自分がいま住んでいるアパートに、昔はどんな人が住んでいたんだろう──。
そう考えたことはありませんか?
なんてことはないと思うけど、柱についた小さなキズや壁にうっすら残るシミに、なんとなくエモさを感じてしまう。
有名な漫画家が住んでいたかもしれない。
高名な学者が勉学に励んでいたのかもしれない。
もしかしたら、重大な事件現場になっていたかも……?
今回紹介する『The Berlin Apartment』は、まるで階下でかすかに聞こえるピアノの音色のように、じわじわと心の柔らかいところを震わせるナラティブ重視の3Dアドベンチャーだ。
プレイヤーは、2020年、1989年、1967年、1945年、1933年と、各年代をチャプターとしてアパートの歴史を辿りながら、それぞれの時代の住人の心の機微を追体験していく。コーヒーを飲む、サンドウィッチを作るといった、当たり前すぎる行動をゲームとしてプレイするたびに、つい見過ごしがちな日常の大切さを再確認する。

そして、自分が知る歴史の結末が、物語に深い陰影となって横たわっていることに気がついた頃には──
もう切なさが止まらないのである。
※この記事は『The Berlin Apartment』の魅力をもっと知ってもらいたいPARCO GAMESさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。
時は2020年、ホリデーシーズン。部屋をクリスマスの装飾でデコりまくろう
プロローグは、コロナウィルスが世界中を席巻していた2020年。父・マリクの仕事を手伝うため、ベルリンの古いアパートの一室に、小学2年生の娘・ディラーラがやってきたところから、ゲームは始まる。
マリクの指示で壁紙を剥がすディラーラ。すると古い壁には、不思議な手紙が貼ってあった。
そして父親は、手紙にまつわる過去の出来事を話し始めるのだった──。
プレイヤーはディラーラを起点にして、約100年にわたるアパートの歴史を追体験していく。ベルリンの壁崩壊直前の1989年、ヒトラーがドイツ首相に就任した1933年、第二次大戦終結直後の1945年、東西冷戦の真っ只中の1967年。
そのなかで、特に筆者の印象に残ったのは1945年。時代は第二次世界大戦が終結した直後。アパートには母親と2人の子どもが暮らしている。プレイヤーの目的は、子どもの視点で「クリスマスの飾り付け」をすることだ。
普段は、武装勢力の頭をズキュンしたり、ゾンビの首をちょんぱしたりするゲーム三昧の筆者。ふと、アパートの部屋を気の向くままクリスマスの装飾でデコりまくる自分を想像してみる……。
え、やだ、ちょっと楽しそうじゃん。
真逆のゲーム性を突きつけられて、今まで感じたことのない「ときめき」を感じてしまった。本作をプレイすれば、「ひとりぼっちのクリスマス」にサヨナラできるかも。そんな暖かい期待に、筆者の胸はいっぱいだった。
このときまでは──。

廃墟を彩るキラキラが増えるほど、なぜか涙が止まらない
さまざまな悲劇を生んだヨーロッパの二度にわたる大戦は1945年5月、ドイツの無条件降伏で幕を閉じた。エピソードはその直後、同年12月から始まる。
アパートは倒壊寸前の廃墟。隣接する部屋はボロボロで、とても人が住める状態ではない。そこに母マグダと子どもたち、姉マチルダと弟ルーカスの3人が肩を寄せ合って暮らしている。
父親はいない。勲章を贈られるような優秀な兵士だったようだ。子どもたちは帰りを待っている。しかし、マグダの表情は暗い。部屋も薄暗く、寒々しい雰囲気だ。


「うわ、なんか重そう」と感じるかもしれないが……。たしかに、パリピ気分でウェーイとはならない、なったらヘンだ。でも、主役は子どもだ。ピュアな明るさで時代背景の暗さを吹き飛ばしてくれていて、筆者は救われる思いだった。
「まだクリスマスらしさが足りない」と、部屋をクリスマスの装飾でデコり始めるマチルダ。プレイヤーは、任意の装飾品をカゴから取り出して、デコれる場所に配置するだけ。
すると、その周りが、ぼわっと暖色で彩られてキラキラ輝き出すのだ。寒々しかった部屋が、マチルダのおかげでみるみる暖色とキラキラに包まれていく。

