ゲームの「バグ」には、人を惹きつける不思議な魅力がある。キャラクターが暴走するような見た目が面白いものが話題になるだけでなく、RTA(リアルタイムアタック)に活用されたり、あるいは発生条件を追求する熱心なプレイヤーがいたりと、ゲーム文化のさまざまな側面で「バグ」に熱い視線が注がれるシーンは決して少なくない。
とはいえ、もちろんネガティブな面もある「バグ」。その発見や解決に向き合う「デバッガー」に焦点をあてたユニークなマンガが『この世界は不完全すぎる』だ。
いまやラノベやアニメでおなじみとなった「フルダイブ型MMORPG」を舞台に、ゲームの中に閉じ込められてしまったデバッガーの主人公・ハガを中心としたストーリーを描く。
フルダイブ型のゲームなだけあって、描かれる世界はさながら中世ヨーロッパ風のファンタジー。しかし物語の中には「ボスの行動パターンを利用してハメ倒す」「デバッグモードで壁を抜ける」などのシーンもあり、独自の方向性から“ゲームらしさ”を表現した作品と言えるだろう。
そんな『この世界は不完全すぎる』はこのたび、2024年春のアニメ化が決定。それにあわせる形で電ファミニコゲーマーでは、作品の原作者・左藤真通氏とゲームAIの研究開発に取り組む三宅陽一郎氏の対談を掲載させていただくことが叶った。
「なぜ『デバッグ』がテーマの作品で、『ゲームAI』の専門家を?」と思われた方のために補足しておくと、『この世界は不完全すぎる』の作中にはゲームAIがキャラクターとして登場し、ストーリーにも大きくかかわる。また、デバッグをふくむゲーム開発のリアルを語る上では、もはや「ゲームAI」は触れずにはいられないポイントなのだ。
『この世界は不完全すぎる』や現実のゲーム開発でAIがどのように活躍しているのか。また、現代のデバッグ作業はいったいどのような形で行われているのか。リアルとフィクションの両面から、ゲーム開発の一端をあらためて見つめる内容となっているため、ぜひ最後までご一読いただきたい。
※以下、株式会社講談社によって制作された対談記事をWeb向けに体裁を整え、掲載する形となります。
『この世界は不完全すぎる』アニメ化記念、左藤真通氏が突撃インタビュー! ゲームAIの第一人者・三宅陽一郎氏が語る「ゲームAIとデバッグの現在地」
さまざまなAIがうごめくゲーム世界に閉じ込められたデバッガーを描く『この世界は不完全すぎる』。著者である左藤真通氏がゲームAIの今を知るべく、その研究開発に日夜取り組む三宅氏を突撃し、根掘り葉掘り伺いました。
三宅 陽一郎 Miyake Youichirou
京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て、2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。博士(工学、東京大学)。
立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、東京大学生産技術研究所特任教授・先端科学技術研究センター客員研究員、九州大学客員教授、国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会編集員会副委員長。
著書に『人工知能のための哲学塾 未来社会篇』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『ゲームAI技術入門』(技術評論社)、『戦略ゲームAI解体新書』(翔泳社)など多数。
左藤真通Sato Masamichi
1980年生まれ。神奈川県出身。第68回ちばてつや賞一般部門にて『無刻さん』が佳作を受賞。モーニング連載作『アイアンバディ』を経て、『将棋指す獣』(新潮社刊)や『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~』(白泉社刊)では原作を担当している。
左藤:
2017年に一度、取材【※】させていただいて以来ですよね。この度もありがとうございます! ちょっと怖いですけど、まず『この世界は不完全すぎる』(以下、『このふか』)を読んでのご感想をいただければ…。
※左藤氏熱筆の取材漫画(週刊コミック誌「モーニング」出張版 ズバリ人工知能ってなんですか? | 左藤真通『アイアンバディ』特別企画)はコチラ
三宅:
すごく身近な題材だと思って、実はこの企画をいただく前から読んでいました。まずオンラインゲームの細かいところ、たとえば裏で動いている処理やバグが出やすいパターンなど、丁寧に研究されていますよね。「コリジョン抜け」や「無限降下」は開発の人間が一番怖がるところですし、そういうことがあると、ユーザーがすぐYouTubeに動画を上げてくれるので、発売日が一番忙しかったり。そういう現場感が伝わってくる作品ですよね。
左藤:
ありがたいです。怖いですけど、本当にありがたいですね。
三宅:
読んでると「わかるわかる」ってなりますよ。
オープンワールドのゲームはマップが大きすぎて、バグを取り切れない。
左藤:
今のゲームだと、バグはアップデートで修正かけていく感じですか?
