「新規IP」なのに、過去の実績が問われる。この矛盾をどう考えるか
ここでひとつ、申請する側が見落としやすいポイントも指摘しておきたい。
というのも、確かにIP360は、「新しいIP」を支援ないし生み出すための制度である。
だが、審査で強く問われるのは、企画の新しさだけではない。
要件指標やROIの大きさに加えて、「その数字が本当に実現しそうか」という蓋然性(がいぜんせい)がとても重要視される、ということだ。
では、まだ世の中にない新規IPの蓋然性を、何で証明するのか。
そこを支える有力な材料になるのが、作り手の過去実績だったりする。
メニュー2で採択されたゲーム企業を見ると、会社名の知名度だけではなく、「どんな作品を手掛けたチームなのか」「誰が参加しているのか」という制作陣の履歴が前面に出ている。公募資料でも、プロトタイプやポートフォリオに対する専門家評価、構成員の過去実績が審査要素として置かれている。
新規IPの支援なのに、過去を問われる。
ここは正直、少し矛盾して見えるかもしれない。
だが、これはコンテストではなく、成長投資という位置付けだ。
斬新なアイデアを表彰する制度ではなく、
「公費を投じた先で成果が出る可能性を順位づける制度」
と、そう言い換えることもできるだろう。
そう考えれば、審査側が実績を見るのは合理的なのだ。
だから申請する側も、「この企画は面白い」だけでは足りない、という点には留意すべきだろう。
なぜ自分たちなら作り切れるのか。なぜその市場へ届くのか。誰が、どの実績を持ち、どの数字を再現できるのか。企画書には、作品の面白そうさとは別に、「なぜこのチームなら世に出せるのか」という、もう一軸のストーリーが必要なのである。
今回、残念ながら審査に落ちてしまったチームは、改めてこのあたりを考え直してみるとよいのかもしれない。
アニメは全9メニューで採択。音楽では海外ライブ、マンガではローカライズが目立った
アニメは35件で、対象9メニューすべてに採択が出た唯一の分野。
メニュー3にはアニプレックス、MAPPA、トリガー、Production I.G、ウィットスタジオ、コミックス・ウェーブ・フィルム──と、アニメファンならよく知っている名前が並んだ。
大規模製作だけでなく、流通プラットフォーム、開発基盤、ローカライズ、IPエコシステムまで、対象となる幅広いメニューに採択が出た。企画、制作、流通、海外展開という産業の全工程が、政策対象になっているのが伺える。
余談だが、政策側がこの分野の主要課題として、市場と制作現場のねじれを指摘する議論が残っている点【※1】はちょっと興味深いポイントかもしれない。関連市場まで含めた広義のアニメ市場規模は3兆8,407億円(うち海外2兆1,702億円)に対し、制作会社の売上ベースでは4,662億円で、しかも約3割の制作会社が赤字【※2】となっているというのだ。
IPそのものを生み出すスタジオがなければ、そもそもアニメ市場が成立しないのも確か。IPそのものを生み出すクリエイターに焦点が当たるのは、とても良いことのように思える。
※1 エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会 第 11回
※2 帝国データバンクの2025年の調査では、制作会社の33.9%が最終赤字となっている。
音楽は26件。メニュー1・2に16件が集中した。
メニュー1の創風の9件はすべて独立系・少人数で、共通項は「海外ライブ/ツアーが事業の軸」であること。MV単体の案件はゼロだった。
もう一方のメニュー2は、アミューズ、エイベックス、ソニー・ミュージック系と大手の既存アーティスト事業が並ぶ。音楽はメニュー3(大規模作品製作)が対象外で、メニュー2のみ上限7千万円という特例があるため、大手の行き先が事実上ここしかない──という構造的な事情もあったのかもしれない。
マンガは14件、実写は19件が採択された。
マンガの最多はメニュー8のローカライズ(6件)で、中堅・専門出版社の主戦場になっている。背景にあるのは海賊版対策だ。
