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杉田智和×小岩井ことり対談──なぜ声優でありながらゲーム制作者となったのか? 『月英学園 -kou-』、『けものティータイム』制作のきっかけとタイトルに込めた想い

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あれ? このゲームは「かわいい」の皮をかぶった「不穏」なタイトルなのでは?

これは、KotoneiroおよびレーベルStudio Lalalaが制作し、フリューが2025年9月4日に発売したADV『けものティータイム』の感想だ。

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『けものティータイム』(画像はSteamストアページより)

Studio Lalalaは言葉とリズムによる体験で「ラララ」をお届けするゲームレーベル。うん、かわいい

ゲームの特徴は「ケモミミ×喫茶店×ASMR」。うん、かわいい

声優・小岩井ことりさんが共同プロデュースを務め、小岩井さんの「好き」が集まっている。うん、かわいい。

本作のキャッチコピーは「人生は限られたもの。幸せのあとは、切ない」。うん……え?

「耳が生え始めて、尻尾が生えたら終わり」というセリフ。え? あっ、それって……

と、不穏さ満点の展開が繰り広げられるのだが、これ以上はネタバレになるので説明はここまで。癒し系の世界観でありながら、物語後半は驚きの展開やビターな要素がある……と理解していただければいい。

とはいえ、唐突に不穏さがぶち込まれるわけではなく、塩梅がとてもいい。言い方を変えれば、コアゲーマーが「信頼できるゲーム」と感じるような展開が味わえるものとなっている

さて、前述したように本作は声優である小岩井ことりさんが共同プロデュースを務め、さらには小岩井さんのASMRレーベル「kotoneiro」がASMR音声を担当。声優がゲーム制作に深く関わるというのは珍しいことなのだが、古参ゲーマーであればあるタイトルを思い出すのではないだろうか?

そのタイトルの名は『月英学園 -kou-』。声優・杉田智和さんと作家・御立 弾氏が原作を手がけたPC向け同人ADV「月英学園 -ergØ-」をベースに、新キャラクターやボイスの追加、シナリオの再構築が行われたタイトルだ。杉田さんが原作を担当しているのだが、じつはほぼすべての制作工程に杉田さんが関わっている。

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『月英学園 -kou-』(画像はアークシステムワークス公式サイトより)

乱暴な言い方をすれば、声優とは「表現者」であり、ゲーム制作者は「ゼロからイチをつくる人」である。声優(表現者)が制作(ものづくり)を務めるとき、その考え方や原動力、原風景はどのようなものなのか?

電ファミニコゲーマーは8月某日、杉田智和さんと小岩井ことりさんをお招きし、「声優がゲーム制作をすること」について、クロストークを交わしていただく対談の場を用意。ゲーム制作への想いやゲーム制作に携わって見えたことなどを語っていただいた。

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取材・文/豊田恵吾
撮影/松本祐亮


──本日はよろしくお願いします。

小岩井ことりさん(以下、小岩井さん):
(杉田さんに向かって)急なお話だったのに、今日は本当にありがとうございます。

杉田智和さん(以下、杉田さん):
いえいえ、企画書に小岩井さんがやりたいことが書いてあったので声をかけてくれてうれしかったです。ラジオのゲストで呼ばれるときも同じですよ。番組側が「おもしろそうだから」と名前をあげられるのと、パーソナリティから「来てほしい」というのでは違いますから。

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杉田さんは『けものティータイム』でギモーヴ役を演じている。

小岩井さん:
本当にうれしいです。今日はゲーム制作の先輩であり、声優としても先輩である杉田さんとお話をさせていただきたくて……。

杉田さん:
ああ、もう腹黒い小岩井さんのことだから

小岩井さん:
いやいや、ちょっとちょっと(笑)。

杉田さん:
いや、でもそこが長所にもなるので、だから小岩井さんはすごい人なんです。なかなかいないですよ、こういう人。

そういう人って、本当はもっとセンシティブな感じになるんですよ。クリエイターの方はちょっと繊細な方が多いですから。

小岩井さん:
たしかにそうですね。

杉田さん:
でもそれが、そのまま作風に現れている。作品って、自分の内面から出てくるものをアウトプットして表現するものなんだな、っていうのが『けものティータイム』から伝わってきます。

