コミックマーケット108でアートブックをお披露目し、8月19日からはクローズドβテストの参加者募集を開始。そして9月の東京ゲームショウでは、ゲームシステムを公開する──。
’89年の東京を舞台に「新伝奇」と「魔法」をテーマに掲げるDynamis Oneの新作『アストラエ・オラティオ』が、いよいよ本格的に動き始めている。
ただ、本作がこれまで公開してきたものの多くは、キャラクターとその世界観を伝えるビジュアルである。そのアートを統括しているのが、キム・イン(hwansang)氏だ。
作品全体のビジュアルの方向性を定め、キャラクターデザインの土台を設計し、イラストレーターのDoReMi氏とともに本作のビジュアルを作り上げている。
今回はそのキム氏に、コミケ出展にあわせて話をうかがうことができた。
いまだ謎に包まれている部分が多い『アストラエ・オラティオ』。そもそもリリース前にアートブックを出すというのも、なかなか珍しい試みである。
その表紙を描いたのはDoReMi氏、仕上げを担当したのがキム氏だ。作業に入る前、DoReMi氏からはこんな注文があったのだという。
「仕上げる際に、あまり綺麗に整理しすぎないでほしい」
人が手で描いた線は、そこまで綺麗ではないかもしれない。それでも、あえて残してほしいというのだ。デジタルなら画面を拡大して、いくらでも線を整えられる。しかし、あえてやらない。
どうやらこの「綺麗すぎない」ことこそ、本作のアートが大事にしているものらしいのだ。
なぜ、いまわざわざ「綺麗すぎない絵」なのか。本作が描こうとしている’89年の東京とは、どのようなものなのか。ぜひ確かめていただきたい。
取材・文/竹中プレジデント
目指すのは「’89年の東京で暮らすキャラクター」を描くこと。着せ替え機能で、制服以外の日常のファッションを楽しめるように
──本日はよろしくお願いします。取材会場では『アストラエ・オラティオ』に登場するキャラクターたち(パネル)にお迎えいただいているのですが……。
──「人形」というキャラクターの衣装が、とんでもない透けかたをしていて驚いています(笑)。
キム氏:
そこに至るまで、DoReMiさんといろいろなやりとりがあったのですが……詳細をお話するのは難しいです。どのようにしてこの衣装が生まれたのかは、みなさんのご想像にお任せします(笑)。
──なるほど(笑)。6月に公開された「キャラクター紹介PV」では着せ替え機能らしきシーンもありましたが、こういった衣装も「着せ替え」という形で楽しめるのかは気になるところです。
キム氏:
はい、着せ替え機能は入る予定です。というのも、私たちが本作で目指しているのは、「大都市(’89年東京)で暮らすキャラクターを描くこと」なんです。
実際に東京に住んでいる学生たちって、毎日ずっと制服ばかりを着ているわけではありませんよね。私服も含めていろんな服を着ている。だからこそ、そういった日常のファッションを実際のゲーム内でも楽しめるようにしています。
──同じPVには「スクール水着」も登場していました。日本を舞台にした世界を作るなかで、こうした日本ならではの色が強い衣装は、どんな狙いでデザインしたのですか。
キム氏:
特別な哲学があって意図的にそうしているというよりは、「新伝奇」「魔法」「美少女もの」といった作品を楽しんできたファンの方々にとって、直感的に理解しやすく、王道の魅力として感じてもらえる要素を届けようとする過程で、自然と現在の形に落ち着いていった部分が大きいと思います。
また、特定の誰かひとりの個性を強く反映したというよりも、一緒に制作しているメンバーそれぞれの多様な好みや、「ここがいい」と感じるポイントを取り入れていくなかで、それらが心地よいバランスに磨き上げられていったのだと思います。
──アートディレクターを担当されるキムさんは、本作に登場するキャラクターをデザインする段階で、なにを大事にしているのでしょうか。
キム氏:
たとえば、ピクトグラムやカラーパレットだけにするなど、「極限まで情報を削ぎ落とした状態」でも、そのキャラクターらしさや個性がきちんと残っているか、という点をとくに意識しています。
えりんの場合は、ピンクの髪とアホ毛、左右に分けた三つ編みというシンプルな基本シルエットを固定し、そこにローブを組み合わせることで魔法使いらしいシルエットを表現しようとしました。
【特区庁広報課からのご案内】
— 【公式】アストラエ・オラティオ (@Asora_JP) June 9, 2026
キャラクター紹介 – 田中えりん
「あたし、もしかして主任さんに期待されてるのかな?」
日本で生まれ育った庶民の中学生。日本人。
母がアイルランド系のため、見た目は完全に西洋人だが、実際は普通の日本の庶民である。(ちなみに英語は全くできない)… pic.twitter.com/f3Y3p4jNnj
──逆に、無意識に入ってしまう作画のクセのようなものはありますか?
