2月に公開された映画『劇場版 ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―』。原作者・川原礫氏が脚本を書き下ろした完全新作で、国内での観客動員数は140万人、興行収入は20億円を超え、予想を上回る大ヒットを記録して話題となっている。
これまでの「ソードアート・オンライン(SAO)」mシリーズでは、VRデバイスをかぶって仮想空間に没入してプレイするオンラインゲームが舞台だった。しかし今作のテーマとなるのはAR(拡張現実)。現実世界の上に付加情報を表示し、ゲームが繰り広げられるのも現実の広場や公園だ。
そんな今回の劇場版で新たに登場するのが、ARデバイス《オーグマー》、そしてそれを使ったARゲーム「オーディナル・スケール」だ。ヘッドフォンのように耳にかけて使い、現実空間に仮想アイテムを上書きして視界に映し出してくれる。劇中に出てくるARデバイスは技術的にどこが優れているのか? 今後のARゲームの可能性はどこにあるのだろうか? 映画を見たあと語りたくていてもたってもいられないドワンゴVR部員を集め、大いに話してもらった。
※ストーリー部分のネタバレはありません。
構成・文/透明ランナー
ソードアート・オンラインの世界観
皆さん『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(以下、劇場版『SAO』)を観たうえで、劇中に登場するAR技術についていろいろ語りたいことがあるということで集まってもらいました。まず最初に、原作の『SAO』は知らないけどAR、VRに興味がある人に向けて、劇場版『SAO』の説明をお願いしたいんですが……。
いやでも率直に言って、原作見てないとわかんないですね。
(笑)
劇中でキャラクターの説明とかないので、初見だとキャラクターの把握はつらいかもしれない。でも、ガジェットや技術を中心に鑑賞するなら、そんなに問題にならないとも思います。近未来SFとしてよくできてると思うんですよ。
むしろこの記事を読んで劇場版『SAO』に興味を持っていただいて、映画に行ってもらうぐらいの気持ちで語っていきましょう。
私はテレビシリーズも見てるし原作も全部読んでるんですけど、今回はまったく『SAO』に触れてない息子を連れてったんですよ。そういう未来に興味を持ってもらおうと思って。そしたら隣でわっかんなそーな顔して見てて……(苦笑)。
原作はすべての感覚を身体から切り離して、仮想世界に没入するタイプ(フルダイブ型)のゲームのお話なんですよね。我々の知ってるVRと違って、夢を見る技術と言った方がいい。
意識がなくなって、夢の世界でゲームができると。
いやー、まさに夢の世界ですよねぇ。欲しい、今すぐくれ(笑)!
技術的なバックグラウンドも作中で語られるんだけど、延髄で運動神経をカットし、代わりに脳に適切な視覚とか触覚とかを全部与えることによって現実を再現するという技術なんですよ。どう考えても危険ですよね(苦笑)。
すごくマッドな機械(笑)。
ゲーム内で死ぬと現実でも死ぬ、ゲームをクリアしたら解放してあげる、と。そういうデスゲームを成立させるためのギミックですね。
まあ、原作のVR技術はスペースオペラ【※】におけるワープ技術みたいなもので、技術的な詳細について語るだけ野暮というか、「そういうもの」として受け入れるべき設定なんですが。それに比べれば今回の映画では、わりと現実寄りの技術が描かれてましたね。
※スペースオペラ
サイエンス・フィクションにおけるサブジャンルの一つで、主に宇宙空間で繰り広げられる騎士道物語的な宇宙活劇。スペオペと略されることもある。「スター・ウォーズ」シリーズ、『宇宙戦艦ヤマト』などが代表的な作品としてあげられる。
ええと、ガジェットの名前はなんでしたっけ。今回の劇場版『SAO』に登場するARデバイスの名前は……そう、≪オーグマー≫!
ARデバイス《オーグマー》
それが普及した2026年の世界が舞台というわけですけど、この≪オーグマー≫ってどういうデバイスなんですか?
片耳にひっかけて使うヘッドセットのような形をした、現実の視界に情報やアイコンを重ねて表示できるデバイスです。「セカイカメラ」【※】を想像してもらうと分かりやすいかもしれません。劇中では、目的地へのルート案内や電車の乗り換えがスムーズにできたり、食べものを認識して自動的にカロリー計算してくれたり、という使い方が紹介されていますね。
※セカイカメラ
頓知ドット株式会社がiPhone・Android向けに提供していたARアプリ。カメラ越しの視界に「エアタグ」と呼ばれる付加情報が重ね合わせて表示される。2014年にサービス終了。
乗換案内や物体認識は現在の技術でも実現可能だよね。センシングと画像認識でなんとかなるレベル。
2026年頃だったら、「みちびき」【※】の電波も24時間使えるだろうし。正確なGPSと組み合せた周辺認識は高い精度でできそう。
※みちびき
JAXAが開発し内閣府が運営している準天頂衛星システム、およびそのシステムを構成する衛星。日本上空に衛星が長時間留まることで、GPSを補完してより高精度かつ高速な位置測定サービスを提供する。
≪オーグマー≫が外の世界をどうやって認識してるかはよく分からないんですけどね。カメラも見当たらないし。
いやまあでもカメラ自体はピンホールサイズの穴でいくらでも撮れるから……どっかに埋まってんじゃないの?(笑)
あるいは、劇場版『SAO』のあとの『アクセル・ワールド』【※】の世界では、日本中に防犯カメラが山ほど設置されていて、防犯カメラのネットワークから現実世界をスキャンするという設定があるんですよね。この時代にすでにそういうものがあるのかもしれない。
※アクセル・ワールド
第15回電撃小説大賞で大賞を受賞した日本のライトノベル。2046年、ウェアラブルコンピュータを用いることで仮想ネットワークが盛んに活用されるようになった世界に住む主人公・ハルユキと、思考を1000倍に加速するという謎のアプリケーション「ブレイン・バースト」をめぐる物語。漫画化、アニメ化、映画化などされた人気作品である。
パンフレットの公式情報も検証してみた
(映画のパンフレットを見ながら)あ、ここに≪オーグマー≫の広告が出てますよ。ARタイプインフォメーションターミナル。2026年4月発売だって!