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──弊社も第四境界では杉田さんのクリエイティブにいつもお世話になっています。

杉田さん:
世間では第四境界を僕が作っていると勘違いする人もいるみたいで……。すごく藤澤(藤澤 仁氏)さんに申し訳ない。

──作っている方のひとりではあるわけですから【※】、その認識は間違ってはいないと思います。

※第四境界への関わり:第四境界のブランドキャラクター「AMGY」のキャスティング・プランニングをAGRS / 杉田さんが担当されているほか、第四境界のさまざまなコンテンツのキャスティング・プランニングを手がけられている。

杉田さん:
ちょうど今日、「役者のキャスティングやアテンドってどうするんですか?」という質問をいただいて……やっぱり知らないんですよね、多くの方は。

小岩井さん:
そうですね。

──今日はおふたりのクリエイティブについて話をうかがいたく、対談の場を用意させていただきました。『けものティータイム』のプロデュースを小岩井さんが手がけているということを切り口にした、「声優によるゲーム制作」の大先輩である杉田さんとの対談企画となります。

杉田さん:
『けものティータイム』は小岩井さんの好きがあふれていますよね。

小岩井さん:
ありがとうございます。

──ゲーム制作のお話の前に、おふたりが声優という表現者の道を目指したきっかけをお聞かせください。幼少期の記憶に残る体験や影響を受けた作品など、なぜ声優を目指したのかを教えていただけますか?

小岩井さん:
私はあるアニメのキャラクターを見たときにすごい衝撃を受けたんです。そのキャラクターは言葉がしゃべれないので、声だけでいろいろな表現をしていて……。声だけでうれしいとか、悲しいとかがわかることにすごさを感じたんですね。「こんな声の仕事があるんだ」と知ったことをきっかけに、声優になりたいと思ったのが最初でした。

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杉田さん:
アニメ、マンガ、ゲーム……いずれも大人の認識として、成長とともに卒業していくもの、捨てていくものという認識がとても強かった幼少期、こんな可能性の塊みたいなものなのに、なんでみんな「いらない」って言うんだろうなと思っていました。嗜んでいるものを迫害したり……。たとえば、「この犯罪が起きたのは過激なマンガやゲーム、アニメが原因だ」と。だから隠れていました、ずっと。

マンガやアニメやゲームは「こう生きたかった」という別の体験ができる。アニメやゲームの世界だったら自分は強い体を手に入れられるし、温かい家庭の中にいられる。マンガを読みながら自分を投影したり、自分の中で想像を膨らませるということがとても好きでしたね。

ですが、この世界に入りたい、二次元に行きたいと思っても絵が描けるわけでもない。当時、ゲーム雑誌にゲームメーカーの社員募集が載ってましたが、まだ小学生だったからプログラマーという職業もあまりよくわかっていなかった。ただ、プランナーという職種はアイデアを出してどういうゲームを作るのかを考える仕事なんだ、とだけ理解して。小学校5、6年生の自分の知能ではそれが限界でした。

ゲームは楽しむほうがいいし、大人になったら卒業していくものなんだろうなと、漠然と思っていたら世間が変わり、声優ブームというのが到来しました。周りにも声優志望の友達がいて……。ただ、どちらかというとその子は演劇への憧れが強くて演劇部入りたいと。だけど中学の演劇部は女子しかいなくて、宝塚のような感じで入りづらい。

最終的に僕はテニス部に入りましたが、声優という職業については意識していました。可能性があるのに、なぜかみんなそれに手を出さない。だったら「自分が手を伸ばしたいのはここだな」って

当時は教科書に書いてあることとか、先生の教えでもなく、大魔王ゾーマのセリフのほうが僕には響いたんです。ゾーマを倒したあと「だが そのときは おまえは としおいて いきては いまい」【※】と人類に対して警告をして消滅していくんですけど、その倒される姿のほうが心にくるものがあった。

