世はゲームキャラ大ヌルヌル時代。近ごろのゲームキャラは本当によく動く!
キャライラストに動きをつけられるLive2Dという技術や、3Dキャラを動かすための技術の発展で、一コマ一コマパラパラ漫画を描くよりはるかにキャラを動かすための労力が少なくなった現代は、クリエイターが描いたイメージに近いものが再現しやすくなった。まさにキャラクターアニメ黄金時代といえるだろう。
しかしどんな黄金時代にも、その礎は必ず存在する。
Live2Dが『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』に採用され、注目を集めるようになった2011年より前、ゲームのキャラ絵といえば、アニメを作ってしまうか、ポリゴンで作りでもしてなければ、一枚絵の目や口だけがパクパク動いているのが当たり前だった。
目パチ口パクは、顔全部を書き直さなくともキャラをいきいきと見せるための技術だったのだ。
ではいつから二次元絵のゲームのキャラたちは、まばたきをし、喋りながら口を動かせるようになったのだろう。
電ファミ編集部の新人スタッフのふとした疑問からはじまった過去のゲームを巡る旅は、まさかといえばまさか、納得といえば納得の結末に落ち着いた。
最初はギャルゲーに目星をつけてさかのぼっていった編集部員が気づいたのは、ゲームグラフィックの歴史をさかのぼることは、そのままゲームの歴史をさかのぼることでもあったということだった。
ゲームで絵を表示するということすら容量との戦いであった時代に、アニメのような表現をすることがどれほどのこだわりに貫かれたものだったのかを、読者の方にも感じ取ってもらえれば幸いだ。
※目パチ、口パク
ここでは顔の輪郭はそのままで、目や口だけ動かすことで、グラフィックの容量を節約しながらキャラをアニメーションさせる技術を指す。
※この記事は著者が見つけられるだけの情報を探したが、完全ではない可能性もある。これこそ最初だという目パチ情報をお持ちの方は、ぜひともぜひとも電ファミTwitterまで、あるいはDiscordにてお知らせいただきたい。
文/しば三角
以下では新人編集者の“ローラ“と、
ベテラン編集者“コント“との会話をお届けします。
2010年代、Live2Dがある時代
最近『バンドリ』【※】にハマってるんですが、これ、キャラの立ち絵がすごい動くんですよ。Live2Dという技術を使ってるらしいんですが。
でもこんなにキャラが動くのって2010年代に入ってからぐらいのことですよね。最初に目パチ口パクがあったゲームって何なのか知ってます?
待って、オレそれわかる気がする。絶対ギャルゲーの何かだと思う。容量との兼ね合いで、アニメーションを最低限にしながらもキャラを魅力的に見せる必要があるわけで。
キャラの顔グラフィックの比率も高いから、表情のアニメーションも入れたくなるよね。
1990年代前半、ギャルゲーをさかのぼる
とりあえず1994年発売の『ときめきメモリアル』(PCエンジンスーパーCD-ROM2)【※】を見てみよう。
わー、目パチも口パクもしてますね。アニメっぽい演出も多くて見ていて楽しい。
ギャルゲー系をさかのぼっていくと境目が見つかる気がする! 1992年12月に発売された『同級生』( PC-9800シリーズ)はどうだろう。これはPC98の18禁ゲーム。
ここには貼れないけれど動いてますね。けっこうグラフィックの描き込みが違う。でもPC98って何ですか? パソコン?
NEC(日本電気株式会社)が開発販売したパソコンのシリーズだね。1982年にPC-9801ってモデルが発売されて、1990年前半ごろまでは、日本のパソコン界で圧倒的なシェアを誇っていた。
話を戻して、1992年6月に発売された『卒業 〜Graduation〜』( PC-9800シリーズ)はどうだ?
なんか高校が多いですね。これは主人公が教師なのか。って、これ動いてなくないですか?
じゃあ、1991年5月発売の『プリンセスメーカー』( PC-9800シリーズ)は?
これは育成シミュレーションゲームを確立した歴史的なゲームなんですね。孤児の少女を引き取って育てていく……、って、高校生からさらに若返りましたね……。これは目パチしてない。ということは、この間なんですかね?
いやもっと前にもギャルゲーはあったはず。もうちょっと見ていこう。
私が生まれる前になってきたぞ。
1980年代、アーケードと家庭用でぜんぜん違う世界に突入
1987年発売の『中山美穂のトキメキハイスクール』(ファミリーコンピュータ ディスクシステム)はどうだろう?
いやこれめっちゃ動いてませんか? 女の子だけでなく、男の子の顔までモニョモニョ動いてますよ。
アニメーションには“生命の息吹を吹き込む”という原義がある。
人にフォーカスしてたという点で、タレントゲームというのもあったんですね。今でいうとキムタクの『JUDGE EYES:死神の遺言』(PS4)みたいなものか。こんなに前からあったんだなあ。
このへんの年代だとLDゲーム【※】というのもアーケードであったね。
LDってなんだろう……(ググる)レーザーディスク? あーあのでっかいDVDみたいなやつか。
※LDゲーム
レーザーディスクとは、見た目と機能はDVDに似ているが、大きさが30センチあるディスク。1970年代前半に誕生し、1990年代前半が最盛期であった記録媒体。LDゲームは、そのレーザーディスクを使用したゲームで、美麗な映像表現を特徴とした。ディスク自体が大きいので再生機器も大きく、アーケードのものが多い。
1983年の『ドラゴンズレア』や1985年の『タイムギャル』(ともにLDゲーム)などは、もはやアニメだったけどね。
これ、アニメのディスクからワンシーンが流れて、コマンドを上手く入力できたら続きのチャプターが見られるんですね。目パチどころではない。
でもこういうのはちょっと違うんですよ。もっと容量削減の甘美な工夫が見たい。
1983年1月には『ゼビウス』も出てたんですね。これも当時は衝撃的だったんでしょうか。
【田中圭一連載:ゼビウス編】ゲーム界に多大な影響をもたらした作品の創造者・遠藤雅伸は、友の死を契機に研究者となった。すべては、日本のゲームのために──【若ゲのいたり】
その前まではゲームと言えば『スペースインベーダー』みたいに黒背景で宇宙ばっかりだったから。
背景があって、しかもキャラに立体感があるというのはすごい世界だったよね。
『ゼビウス』付近のゲームって、そもそもあんまり人間が出てこないですね。キャラが小さい。1983年って『マリオブラザーズ』の年でもあるのか。あ、1983年の『パンチアウト!!』(アーケード)はキャラがでかい。
これは目パチ?
