ゲームボーイは「家庭用ゲーム機」か?
そして1989年春には、任天堂の「ゲームボーイ」が登場している。日本のビデオゲームにおける「コンシューマー」の意味合いの変化を決定的にしたのは、このゲームボーイだと考えられる。
ゲームボーイは改めて言うまでもなく、ソフト交換式の携帯型ビデオゲーム機の市場を一気に開花させた。一方で、家庭に“設置”するわけでも、またテレビに接続するわけでもないため、「家庭用(テレビ)ゲーム機」という、それまでアーケードのビデオゲーム機と対比して使われていた表現には、いまひとつなじまなかった。かといって、「電子ゲーム機」をあてるには「ゲーム&ウオッチ」などと性能差が大きく、やはりそぐわない。だいいち、ファミコンとゲームボーイとで、製造・開発・販売といった形で市場に参加する企業がほぼ共通していたのは、疑いの余地がなかった。
結果としてゲームボーイや、その後を追ったセガの「ゲームギア」などは、ビデオゲーム産業や市場を俯瞰的に見る場合には家庭用ゲーム機の範疇に入り、もう少し細かく見る場合には「携帯(型・用)ゲーム機」として、ファミコンなどの「据置(型・用)ゲーム機」とは区別される図式が成立した。とはいえ、「据置型ゲーム機」という言葉はいかにもレトロニムで、“後付け”の印象がぬぐえなかったのだろう。プレイヤーたちの間では、多くの場面で「家庭用ゲーム機」が据置型ゲーム機の意味として使われ続けた。
このことは、冒頭に挙げた『ゲーム用語事典』『2001-2002年版ゲーム業界用語辞典』『最新ゲーム用語事典』でも確認できる。これらの中で、たとえば「ファミリーコンピュータ」や「メガドライブ」などの語釈を見てみると、「○○が発売した家庭用ゲーム機。」のような文章で始まるのがほぼ定型になっていて、「据置(型・用)ゲーム機」という言葉は見当たらない。その一方で、「ゲームボーイ」「ゲームギア」の語釈の冒頭部分にはおおむね「携帯ゲーム機」が使われている【※】。
※『ゲーム用語事典』では、「ゲームボーイ」は「ハンディー型家庭用ゲーム機」、「ゲームギア」は「ハンディーゲーム機」となっている。
このような事情で、携帯型と据置型の双方を包括する“個人・家庭向けビデオゲーム機”を指す言葉が、「家庭用ゲーム機」とは別にあったほうが、都合のいい局面が出てくることになった。ここにうまくあてはまったのが、「コンシューマー」だったわけだ。
「家庭用ゲーム機」「コンシューマー」「コンソール」、それぞれの“弱点”
こうして“個人・家庭向けビデオゲーム機”の意味へと変化を遂げた「コンシューマー」は、1990年代に徐々に認知を広げていった。たとえばマニア向けのアーケードゲーム雑誌『ゲーメスト』では1992年6月号から、「たまにゃー家でゲームをやりたいアーケード野郎のためのコンシューマースポット、略して…コンスポ」【※】が連載されている。
※開始当初は、この長い題名がそのまま目次にも掲載されていた。
またほぼ同時期、日経流通新聞の1992年5月21日付紙面では、セガが関西支店にゲームの開発拠点を設けたことが報じられており、この中に「まず家庭用テレビゲーム機(コンシューマー)関連の開発部隊を配置」とある。これはおそらく、プレスリリースからの引き写しだろう。実は同じころ、メガドライブとDOS/Vパソコンを合体させた「テラドライブ」関連の事業を、コンシューマー部門が担っていたことがわかる報道もある。しかしそんなセガにおいてですら、「コンシューマー」を「家庭用テレビゲーム機(携帯型も含む)」と同じ意味で使っても、さして問題なくなっていたことがうかがえる。
その後、アーケード業界誌の『アミューズメント産業』1994年1月号に「コンシューマ業界に“第2次ハード戦争”始まる」と題した記事が掲載される。これら業界誌や経済誌などでも、次第に“個人・家庭向けビデオゲーム機”の意味での「コンシューマー」の使用例が見られるようになっていく。
ところで、冒頭にも触れたとおり、日本でいう「コンシューマーゲーム」に相当する英語は「console game」だ。「console」には、機械類の制御盤という意味がある。「ホームポン」など初期の家庭用ビデオゲーム機で、本体天面にスイッチやツマミを並べるスタイルが主流だったこともあって、英語圏では、家庭用ゲーム機本体が「(video) game console」、あるいは単に「console」と呼ばれるようになっていた。
