行き着いた先が、オリジナルアバターの発注
実は、VRoid Studioで自作したアバターを使っていた頃から、すでにBOOTHの衣装沼にはハマりつつあった。VRoid Studio向けの衣装やテクスチャもBOOTHには多く出品されていて、着せ替えの楽しさは自作アバターの段階から味わっていたのだ。
だが、他のユーザーたちのアバターのクオリティに目を奪われるようになる。表情の豊かさ、身体のシルエット、髪の毛の揺れ方。自作アバターとは段違いだった。こうして次に来たのが、「アバター本体を変えたい」という欲求だ。
そこで手を出したのが、BOOTHで販売されているVRChat向けの汎用アバターだ。私が選んだのは「水撫月」というアバターだった。

完成度の高い3Dアバターを購入し、自分のアバターとして使う。顔が変わる。体型が変わる。声は同じでも、鏡に映る自分はまったくの別人になる。
それでいて、不思議と「これも自分だ」と感じる。服を着替えるのとは次元が違う体験だった。
だが、汎用アバターには1つの宿命がある。同じアバターを使っている人が、この世界にはたくさんいるのだ。
衣装や髪型など様々なカスタマイズで個性は出せるとはいえ、ベースは同じ顔、同じ身体。VRChatで過ごす時間が長くなるほど、「自分だけの姿」が欲しいという気持ちが膨らんでいった。
これはオンラインRPGでも感じてきた感覚だった。同じ装備、同じ見た目のキャラクターが溢れる世界で、どうにか自分だけの個性を出そうともがく──あの頃と同じ衝動が、バーチャル空間でも再燃していた。
行き着いた先が、オリジナルアバターの発注だった。
モデラーさんに依頼して、自分だけのアバターを作ってもらう。決して安いものではなかったが、世界に1体しかいない、自分のための姿。これはもう「着る」でも「選ぶ」でもない。「自分自身をデザインする」という体験だ。
VRoid Studioの自作から始まり、汎用アバターを経て、オリジナルの発注へ。この遍歴のすべてが、あの最初の本能から地続きなのだと思う。
VRChatのオシャレ文化、その空気感
こうして集めた衣装は、ただ眺めるためにあるのではない。VRChatには、衣装を積極的に「着こなす」文化が根づいている。
たとえば、複数の衣装をあらかじめ用意しておき、ワールドやイベントにあわせて着替えるという楽しみ方がある。
春らしい服で季節感を出したり、サイバーな世界観のワールドで行われるイベントには電脳風の衣装を着ていく。筆者が好きなバニー衣装も、カジノ系のワールドには映える。リアルのファッションと同じように、「場所に合わせたコーディネート」を楽しむ文化があるのだ。
そしてそのコーディネートを、他者に見せたいという欲求も生まれる。
VRChatには「おはツイ」という文化がある。「おはようツイート」の略で、自分のXに朝の挨拶と共にアバターの自撮り写真を投稿するというものだ。
直近で改変したアバターを披露したり、前日に遊んだ様子のスクリーンショットを使ったり。せっかく整えたコーディネートを、誰かに見てもらいたい──その気持ちが、この文化を生んでいる。
「なりたい自分になれる」ということ
ユニクロで十分な筆者が、バーチャルでは衣装を20万円以上購入し、アバター本体まで乗り換え、最終的にはオリジナルアバターの発注まで行った。これは単なる散財の記録ではない、と思う。
VRChatが教えてくれたのは、リアルでは気づくことすらなかった自分の好みや欲求が、バーチャルの身体を通じて初めて形になるということだ。外見を自分で選び、まとう。その過程で見えてきた”自分の好み”は、きっとリアルの自分が抑圧していたものだと思う。
もしこの記事を読んで少しでも興味が湧いたなら、まずはVRChatのアカウントを作って、BOOTHを覗いてみてほしい。1,500円の衣装ひとつから、世界は変わる。自分が気づかなかった本当の好みが見つかるかもしれない。
振り返れば、20万円という数字だけ見れば確かに大きな出費だ。
しかし、リアルでは一生気づかなかったかもしれない「自分の好き」に出会えたこと、バーチャルの鏡の前で初めて「可愛い」と思えた瞬間──それらはお金には換算できない。20万円でそれが手に入ったなら、安いものだと思っている。
もし同じように衣装沼にハマった読者がいれば、ぜひ一緒に語り合おう。バーチャルが教えてくれた、本当の自分について。