それでこの世界、二次元に、なんとか関わりたいなと。それをいろいろ突き詰めていった結果、現在の形になっています。

※ゾーマのセリフ:『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…』に登場する大魔王ゾーマ。ファミコン版で倒されたときのセリフはつぎのとおり。
ゾーマ:「◯◯◯◯よ……。 よくぞ わしを たおした。 だが ひかりあるかぎり やみも また ある……。 わしには みえるのだ。 ふたたび なにものかが やみから あらわれよう……。 だが そのときは おまえは としおいて いきては いまい。 わははは………っ。 ぐふっ!」

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小岩井さん:
なるほど。

杉田さん:
物語の制作に関してお話すると、僕が高校生ぐらいのときに子安武人さんが『ヴァイスクロイツ』【※】という作品を手がけていたんですね。子安さんが原案を務めていて、ライブを行っていたり。

※『ヴァイスクロイツ』:マンガ、アニメ、ドラマCDなどで展開されたメディアミックス作品、および4人組で構成された声優ユニット。声優の子安武人さんが原案とプロデュース全般を手がける。メンバーである声優の性格やイメージからキャラクターやストーリーを考案するという、斬新なアプローチを行っており、「中の人=キャラクター」というメディアミックスのパイオニア的存在。

小岩井さん:
そんなユニットがあったんですね。

杉田さん:
声優がユニットを組むという作品だと、当時はほかにも『卒業』というゲームの男子高校生バージョンの『卒業M』【※】というメディアミックス作品もあって。『ヴァイスクロイツ』がヴィジュアル系、『卒業M』がアイドル系と言われていました。

※『卒業M』:有栖川ケイ原作による少女マンガおよび、メディアミックス作品群の総称。卒業MのMは「male」を意味している。マンガ、小説、ドラマCD、OVA、ゲームのほか、メインキャラクター5人の担当声優によるユニット(E.M.U)が結成され、CDのリリースやライブといった音楽活動も行われた。

小岩井さん:
『卒業M』は緑川(緑川 光)さんがいらっしゃったグループですね。

杉田さん:
そのとき、子安さんは「たかが声優が」とか、「声優ごときが」とか、すごく言われたらしいんですよ。ほかにも、僕も同じようなことがあったのですが、脚本家志望の方から「知名度だけで仕事を奪わないでほしい」と言われたり。そのとき、僕の隣りにいた黒田洋介さんが「それはお前らがヘタだからだ!」と言ってしまい、「やめて、ブラック先生、もっと優しくしてあげて」となったことがありました。

──火の玉ストレート過ぎますね(笑)。

杉田さん:
僕は勝手に黒田洋介さんのことを先生だと思っています。とにかく、さきに子安さんが地ならしをしていただいていたので、自分は入りやすかったんですよ。

小岩井さん:
私も子どものころからものづくりがすごく好きで、もちろん趣味というか遊びの範囲なんですけど、音楽を作ったり、自分でストーリーを書いたり、絵を描いたり……。ただ、声優になってからそういったことをすると「声優以外のことをやっている場合じゃないんじゃないか?」という外側の声があって

でも、こうやって杉田さんのお話を聞いて、改めてものづくりをしている先輩がいたんだな、と励まされたというか、さきほど「地ならし」と杉田さんがおっしゃったとおり、先人の皆さんが作ってくれた道を後ろからついていかせてもらってるんだなって、改めて思いました。

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杉田さん:
いま、コンテンツの消費ってものすごく早いですよね。ゲームが発売されたら1日で解いて「たいしたことない」と言われることに対して、「そんな扱いでいいのか」という危機感を覚えています。若いころから感じていましたが、コンテンツがなくなってしまうのではないかと。

たとえば、マンガの連載が終了したときやゲームのシリーズが完結したとき。わかりやすく言えば、スマホゲームのサービスが終了してデータを消すとなったときに「あ、ずっと続くものじゃないんだ」と気づくわけです。このまま消費され続けていった結果、「大好きなものがなくなったらどうしよう」と。