なに、この「ほっこり感」は。
好きなオーナメントをどこに配置するのかといった、ちょっとしたコーディネートの楽しみもある。この妙な楽しさに、気づいたら没頭していた。
しかし、周りは廃墟。
外は深々と雪が降り積もる。
気丈に振る舞うマグダ。そして帰らない父親……。
ヘンだな、楽しいはずなのに、なぜだか涙が止まらない。

時代ごとにまるで違う物語を、短編小説のように読み進めよう

かまわずマチルダは、隣接する部屋の瓦礫の中から次々と装飾品を見つけ出す。ライフルの薬きょう、ドクロが描かれたプロパガンダチラシ、勲章の入った箱──クリスマスに不似合いなものでも、文脈を知らない子どもにとってはキラキラの対象なのが、胸をちくりと刺す。
こうして、すっかり飾り付けが終わった部屋は、さっきまでの寒々しさが嘘のよう。まるで都心のショーウィンドウのようなきらびやかさだ。
満足したマチルダは、マグダに促されてクリスマスの食卓につくのだが……。
ここから先は、ぜひ自分の目で確かめてほしい。まさかの大どんでん返しや伏線回収は起こらない。むしろ些細なやりとりにこそ開発者の魂が宿っているのではないか、そんな気さえする、本作渾身のエンディングなのだ。

本作ではマチルダのエピソードのほかに、4つの物語を収録。時代ごとにゲーム性をガラッと変えて、プレイヤーを飽きさせない工夫が施されている。
例えば、東ベルリンに住む謎の女性とラブレターのやりとりをするために、プレイヤーが紙飛行機を折って飛ばし合う「羽ばたくとき」や、SF作家が自身が執筆中の作品世界を探索する「最後の送信」など、まるで短編小説を読み進めるようにゲームは進行する。

本作では、クリアしたエピソードを繰り返し遊べるのもうれしい。まるで気に入った短編小説のページをまた開くように、気に入った映画をなんとなく流すように。筆者はマチルダのエピソードが好きすぎて3回くらいリプレイしたし、なんならこれを書き終わったあとにまたプレイしようと思っている。
「ひとりぼっちのクリスマス」には全然サヨナラできなかったが、なにか別の複雑であたたかい魅力にやられた。

何気ない日常の動作がゲームになると、面白い

各時代の物語が終了すると、ゲームは2020年の少女ディラーラへと再び戻ってくる。こうして、現代と過去を行ったり来たりしながら、プレイヤーは同じアパートの歴史を紐解いていく。
同じ部屋なのに、時代に合わせて設備や調度品、壁を彩る装飾などがガラッと入れ替わるから、毎回、新ステージを探検しているようでときめきがすごい。

部屋を埋め尽くす家具や日用品に触れられるのも、本作の楽しさのひとつ。窓やスイッチなど実際に操作可能なものがアパート中にちりばめられており、触れることでひとりごとが表示されるのも、日常の「余白」を感じているようで、ほどよくあたたかい。
ビンのフタを開ける、コンロの火をつける、植物に水をやる、紙飛行機を説明書通りに折る、タイプライターを打つなどバリエーションはさまざま。
なかには、両手・両足を動かす、起き上がる、サンドイッチを作る、スープを飲む、など──。「え、こんなことまでするの!?」と、思わず笑っちゃうような細かい動作まで用意されている。

筆者は特に、ダストシュートに「ゴミを投げ込む」のにどハマりしてしまった。ただゴミを投げ入れるだけなのだが、なぜか妙に延々とゴミのダンクシュートをし続けてしまう魅力があるのだ。
好き勝手にスイッチを押したり紐を引っ張ったりする赤ちゃん向けのおもちゃ。「やりたい放題」に大人がハマるような、そんな感覚かもしれない。

アパートの歴史は脈々と続く。歴史を学ぶ入り口にいかが?

みなさんは、戦後ベルリンの歴史をどこまで知っているだろうか?
ドイツの無条件降伏。
1967年以降の東西の分断。
ベルリンの壁の建設と崩壊。
東西ドイツの統一。
もちろん本作は、そんな歴史を知らなくても100%楽しめる作品に仕上がっている。しかし一方で本作は、歴史の行く末を知れば知るほど、物語の主人公たちの「その後」が気になってしまうゲームでもあるのだ。

個人的な体験を通すからこそ、悲痛さもあたたかさも伝わってくる。歴史を知るファーストステップとして、『ベルリンアパートメント』は最適な作品だろう。










