現在開催中のオンラインゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2022」3日目にはセッション「復刻できないあのゲームを、合法的にプレイできるようにするために、今できること」が実施された。
本セッションは「残念ながら倒産してしまった会社のゲーム」といった、復刻が難しい作品を合法的にプレイできるようにするための方策を考える目的で行われる。
登壇者は骨董通り法律事務所の弁護士である橋本阿友子氏、NHK放送文化研究のメディア研究部メディア動向主任研究員である大高崇氏、松田特許事務所(事務所)の50Hit.jp(古物商)代表弁理士である松田真氏の3名。
肩書を見ると専門性の高さから腰が引けてしまうかもしれないが、セッションの難易度は甘口となっており、ゲームの保存や復刻にむけて個人が実践できる例も紹介されていた。本記事では、そんなセッションの内容をお伝えしよう。
なぜゲームの復刻や保存の研究をするのか。登壇者3名のモチベーション
まず、登壇者三名によるゲームの保存や復刻に対するモチベーションや動機が紹介された。実例を交えて保存および復刻の意義や効果が語られることで、より本セッションの内容やテーマを現実的に検討できるだろう。
ピアニストとしても活動する弁護士の橋本阿友子氏は、音楽の著作権をはじめとするエンタメ全般に対して法的なアドバイスを業務として行っている。
橋本阿友子氏はゲームが国が保護する文化資本であると考えるものの、絵画や彫刻といった美術作品とは異なり、国からの保護が行われていないことに疑問を感じているという。
そこで、諸外国の施策なども調査しながら日本で生まれたゲームが日本で保護できる仕組みを考えるべく研究を行っている。
NHK放送文化研究所の大高崇氏はNHKの職員として過去の放送番組の活用を研究している。
NHKでは過去の放送番組がアーカイブされているものの、その多くは活用されない死蔵状態にあるという。そのようなデータの活用方法を考えていることから、ゲームも同様の問題意識を共有できると考え、登壇者三人での研究に臨んでいるとのことだ。
特許に纏わる仕事や弁理士、古物商の仕事をしている松田真氏はエポック社のカセットビジョンからゲームに親しむゲーマーだ。同氏のモチベーションは一風変わってゲームや創作物が「150年後の子孫や人類」に鑑賞され、楽しまれてほしいという欲望を原動力に研究に参加しているという。
ゲームと著作権
ゲームの保存や復刻の前提として、橋本阿友子氏によりゲーム作品と著作権について解説された。
ゲームは著作物であるため、復刻したい場合は著作権を持っている人物の許諾が必要である。許諾を得ずに利用すれば著作権を侵害してしまう。
いっぽう、著作権をもっている人物の許諾を取ったり、権利を持っている会社が自ら復元すれば問題はないが、それが望めなければいずれゲームをユーザーがプレイできなくなってしまう。
本セッションではこのゲームがプレイできなくなってしまう問題の対策として、いくつかの解決策が挙げられた。
法律の観点から考えるゲーム復刻策
法的な観点からの復刻策の鍵を握るのは、権利者不明の場合に供託金を支払うことで著作物を使用可能とする「裁定制度」だ。
前述のとおりに著作権をもっている人物から許諾を得る手続きが行えれば復刻を行えるが、許諾を得る手続きは困難なケースが多い。
なぜなら、権利者がだれか不明であったり、権利者の所在が不明であったり、亡くなった権利者の相続人が誰でどこにいるのか不明な場合がが多いからだという。
そこで、「裁定精度」を利用すれば、文化庁長官が権利者の許諾に代わって裁定を下し、著作物が使用可能となるのだ。
さらに松田真氏が調べたところ、ゲームにおける裁定の実例も存在した。
「裁定制度」を利用して実際に復刻された作品は、ファミリーコンピュータ向けに発売された『北斗の拳』と『北斗の拳3 新世紀創造凄拳』であり、2018年に発売された「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ 週刊少年ジャンプ50周年記念バージョン」に収録されている。
著作権を持っているのは現在存在しないゲーム制作会社の株式会社ショウエイシステムだが、裁定申請を行うことで東映アニメーション株式会社が復刻に成功しているのだ。
いっぽう、松田真氏は実際に「裁定制度」にチャレンジを行ったものの、一筋縄ではいかなかったそうだ。困難な理由としては、権利者や権利情報の詳細を辿ることが難航したことだという。
というのも、「裁定制度」で裁定を行うためには定められた方法でリサーチを行う必要があるそうだ。また、通常の使用量に相当する補償金の供託も必要であり、時間や経済的な負担が生じる。
