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「どうしてもオリジナルIPの開発に携わりたい」――。“もう二度とシナリオを書かない方がいい”と宣告された若手クリエイターが、さまざまな悩みを経て『ヴァレット/VARLET』で描いた「自分が何者なのかを探す物語」とは

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本連載「新世代に訊く」は、“今”を生きる若手クリエイターに焦点を当てた連載企画である。

これまでの記事でピックアップされることが多いフリューは、若手クリエイターの育成に注力するゲームメーカーである。『モナーク』林 風肖氏『レナティス』礒部たくみ氏『カリギュラ』山中拓也氏は、20代から30代前半で、これらの作品を世に出しているのだ。

人気IPにあやかるのではなく、己の魂をぶつけて考えたオリジナルIPをゼロから作り上げるのは、この業界を目指す若者の多くが、一度は夢見るのではなかろうか。

だが、誰もがオリジナルIPの開発に携われるわけではない。
本人の適性もあるし、社内のタイミングもある。そして、運もある。
そもそも、小規模のインディーならいざ知らず、大手ゲームメーカーにおいて、若手クリエイターにそのようなチャンスが回ってくることは少ないだろう。

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『ヴァレット/VARLET』プロデュース・ディレクション担当、伊藤秀光氏

今回紹介するフリューの伊藤秀光氏は、オリジナルIPの開発に携わることを夢見てフリューの門を叩き、さまざまな困難に直面しながら、それでもオリジナルIPの開発に携わるために研鑽を重ねてきた。

そしてフリューに入社してから10年後、ついに『ヴァレット/VARLET』のプロデュースを手がけ、完成までこぎつけたのだ。

そんな氏は、どのような学生生活を送って、フリューの入社後にどのような悩みに直面し、そして乗り越えてきたのか。とくにゲーム開発を志していたり、将来に悩みを抱え“自分探し”を行っていたりする若者は、ぜひ目を通してほしい。

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聞き手/豊田恵吾
文/kawasaki
撮影/和田貴光

「もう二度とシナリオを書かない方がいい」と言われるほど尖りまくっていた学生時代

──伊藤さんは『ヴァレット』のプロデューサーを担当されたとのことですが、見た感じお若いですよね。いま、おいくつなんですか?

伊藤秀光氏(以下、伊藤氏):
33歳です。じつは、礒部くん【※】と同い年なんですよ。

※礒部たくみ氏:
フリュー所属のゲームクリエイター。『聖塔神記 トリニティトリガー』、『REYNATIS/レナティス』では企画原案・プロデュース・ディレクションを担当

──フリューのクリエイターは皆さんお若いですね。では、まずは伊藤さんの学生時代のお話から聞かせていただけますか。

伊藤氏:
大学時代は、他の人には負けたくない、でも他の人からの意見は取り入れないといった、めちゃくちゃな人間でした。それこそ「全ての敵を倒す!」っていうくらいに尖りまくっていました……(苦笑)。

──ゲーム作りには、その頃から興味がおありだったんですか?

伊藤氏:
はい。脚本やシナリオを勉強しながら、サークルでゲームを作っていました。

当時は、ごく普通に生きている人間が持ち合わせているダークな面とか、一般的にいわれる「正義」は本当に良いことなのかとか、そういったことばかりを考えていて。そういったテーマの作品が多かったですね。

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──個性的ですが、意外といまの時代にマッチしそうなテーマですね。ヨコオタロウさんの作品が好きなゲーマーが飛びつきそう。

伊藤氏:
でも、大学のゼミで創作シナリオを見せ合う会があったのですが、そのときに先生から、「伊藤くんは、もう二度とシナリオを書かない方がいい」と言われたことがあって。

──えっ。伊藤さんのどこが引っかかったのでしょう?

伊藤氏:
「人間の気持ち悪い部分が出すぎていて、見ている人を不快にさせる」との評でした。ゼミの仲間のなかにも、途中で気持ち悪くなって読むのをやめてしまった人もいました。

でも、一方で「すごく面白い!」と言ってくれる人もいたんです。
僕としては「シナリオは向いていないのかな……」と悩みつつも、創作活動は好きだったので、サークルでシナリオを書いて、コミケで売ったりしていました。

──賛否が分かれるような内容だったんですね。ちなみに、伊藤さんはどんなゲームがお好きなんですか?

