タイトル名:『Blue Prince』
プラットフォーム:PC(Steam)
発売日:2025年4月10日
価格:3500円
概要:
変幻自在の大屋敷の相続人となり、構造が変わる45の部屋を探索し、謎を解いて「幻の46番目の部屋」を目指すストラテジー・パズル・アドベンチャー。新星のごとく現れては、メタスコア「92/100」の超高評価を獲得していった注目のインディーゲーム。日本語訳はない。
その上品さに感心する
『Blue Prince』を起動して、その上品さに感心した。
この上品さは、画面の構図、音楽、デザインが組み合わさって生まれるものだから、冒頭の文章をいかに細心に翻訳し、ここに記したところで、本来の感覚の十分の一も伝わらないだろう。
しかし、エッセンスは伝わると思う。それはこんなふうだ。
わたくし、ハーバード・S・シンクレア、レディントンはマウント・ホリー地所の主は、この証書を遺言として宣誓し、公表する。また、これまでわたしによって行われた、すべての遺志の表明を無効のものとする。
わたしはわたしの姪、マリー・マシューの息子であるサイモン・P・ジョーンズに、わたしが所有するマウント・ホリーの土地と屋敷の、内外におけるすべての権利を相続する。
ただし上記の条項と遺贈は、わたしの姪の息子、サイモン・P・ジョーンズが、45の部屋をもつわたしの屋敷のなかで、46番目の部屋を見つけたときにのみ有効とする。
その部屋の存在や場所は、屋敷のスタッフやメイドたちさえ知らないが、しかしシンクレア家の遺志を継ぐに値する相続者は、この部屋を問題なく発見するであろうことを、わたしは確信するものである。
わたしの姪の息子がこの部屋を発見できなかった、あるいは発見の証拠をわたしの遺言執行人に提出できなかった場合、この相続は無効とする。
以上の証しとして、わたしはこの一九九三年三月十八日の日に、この遺言状に署名し、掌を置く。
ハーバード・S・シンクレア
探究心に満ちた少年少女はもちろん、落ち着いた大人の食指をも動かすにちがいないこの導入から、画面は映画的に遷移して一人称に落ち着く。
ゲームがはじまる早さも快い。
エントランスホールには三つの扉があって、そのいずれかを開こうとするときに「青写真」の選択肢がポップアップし、そこで選んだ部屋が扉のむこうに設置され、固定される。
それぞれの部屋は正方形で、五かける九マスのグリッド状に配される。部屋の効果はさまざまである。
行動力を回復するベッドルーム、さまざまなアイテムが置いてあるが行き止まりの物置、論理パズルが配された遊戯室、電源さえあれば屋敷の西側の庭に出られたのかもしれないガレージ、などなど。
この宇宙の法則からして当然のことだが、おなじ部屋を二度つくることはできない。
頭のどこかで手がかりが繋がって、発火する瞬間がたまらない
ゲームシステムそのものは、比較的シンプルである。
おそらくはグリッドのいちばん奥にあると思われる四十六番目の部屋にたどり着くために、行動力やアイテムなどのリソースを管理しながら、途中で行き止まりにならないように部屋を配置していく。しかし、失敗しても問題はない。一晩休めば、翌日には部屋の配置はリセットされている。
これが単純に見えて、奥深い。
ゲームをうまく進めるためのアドバイスや、そこここに配置されたアイテムに混じって、いくつもの「手がかり」が残されており、それがよいフックになっている。
それらはほんとうに「手がかり」としか言いようのないもので、この屋敷の魔術的な気配そのものを表象する物品や、ここにかつて住んでいた人々の意志を感じさせる手紙などだが、そのうちひとつやふたつを受動的に眺めるだけでは、ほとんど意味のわからない代物ばかりである。
しかしそれらの手がかりは、「できるだけ多くの部屋を繋げて屋敷の奥にたどり着く」というゲームプレイに自然に織り込まれていて、はじめのうちは混乱するばかりだったプレイヤーも、とにかくゲームを進めようと無数の部屋を組み合わせていくうちに、頭のどこかで手がかりが繋がって、発火する瞬間がやってくる。
そうなれば、もうこの作品の魅力に捕らえられたことになる。
ぜひノートと辞書を携えて、プレイしてみてほしい
わたしの場合は、書庫でとある事件についての新聞記事の切り抜きを読んだあと、ガレージに停まっていた車のシートに挟まっていたメモ書きを見つけ、完全に引き込まれた。
ある部屋でゲーム自身が勧めもするのだが、久々にノートにメモを取りながらプレイした。
そのころには、それまで単純な装飾と思われていた、さまざまな部屋のあらゆる物が、新たな意味をもちはじめた。しかし、その意味を説明するには紙幅を取り過ぎるし、ネタバレになる。
翻訳も不可能だと思われる。
ようするに、「青写真」を意味する「Blueprints(ブループリンツ)」は、「青い王子」を意味する「Blue Prince(ブループリンス)」との言葉遊びで、そのことが重大な意味を持っており、そうしたことが全編にちりばめられており、しかもそれを決して直裁には言わずに、美しいグラフィックやテキストの微笑みで伝えようとしている作品など、日本語圏の読者にどう勧めればいいのか、わたしにはわからない。
しかしそれでも、物語を繋ぎ合わせるという理知的な作業と、新たな部屋を探検するという肉体的な作業とが、しなやかに組み合わさったのちに待っている四十六番目の部屋は、すばらしい驚きと達成感を与えてくれる。
ノートと辞書を携えて、この変幻自在の館に分け入り、謎を解く者がひとりでも多く現れることを、わたしは望んでいる。