これは描き直してるので探してるものとは違いますね。目も閉じないし。
この時代アーケードと家庭用でぜんぜん違うんだなあ。家庭用だとファミコンが1983年7月に発売されてて、その年のラインナップは『ドンキーコング』に『マリオブラザーズ』、『五目ならべ 連珠』、『ポパイ』……。。そもそもキャラが小さくて、目も2pxぐらいしかないから、まばたきどころではないですね。
1980年代PCゲーム: そもそもドット絵ですらなかった
1980年代のPCアダルトゲームもなかなか。
こりゃ味がありますね! 1984年の『ALICE adventures in wonderland』(PC-88/mkII、FM-8/7、FM-11)は、女の子を描画してはいますが、まだ目パチどころでもなさそうですね。
同年の『Emmy』(PC-8001)もやばいな。当時は線がわーっと出てきて、あとから囲まれた部分を塗りつぶす方式だったのか。ドット絵ですらない。
同年発売のRPGの『夢幻の心臓』(PC-8801)とか、ワクワクしちゃうな。
あ!『WILL -THE DEATH TRAP II』(PC-8800シリーズ)。なんだこのオープニングは!すごい!まばたきをしている! 1985年6月発売って、これが最初じゃないですか?この年代だと明らかに動きが違いますよ。
ウワーッ! 納得! これディレクターが坂口博信さんだ!
『ファイナルファンタジー』シリーズの人ですよね? ということは……。
ものすごく映像表現にこだわりがある人ってことだよ!
あっ、『ファイナルファンタジーVII』(以下、『FFVII』)がすごかったのは記憶にありますよ。あのオープニングもぞくぞくしたなあ。
坂口博信氏はさっきの『中山美穂のトキメキハイスクール』にも噛んでるね。
アニメは『Dr.スランプ アラレちゃん』や『うる星やつら』(1981)、それから『超時空要塞マクロス』(1982)、そして『伝説巨神イデオン』(1980)に始まるサンライズのリアルロボットの数々……。今でもサブカルチャーに多大な影響を残している作品が生まれている。
坂口氏は『FFVII』でゲームに映画のような演出を持ち込んだだけでなく、その前にもゲームにアニメを持ち込んでいたんだなあ!
メチャ偉い……。最初は目パチは容量削減の工夫どころか、人々を驚かすアニメーション表現だったんですね。それがこんなに美しい形で現れていたとは。その後1986年の坂口氏の『クルーズチェイサー ブラスティー』(PC-8800シリーズ)も、ロボがメチャ動いてる。
同時代のグラフィックに比べると、坂口さんの関わっていたゲームのグラフィックは明らかに違う。レジェンドと呼ばれる人には、それ相応の伝説の積み重ねがあるんですね。
平成のゲームの進化もすごかったけれど、キャラがまばたきするだけでもすごかった時代からゲームを進化させてきた人がいるんだなあ。
ていうか、若ゲのいたりにも坂口さんとPCの性能の話あるじゃん! 今回の話は、『クルーズチェイサー ブラスティー』以前の補完になりそうだね。
『WILL -THE DEATH TRAP II』で初めてゲームでキャラを目パチさせたとき、坂口さんはどんな思いでいたんだろう。最近もLive2DやVRなどさまざまな技術が生まれてきたけれど、こういった表現を大きく進化させるのは、こうしたブレずに何かを追求する人なんだろうなあ。
※【UPDATE 2019/01/18 17:56】
読者からの情報により、最初に目パチしたのは1985年4月にPC-88シリーズ版が発売された『TOKYO ナンパストリート』である可能性が出てきました。
PC-88版の後にX1移植版が発売されていて、X1版では顔アニメーションが存在することが確かめられました。
ただいまPC-88版でも顔アニメーションはあったのか調査中です。
ちなみに『TOKYOナンパストリート』のスタッフロールには、『ドラゴンクエスト』の堀井雄二氏の名前がCooperation for Developementとして載っている。
※【UPDATE 2019/01/23 15:00】
『TOKYO ナンパストリート』ですが、このソフトの移植を担当した川俣晶氏と連絡が取れ、無事PC-88シリーズ版でも目パチがあったことと、オリジナル版はFM-7版であったことを確認いたしました。
開発期間を考えると、ほぼ同時と言ってよいかと思います。
しかし、アーケード『フリスキートム』(1981稼働)が、ステージクリア後に美女のウィンクがあったという情報が寄せられました。初めて目がアニメーションしたゲームとなると、これが最初であるという線が濃厚です。
読者の皆様からのご厚意により、真相に近づくことができました。ご協力ありがとうございます。
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