三宅:
そうなんですけど、限度もあって。たとえばゲーム機を開発しているプラットフォーム側は、なるべくパッチ(ゲームを後から修正するための追加データ。現在ではユーザーがダウンロードしてあてることがほとんど)を当ててほしくないんです。というのも、ネットワークに繋がらないユーザーも一定数いるわけなので。
左藤:
なるほど、そうですよね。
三宅:
あとは容量が100メガのパッチぐらいならいいとして、今は数ギガパッチとか、数十ギガパッチとかまでありますから。数十ギガってもう、ゲーム1本分の容量のかなりの部分ですよね。特にオープンワールドゲーム(ローディングなしに移動できる広大なマップを持ったゲーム)を作る海外メーカーだと、とりあえず発売しておいてバグは後で直す、という風潮もけっこうあって。
左藤:
あー……。
三宅:
パッチの容量にも本当は制限をかけたいくらいらしいんですが。ただ『このふか』でも描かれているように、オープンワールドって本当に何が起こるかわからないんですよね。
なので、主人公が所属しているようなデバック専門の会社、部隊が必要になります。作中にも社長さんが出てきますけど、そういう会社にお願いすることも一般的にありますね。
三宅:
…とはいえオープンワールドだと大きすぎて結局、バグを取りきれないという問題もあって。もう人間では無理なのでは? というのが最近のゲーム産業全体の風潮としてはあります。実は『このふか』で扱われているテーマは、我々が一番気にしてる部分なんです。
左藤:
そうだったんですね。僕はいつも、三宅さんがネットで紹介されている記事を読んで参考にしています(笑)。そういう意味で人力以外の方法、たとえばデバッグAIについてもお聞きしたいと思っていて。デバッグAIの開発を大規模にやっている会社もありますよね。
三宅:
まさに今、世界中のゲーム開発企業でAIを使ってバグを取るための技術開発が進んでいます。ただし問題は汎用性にあって。たとえば一つの開発チームが開発しているデバッグAIは特定のゲームだからできるところがありまして。
左藤:
といいますと…?
三宅:
要するにシリーズを通して、似たシステムでゲームが作られていますよね。もちろんキャラクターやステージは違いますけど。そうすると、前作やシリーズを通してデバッグしてきた経験があり、どのようなゲームを作るかも想定できる。すると、そのシリーズでのみ通用するデバッグAIシステムは設計しやすくなります。極端な例を言えば、敵を倒して目的地にたどり着く、というゲームであれば、それだけのAIを作ればいいわけです。ゲームカンファレンスで聞いた話ですが、『龍が如く』シリーズ(SEGA)の自動デバッグシステムは、新タイトルの開発と同時か前ぐらいから作っていたりして。これがまず、新規タイトルだとできないことですよね。また、制作に携わってきたベテラン開発者が実は、「バグが最後まで取り切れない」みたいな目に遭ってきていて。もうあんな目には遭いたくない、と思うわけです。なので、デバックAIをやろうっていうのは、大体ベテラン勢なんです。若い人はゲームそのものを作りたいですから。
左藤:
なるほど。
三宅:
普通、かっこいい世界観やクエストを作りたいですよね。でもベテランになるともう「バグの発生を防ぐことでチーム全体に貢献する」という境地に達してたりするんです(笑)。
左藤:
ということはやっぱり、しばらくの間は人海戦術が一番効率のいい方法になりますか?
三宅:
おっしゃる通りです。今現在、デバッグ作業の90%は人間がやっています。AIが全て自動でやるっていうのが理想なんですけど、なかなか難しいのでAIと人間のハイブリッドで行うパターンもありますね。つまり、簡単なところはAIがやって、時々AIが詰まると人間が入れ替わって操作してあげる。
世界のゲーム産業で一番ホットな話題「デバッグ」
三宅:
これは人工知能一般に言えるんですが、完全にAIに任せて人件費を浮かせるという話と、1人の人間の能力をエンハンスメントして10倍にすれば、結果的に9人分浮いてるからOKという2つの話があって。1人が10台のAIを監視して管理すれば、10人分働いていることになりますよね。後者のAIの知能は自律型より低く設定できますし、そっちの方がいいかもしれない。デバックに関してはその1周目は人間がやるんだけど、2周目はそのデータを元にしてAIが行うとか、いろんなパターンが存在します。
左藤:
かなり試行錯誤されてるということですよね。
三宅:
そうですね。ゲーム開発だと世界的に今、一番ホットな話題でもありますから。自動デバッグだけじゃなくて自動チートユーザー撲滅とかですね。今までは人間が張り付いて監視してたんですよ。たとえば「ウォールハック(Wallhack)」っていう、ゲーム内で壁の向こうの敵キャラクターが見えるハッキング技があって、もちろん違法なんですけど。それをどうやって監視するかというと、ランダムにユーザーのGPUから画像データを引き上げて、オペレーターが1枚ずつ見てBAN(アカウント削除)してたんです。そのデータが溜まっていった結果、ディープラーニングでやらせればいいということになって。画像判定はAIにやらせて、最後のBANするかどうかの判断を人間が行うという仕組みですね。かなりのコスト削減になるので、AIがどんどんハイブリッドな形で入ってきてます。
左藤:
それが今、主流なんですね。
三宅:
9割自動化から10割に持っていくのがすごく難しいなら、最後の1割は人間でもいいんじゃないかという。
左藤:
海外のユーザーって、日本のユーザーほどバグを気にしない印象があったんですが、今でもそうなんでしょうか?
三宅:
今も変わらないですね。特に海外はPCゲームがメインですし、なおかつオンラインゲームだと多少コリジョン抜けがあろうが、あまり気にされないです。一方でコンシューマー機(ゲーム据え置き機)と呼ばれる「PlayStation」シリーズや「Xbox」シリーズなどのゲームでは「プラットフォーマーの威厳」がかかってるわけですね。そういう意味でプラットフォーマーはゲームのクオリティ低下に敏感です。