キム氏:
自分自身の作画のクセとして、女の子を描いていても、なぜかスタイリッシュな方向に寄ったり、どこか少年っぽい印象になったりすることがあるんです。
その後、DoReMiさんに引き継いでデザインを整理していただくなかで、女の子らしい魅力も加えてもらい、結果としてバランスの取れたキャラクターに仕上がったことを、とてもありがたく感じています。
逆に、DoReMiさんがあまりにも女の子の可愛らしさに寄りすぎてしまった時は、自分が「ちょっとカッコよさ、スタイリッシュさを入れるのはどうですか」と提案するんです。そうやって、お互いにバランスをとっています。
──現時点で10名を超えるキャラクターが発表されていますが、今後さらに増えていくのも楽しみです。
キム氏:
リリース時に登場するキャラクター数も多いのですが、サービス開始後に登場するキャラクターも並行して準備しているので、あわせるとかなりのボリュームになると思います。
私は本作を、たとえば「長期連載する漫画」のような感覚で作っているんです。長く連載を続けていくためのストーリー展開や、各人物の関係性など、先を見据えた設計を今まさに進めているところです。
DoReMiさんのお願いは「あまり綺麗に整理しすぎないでほしい」。人の手で描いた線の不揃いさを、あえて残す
──『アストラエ・オラティオ』のビジュアルをひと言で表すと、どんな言葉になりますか。
キム氏:
コンセプトとしては、「魔法少女たちとともに、非日常との境界で味わう特別な体験と、ノスタルジックな東京が持つ心地よい空気感を届ける」というものになるかと思います。
ビジュアルについては、「記憶の中にある“よさ”のエッセンスを、現代のトレンドにあわせて再構築する」という考えかたを大切にしています。
──その「記憶の中にある“よさ”」や「ノスタルジックな心地よさ」というのは、どういったものなのでしょうか。
キム氏:
まず「ノスタルジー」というのは、少しアイロニー(皮肉)的な側面があるんです。その時代を直接体験した人は、当時のことを手放しで「よかった」とは思わない。そういうところもある気がします。
だからこそ、その時代の「よさ」をクリエイターとして創作物に落とし込めるのは、逆に「その時代を体験していない人」なんじゃないかと。当事者ではないからこそ、魅力的な部分を引き出せると思っています。
──体験していないからこそ引き出せる、というのはおもしろい見方ですね。
キム氏:
ただ、80年代、90年代、2000年代と、それぞれの時代を再現しようとしても、そのまま持ってきてしまうと逆にダサいというか、古くさく感じられてしまうんですね。
では、それをどうしたら今のトレンドにあうものにできるのか。一緒に作っている仲間たちと話しあって出した結論が、「当時の魅力の一番いいところだけを取り入れる」ということだったんです。
その時代を代表する素晴らしい作家さんがいたとして、その作家さんの作風をそのまま再現するのではなくて、もっとも魅力的な「エッセンス」だけを抜き出して、現代のトレンドに落とし込む。それが一番いい形になると思いました。
──その抜き出すべき「エッセンス」というのは?
