんです。デジタルデータと現実世界のマッチングをしながら。
左藤:
そういうことなんですね。センサリングとしてはローカルのセンサーだけでやってるものかと勝手に思ってましたけど、半分はゲームの中と一緒ってことですよね。まるでナビゲーションAIのような。
三宅:
そうですね。ゲームの中だと逆にナビゲーションAIだけなんですが、実は3つのAIの中で負荷が一番高いのはナビゲーションAIなんです。計算量はそこまでじゃないんですけど、世界をスキャニングしたデータを持ってるので、メモリをいっぱい取る必要があって。
たとえばみんなでワンワールドを楽しむオンラインゲームって、一般にできるだけ多くのデータをローカルに置きたい。サーバー側はすごくアバウトな最小限の世界しかないのが理想です。木の一本一本とかはローカルで描画したものなんです。理想的にはサーバー上にワンワールドがあって「誰かが木を揺らしたら、他の人の木も全部同時に揺れる」みたいなことになるといいんですけど。それを目指しているのがクラウドゲームですね。
左藤:
僕の漫画でもメインクエストとオープンワールドの区分けがワケわかんなくなってくるんですよね。果たして読んでる人に伝わるのか、っていう心配はすごくありました。ゲームをやってる人だったらなんとなくわかると思うんですけど、やったことない人がその仕組みを理解できるのかわからなくて。
「メタAI」は天地創造する存在。そこにある新たなゲームの可能性。
三宅:
昔、メタAIが何人かいてもいいんじゃないか、っていうアイデアを考えたことがあって。ある区域を一人のメタAIの支配領域として、クエストも含めて管理するという。『このふか』ではメタAIが可視化されてますけど、同じようにゲームでも世界を統べる神様として存在できますよね。たとえば、あるメタAIがあまりにも残虐非道のイベントばかりをやってると、さらに上の神様が怒って更迭されるとか。
左藤:
メタAIを監視するメタAIみたいな。
三宅:
そうですね。ユーザーの満足度を指標にしてもいいですよね。ある地域ではすごく面白いイベントが起こる、というような。実際、面白い面白くないはユーザーによりますので、シビアなイベント大好きっていう人が多くなったら、その地域のメタAIがシビアなクエストを作る程、メタAIに対する評価がどんどん大きくなっていく。そういう、ユーザーの好みに応じてゲーム展開をチューニングするメタAIが欲しいですよね。今はマスターゲットへ向けて最大公約数を取っているんだけど、もっとユーザーにジャストフィットするメタAIを作れるんじゃないかと。
左藤:
作中でのメタAIの活躍も、今は「デバッグストーンを食べる」みたいなシーンくらいしかなくて、イマイチ難しいんですよね。裏でいろいろやってるんだろうな、と思いながら描いてるんですけど。たとえば一つのクエストだけを延々とやってる地域があってもいいかもしれないですね。似たようなクエストばかりになっちゃうとか。
三宅:
メタAIがバグってるとか、ほとんど悪夢ですからね。
左藤:
事実上、なんでもできるって考えていいわけですよね。ゲームの中でなら。
三宅:
そうですね、メタAIの最大限の定義はまさにそう。NPCを消したりするだけではなくて、建物を移動したり、ダンジョンをひたすら深く作ったり、天候を変えたり、地形を変えたり。
左藤:
ざっくり言ってしまうと、天地創造ってことですもんね。
三宅:
そうです。簡単に言うとメタAIは「ゲームデザイナーをAIにしてゲームに埋め込む」みたいなものなので。広いマップを固定で作っちゃうともったいないですけど、そうじゃないとひたすらコンテンツを作らないといけなくなる。そのコンテンツの創造をAIに担わせようということなので、まさに天地創造なんですね。ユーザーが楽しめる範囲でダイナミックに世界をかき回してください、っていう。
左藤:
漫画の中でうかつにメタAIを活躍させると、全てが崩壊してしまうので、一番扱いが難しいキャラクターなんですよね。よく考えたらログアウトもメタAIならできるんじゃないか、とか。
三宅:
メタAIの面白いところは、ゲームと現実の境界にいるところなんです。たとえば、メタAIはユーザーがどういうふうにボタンを押しているかわかる。つまりユーザーの必死さがわかるわけですよね。そうすると「お前の攻撃はほとんど当たってないから、そんなにボタンを押しても無駄だよ」みたいなメッセージを送ることもできて。あとリセットボタン押してもわかるから、「なんでリセットボタンを押すの」みたいなことも言えますね。昔、リセットボタンを押すとお仕置き部屋に連れていかれるゲームもありましたし、女神様に「もう二度と押さないと誓ってください」と言われて、YESを選択するまでゲームが始まらない仕様もありました。
左藤:
途中でゲームを終わらせてもらえない、という(笑)。
三宅:
あとはゲームの外の情報、たとえばSNSの情報を引っ張ってきて、それを元にゲームを作り替えることもできますよね。SNS上の政治ネタをNPCに言わせたり、そんなふうに現実から情報を持ってこれるのもメタAIの面白いところですね。
左藤:
実際にやったら、コンプライアンス上の問題が起きそうですけど(笑)。面白そうではありますね。
人型AIを扱うのはロボットかゲームくらい。
左藤:
プレイヤーが行うチート対策にもAIが使われてますよね。でもたとえば「モニターに細工してエイムをしやすくする」みたいなハードを利用したものだと、おそらくゲーム側だと対策できないですよね?
