シナリオの作りかた ケース1:出発点に絶望を置く。そこから立ち上がり、自分の力で道を切り開いていく姿こそ美しい
──シナリオを描く際、藤代さんはどのようなスタンスをお持ちでしょうか。
藤代氏:
自分の場合は「出発点に絶望があってほしい」という気持ちが強いタイプです。
少しネガティブなことを言ってしまうんですが、私は「現実って基本的に、無情で理不尽なもの」だと捉えているんです。
だから、まずはキャラクターにそこに向き合ってほしい。そこからいかに立ち上がって、自分の力で道を切り開いていくか……その姿こそが美しいと思っています。それを描くためには、出発点での絶望が絶対に必要だというのが、私なりの作りかたです。
──なるほど。では実際に、キャラクターを追い詰めるような辛い場面を書いている最中、藤代さんはどんな気持ちで筆を進めているのでしょうか?
藤代氏:
私はもう「乗り越えるところを見せてくれ!」「君の乗り越えている姿が見たい!」という気持ちですね。
やはり、どん底から這い上がっていくときとか、自分の頭で「どうすればいいのか」を一生懸命考えて、答えを出して、ほしい未来のために手を伸ばすところが見たいんですよ。
──そんな藤代さんが「このキャラクターの生き様こそ、ぜひ見てほしい」と感じるエピソードを挙げるとしたら、どのシナリオになりますか?
藤代氏:
そうですね……。それに適しているのは、やはりヤクモが登場するノーナ外史の「廻る運命と暁光の檻」かなと思います。あのシナリオは「明日を迎えたくない」という人がどう生きるかに焦点を当てたお話なので。
ラストシーンで、彼が「決して世の中は光に満ちているわけではないけれど、それでも何を楽しみに生きるか」という彼なりの答えを出すところを、ぜひ見てほしいですね。

──そのヤクモを描くにあたって、藤代さんが「ここを見てほしい」と思っているポイントを教えてください。
藤代氏:
ヤクモについては「社会人なら、まず共感できるだろう」という現実的な苦難をしっかり描いています。
読んでいて胸が痛くなる人もいるかもしれませんが、「そうやって日々苦しんでいるあなたのヒントになるといいな」と思って書きました。
だからこそ、エンディングですべての苦難が取り払われるわけではありません。現実が根っこから丸ごと変わるわけでもなく、明日からも日々は続いていく。ただ、そんななかでも「少し心持ちを変えることができたらいいな」という描きかたをしています。
賛否はあるかもしれませんが、「現実の苦しみにきっちり向き合ったうえで、それでも希望を見出していきたい」という問いに対するひとつの答えとして、ラストシーンを見ていただけたらうれしいですね。
シナリオの作りかた ケース2:どうせ最後はハッピーエンドだから「ちょっとだけ我慢してね」
──Tsumuさんは、シナリオにおける「絶望」をどう捉えていますか?
Tsumu氏:
自分の場合、絶望や苦境は「最後のひとつ前ぐらいの盛り上がりに持っていきたい」と思っています。
キャラクターがなにかを変えようと歩んでいくうちに、課題がだんだん襲いかかってくる。その脅威がマックスになるのが、物語が終わる少し前。「全体が100だとしたら、絶望をおくとしたらこの辺かな」と、全体の構成を逆算して設計するタイプですね。
──それは、キャラクターを魅力的に見せる「演出」として、苦境を盛り込んでいるということでしょうか?
Tsumu氏:
もちろんテクニックとしても使っていますが、それ以上に自分が一番気持ちいいタイミングがそうだという好みの部分が大きいです。
なので自分の中で自然とそれくらいになってしまうんだと思います。
──先ほど藤代さんからは「乗り越えるところを見せてくれ!」というお話がありましたが、Tsumuさんは執筆中、どんな気持ちでキャラクターに向き合われているんでしょうか?
Tsumu氏:
藤代さんの話の延長線で言うと、自分はもう少し「冷めた目」で見ていますね。
どうせ最後にはハッピーエンドになるので、キャラクターに対しては「最後を盛り上げるためだから、ちょっとだけ我慢してね」くらいの感覚で書いています。
──では、その「最後を盛り上げるための絶望」として、Tsumuさんご自身はシナリオでどのような苦難を描くことが多いのでしょうか?
