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デジタル技術によって、全ての映像がアニメになった。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にてCGIアートディレクターを務めた小林氏が振り返る新劇場版シリーズのデジタル技術【CEDEC+KYUSHU 2022】

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 11月12日、九州産業大学にてゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2022」が開催されました。

 今回は株式会社カラー取締役、株式会社プロジェクトスタジオQ代表取締役、そして『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にCGIアートディレクターとして参加した小林浩康氏が登壇した特別招待講演、「プレイバック!『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズを主とした、アニメの極私的デジタル表現」についてのレポートをお送りします。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにCGI監督・アートディレクターとして関わり続けてきた小林氏の視点から、「エヴァに3DCG技術がもたらされたことによって起きた進化」「全ての映像がアニメとなるデジタル技術」について語るセッションとなっています。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にてCGIアートディレクターを務めた小林氏が振り返る新劇場版シリーズのデジタル技術_001
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』総監督:庵野秀明 ©カラー

文/ジスロマック
編集/実存

メカスーパーアニメーターとしての庵野秀明はCGの「正確に動かせる」所に惹かれた。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』に3DCGがもたらされたことによる革命

 まず初めに小林氏の自己紹介から今回のセッションは始まりました。

 アニメに3DCGなどのデジタル技術が使われ始めたタイミングでちょうど業界に入ったという小林氏。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにて使われていたデジタル表現を自分の思い出話も絡めつつ振り返るのが今回の「プレイバック!『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズを主とした、アニメの極私的デジタル表現」というセッションである、という旨を語りました。

 小林氏が「CEDECは開発者に向けた専門的なセッションも数多くありますけど、このセッションはちょっとやわらかい感じにエヴァのCGI【※1】技術を紹介します(笑)」と会場の笑いを誘う場面も。

※1「CGI」
小林氏の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにおけるCGIアートディレクター
 という肩書。この「CGI」は「CG」と何が違うのかという点について説明しておくと、Computer Generated Imagery……つまり、「コンピュータによって生成された画像」のこと。

 時に、西暦2006年。
 話題は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ最初の作品、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』へ。

 当時、小林氏は風のうわさで「エヴァがリメイクされるらしい」という話を聞き、業界のルートを辿って行って今作への参加が叶ったとのこと。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の制作開始にあわせ、スタジオカラーにデジタル部が設立。そのメンバー数はなんと3名。今作の制作において、当初想定されていたデジタルパートは「デジタル撮影」と「第6の使徒の3DCG化」のふたつがメインだったそうです。

 小林氏はまず取っ掛かりとして、エヴァンゲリオン初号機の3DCGモデルを制作することに。会場に映し出されるスライドにはお馴染み初号機の3DCGモデル。そして次のスライドの「普通」という二文字に会場が笑いに包まれました。

 ……と、言うのも、デジタル部が設立された頃には既にスゴいアニメーター(作画)陣が揃っており、お客さんに「3DCG(デジタル化)のせいでエヴァがダメになった」と言われないよう、縁の下を支えるスタイルで頑張ろうと決めていたそうです。

 CG向きの表現を活かすため、小林氏は監督陣に3DCGを使った様々なアイデアを提案していくことにしたそうです。

 一例として挙げられたのは第3新東京市のビルが生えてくるシーン。1995年に制作された『新世紀エヴァンゲリオン』では実現できなかった「平面的ではなく、パースが付いた状態で動くビル」を3DCGが可能にした。

 この第3新東京市のビルの3DCG表現をはじめ、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズには様々なデジタル技術が組み込まれていくこととなるのですが……小林氏は「メカスーパーアニメーターとしての庵野さんは3DCGの『正確に動かせる』という部分にピンと来たのではないか」と語りました。

 エヴァ初号機のモデルにも3DCGだからこそ可能なディテール設定が追加されていくことに。初号機のウェポンラック(肩に付いている縦長の四角い部分)のプログレッシブナイフの格納部分のギミックや、ライフル用のスコープなども3DCGで表現されました。