もう売れないから格闘ゲームは作らないという風潮もありますよね。あんなに好きだった格闘ゲームの新作が出ないとわかったときの絶望たるや……。

自分の大好きなものが未来にずっと残り続けていくという、僕と同じ体験をしてほしいんですよ。同じ体験をした人が似たような道だったり、独自の何か新しいことを見い出してくれたらうれしいなって思っていて。

だから自分も作るようになったんです。このまま、ただ消費されるだけだと好きなものがなくなってしまうから。

小岩井さん:
すごくわかります。

杉田さん:
あとは、近年だと若い役者さんたちがテスト収録のときから怯えているんですよね。一回でもしくじったらもう終わりだ、と。「何に怯えているんだろう」と思うのですが、見られ方をとにかく気にしていて。一度でも負けたら、一度でもやらかしたら、もう終わりだと、恐れのほうが強くなっているんです。

その一方で「挑戦しろ」と言う人もいる。「できる、できる」と持ち上げて、祭り上げて、でもいきなりハシゴを外して……。落っことして、落ちてきたときに、苦しんで転がっている人をみんなで蹴る。そういう風潮が恐怖になっている

だから、少しキャリアが上な僕としては、試せる機会、自分の中の新しい枝を見つける機会の一助になれたらいいなと。

当たり役があると、それしかやらせてもらえない人もいるんですね。どこに行っても「何々のように」と言われてしまう。ゲームの音声収録に行ったら「あのアニメのあのキャラクターみたいに」と言われたり。魅力的な役者さんって、いろいろな引き出しがある。だから、若手の新人が自分の可能性を見出せるようになってほしいし、そういう場を示したい。

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──そういったお考えからキャスティング・プランニングを手がけられているわけですね。

杉田さん:
僕からは提案までです。たとえば、アニメの現場でその他大勢をがんぱっている子の中に、ものすごく華がある子がいたとしたら「将来性が絶対にあると自分は思っているから声を聞いてみてください」とお伝えします。選ぶのはクライアントさん・作家さんですので「こういう効果が期待できると私は思います」ということをお伝えするわけです。

ただ、「キャスティングに自信ニキ」みたいな方が現場にいたときに、「何のために受けたのかわからない声」と言われたことがあって、「あなたにはそう聞こえるんだ」と思ったりしましたが。

小岩井さん:
(笑)。そういう方って本当にいるんですね。でも、杉田さんはほんっとにご自身だからこそできる提案やキャスティングをしてくださるんですよね。自分で言うのもあれですけど、杉田さんは私のことを「腹黒だ」と言ってくださったり(笑)。

杉田さん:
内面的な闇を、すごく……はい。

小岩井さん:
そこにはすごく愛情が込められているんですよね。いっしょに現場に立っているからこそ、知っている声優の姿を見て、「この人のスペシャルなところはどこだろう」と深掘りしてキャスティングしてくださるのは本当にすごいと思います。

──杉田さんから声優を目指したきっかけ、制作側に立たれたきっかけをお話いただきましたが、小岩井さんはどうして『けものティータイム』制作に携わることを決めたのでしょうか?

小岩井さん:
声優としても、プレイヤーとしても、ずっとゲームに関わらせてもらっていて、どういう風に作っているのかをもともと知りたかったんですね。Studio Lalalaのプロデューサーさんとはほかの作品でごいっしょしたことがあり、お互いにいいオタクだったことから話が盛り上がって「いっしょにゲームを作りたいね」と意気投合し、『けものティータイム』を共同プロデュースで制作することになったんです。

『けものティータイム』では、全体のプロデュースと音響、ASMR音声を担当しています。私ともうひとりプロデューサーがいて、私は音を中心に担当している感じです。

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──最初に杉田さんがおっしゃっていましたが、小岩井さんの好きが詰まっているゲームになっていますよね。

小岩井さん:
キャラクターに関しても「こういう子がいいな」とか、いろいろと提案させてもらっています。ビジュアルもこだわっていますし、好きなものをぎゅっと詰め込みました。

杉田さん:
うん。それは伝わってきます。本当に好きだからこそ、ここまでできるんだなと。片手間で作っているものとは訳が違う。

小岩井さん:
初めてゲーム制作に携わらせていただいたので、気合いが入っていますね(笑)。キャラクターデザインについても、お願いしたい方を自分で見つけて、自分からお声がけをさせてもらっています。

杉田さん:
自分で探して?