三宅:
いいところを突きますね。実は今、それもディープラーニングで検知できるようになってるんです。PCだとFPSで照準を合わせるのはマウス操作ですよね。マウスのカーソルを合わせるっていう動きがある。その動きそのものが、人間とプログラムでは微妙に違っていて、それがディープラーニングで判別できるようになってるんです。そうすると、ゲーム側でマウスの軌跡からチートを検知して、BANするっていう流れができる。ただ、オートターゲティング自体、あらかじめゲームに実装されてたりもしますから。問題になるのは、たとえばeスポーツ大会の予選とかですね。
左藤:
実際のeスポーツの大会で、プロがチート行為をしていた、みたいなこともありましたね…。
三宅:
そうなると成立しないですもんね。他にもデバイスを使ったものだと、視線をトラッキングできるものを使って目を動かすだけで敵をターゲッティングする、とかね。それ自体は目の動きをコントローラーの一つにするというアイデアなんですが。
左藤:
ハード面でも技術革新は続いてるということですね。『アイアンバディ』の連載中に伺ったときは、人型のAIを扱うのはロボットかゲームくらい、みたいな話をされてましたもんね。
三宅:
実際にゲームAIの技術は、ほとんどロボットからお借りするところから始まっている技術なので。リアルタイムでインタラクティブに体を持つメディアって、ゲームキャラクターかロボットくらいしかいないんですよ。だからゲームAIの基礎を築いたのは、ほとんどMITのロボット研究の近くにいた方々なんです。彼らがゲーム業界に入ってきたおかげで今のゲームAIがある、みたいなところがありますね。
左藤:
いや、すごいですね、そう考えると。
三宅:
そしてデバッグという分野は、とにかくゲーム産業的にはタイムリーな話題なので。『このふか』の今後も楽しみにしています。
左藤:
ありがとうございます、本当に。またいっぱいネタをいただいてしまいました…。(了)
対談の内容は以上となる。特に興味深いのは『この世界は不完全すぎる』の作中でもキーパーソンとなっている「メタAI」の存在と、その可能性だ。
最大限に定義するならば、“天地創造”さえできてしまうゲームの中の神様。ゲームの世界を自由にカスタマイズするだけでなく、プレイヤー側の入力にも応えられるという、まさに「ゲームと現実の境界」にある存在。左藤氏が物語の中で扱いに困ってしまうほどの万能性をもつ「メタAI」は、今後の技術の進化によってさらに面白い運用ができるようになっていくだろう。
その一方で、デバッグの分野ではまだまだ人間が主軸となって働いているという。そうした現状を聞くと、フルダイブ型のMMORPGが作れる時代でも「人」がダイブしてデバッグを行っている『この世界は不完全すぎる』の設定にも、ある種のリアリティを感じられるというものだ。
『この世界は不完全すぎる』は原作が講談社公式マンガアプリ「コミックDAYS」で連載中、アニメ版は2024年春の放送開始を予定している。また、単行本の最新第9巻が4月12日(水)に発売予定だ。「デバッグ」というゲームの世界ならではの概念をテーマに据えたユニークなストーリーを、ぜひお楽しみいただければと思う。