 結果として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』は、旧TVシリーズから12年経って大幅にCGが使用された作品となり、デジタル表現は画面のクオリティを上げる要因となることができたそうです。

 小林氏の推定として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の制作で獲得したデジタル技術として、「3DCGを用いたミニチュアモデルの特撮セット撮影」「デジタルツールを用いた精密なディテールアップ」「デジタルコンポジット上での実質無限の合成による特殊撮影技術」の3点を挙げました。

 3つ目の「デジタルコンポジット上での~」をもう少し噛み砕いて説明すると、アナログでアニメーションが制作されていた頃には、セル画を重ねれば重ねるほど絵に「影」が生まれてしまうなどの制約がありましたが、デジタル技術によって解消できるようになったということです。

ディテールの詰め込みが過激になった果てに生まれた「ヴンダー」。

 そこから新劇場版シリーズの制作を続けていく中で、監督陣のCGへの模索は続いていた(ようだ)と語る小林氏。そして2009年、2012年、『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開。

 作品を重ねるごとに、3DCGによるディテールの詰め込みはより過激に。
 その最大公約数として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に登場した「AAAヴンダー」

 庵野氏の中では、「3DCG=特撮=ミニチュア」という考えがあるのではないかとも語る小林氏。AAAヴンダーにおけるカメラアングルを検証するために簡易的な実物のミニチュアも制作したとのこと。

 そして月日は流れ、2014年ごろに庵野氏から小林氏に相談されたのは、「海外の映画などで使われているプリヴィズを3DCGを用いて実現できるのではないか」というもの。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズのファンの方は既にご存知かもしれませんが、ここで一度「プリヴィズ」について説明しておきます。

 映画制作の初期段階(プリプロダクション)において、各シーンを検討のために映像化したものとなっており、要は「実際の撮影をした後にどのシーンを選ぶか決める」のではなく、「撮影の前に仮の映像を作り、どういうシーン・カットを撮るのかを事前に決めておく」手法のこと。

本編では1秒しか映り込まない空母の甲板を作る!?『シン・エヴァンゲリオン劇場版』におけるデジタル技術の到達点

 そしてついに『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の話題へ。

 今作の制作にあたって重要視されたのは、やはりプリヴィズ。小林氏はトライ&エラーを存分にできるように、社内バーチャルプロダクションを設立したいと考えていました。その理由は「都度外部でやると莫大なお金がかかってしまうし、自社にあれば存分に試せるだろう」から。

 簡易的でもいいので、バーチャルカメラのシステムを社内に設置したかった小林氏は、現場で検討を重ね、「ゲームエンジンとモーショントラッカーを用いれば要件を満たせるのでは?」という結論に至りました。そしてスタジオカラーはシステムの自主開発へ。

 天井に吊るしたVRヘッドマウントディスプレイの位置センサー、手元で確認するためのモニターにはスマートフォン、撮影用のカメラコントローラーには家庭用ゲーム機のコントローラー……と、日常的に使うもので作り上げられた社内バーチャルカメラシステムが完成しました。

 こうしたプリヴィズ技術で実現した、冒頭のパリでの戦闘シーン。

 空中でのエヴァの戦闘、数隻の戦艦を使った凄まじいインパクトのシーン、敵がどのような編隊を組んでくるのか……プリヴィズにより、自由にアングルを決めていくことが可能になりました。

 パリの街の視点から撮るのか、エヴァの目線から撮るのか、ヴィレの面々の視点から撮るのか……NHKにて放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも紹介されていた技術ですが、改めて見ても斬新な作り方です。

 今作でのディテールアップについても紹介されました。旧TVシリーズの頃は監督たちがセル画の上から油性ペンなどを使って直接ディテールを追加したりしていたものが、デジタル技術で試行錯誤できるようになった、と小林氏は語ります。デジタル化により画面の情報量を上げることなどが比較的容易にできるようになりました。

 今作で小林氏が監督から相談を受けた箇所について。付箋に書かれているのは「空母甲板の穴を2Dハリコミで出来ないでしょうか?」というもの。

 検討した結果、空母甲板に小さい穴を3DCGで設けることにしました。しかしこの空母甲板の穴、「一体どこに映っていたのだろう?」と気になる方も多いはず。そこで会場ではこの穴が映ったシーンの実際の映像が流れました。

 なんとこの穴、カットが切り替わる前のほんの1秒しか映っていません!