小岩井さん:
そうなんです。チームみんなで探してはいたのですが、最終的な決定は私のほうでさせてもらったのが多かったと思います。

──実際にゲームを作ってみていかがでしたか?

小岩井さん:
「世界をゼロから創造するってこういうことなんだ」と実感しました。声優としての仕事は、ある程度完成しているところの最後の仕上げに、声、命を吹き込ませてもらうわけじゃないですか。

でも、ゼロから何かを作るというのは、たとえば文字のフォントから作るわけで……。本当にすべてのものが誰かの仕事でできているんだと驚きました。

杉田さんはシナリオから書かれたり、いろいろと担当されていたとお聞きしていたので、本当にすごいなと改めて思いましたね。しかも、さきほどのお話にあったように、当時、声優が声優以外のことをするというのは、反発も強かったんじゃないかと思って。

ゲーム制作をやったことがある声優さんって、ほとんどいらっしゃらないですし、2013年に『月英学園 -kou-』を手がけられたのは本当にすごいですよね。

杉田さん:
それをステータスにする気はなかったんですね。皆さん、ゲーム制作ではないですが、舞台だったり、ライブだったり、なにかしら創作・制作をしていますから。

僕はゲームが好きで、ゲーム系の縁がすごく強かったからゲームを作りたかった。小中学生のころ、とくにサウンドノベルが好きでした。あとはPCゲーム。サスペンス性があったり、感動路線だったり、熱い展開があったり。軽視されがちだったPCゲームのADVの中からいくつも傑作が生まれて……。

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小岩井さん:
自由な土壌があったからこそ、多種多彩なゲームが生まれてきたんですよね。杉田さんとプライベートでお話したときにもPCゲームの話で盛り上がって。

杉田さん:
年齢制限があったからこそできた表現。

小岩井さん:
そうか。たしかにそうですよね。いまだと、たとえばちょっとグロい表現でも年齢制限がかかっちゃいますから。

──杉田さんはPCゲームはPC88、98で遊ばれていたのですか?

杉田さん:
当時は子どもだったので、パソコンは手に入らなかったんですよ。高価なものでしたし。大人になって、夢の箱、夢のマシンでゲームができるんだ、と。

『シュタインズゲート』の志倉千代丸さんのご自宅に遊びにいったことがあるのですが、棚にPCゲームがずらっと並んでいて……。しかもめちゃくちゃ綺麗な状態でした。

小岩井さん:
え、めっちゃうらやましいです!

杉田さん:
PCゲームに対しての強いリスペクトを感じました。

小岩井さん:
私、いちばん好きなゲームが『沙耶の唄』【※】という作品で……。本当に大好きで、私はあまり学校生活になじめないタイプだったので、そういった孤独を癒してくれた作品なんです。救ってくれたと言いますか……。

※『沙耶の唄』(さやのうた):2003年にニトロプラスから発売された成人向けPCノベルゲーム。脚本は『魔法少女まどか☆マギカ』や『Fate/Zero』で知られる虚淵玄氏が手がけており、いわゆる「鬱ゲー」として知られる。

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『沙耶の唄』(画像は『沙耶の唄』紹介PV【ニトロアーツVer.】 – YouTubeより)

小岩井さん:
『沙耶の唄』をプレイしたときに「こういうものづくりをする人が世の中にいるんだ」と知って、すごく救われたんです。こういった作品は人を救う力が強いんじゃないかなって感じています。

杉田さん:
そんな小岩井さんならわかると思うんですけど、『沙耶の唄』はエンディングが何種類かあって、どれを選んでもほどよく、あのツラさが残る。

小岩井さん:
そうですね。

杉田さん:
でも、きっと幸せなんだろう。

小岩井さん:
そうそう。幸せって人によって違いますし、人によって形が変わっていくんだろう、って……。あ、『沙耶の唄』の話をすると1時間くらいかかっちゃうので、このへんで(笑)。