伊藤氏:
いろいろと遊びますが、僕にとってのバイブル的な存在は『ガンパレード・マーチ』【※】です。
のちにフリューに入ってから先輩に勧められたゲームなんですが、各NPCに独自のAIが搭載されて自律的に行動している部分にびっくりしました。それによって生まれる、キャラクター同士のさまざまな人間関係には衝撃を受けました。

2周目では主人公以外のキャラクターでプレイできますが、“ロールをプレイする”という感覚があって。どちらかというとゲームにもて遊ばされているような、不思議な体験でした。

※ガンパレード・マーチ:
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が2000年にPlayStation向けに発売したシミュレーションゲーム。キャラクターがAIによって行動し、それによる予想外の展開や自由度の高さが話題となった

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『ガンパレード・マーチ』(C)2000 Sony Computer Entertainment Inc.

──そのほかにはどんなゲームを?

伊藤氏:
育成シミュレーションや経営シミュレーションも好きです。
PlayStationの『デジモンワールド』は、育成ゲームとして本当に面白かったですね。しかもデジモンたちの話を通して、むしろ自分が教えられているような感覚を覚えました。

それと、学生時代はアーケードゲームも好きで、とくにスクウェア・エニックスの『ガンスリンガー ストラトス』にはめちゃくちゃハマりました。一時期は連日、朝から晩までゲームセンターに入り浸る生活で、トータルで300万円くらい使ったかも……。

──ゲームで遊ぶのもゲームを創作するのも好きで、それが高じてクリエイターを志されたのですね。

伊藤氏:
はい。大学卒業後は新卒でフリューに入社しました。
素人レベルではありますが、ゲーム開発の経験もありましたし、応募時も「自分ならやれる」という自信がありました。

というより、いま振り返ると「自分が作る作品は絶対に面白い!」と思い込んでいました。

──若さゆえの勢いといいますか、だからこそ突き抜けられる部分もあるかと思います。

伊藤氏:
そしてフリューに採用されて、「よし、ゲームを作りまくるぞ!」と意気込んでいたのですが……。実際に配属されたのは、開発部ではなく営業部だったんです。

どうしても「オリジナルIP」の開発に携わりたい

──会社としては、伊藤さんにさまざまな経験を積んでほしいという思惑などがあったのでしょうか?

伊藤氏:
うーん、どうなんでしょう……。
僕は中学・高校でスポーツをやっていたので、その雰囲気を汲み取られて「営業っぽい」と思われたのかもしれません。

それで最初は営業で頑張ったのですが、そのあいだも開発へのアピールを続けていて、約1年後に異動をさせてもらいました。

──念願の開発部に入られた感想はいかがでしたか?

伊藤氏:
嬉しかったです。
僕は男児向けのホビー全般も好きだったので、他社さんのIPをお借りしたカードゲームなどの開発に携わらせていただき、とても充実した日々を過ごせました。

しかし同時に、「オリジナルのタイトルを手がけたい」という想いが、自分のなかでくすぶり続けていたんです。

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──同じゲーム開発でも、版権モノではなく新規IPの作品を手がけられたかったと。

伊藤氏:
そして4年ほど経った頃、自分の企画書を社内で見てもらえるタイミングがあったんです。社内では、同年代の林さん【※】がオリジナルタイトルを手がけていましたし、「よし、次は僕の番だ!」と意気込んでいました。

ところが、この当時に社内で色々あって、今後数年間はフリューからオリジナルIPを出せないと言われてしまって。これで心が折れました……。

※林 風肖氏:
フリューで『モナーク/Monark』等を手がけたゲームクリエイター。現在はアライアンス・アーツ取締役兼CCO

──志望とは違う営業職で1年頑張った伊藤さんでも、オリジナルIPを手がける夢を諦めることは耐えられなかったと。

伊藤氏:
それでフリューを退職して、DeNA系列の開発会社に転職しました。
ここではプランナーとして働いていたのですが、ソシャゲが僕の肌に合わなかったんです。コンシューマーゲームの開発に携わりたいという想いが次第に強くなり、この会社は約8か月で辞めてしまいました。