Tsumu氏:
私は「過去の後悔」の話ばかり書いているんです。おそらく手がけた全てのキャラクターがそうで、見て見ぬ振りをしていたことが、手遅れの状態になってからやってくる。基本的に自分が後ろ向きな人間なので、そういった部分が反映されているのかもしれません。
ただ、アルドの仲間たちにはみな強くあってほしいので、そんなときには私のように逃避するのではなく「対抗」を選びます。けれど、どんなに強いキャラクターでも押しつぶされそうになる瞬間や、そこから絞り出されるたったひとつの言葉があるんですよね。
強いキャラクターたちがギリギリの状況でふと見せる、か弱い瞬間。それを集めるために、今も書き続けているのかもしれません。
──Tsumuさんの個性が一番出ているシナリオ、読者にとくに味わってほしいポイントがあれば教えてください。
Tsumu氏:
自分は大きくわけて「大人が過去の後悔を思い出す話」か「かわいい女の子が大変な目に遭うのをアルドが支える話」の2パターンしか書いていないんです。
先ほど挙げさせていただいた2作品は後者ですね。大変な目に遭いながらも、かわいい女の子ががんばる姿を見てもらえれば、私は幸せです。
シナリオの作りかた ケース3:「もっとがんばれ!」と号泣しながら崖の上から石を投げる
──本多さんは、シナリオにおける「絶望」をどう捉えていらっしゃいますか?
本多氏:
私としては、キャラクターを「血の通った人間」として見てほしいのがあります。
ひとりひとりに背景や事情があり、壁を乗り越えて変わっていく。その心情の変化や成長を描くうえで、人間の本質が一番現れるのは「本当に辛い苦境に立った時」だと思うんですよ。
だから「葛藤を経て、壁を乗り越えてほしい」という気持ちで、彼らに苦境を与えています。そうやって崖を登ってくるキャラクターに、私は魅力を感じるんです。
──なるほど。では実際に、キャラクターに苦境を与えるシーンを書いているとき、本多さん自身はどんな気持ちでキーボードに向かっているんでしょう。
本多氏:
藤代さんと一緒ですね。「もっとがんばれ!」と思いながら、崖の上から石を投げています。
そこに至る過程で、すでにキャラクターに感情移入しちゃっているので、書いている私自身も辛すぎて涙ぐんでしまうことがあるくらいです。
ただ、私の中には心がふたつありまして……。書いている時は親心で「がんばれ」と泣いているんですけど、書き終わった瞬間に「うまい絶望書けたな」とガッツポーズしている自分がいるんですよ。感情移入する自分と、ライターとしての俯瞰視点が同居している感覚です。
──そんな本多さんが、ご自身の担当作のなかで「ここをぜひ味わってほしい」と思うポイントを教えてください。
本多氏:
やはり外典「八千夜の咎とまつろわぬ刃」ですね。「せっかくならまったく新しいものを書きたい」という思いから、主人公が運命に揉まれながら成長していく、ある意味ジャンプ漫画みたいな熱い展開にしたんですが……その過程で、いたいけな少年主人公を絶望の底に落としました。別にそういう趣味ではないんですが(笑)。
人によっては「かなりきつい」と思われた方もいるかもしれません。絶望のグラデーションで言えば、5段階中マックスの「5」です。3話と4話の間は「みんな大丈夫かな……ごめんなさい」と思っていましたから。
でも、最後までついて来てくださった方には「それに見合った結末はちゃんと責任もって用意します」という気持ちで書きました。
シナリオの作りかた ケース4:苦しみを与えて愛を見つけさせる。死や挫折も生きた証
──七崎さんは、シナリオにおける「絶望」をどう捉えていますか?
七崎氏:
これは私自身の「人生の哲学」みたいなものなんですが、生きているということは、つねに「痛み」とともにあると思っています。
そして、その痛みを癒せるのは「愛」だと考えています。友愛でも家族愛でも、自己愛でもいい。その愛を見つけるために、まず苦しみを与え、そこでキャラクターがどんな形の愛を見つけるかを考えて組み立てていくのが私のやりかたです。
多くの物語の中では、夢や目標を叶えることがゴールとして設定されていますが、死や別れ、失敗や挫折で終わることも、現実の人生では当たり前にありますよね。
そういったものがネガティブに扱われることに、私はずっと違和感を覚えていて。良いことも悪いことも、その人が生きた証として肯定したいという願いを、シナリオに盛り込むことが多いです。
──ふむふむ。その哲学は、ゲーム内の表現としてどう落とし込まれているのでしょうか?
七崎氏:
私がボイスの台本を書く時に一番力を入れるのは「キャラクターの死亡ボイス」でして。
死の間際や苦境に立たされた時、その人が何を思うか。未練か、誰かに向けた愛情か。それを描いてあげることで、同じように苦しんでいる方の救いになったらいいなと思いながら書いています。
──執筆中は、どんな気持ちでその苦境を描いているんですか?
七崎氏:
愛を持って送り出しています。ただ、他の方と違う点があるとすれば、私はそのキャラクターになりきって書きます。
ですので、執筆中は私という存在は消えます。「キャラクターが喋っている」状態ですね。それもあって鬱状態のキャラを書くと、私自身が心を病むこともあります。
──そんな七崎さんが描かれてきた担当作のなかで、いま読者にぜひ味わってほしい1本を挙げるとしたら、どのシナリオになりますか?