杉田さん:
どのルートが正しいとか、夢から覚める、覚めない、じゃなくて現実逃避。

小岩井さん:
まさにADVの魅力ってそういうところですよね。発売したあともずっと続く。何十年も前の作品ですけど、こうやって熱い議論が交わされる、人の人生に訴えかける力があるんです。『けものティータイム』もそういう思いを込めて作りました。

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──おふたりともゲームが好きだからこそ、ゲーム制作をしてみて初めて気づいた難しさがあったと思うのですが、どのような「生みの苦しみ」があったのでしょうか? また、声優だからこそゲーム制作に活かせた部分があったらお聞かせください。

杉田さん:
声優としての知名度で目に留まるっていうのは、最初はちょっと嫌でした。逆に名前を伏せて物を作れば、単純に作品の良さで勝負できるかも、と思ったのですけど、それも違ったんです。

──それはどういうことでしょうか?

杉田さん:
世間がどう見てくれているかを否定するのはよくない、ということです。きっかけのひとつとして扱ってもらえればいい。宣伝のセクションからすると、どうにかしてゲームを手に取ってもらうっていうのはやっぱり難しいんですよ。

何々の役をやっている声優の杉田智和には興味がある。でも、ゲーム制作者の杉田智和はスルーでいいや、という心理。

──『月英学園 -kou-』では原作のほか、ほぼすべての工程を見ていらっしゃったとうかがっています。

杉田さん:
でも、やれることは少なかったですよ。イラスト・デザインもプロのイラストレーター・デザイナーの方々に、泣きながらイメージを描いて「こうなんです」とお渡しして

小岩井さん:
(笑)。

杉田さん:
僕にとってはツラい話ですけど、某メーカーさんで僕の書いた下絵が資料として会社内で共有されたことがあったらしくて。「杉田さんの描いた絵、みんな見ています」と言われたことがありました。

ポジティブに捉えるなら「こうやって柔軟に物を作りましょう」という例として見られているんですよね。

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──ちなみに、ものづくりでは「決める」という工程がありますが、いろいろな難しさがあると思うんです。この「決める」ということをどう判断し、どう乗り越えられたのでしょうか?

杉田さん:
自分の作品だから、責任をむしろ自分だけで取れるんですよ。たとえば役を演じるというのは、全員で許容して、共有して、自分はその声を担うという、全体のひとつでしかない。

でも、自分の作品なら自分でなんとかなるというか、自分だけで責任が取れる。だから人を集めるところから始められる。『月英学園 -kou-』のときに周囲に言ったのは、「作品を好きになってくれ」ということ。キャラクターに対して愛情を持ってもらうべく、まずはこの作品を好きになってほしいと話して。まあ、トラブルが起こったときは喧嘩もありましたが。

小岩井さん:
あ、それは『けものティータイム』制作でもいっしょですね。

──真剣であればあるほど、喧嘩といいますか意見のぶつかり合いになりますよね。クリエイティブの現場ではそれが正しい姿だと思います。

杉田さん:
最初は仕事の話だったのに、だんだん方向性が本人のストレスに変わってきたり。

小岩井さん:
(笑)。

杉田さん:
チーム内で揉めごとが発生した際、プロデューサーの森さん【※】に「森さん、なんとかしてください。誰かにお願いするとき「杉田くんがこう言ってるから」ってふだん言ってるじゃないですか。だから今回は「森さんがこう言ってます」と伝えますからね」とお返ししました。

※森さん:森利道氏。『月英学園 -kou-』プロデューサー。

──(笑)。

小岩井さん:
私の場合、喧嘩じゃないですけど、「これどうなっているんですか」っていう状況はやっぱり起こるわけですよね。ただ、開発チームのDiscordサーバーがあって、そこにクリエイターさんも、スタッフさんも集まっていて。そこでのやりとりをみんなで見守りながら進めていったので、誰かしらが助けてくれたり、うまいこと進められたと思います。皆さんの力をお借りできたことに感謝しています。

──小岩井さんは決めるときのツラさは、大丈夫でしたか?