キム氏:
自分はイラストを描く人間なので、その視点から考えると……あのときと今の違い、そして当時のよさというのは「質感(テクスチャ)」だと思うんですね。
たとえば、現在の映画作品のほとんどがデジタルカメラで撮影されています。でも、昔はフィルムで撮っていた。その質感は、いまの映像とは違う。
それはアナログでしか表現できない、規則性のないもの。つまり、今のトレンドにはない「味」というか「よさ」というのは、そういった質感なんです。
──それは、実際の制作のなかでどのように意識されているのでしょうか。
キム氏:
今回のコミケで出したこのアートブックの表紙は、本作で一緒にアートを手掛けているDoReMiさんが描いてくれたんです。
私がその仕上げを担当するとき、DoReMiさんから「これだけは守ってほしい」と言われたことがありました。それは「仕上げる際に、あまり綺麗に整理しすぎないでほしい」ということだったんです。
人が手で描いた線だから、そこまで綺麗じゃないかもしれない。でも、あえてそれを残してほしいと。
昔はそれが当たり前だったんですが、その綺麗すぎない部分にこそ「その時代のよさ」が詰まっていると自分も思っていて。その空気感をなるべく維持していこうという考えで制作しています。
──ただ、デジタルだと綺麗に描こうと思えば描けてしまいますよね。
キム氏:
そうなんです。画面を拡大して描くこともできるので、どうしても綺麗に整えてしまいたくなる。でも、あえてそれをしないんです。ツール自体はデジタルを使っているけれど、本当にアナログで描いたような質感で表現する。それを目指しています。
アナログの絵の具は重ねると暗くなり、デジタルは明るくなる。だからデジタル環境でも、あえてアナログの色の配合を守る
──そのビジュアルの方向性は、すんなり固まったのでしょうか。それとも難産でしたか。
キム氏:
ビジュアルの方向性を決めるところまでは、比較的スムーズでした。長く協業してきたメンバーなので、お互いが求めているものへの理解が深く、スピード感を持って進めることができたと思います。
一方で難しかったのは、方向性を決めた後、それをどこまで深く掘り下げて「作品の根幹となる部分」まで設計するかという点でした。
それぞれが持つアイデアを、新たな世界観のなかで軸をブレさせることなく、整合性を保ちながら落とし込んでいく。その土台づくりにはかなり時間をかけましたね。
──その軸をブレさせないために、チームづくりや制作の進めかたで意識したことはありますか。
キム氏:
プロダクションの初期段階で、マスト要素やNG要素をはじめとする基本的なビジュアルルールを整備しました。誰もがひと目で把握できる、いわば作品における「憲法」のようなものです。
じつは、そうした取り組みの延長線上にあるのが、今回コミックマーケットでお披露目したアートブックなんですよ。もともとは、開発内部のガイドやマニュアルとして機能するアートブックを作ろうというところから発展したものでして。
こうしてガイドラインを目に見える形で整理できたことは、プロダクションを進めるうえで大きな助けになったと感じています。
──その「マスト要素」と「NG要素」というのは、どういった内容なのでしょうか。
キム氏:
たとえば、アナログの絵の具って、色を重ねるほど暗くなりますよね。でも、デジタルの色は、重ねるほど明るくなるんです。
だからこそ、デジタル環境であえて「アナログの絵の具のような色の配合」を意識するのがマストの要素としてあります。
また、デジタルには画面上でしか出せない「極限まで明るい色」や「極限まで暗い黒」が存在します。でも、それを紙に印刷しようとしても、その色は出ないんですよ。だからこそ、そうしたデジタル特有の極端な色はNGにして使わないようにしています。
──徹底して「アナログ感」や「レトロな質感」を追求されているのですね。
キム氏:
今のお話だと「アナログ」や「レトロ」を強調しているように聞こえるかもしれませんが、実際の作業においてこれを絶対的な縛りとしているわけではないんです。あくまで「目指している方向性のひとつ」くらいに思っていただければと。
──なるほど。その「方向性」というのは、アートのどのような部分に表れているのでしょうか?
キム氏:
たとえばこの紙袋(下記の写真)に描かれているイラストですが、デジタルの「真っ白」は使っていません。少しグレーとアイボリーが混ざったような、自然な色合いにしています。昔の映画館のポスターのような表現ですね。
また、イラストの中央に描かれている十字のエフェクトも手描きなんです。デジタルツールで生成するのではなく、手描きすることで特有の「味」を出しています。
──色使いやエフェクトの手描きなど、細部にまで「味」を出すための工夫が散りばめられているんですね。
キム氏:
ええ。また、明暗のコントラストについてもぜひ注目していただきたいです。
たとえばデジタルカメラで撮ると、細部のディテールまで全部綺麗に写ってしまいますよね。でも、全体で見ると情報量が多すぎて、逆にディテールが死んでしまうんです。
一方で昔のフィルムカメラは、暗いところは細かく描写されずに黒く潰れます。でも、そこが暗く沈むからこそ、逆に明るいところがパッと目立つんです。本作のビジュアルを作る際、そうした「フィルムカメラで撮ったような感覚」を表現しようとしました。
──いまの若い世代がスマホではなく、あえて昔のカメラで撮影することを「エモい」と表現しますよね。あの感覚に近いのでしょうか。
キム氏:
おっしゃる通りです。韓国でも若い子たちが「わざと画質の荒い昔のカメラで撮るほうが味が出る、かっこいい」と感じているんです。私たちが目指しているのも、おそらく同じ感覚ですね。