議事要旨は「正規版が流通していないから海賊版が使われる」という市場形成の文脈で整理しており、翻訳量の拡大それ自体が対策と位置づけられている。
実写は、カンヌ映画祭に関連した特例枠の12件が全体を押し上げたが、この枠は今年限り。来年度の実写の採択環境は大きく変わるはずだ。
結局、IP360は「大企業優遇」だったのか? 数字が否定する部分、なお残る疑問
というわけで、少し駆け足気味ではあったが、IP360の全体像を俯瞰して見てみたわけだが、いかがだっただろうか。
個人的な所感を言わせて貰えば、今回のIP360は、結果的には大小さまざまな角度で幅広く採択が行われており、ネットで非難されていたような「酷い取り組み」かといえば、それは明らかにノーと言えるのではないかと思う。
政策形成のプロセスも含めて、「よくやってる」とさえ言える内容ではないだろうか。
大企業ばかりが優遇されているわけではないし、まして「DeNAだけが特別扱いされた」わけではもちろんない。
同様のメニューでは、アークシステムワークス、アプリボット、コーエーテクモゲームス、コナミデジタルエンタテインメント、スクウェア・エニックス、セガの計7社が並び、「大規模プロジェクトの成功実績がある企業」が押し並べて採択されたというのが、正しい見方になるだろう。
では、批判がすべて的外れだったのか?
というと、そう単純な話でもない、と私は思う。
DeNAの「スマホゲーム約30本」という中身が「大規模作品製作」という枠の看板と噛み合っているのか、という疑問には一理あるし、採択率を見る限り、新規IP創出枠の予算や、そこへの手当が明らかに足りてなかったのは確かだろう。
そもそも、IP360の制度自体を、投資喚起策として合理と見るか、体力のある企業への公金投入と見るか、ここは賛否の分かれる政策論でもある。
とはいえ、経産省のコンテンツ関連予算は101.1億円から350.2億円へと3倍以上に拡大し、うち292.9億円は複数年で使える基金になった。単年度で消える予算ではなく、継続的な支援の器ができたことの意味は大きい。
日本という国の今後の経済発展、行く末を考えたときに、このIP360が残した実績は、間違いなく前に進む力にはなっていくことだろう。
350.2億円は多いのか、少ないのか──「海外売上20兆円」という目標との距離
しかし、である──。
同じ令和7年度補正予算を見渡すと、中小企業生産性革命推進事業が3,400億円、大規模成長投資補助金が4,121億円。IP360の350.2億円は、製造業を主対象とする中小企業支援の1/10以下にとどまる。
世界のコンテンツ市場は135.6兆円。これは自動車産業や半導体産業に続く規模である。政府は日本コンテンツの海外売上を、現状の4.7兆円から2033年までに20兆円へ引き上げる目標を掲げている。増加分は15.3兆円。それに対する今年度の財政支援350.2億円は、増加目標額の0.23%に過ぎない。
目標の大きさに、支援の規模がまだ釣り合っていないのだ。
ただ、これも悲観する話でもないと思っている。採択率9.5%という数字は、裏を返せば「業界の投資意欲が財政支援の規模を上回っている」ことの、これ以上ない証明だからだ。予算増額を求めるとき、この数字ほど強い根拠はないはずだろう。
日本のコンテンツ産業は、確かに非常に有望な成長産業である。
しかし一方で、世界各国の支援政策などと比較してみたときに、まだまだ日本政府の支援は十分なものだとは言えないように思う。
目標の20兆円を達成するためにも、ぜひ本政策の関係者の方々には、さらなる発展的な取り組みに向けて頑張ってほしいと思うし、業界側も積極的にこういった制度を活用しつつ、よりチャレンジングな取り組みを行っていってほしいと願うばかりだ。
そして──。
我々メディアやユーザー側も、表面的な報道や意見に踊らさられるのではなく、冷静かつ俯瞰的な視点で、議論や応援をしていくようにしたいものである。
※追伸
ちなみに余談だが、今期のアニメでは「天幕のジャードゥーガル」が面白すぎて、ハマっております。こういう作品がもっと増えてくれるといいなぁ。