七崎氏:
外伝「螺旋の記憶と原初の旋律」シリーズでしょうか。
この外伝では、チェリカというNPCの女の子が一緒についてくるのですが、彼女は特別な力はおろか、戦うための力すら持っていません。私たちと同じ何も特別じゃない一般人がアルドたちみたいな「世界を変えるほどの強い力を持った人々」と一緒にいたらどうなるのかを描いています。
チェリカは「自分は誰にも必要とされていないのではないか?」という無力感、孤独感を常に抱えているのですが、これは現実を生きる私たちも一度は感じたことがある「絶望」なのではないでしょうか? 螺旋外伝はそんな私たちのための物語です。是非プレイしていただきたいですね。

──チェリカの抱える孤独は、ファンタジーの絶望ではなく、現実の私たちが感じる絶望と地続きになっている、と。
七崎氏:
あと……これは平澤さんの提案だったのですが、物語の進行によって世界を滅ぼした結果、マップ移動やアナザーダンジョンの挑戦に制限が入る展開になりまして。これは別の意味でも、ユーザーさんを絶望に陥れたのではないかと(笑)。
平澤氏:
あの外伝ではディレクターを兼任していたので、ゲームの中身にもだいぶ入らせてもらったんです。そこで「滅ぼすんなら、ちゃんと滅ぼしちゃおう」と。私が言い出すと上に止める人がいないんで、やっちゃいました(笑)。
バッドエンドでは終わらせない。物語の最後には救いを用意するのが『アナザーエデン』らしさ
──四者四様のシナリオの作りかた、聞いていてとても興味深かったです。ちなみに、こうやって濃い作品を描いているシナリオチームのことを、プロデューサーである平澤さんはどんなふうに見ていらっしゃるんでしょうか。
平澤氏:
そこに関しては、もうみなさんを信じて任せていますね。
9年間で膨大なシナリオが生まれましたが、『アナザーエデン』って最後はすごく後味がいいお話が多いんですよ。
絶望して終わるようなバッドエンドはあまりなくて、「冒険して、戦って、勝ってよかったね」という救いがある。みんながその「アナデンらしさ」をきっちり守ってくれています。
結末で物語を「上げる」ためには、どこかで一度「落とす」必要があります。だからこそ、企画段階で「この話ならどのライターがあうか」を決めたら、あとは「よきように落として、上げてくれ」と。
──RPGとしてのカタルシス作りを、チーム全体が理解していると。
平澤氏:
ええ。RPGには必ず「敵を倒すフェーズ」が入ります。そこに向かうための「戦う理由」や「剣を抜く理由」を、みなさんものすごく熱く盛り上げてくれます。
だからこそ、プロデューサーとしては「大きなテーマ」だけを渡して、具体的な流れはお任せできるんです。
──そうした具体的なシナリオの執筆や分担は、どのように行われているのでしょうか。
藤代氏:
外伝をはじめ大型のコンテンツに関しては、「メインライター」という形で、全体を考える人間が必ずひとりはいます。
最近は大型のシナリオの場合、そこにサポートのメンバーを入れることがあって。サポート担当が場合によっては本編の一部を書いたり、登場するキャラクターのキャラクタークエストを執筆したりといった分担をしています。
──そうした執筆体制で進めるにあたって、そもそも出発点となるお話のテーマは、どのように決めているのですか?
平澤氏:
基本的には企画のメンバーやディレクターも含めてテーマを話し合いますし、「こういうお話がやりたい」とシナリオ班から上がってきたアイデアを計画へ当て込んでいくパターンもあります。
ただ、そういった運用計画の全体的な枠組みは、私のほうで決めている部分ですね。
とくに今回は、9周年から連載形式で進めていき、10周年を迎えるという重要なタイミングでした。ある意味で『アナザーエデン』の中期的なロードマップにはめていく形になるため、そこは私が主導して決めています。
開発には時間がかかるため、かなり先々まで予定は組んであります。まあ、予定は狂うものでもあるのですが(笑)。
──予定は狂うもの(笑)。ゲーム開発の宿命ですね。実際のところ、実装のどれくらい前から企画はスタートしているのですか?
七崎氏:
1年ぐらい前から動くこともありますね。
藤代氏:
早ければ半年ということもありますが、少なくともそれぐらいの期間は確実に見ているはずです。
初期の企画段階にけっこうな時間をかけることがあります。最初の企画書を作るのに、1ヵ月以上かけるなんてこともありますから。
平澤氏:
そこは本当に、みんなスタイルが違うんですよ。私のところに企画をもってくる段階で2行ぐらいしかテキストを書いてこない人もいますから。どこに時間をかけているかは、人によってバラバラだなと思います。







