意識したのは「ひと目で魔法だとわかるようにする」こと。ピクトグラム化することで残ったのは「杖」と「星」と「魔女の帽子」だった
──「新伝奇」と「魔法」がテーマとのことですが、ビジュアルがユーザーに与える影響は非常に大きいと思います。このふたつの要素を表現するうえで、こだわった点はありますか。
キム氏:
先に決まったのは「魔法」のほうでした。魔法というのはジャンルとして昔からずっとある王道のテーマですよね。だからこそ、これをどうやったらもっと新鮮に、新しく感じさせられるのかをすごく悩みました。
でも深掘りして考えていくうちに、すでに完成されているとてもいい状態のものを無理に新しくしようとすればするほど、本来のよさがどんどん失われていくことに気づいたんです。
だからいろいろと議論した結果、魔法で考えられる「一番いいシーン」「一番いい画面」のイメージは、そのまま取り入れるのがベストだという結論に至りました。
ただ、完全にそのまま使うというわけではなくて、表現の構造になにかしらの「新しさ」は入れたいと考えました。そこで意識したのが「ひと目で魔法だとわかるようにする」という点です。
──具体的には、どのように?
キム氏:
本作で魔法を表現する時は、まず「十字パーティクル」というエフェクトが出ます。
これはどの魔法でも共通なんですが、そこから火の魔法、氷の魔法といった固有の表現に派生していく。入口は誰もが「魔法だ」とイメージできる共通の表現にして、そこからそれぞれの個性を出せるようにしました。
つまり、新しいものを作ることにこだわらない。「誰が見ても魔法使いだ」とわかるアイコンはそのまま持っていく。新しさを出すために王道のよさを消してしまうのは、本末転倒ですから。
──「誰が見ても魔法使いのものだとわかる」要素は、どうやって選んでいるのでしょうか。
キム氏:
私がデザインを考える時によくやる手法なんですが、キーワードを表現する時に、まずはそれを徹底的に単純化して「最後になにが残るか」を考えるんです。そこでよくやるのが、ピクトグラムを描いてみることですね。
ピクトグラムって、その言葉のシンボルだけをすごく簡潔に描いたビジュアルじゃないですか。それでいくと、魔法をピクトグラム化して残るのって、やっぱり杖とか、星とか、魔女の帽子あたりになるんですよ。
それらのなにがいいかって、「人の記憶に一番深く残っている印象」そのものなんですよね。結局それが一番いいところなので、シンプルにピクトグラムとして残してあげるのが、一番強いシンボルになる。
たとえば、最初に公開した3人のキャラクターのビジュアルも、魔女のローブのシルエットをそのまま活かして表現しているんです。
──では、もうひとつのテーマである「新伝奇」のほうはどう扱ったのでしょうか。
キム氏:
新伝奇へのアプローチも基本的には同じです。
私たちが考える新伝奇とは、明るい昼の世界で日常を生きる普通の主人公が、夜になると神秘的な裏の世界に足を踏み入れ、そこで未知の体験をし、自らの経験をもとに困難を乗り越えていく……そういったものだと捉えています。
その要素を解体、分解していったとき、最終的に残るのはシルエットだと思いました。昼と夜、表と裏……要は光と影のコントラストなんです。だから白と黒、ふたつのトーンだけで表現する。
全部を分解したときになにが残るのか。残ったものをどうシンプルに表現するか。考える順番はいつもそれだけです。
「新伝奇」と「魔法」をテーマにしている以上、日本と東京は欠かすことのできない舞台だった
──舞台に「’89年の東京」を選んだ理由を教えてください。
キム氏:
「新伝奇」と「魔法」をテーマにしている以上、日本、そして東京という場所は欠かすことのできない舞台だと考えました。
時代設定については、前作で近未来的なビジュアルを十分に描いてきたこともあり、今回は新たな試みとして雰囲気を一新し、「ノスタルジー」を扱ってみたいという思いがありました。
その方向性が、一緒に制作に携わっているメンバーとも一致したことから、現在の時代設定と舞台を採用することになったんです。
──ただ、ノスタルジーを扱うのであれば、「’89年」以外にも選択肢があったかと思います。なぜあえてこの時代なのでしょうか?