日本のゲームマニアの間で、これと同じ意味として「コンソール」が広まりだしたのは、インターネットブームによって海外の生の情報が入手しやすくなった、1990年代後半以降だと考えられる。とりわけ、オンラインゲームの人気や、1990年代末から2000年代序盤にかけての据置型ゲーム機の世代交代とXboxの登場により、海外のゲーム事情に改めて注目が集まったことが大きいだろう。
その後、2006年には任天堂がWii向けに、ファミコン、スーパーファミコンなど各社の過去の家庭用ゲーム機向けソフトを復刻配信する「バーチャルコンソール」を開始して話題を呼んだ。もっとも2009年からは、「バーチャルコンソール アーケード」と題してアーケードゲームも配信するようになったため、英語が苦手な向きは少々戸惑ったかもしれない【※】。しかしいずれにしても、最先端のマニア以外にも、“個人・家庭向けビデオゲーム機”の意味での「コンソール」という言葉の認知を広げたと考えていい。
※英語圏では、“アーケードゲーム的・並み”なものを表す名詞としても「arcade」を使う。玩具であれば「toy arcade」など。
すると、「コンシューマー」などの代わりに「コンソール」を使えば万事解決だろうか? いや、そうともいえない。
日本における外来語としての「コンソール」は、自動車なども含め、制御盤の意味での認知が主で【※】、逆にこの言葉だけから最近のゲーム機をイメージするのは、やや難しい。仮に、「コンシューマー」と「コンソール」の一般的な意味は知っているという向きが、「コンシューマーゲーム」や「コンソールゲーム」の字面だけを見たとしよう。“個人・家庭向けビデオゲーム”の理解に到達するのが早いのは、しいて挙げれば「コンシューマーゲーム」のほうではないだろうか。
※辞典類には「壁寄せの置台、またそれを模した家具調のオーディオ機器・テレビ」というような意味が紹介されていることもあるが、若年層の認知は限られるだろう。
このように、ビデオゲームでいう「家庭用ゲーム機」「コンシューマー」「コンソール」は、それぞれに難点があり、どれも万能な表現とは言いがたい。
・「家庭用ゲーム機」:携帯型を含むかどうかで話が変わってくる文脈では、注釈を入れないと紛らわしくなる
・「コンシューマー(ゲーム)」:うかつに「consumer」と英訳してしまうと意味が通じないし、「consumer game」でも別の意味にとられてしまう
・「コンソール(ゲーム)」:ゲームに疎く英語も苦手な人には、意味が推測しにくい
そのため筆者には、どれを使うべき、あるいは使うべきではないなどと主張する意図はない。ただ、どれかひとつだけを使うなら、場面によっては注意や注釈が必要になることを、頭に入れておいたほうがよさそうだ。もちろん、複数を使い分けてもいい。さすがに3種類すべてを使い分ける必要はないだろうが……。
それにしても、三者それぞれに弱点があるというこの構図、古くからの遊びにもある「三すくみ」と同じように見えてくる。ただの偶然といえばそうなのだが、筆者は不思議なおもしろみを感じてしまう。読者の皆さんはどうだろうか。
【この記事を面白い!と思った方へ】
電ファミニコゲーマーでは独立に伴い、読者様からのご支援を募集しております。もしこの記事を気に入っていただき、「お金を払ってもいい」と思われましたら、ご支援いただけますと幸いです。ファンクラブ(世界征服大作戦)には興味がないけど、電ファミを応援したい(記事をもっと作ってほしい)と思っている方もぜひ。
頂いた支援金は電ファミの運営のために使用させていただきます。※クレジットカード / 銀行口座に対応
※クレジットカードにのみ対応
【あわせて読みたい】
「バグ」と「グリッチ」ってどう違うの? それぞれの言葉の広まり方から探ってみたこの「グリッチ」という言葉、近年はビデオゲーム関連でも見かけるようになった。電ファミニコゲーマーでは、タイムアタックなどの”究極を求めるプレイ”を紹介する記事で出くわすことが多く、主に「バグがらみの裏技」のような意味合いで使われている。
ビデオゲームにまつわる言葉としては古株の「バグ」と、新しい印象のある「グリッチ」。ではこのふたつはどのように違い、あるいはどう共通しているのだろうか? 今回はこの点を、それぞれの日本での広まりの過程を探りながら、見ていくことにしよう。