「ゼルダの伝説」シリーズは、もう31年目! 第1作が発売されたのは、筆者が大学で留年を繰り返していた頃で、思い出しても身をよじりたくなるような昔である。しかしその人気は変わることなく、新作『ブレス オブ ザ ワイルド』もたいへんな盛り上がりを見せている。
そんな「ゼルダ」において、多くのプレイヤーが頻繁に使うのはマスターソード【※】だろう。なかでも威力抜群なのが「回転斬り」だ。「えやあっ!」とも聞こえる気合いとともに、体をスピンさせながらマスターソードを水平に振り回すと、剣の長さを明らかに上回る軌道を残し、敵をぶっ飛ばす!
※マスターソード
「ゼルダ」シリーズの代名詞とも言える、大魔王を倒す力が宿る退魔の剣。
実にカッコいい。筆者もぜひ「ゼルダ」の世界に入り、この大技を……とワクワクしてしまうのだが、いや、ちょっと待てよ。回転するということは、一瞬とはいえ敵に背中を見せるということだ。これは戦いにおいて、とっても危険な行為ではないか?
その一方で、回転すれば剣を振る距離が長くなり、剣のスピードは速くなる。つまり、回転斬りとは「自分が切られるリスクを冒してでも、撃剣の威力を増大させよう」という技なのだろうか? だとしたら、文字どおり諸刃の剣ということになるが……。
その危険度は、リンクが剣を振る速度にもよるだろう。敵が反応するヒマもないほど速ければ、背中を見せようとシリを向けようと、関係ないことになる。
今回は、回転斬りにおけるマスターソードのスピードを求めてみよう。
“世界の王”を超える!
「ゼルダ」には、たくさんのシリーズがある。リンクがマスターソードを振るスピードも、さまざまに描かれているだろう。ここでは『時のオカリナ』【※】で考えたい。
リンクの身長を170cmと仮定してゲームの画面で測ると、マスターソードは全長144cm、鍔(つば)【※】から先の刃渡りは113cm。筆者は日本刀の模造刀を持っているけど(空想科学の研究のためですよ!)、それは全長102cm、刃渡り76cmだから、マスターソードはかなりの大剣である。
※鍔(つば)
柄(つか)と刀身との間に差し込みこぶしを守る平たい鉄板。
これをリンクが腕を伸ばして振るうとき、剣の先端は「刃渡り+リンクの腕の長さ+肩幅の半分」で、半径1.8mほどの円を描くことになるが、ゲームの画面で測定すると、剣が通過した跡に見える軌道は、半径3.2mにも達する!
わーっ、なんで!? そして、その「軌道」に触れた敵もダメージを受ける! わーっ、なんでなんで!?
科学的には不思議である。よもやマスターソードやリンクの腕が遠心力で伸びるわけではないだろうから、これはおそらく、剣の先端から「斬撃」のようなものが放たれるのだろう。それも科学的には説明不能だが、ここで悩み始めると話が止まってしまうので、そう考えて、考察を進めることにします。
では、そのスピードはどれほどか?
ゲームの画面で測定すると、リンクは0.15秒でマスターソードを一周させている。これはものすごい。計算すると、剣のスピードは時速270kmだ。世界のホームラン王・王貞治【※】は、全盛期にバットを時速152kmで振ったという記録が残っている。
※王貞治
1940年生まれ。元プロ野球選手・監督。レギュラーシーズン通算本塁打868本を記録し、巨人のV9に貢献。1977年、初めて国民栄誉賞を受賞した人物である。
リンクが剣を振る速度は、世界の王の1.8倍も速いのだ。剣のより大きな半径を描く斬撃に至っては、時速490km。こちらは、王のバットの3.2倍である。打球の飛距離は速度の2乗に比例するから、もし斬撃でボールを打つことができるなら、ボールは王のホームランの3.2×3.2=10倍も遠くへ飛ぶことになる。おそらく1.3kmぐらい!
0.15秒で1周という素早さもオソロシイ。
人間が何かの刺激や情報を受けてから、実際に行動を起こすまで、どんなに短くても0.1秒かかるといわれる。リンクと戦う敵が「回転斬りが来た!」と思ってから、背中を切ろうとして剣などを振り始めるまでにも0.1秒かかるということだ。
リンクが一周する時間は0.15秒だから、その頃にはリンクはすでに3分の2周していて背中を見せてはおらず、その0.05秒後に時速490kmの斬撃が襲いかかる!
これでは、敵も打つ手はないだろう。
つまりリンクは、背中を切られたり、シリを刺されたりする心配はなく、どんどん回転斬りを出してよいということだ。よかったよかった。
“世界の結弦”も超えた!
0.15秒で1回転となると、考えたくなる。この回転のスピードは、フィギュアスケートのジャンプと比べてどうなのか。
羽生結弦選手【※】の4回転ジャンプの映像で測定すると、ジャンプしてから着氷するまで0.72秒かかっている。すると、1回転にかかる時間は0.18秒である。リンクは0.15秒だから、これはなかなかいい勝負だ。というか、羽生結弦がすごいというべきだろうなあ。
※羽生結弦
1994年生まれ。日本人フィギュアスケート選手。2012年から世界記録を10回更新しており、ISUジャッジングシステムのもとに開催された国際大会において、史上初めてショートプログラムで100点、フリースケーティングで200点、トータルスコアで300点超えを達成した男子選手である。愛称は「ゆづ」。
しかし、リンクの回転は、マスターソードを振りながら、である。フィギュアのスピンでは、選手が両腕を体に近づけるほど、回転が速くなっていく。同じように、リンクもマスターソードを体にぴったりくっつければ、もっと速く回れるはずだ。
計算してみよう。マスターソードの幅をゲームの画面で測ると11cm。厚さが筆者の模造刀と同じだとしても、推定重量は6.8kgである。真横に伸ばしていたこの重量物を縦にして体にくっつけると、一周にかかる時間は0.021秒!
リンクが羽生選手と同じジャンプ力&テクニックを身につけたとすれば、そのジャンプ、なーんと34回転!
これはすごい。素晴らしいスケーターになれる~、などと喜んでいる場合ではない。そんなに回転したら、脳の周辺部には18Gの遠心力がかかる。脳が四方八方、全方位に重力の18倍の力で引っ張られるのだ。
そういう目に遭った人の話は聞いたことがないので、確かなことは不明だが、まあ、オダブツではないかなあ。そうなったら困るので、リンクはいままでどおり、回るときにはマスターソードを真横に構えていただきたい。
回転斬りで飛べるのか?
そして「スマッシュブラザーズ」【※】シリーズ限定だけれど、リンクは恐るべき技を見せる。空に浮かんだ戦場から落とされそうになると、空中で回転斬りをして、ヘリコプターのように上昇してステージ復帰するのだ! これは果たして可能なことなのか? 科学的に考えれば、足場のない空中では、回転を始めること自体が難しい。だがそれを、何らかの方法で克服したとして、回転斬り飛行はできるのだろうか。
『飛行力学の実際(再増補版)』(内藤子生/日本航空技術協会)という名著に、プロペラが出せる力を求める公式が載っている。その式に「回転半径1.8m」、「0.15秒で1回転」という数値を代入してみると、発生する力は1.3t。おおッ、リンクの体を持ち上げるのに充分だ!
ただしこれは、複数の羽が均等に配置されたプロペラでの話。1本のマスターソードを回すリンクの回転斬り飛行は、たちまちバランスを崩して、落下すること間違いナシ!
それでもリンクは飛んでいるのだから、飛行力学など、スッパリ超越していますなあ。その勇姿には、もはやホレボレするしかありません。