キム氏:
じつは、この「’89年」というキーワードを設定したのはシナリオディレクターなんです。そこにどんな意図が隠されているのかは私からはお答えできません。もし今後お話しする機会があれば、その時に語られると思います。
アートの観点から言えば、’89年というピンポイントの年にこだわりがあるわけではありません。私としては、昭和の末から平成の頭あたり、あの時代の空気そのものが「ノスタルジー」だという意味で、その雰囲気が出るようにビジュアルで表現しています。
──厳密な「’89年」の再現というより、あの頃の空気感、ということですね。
キム氏:
ええ。たとえば、本作の主人公である主任の机を描いた絵を見ていただきたいのですが、ここに置かれている小物がすべて’89年に存在したものかというと、そうではないんです。それより前の時代に流行ったものもあれば、もう少し後のものも混ざっています。
私たちが思う「あの頃のいい時代」というイメージがあって、それをビジュアルで表現しているんです。それをこの机の上にギュッと詰め込んでいます。

──なるほど。単なる時代再現ではなく、時代を超えて「いい」と思えるものを描こうとしているのですね。
キム氏:
そうですね。「時代の流れを経ても変わらない“クラシック”とはなんだろう」と、常に問い続けています。
どの時代にも爆発的に流行るものはありますが、そうした流行りは、少し時間が経つと人々の記憶から消えてしまう。追いかけたところで、結局は流行をなぞっているだけになってしまいます。
一方で、時間の流れに影響されず、いつ見ても「いい」と思えるものがあります。それはやはり「人の手で作られたもの」だと思うんです。先ほどもお話ししたように、人が描いたからこそ線が綺麗すぎない、そこに味やよさが生まれる。人はそこに「いいな」と感じるのだと思います。
──そうした「’89年の東京」を描くうえで、どのようなリサーチやアプローチを重ねたのでしょうか。
キム氏:
『アストラエ・オラティオ』に登場するレインボーブリッジや東京タワーといった、現実の東京にも存在するランドマークや地域については、より解像度の高い表現を目指してすべて現地取材を行っています。
シナリオチームや背景原画チームのみなさんにもご尽力いただきましたし、私自身も、物語の中心的な舞台となる港区には何度か足を運び、徒歩でじっくり取材を行いました。
9月の東京ゲームショウとクローズドβテストでは「ゲームシステム」や「実際にプレイしての魅力」をお見せできる予定
──リリース前にアートブックを出すというのは、なかなか珍しい試みだと思います。どのような経緯があったのでしょうか。
キム氏:
先ほども少しお話ししましたが、このアートブックはもともと、開発チームの内外で一緒に制作に携わってくださる方々と「作品に対する認識やイメージを共有する」ためのガイドブックだったんです。
しかし、いざ本格的なティザー展開を迎えるにあたり、この魅力を内部だけに留めるのではなく、これから『アストラエ・オラティオ』を追いかけてくださるファンのみなさんにもお届けしたいと思い、ご用意することにしました。
映画でたとえるなら、このアートブックは「パンフレット」のような位置づけです。ゲーム本編に触れる前に目を通していただくことで、本編をより深く楽しめるようになると思っています。
アートブックでしか知ることのできない各キャラクターの設定にまつわる裏話や、デザイン、設計に込めたこだわりや魅力がたくさん詰まっていますので、ぜひ隅々までご覧いただければと思います。
──コミケは、すでにファンがいる作品が熱を深める側面が強い場だと思います。リリース前の作品として、あえてこの場に出展する狙いはどこにありますか。
キム氏:
オフラインイベントとしては、今回が私たちにとっての「最初の一歩」になります。
だからこそ、これから本作がなにを目指していくのかを象徴的にお伝えできる場になると考えました。言葉だけでなく、実際に本を手に取り、読み、体験していただくことを通して、みなさんとコミュニケーションをとることができれば嬉しいです。
──この出展を「最初の一歩」とするなら、次に読者へ見せたい「二歩目」、そして今後の注目ポイントを教えてください。
キム氏:
コミケではアートやビジュアルを中心にお届けしましたが、続く9月の東京ゲームショウ(TGS)や今後のクローズドβテストではさらに一歩踏み込み、「ゲームシステム」や「実際にプレイしての魅力」をお見せできる予定です。
そしてなにより注目していただきたいのは、私たちが作っているのがパッケージゲームのような完結した作品ではなく、「リリースからさらに連載していく作品」だという点です。
連載漫画やアニメのファンが「次の展開」を期待して待つように、長期的に楽しんでいただける仕掛けをたくさん準備しています。
──最後に、日本のユーザーへ向けたメッセージをお願いします。
キム氏:
本作に携わるスタッフ一同、みなさんにお届けできる日に向けて全力で開発に取り組んでいます。
私自身、開発者である以前にひとりのファンとして、本作は心躍るビジュアルと物語にあふれたプロジェクトだと感じています。この魅力や楽しさを、みなさんと一緒に分かちあえる日が来ることを心から楽しみにしています。
(了)