同制度は以前から利用しづらい点を改善してきてはいるものの、未だに万能な制度ではないそうだ。
復刻策その2 国会図書館を利用したゲ―ムのアーカイブと復刻
第2の復刻策は、著作権者の許諾が無くても利用できる「国会図書館(NDL)」を利用したものだ。
著作権法では、学校の授業での利用をはじめとする一定の場合において、許諾なく著作物を利用できる規定がある。「国会図書館」でも許諾なく著作物を利用可能だ。
さらに、国会図書館は出版物を網羅的に収集しており、著作権法31条により絶版の資料は許諾不要でデジタル化し、配信を行えるのだ。
この著作権法31条を踏まえて、松田氏は国会図書館を利用した復刻システムを考案し、紹介した。
たとえば、ゲーム会社が「作品A」をリリースしたのち、リリースした「作品A」が絶版になったとする。作品が絶版になれば、法律上は国会図書館により「作品A」をデジタル配信できる。
しかし、国会図書館により絶版の「作品A」が配信された後にリバイバルや再評価が行われるケースも想像される。その場合は、国会図書館が配信を停止し、ゲーム会社が正式に復刻して配信を再開する。
このような一連のシステムを構築できれば絶版のゲームをユーザーがプレイできる環境を整えながらも、同時に未来の会社の利益を損なうこともなくなるだろう。さらに、ゲームが散逸せず、プレイ可能な状態でアーカイブが可能だ。
なお、ゲーム会社に迷惑がかかればゲーム文化が衰退し、本末転倒である。ゆえに、現状では協議を要するプランだそうだ。
納本制度は2000年より納ゲーム制度に
納本制度とは出版社が国会図書館に本を納める制度であったが、2000年よりパッケージ系電子出版物も対象となり、“納ゲーム”制度にもなった。
納ゲームされた作品は現在と未来のプレイヤーのために国民共有の文化的遺産として永く保存され、国民の知的活動の記録として後世に継承され、ゲームのアーカイブが行えるのだ。
ちなみに、納本は義務化されており、違反すると過料を要求されることとなっているが、実際に過料が課されたケースはないそうだ。
現状の「納ゲーム」制度が抱える問題
松田真氏が7月11日に国会図書館データベースでリサーチを行ったところ、2000年以降は義務化により数々のゲームが納本されているが、1999年以前においてゲームはほとんど納品されていない。つまり、1999年以前の多くの作品は国会図書館への所蔵が行われていないという問題があるのだ。
さらに、納本対象は「パッケージ化されたゲーム」のみが対象であるため、ゲーム機にダウンロードされる更新データやスマホゲームのキャンペーンのデータ、iモード等フィーチャーフォンのゲームは納本されていない。そのため「パッケージ化されていないゲーム」を如何に未来に残していくかが今後の課題だ。
そこで、松田氏はこの課題への対策案を紹介した。
その案はプレイヤーへの更新データのリリース後に、「セキュリティが担保された所定のサーバ」にデータをアップ。その後、国会図書館のサーバへとバッチ処理的にデータが送られる仕組みを用意するというもの。実施には研究や調整、協議が必要だが、こうしていわば“納データ”する仕組みができれば、アーカイブしやすくなるのは間違いないだろう。
登壇者による草の根の活動「寄託部」
登壇者の3人はポケットマネーでゲームを購入し、国会図書館に寄贈する部活動「寄託部」を行っており、現時点で8本の寄贈を行っているという。
なお、国会図書館の寄贈はウイルス対策のため、新品未開封のみを受け付けている。そのため、ファミリーコンピュータ向けに発売された「ボートピア殺人事件」を「寄託部」として寄贈する場合は、800円前後の中古品ではなく、20万円以上の新品未開封品を入手する必要がある。
「寄託部」という部活名の穏やかな印象とは異なり、険しく厳しい部活動になりそうだ。
これからの取り組みと、今できること
本セッションをとおして、合法的な復刻が生み出すメリットと、「裁定制度」と「納本制度」が活躍する可能性が語られた。松田真氏はこれからもプレイヤーとゲーム会社、社会の「三方良し」な復刻方法を引き続き模索し、研究していくそうだ。
最後に、合法的な復刻にむけて個人が「いまできること」として、データを保存すること、ゲームを捨てずに保存機関に託すこと、特に2000年以前の作品を“納ゲーム”することなどが挙げられた。
セッション内容は以上となる。
近年では最新のコンシューマ機で過去の作品をプレイできる機会が増えているが、名作とされながらも価格が高騰し、とても手が出せないような作品も少なくない。
また、ビデオゲームの歩みが失われることなく、歴史として未来に残されていくシステムの実装と取り組みに期待して止まない。