 小林氏も紹介しながら「1秒映ってるかな?(笑)」と笑顔をこぼしていたのですが、やはりこのこだわりがあってこそ完成しているのが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズです。たとえ1秒しか映らない甲板だったとしても、「そこに穴があるかないか」では、画面の情報量やリアリティが大きく違います。

 他にもスタッフからの自主追加オーダーとして、背景に3DCGでディテールを追加したシーンなど、とにかく細かい部分にまで詰め込まれたカットの数々が紹介されました。小林氏曰く、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に参加したスタッフは「画面の情報量が少ないと不安になっちゃう人」が多いそうです。

 モニターグラフィックスのカットにおいても、「エヴァに使徒の血清を注入する際のモニター」を例に。最初は「イメージ映像的に注入された血が広がっていく表現」を意識して制作されていましたが、制作を進めるうち、「曖昧な表現だと何が起こっているのかわからないのでは?」との指摘を受け、明確に全身に血清が広がっていくようなモニター演出になったそうです。

 これも「カットに妥当性(意味)があること」「そのカットでお客さんに意味が伝わること」というこだわりがあったからこそです。

 裏コード999を発動しているシーンでは、赤っぽい色や青っぽい色や様々な色が混ざって凄まじいことになっている状態などの試行錯誤を重ね、最終的に「コピー機のアナログっぽいノイズ感が欲しい」という結論に辿り着き、まさかの発動シーンの全てのコマを印刷しコピー機で劣化させたそうです。

 会場のスライドに映し出された、コピー機にかけた後再スキャンされた膨大な数のファイル。まさに圧巻です。

 さらに『シン・エヴァンゲリオン劇場版』における「特技班」の解説へ。

 「アニメにおける『特技』とはなんなのか?」という点について説明しておくと、「特殊技術撮影」のことで、たとえば爆発のエフェクトや背景で降っている雨のエフェクトなどのことを指します。

 スタジオカラー作品においてはこの「特技班」が原画や3DCGなどのほぼ全ての工程の素材に加わっており、作品のクオリティアップに尽力していました。

 本編終盤のガラスが割れるような実写表現や、ヴンダーが航行している際のバーニアの表現など、さまざまな表現においてとにかく細部にまでこだわりと手間ヒマをかけているスタジオカラー「特技班」。

 これらの特技においてもデジタル技術がかなり活用されているとのことですが、特に「タタキ」【※2】と言われている飛沫表現をデジタル化することなど、アナログ技術をうまくデジタル化させているのがスタジオカラーにとってかなり大きいと小林氏は語りました。

※2「タタキ」
実際に絵具を叩きつけるような表現から「タタキ」と呼ばれており、デジタル化が進んだ今もこの呼称が使われていたりするそうです。

 小林氏はこれまでの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの制作とプリヴィズなどを使ったデジタル表現の進歩を、「かつて偉い監督も言っていたが、デジタル技術によって素材がレイヤ化し、全ての映像がアニメになった」と語りました。

 最後には、会場から小林氏への質問コーナーがあり、モニターグラフィックスやUIの表現に関する「現実性」などについても回答されました。

 さて、「プレイバック!『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズを主とした、アニメの極私的デジタル表現」についてお送りした今回のレポート、いかがだったでしょうか。

 小林氏の講演と今回のレポートから、「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにおいて、3DCGなどのデジタル表現はここまで活躍している」ということを少しでも知っていただければ幸いです。

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