カタログスペックとかもほんのり書いてある。
このカタログスペック、ちゃんと考証されてていいですね(笑)。重量245グラムしかないのかぁ。「HoloLens」【※】は600グラム近くあるから、一日中つけてると頭が痛いんだよね(笑)。
※HoloLens
マイクロソフト社製の「MR機器」の名称。その価格はなんと33万円。ドワンゴVR部による体験レビュー記事も公開中。
いや、一日中付けてる人世界にそう何人もいませんよ……(笑)。
でも逆に言うと、HoloLensの半分「も」あるっていう言い方もできるんじゃない? 245グラムって顔につけると結構重いよ?
そうか、言われてみれば軽くはないか。きっと重量のほとんどはバッテリーなんだろうな。あ、バッテリーはマグネシウムイオン電池なんですね。さすが未来技術。
マグネシウムイオン電池とは?
現在スマホや電気自動車で広く使われているのはリチウムイオン電池なんですけど、さらにその次世代型と目されている電池ですね。理論上はさらに大容量で小さくできるんですが、現在は充電が遅いうえに出力が低く、おまけに電極があっというまに腐食していくので、10回くらい充電すると使えなくなっちゃうという問題があるんです。
でも各社が研究を進めていますから、2026年に実用化されているというのはそこまで無理がないというか、夢を見せてくれる設定ですよね。
「ワイヤレス給電対応」とも書いてあって。むしろコネクタが無いのにワイヤレス給電前提じゃないのかと思うんだけど、あくまで「対応」なんですね。
劇中でも、有線で充電してるシーンはないですよね。
ワイヤレス給電という技術も、間違いなくこれから実用化されて普及する技術ですよね。いまでもThe MotherBox【※】っていう、50cm以内ならワイヤレスでスマホを充電できるデバイスが1万円くらいで買えたりしますし。
最近だと、ディズニーが部屋のどこにいてもワイヤレスで充電できる技術【※】を公開してましたね。ワイヤレス給電はみんな欲しいに決まってるので、2026年に普及しててもおかしくない。
※QSCRと呼ばれる技術で、部屋中に最大1900Wを給電できるという。
ドワンゴVR部的≪オーグマー≫の形状考察
あと、ディスプレイの位置がちょっと不自然かな……。この形だと片目にしか投影できないですよね。
勘違いしやすいんですけど、≪オーグマー≫の先端についてるのはディスプレイじゃないらしいですよ。ほら、劇場パンフにも「視線検知デバイス」って書いてある。
あ、ほんとだ。レーザー網膜照射ディスプレイ【※】だと思ってた。
※レーザー網膜照射ディスプレイ(Virtual Retinal Display)
ごく弱いレーザーを網膜に直接投射することで、残像を映像として表示する技術。網膜に直接レーザーを投射する性質上、角膜による屈折が不要なため、眼球の焦点にかかわらず鮮明な映像を視界に映し出すことができ、ウェアラブルデバイスで採用されることも多い。(HoloLensはこの方式ではなく、視界に透過型ディスプレイを配置して立体映像を出す光学シースルー型です。3月30日訂正)
ちょっと考察してみたんですけど、ここにカメラがあるのはAR酔い防止じゃないかと思うんですよね。
AR酔いですか?
≪オーグマー≫って後頭部を中心に覆うデザインなんですよね。視神経は眼球から脳に直接接続されていて、後頭部や脊髄を通ってないので、≪オーグマー≫は視神経に干渉するのではなく、脳に直接映像を上書きしているのではないかと推測できるんですよ。
ただ、VRをやったことがある人は分かると思うんですが、頭が動いているのに視界の同じ位置に映像が表示されると、ものすごく酔うんです。
確かに、そこが配慮されていないゲームはものすごく酔いますよね。
酔わせないためには、視界の動きと逆方向に映像をずらして、あたかも映像は同じ場所に静止しているように見せかける必要がある。
≪オーグマー≫でそういう処理をしようとすると、視界に直接映像を上書きする性質上、頭の動きだけではなくて眼球の動きも計測する必要がありますよね。わざわざ先端に視線検知用カメラがついているのは、そういう理由なんじゃないかと。
視線をとるだけだったらわざわざカメラつけなくたって、筋電位とか計測すればいいんじゃないの? ≪オーグマー≫はちょうどこめかみのところに密着してるわけだし。
ただ、カメラがそこにある理由がそれしか思いつかなくて(笑)。
≪オーグマー≫の設定って見た目のデザインを重視したのであって、先端に視線検知デバイスがついているというのは後付けなのでは……?
そこをちゃんと理屈づけて説明してあげるのが楽しいわけですよ(笑)。
まさにオタクの本懐ですね(笑)。