酷薄に金を求めるこんなクソッタレな世界だからこそ、このホテルだけは守っていきたい。そのためなら、正気度を犠牲に邪神のパワーを行使することすらいとわない!
そんな世知辛い世界に対抗する手段こそ、主人公が遺産として相続したホテルだ。酷薄に金を求め、キャラクターたちの人間性を否定する資本主義に対して、ホテルを経営することで抗っていく。
ちなみに、このホテル経営ゲームの部分は、例えるなら「盆栽」に近い。毎日ちょっとずつ世話をして、少しずつ育っていくのを眺める、そんな感じだ。
主人公たちにとってホテルはかけがえのない場所。人外が集うオークションの場として重要というのもあるが、主人公に残されたものがこのホテルと小葉だけだからだ。
最初はロビーすらボロボロの廃墟だが、小葉と2人で少しずつ清掃・改築してお客さんを受け入れられる状態へと改善していく。改築やサービスの充実が進むと得られる宿泊料金も増加。ホテルの発展とともにストーリーも進み、従業員も集まってくる。
基本のゲームサイクルは、毎月欠かさずやってくる借金の返済期限と、ホテルを格付けする査定を乗り切るため、これに合わせて準備するというものだ。
格付け査定では、ホテルの収益・設備の充実度・清潔度・世界への見識などがチェックされる。もちろんこれは「超えるべきハードル」ではあるのだが、同時に「いろんな数字が増えていく」という、経営ゲームの気持ちよさをしっかりと感じられる部分でもある。
本作が独特なのは、この「ホテル経営」の部分にクトゥルフ由来のひねりが効いていることだ。このホテルには数多くの“邪神”や神話生物とのつながりが存在し、さまざまな有益な効果をもたらす「神託」を聞くことができる。たとえば「多産」の神託は、客室の定員を増加させることで、1部屋あたりの宿泊料金の引き上げにつながる強力な効果を持つ。
しかし、当然ながらタダというわけにはいかない。こうした神託を取得するとき、深淵を垣間見た主人公は精神を蝕まれ、SAN値(正気度)を喪失する。SAN値が下がるとホテルの清掃効率が落ちたり、客に異形の者が紛れ込んだり……果てには狂気に飲まれるENDに向かってしまうこともあるので、濫用は禁物だ。
本作を遊んでいて、筆者が「うまい」と思ったのは、この経営ゲームのパートが物語と地続きになっているところだ。
ストーリーの進行とホテルの発展度が連動するのはもちろんだが、時間をかけて育てたホテルはそれ自体がプレイヤーにとって「大切な場所」となり、物語の重みにもつながってくるし、黙々と盆栽のようにホテルを育てる時間が、物語に思いを馳せる時間にもなる。
プレイすればするほど、ゲーム的なメリットだけでなく、心情的にも「ホテルをより大きくし、より盤石な状態へと持っていきたい」と感じるようになっていったのが、とても印象的だった。
リスクもリターンも桁外れのクトゥルフ神話的オブジェクト「アノマリー」を巡るオークションが、ゲームとストーリーの両面に影響をおよぼす
と、ここまで読んで「タイトルの割にクトゥルフ要素薄くない?」と思った人もいるのではないだろうか。『クトゥルフ神話』におけるビッグネームであり、時間と空間をつかさどる強大な“外なる神”「ヨグ=ソトース」の名を冠しておきながら、神話生物由来のヒロインも見当たらず、やることと言えばデメリット付きのホテル強化だけ?
もちろん、そんなはずはない。本作のクトゥルフは、キャラの表面ではなく、世界の“下地”の部分に効いている。
「神託」で神格から力を借りる仕組みなのもそうだが、もっともクトゥルフ要素が濃く香るのが、「カーニバル」と呼ばれる特別なオークションに出品される、怪しげな競売品の数々だ。
「アノマリー」と名付けられたこれらの品には、クトゥルフのフレーバーがふんだんに盛り込まれている。
たとえば「遼丹」は、飲むと時間を遡行できる丸薬。ただし服用すると、“ティンダロスの猟犬”に追い回されるようになる。ティンダロスの猟犬と言えば、時間移動者を見つけたら最後、数億年の時を超えても追いかけてきて、空間の「鋭い角(カド)」を介して侵入し攻撃してくるという、極めて危険かつ厄介な存在である。
ほかにも“アザトース”の印を宿し、低級の存在から受ける精神的ダメージを軽減してくれる石板「旧神の印」など、効果は強力だが何かがおかしい、そんな遺物たちがオークションに出回っており、主人公もこれらを競り落とすことで経営を有利に進めていける。
そしてこのオークション、単なる金策やアイテム獲得の場ではなく、ストーリーの根幹でもある。オーロラグループとそれに並ぶ大企業HOBA社、さらには死神や精霊といった超常的な勢力までもがここに集結し、さまざまな思惑が交錯する、物語の中心地なのだ。
神託やアノマリーも、ただのゲーム内アイテムでは終わらない。プロローグで主人公が暗殺の魔の手から一命をとりとめたのも、主人公の養父である「教授」の遺したアノマリーのおかげだったりするように、ストーリーの節目でも、こうした超常の力が切り札として活躍する。
一方で、その副作用もしっかり物語に響いてくる。力を借りれば代償があるという、この危うい等価交換が、たまらなくゾクゾクする。
直接的な恐怖ではなく、日常のすぐ隣に深淵が口を開けている感覚。正直クトゥルフにそこまで詳しくない筆者だったが、まったく問題なく楽しめた。詳しい人であれば、筆者では気付けなかった細部のフレーバーにニヤリとできるだろう。
舞台設定も現代の資本主義社会がベースなので、一見とっつきにくいクトゥルフという題材を、馴染みのある味付けでスルスル飲み込ませてくれる。
ここまで、ヒロインたちの魅力、舞台設定の世知辛さ、ホテル経営、クトゥルフの香りについて紹介してきた。最後にあらためて伝えたいのは、本作の魅力が、要素の多さではなく、それらの“噛み合いの良さ”にあるということだ。
ヒロインたちのかわいさは単なる「人外萌え」に留まらない。超常の存在である彼女たちが抱える問題は、誇張こそされているが資本主義社会に暮らす我々にとっても非常に馴染みのある問題であり、だからこそ彼女たちのバックグラウンドに「共感」を抱くことができる。現実離れした美少女たちと、身につまされる世知辛い境遇。そのギャップが、キャラクターの奥行きを増す。
そんな彼女たちと送るホテル経営の日常に、様々な思惑が交錯するストーリーがお構いなしに押し寄せる。
クトゥルフ的要素はホテル経営を助けてくれるだけではなく、ストーリーの要所で切り札となる一方で、その邪悪な力を求めてしまった者に訪れる代償も描かれる。
「人外少女との恋愛ADV×ホテル経営シミュレーション(テーマはクトゥルフ)」と聞いた時、正直「要素てんこ盛りすぎない?」と思ったものだが、実際にプレイしてみるとこれらの要素がきっちり支え合っている。
かわいい人外少女を愛でるゲームだとたかをくくって扉を開けたら、ちょっと世知辛い世界で、少女たちと肩を寄せ合いながらホテルを育てている自分がいた。
かわいさに惹かれた人も、経営ゲームが好きな人も、クトゥルフの香りが好きな人も、入口はどこからでもいい。『ヨグ=ソトースの庭』の庭を遊んで、社会の世知辛く冷たい風と、残酷な世界でも決して失われない、絆がもたらす居心地のいい温かさを堪能してほしい。