小岩井さん:
「決断したものが実際にゲームになるんだ」っていうのは初めての経験だったので、すごく悩みました。……ただ、振り返ってみると声優という職業をやってきたおかげで自然と「決める」ということをやってきたのかもしれないです。

オーディションを受けるとしても、どの役を選ぶのがベストなのかは正直わからないですけど、一回一回決断しなきゃいけないわけで。そういった決断をする経験が多かったから、思い切りがあったのかもしれないです。

あと、今回はプロデューサーを務めさせていただきましたし、主人公役も担当させてもらっていますし、自分がスタジオも持っているので「最悪の場合は録り直しもできるな」と思えたことが大きかった気がします。私がフォローできる部分に関しては、「なんとでもなるかな」って……。「自分で責任を取れる」という安心感といいますか、そこは杉田さんがおっしゃっていたとおりだと思います。

杉田さん:
さきほども言いましたが、自分のできることって少ないんだな、って。

小岩井さん:
たしかにそうですね。

杉田さん:
物を作れるわけじゃないのですが、「どういうイメージがいいのか」というのはちゃんと提案しました。責任を取るということは、そういうことなのかもしれません。

やっぱり、責任ってみんな取らないんですよ、多くの人は。

──なるほど。そろそろお時間となりますので、最後におふたりがご自身の作品でもっともこだわったところをお聞かせください。

杉田さん:
幼少期からの体験だったり、自分の好きだったものをどれだけ入れるか。で、さっき言ったとおり、「似た体験」を遊んだ人に思ってもらえるか、です。

だから『月英学園 -kou-』は、ユーザーの皆さんが作品についてどんどん詳しくなっていって。それってすごくうれしいことなんですよ。そういったコミュニティの熱に対して、「自分を超えるようなことを言うな」と頭を押さえる人もいますけど、勝手に盛り上がってもらえればいいんです。作者がそこにわざわざ出向く必要もない。

いまはSteam版【※】がありますし、ゲーム配信という文化もあります。『月英学園 -kou-』を実況配信してくれる方もいらっしゃいますし、うまくコミュニティができているなら、それに越したことはないなと。「このゲームの作者は私です」っていうのはちょっと違う気がしますから。

※Steam版:『月英学園 -kou-』は2015年より、Steam版が発売となっている。

──コミュニティということでいえば、『月英学園 -kou-』10周年にコンテンツを制作・公開【※】されるなど、ファンを大事にされているという印象があります。

『月英学園 -kou-』10周年企画:2024年10月、ゲームの前日譚にあたるボイスドラマ『Sin 月英学園 -kou-』、後日談にあたる小説『月英学園-神-』が発表された。

杉田さん:
自分が好きだった作品も、そういうのがやっぱり多かったんですよ。10年越しに物語が完結するとか。ほかにも、ゲーム中に20XX年が舞台だとして、本当にその年になったら何かしらのコンテンツが展開されたり。そのような好きだったゲームの遺伝子を継承して、「あ、『夕闇通り探検隊』【※】が好きだったんだな」と思ってもらおうと。

※『夕闇通り探検隊』:1999年、スパイク(現スパイク・チュンソフト)から発売されたホラーADV。ヒューマンから発売されていた『トワイライトシンドローム』シリーズの開発スタッフが手がけており、後継的作品として知られている。

──(笑)。『けものティータイム』でのこだわりについてはいかがですか?

小岩井さん:
コロナ禍のときに収録がけっこうストップし、みんな仕事がなくて不安だったという声をいっぱい聞いたんですね。だったらとにかくやってみよう、とスタートさせたのがASMRレーベル「kotoneiro」だったんです。

そんな感じで、いろいろな人の助けになったり、自分の作りたいものだったり、さまざまなことが重なったときに何かをスタートすることが多かったんですね。ですので、「こだわり」というのであれば、誰かがよろこんでくれるものでありたいな、ということかもしれません。

私が『沙耶の唄』に救われたように、『けものティータイム』が誰かの助けになってくれればうれしいですね。ぜひ遊んでみてください。

──ありがとうございました。(了)

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