──そうだったんですね。

伊藤氏:
そして、ここまでのあいだにいろいろな会社を見ていくなかで、僕はゲームクリエイターとしての未熟さを痛感していました。同人活動ならまだしも、大手のゲーム会社でいきなりオリジナルIPを作らせてほしいと考えること自体、思い上がりも甚だしかった。

そこでクリエイターとしての地力を鍛えるべく、カプコンさんの門を叩きました。
僕はモンハンシリーズが好きなこともあって、『モンスターハンターライズ:サンブレイク』でプロジェクトマネージャーを担当させてもらい、発売後にDLCがある程度できるところまで一緒に走らせてもらいました。このプロジェクトマネージャーの業務では、本当にさまざまなことがありました。

──ゲームクリエイターとしての視野なども広がってそうです。

伊藤氏:
それでプロジェクトが一区切りした頃、フリュー時代に最初の上司だった人と会う機会があったんです。幸いなことに「そろそろ戻ってきなよ」と声をかけてくれて、2022年頃にフリューに出戻る形になりました。

──前にフリューを辞めたときの理由は「オリジナルIPの開発が難しそう」というものでしたよね。そのあたりの状況は、当時から変わっていたのでしょうか?

伊藤氏:
はい。むしろ、当時のフリューが新規IPの開発を主導できる人を探しているという流れで、お声がけをいただいたんです。

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自分の自信のなさから来る“ゲーム開発への向き合い方”とは

──フリューから飛び出て、戻ってくるまでのあいだに、クリエイターとしての心境などに変化はありましたか?

伊藤氏:
DeNAやカプコンなどのさまざまな人と一緒に仕事をしていくなか、自分の力のなさを思い知らされていました。そしてゲーム開発に対する向き合い方も大きく変わりましたね。

──先ほども少し話されていましたが、フリューから飛び出す前までは、どちらかというと自信満々だったんですよね。

伊藤氏:
はい。むしろ、あの当時は思い上がっていました。

だって僕は、シナリオは中途半端だし、イラストだって描けない。
それ以前に、ゲーム開発は一人で行うものではなく、色々なスタッフやクリエイターさんの力を借りなければ完成させられません。

「他の人には負けたくない、でも他の人からの意見は取り入れない」僕は、そのことすらまるで分かっていなかった。

──学生時代に作っていたような同人作品と、プロのゲーム開発は大きく違っていたと。

伊藤氏:
自信過剰だった部分は完膚なきまでにへし折られ、すごく悩みました。
この時期に、フリューから飛び出たときとは、物事に対する考え方が180度変わりましたね。

──どのように変わったのでしょう?

僕ひとりの能力なんかは、たかが知れています。それはどうあがいても変わりません。
でも、一緒に仕事をしていただくクリエイターの皆さんに味方になってもらえれば、自分が思い描くゲームを実現できる。チームで面白いものを作ることこそが、ゲームクリエイターとしての自分らしさなんだ、と思い至ったんです。

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──ご自身の能力でいうと、ディレクターとプロデューサー、どちら寄りだとお考えですか?

伊藤氏:
最初にフリューに入社した頃は、プロデュースからディレクションまで全部こなして、イケイケなゲームクリエイターとして活躍する姿を夢見ていました。でもいまは、開発チームと並走するディレクションや、プロジェクトマネジメントの方が向いているのかもしれないと思っています。

さまざまな経験を踏まえた今、自分がどれだけ変化したのかを確かめたい、自分の企画力でもう一度勝負したい、という想いがありました。それを確かめたいという想いも、フリューに出戻りするときの後押しとなりました。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
編集者
元4Gamer。『Diablo』 『Ultima Online』 『EverQuest』 『FF11』 『AION』等々の、黎明期のオンラインRPGにおける熱狂やコミュニティ、そこから生まれたさまざまな文化は今も忘れられません。

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