ARゲーム『オーディナル・スケール』は「Ingress」の設定そのもの……?
今回の劇場版では、そんな≪オーグマー≫を使って参加するARゲーム『オーディナル・スケール』が舞台になります。これはどういうゲームなんですか?
現実世界の各所に出現するモンスターと闘ってランクを上げていく、オーソドックスな位置情報ゲームですね。代々木公園など、現実の都内の風景が緻密に描かれているのが興味深かったです。
映画パンフレットを読むとわかるんですが、このゲーム自体の設定が完全に「Ingress」【※】そのものなんだよね。異世界から謎のモンスターが出てきて、それと共生しようとする組織と退治しようとする組織に分かれているという。
※Ingress
スマートフォン向けの拡張現実技術(AR技術)を利用したオンラインゲーム・位置情報ゲーム。最大の特徴は、ゲームフィールドが現実のGoogleマップによる地図そのものだということ。
でもこれ、外から見たら異様ですよね(笑)。みんなでHoloLensかぶってワーッと遊んでるときの、HoloLens被ってない人の何やってるんだ感というか……。
ARってつけてない人には何が何だかわからないですからね。外からは何も見えないわけですし。
外してる側の人間とつけてる側の人間の比較がもっとあってもよかったんじゃないかな。
個人的には二画面欲しかったですね。右下に小窓でARなしの現実世界が描かれていて、AR内ではかっこよく斬撃を決めている場面で、現実は虚空に向かって素振りしているという(笑)。
それはちょっと見たかったかもしれない(笑)。
「ARが見えていない人にはどういうふうに映っているんだろう」というのを考えながら見ると興味深い部分が端々にあるので、その辺を意識してみるとちょっと面白いかもしれません。
意識して見ていると、きちんとストーリー上の伏線になっていたりして……おっと。
ネタバレはやめておきましょう。
ARゲーム『オーディナル・スケール』は実現可能か?
作中のARゲーム『オーディナル・スケール』では何が印象的でしたか?
現実世界を上書きする演出がすごく上手で、感動しました。
というと?
ちょっと長くなるんですけど……現実世界の物体に映像を上書きするタイプのARゲームには、「ゲーム内の物体の形状が、現実の物体の形状に縛られてしまう」という問題があるんですよ。
たとえば現実の犬をARで巨大な恐竜に見せかけても、さわれるのは元の犬の部分だけですよね。『オーディナル・スケール』は中世ファンタジー風のゲームなので、現実のビル街にそのままテクスチャを貼り付けるだけだと世界観が破綻してしまう。
たしかに。
そこで、人間がさわれない高さの部分は大胆に書き換えてしまうんですよ。高層ビルを二階建てのファンタジー風建物にしたり、街路樹をファンタジー風の街灯に置き換えてしまう。どうせそんな高さを触ることはできないんだから消しちゃってもいいよね、という。この演出は相当考えられているなと感じましたね。
でも、街路樹消して向こう側見えるようにするって相当難易度高いよね。
どうやってるんでしょうね、あれ……。そもそも街路樹の位置とか全部3Dスキャンしておく必要がありますよね。
あらかじめ全部スキャンしてるんですかね。
原理的には可能ですけど……劇中の表現だと、少なくとも都内のあらゆる場所をスキャンしておく必要がありますよ。
それいくらかけてんだ……っていう(笑)。
単にスキャンするだけじゃ足りなくて、『オーディナル・スケール』のファンタジー風の世界観に置き換える作業も必要ですし。レベルデザイナー【※】がいくらいても足りなさそう。
※レベルデザイナー
ゲームのコンセプトをもとに、シナリオ、ステージ、敵、イベントやアイテムなど、さまざまな要素を考え、制作するデザイナー。
……よく考えるとGoogleだったら出来そうな気になってくる(笑)。
あー、できそう(笑)!
ストリートビューカーならぬ、ストリートビュードローンをばーっと飛ばして。
無限にお金があればなんでもできちゃいますね(笑)。
「ビルを壊せない」ARゲームでの演出
作中ゲームも、実は結構凝った作りになっているんですね。他にも、ARならではの演出はありましたか?
ダメージ表現が素晴らしかったですね。剣を振り回して戦う戦闘ゲームなので、必然的に物が壊れる表現が出てくるんです。でも、もちろんAR内のモンスターがいくら暴れたところで現実のビルは壊れるはずがないので、ビルが壊れたりガレキが落ちてきたりはしないんですよね。ARゲームは現実世界にゲームを重ね合わせるという性質上、あまり大きな齟齬が生まれるとマズい。
なるほど、VRゲームではその表現は簡単にできるけど、ARでは難しいんですね。
それをどう誤魔化すのかなと思っていたら、土煙が出てダメージが出た部分が見えなくなるという表現になっていました。ものすごく派手な音と閃光が飛び散って、もくもくと濃い土煙が立ち上がって破壊箇所が見えなくなって……でもしばらくするとなにごともなかったかのように無傷になってる(笑)。プレイヤーも、攻撃を受けても身体が吹っ飛んだりはせず、その場で倒れ込むだけなんですよ。これ、よくできてますよね。
ふむふむ。
というか私、今日は「よくできてるなあ」しか言ってないですね(笑)。
僕はちょっと否定派ですね……。ARなんだから現実の世界をもうちょっと活かそうよというか、全部置き換えるならVRでいいじゃんっていう(苦笑)。
VRでやったほうが楽しいよなあ。
いや、ARゲームは現実の体感覚をゲームに持ち込むのが楽しいんですよ。私、『Wii Fit』を一時期毎日のようにやっててですね。ちゃんとやるとどんどん自分の身体に筋力がついてスコアが上がっていって、それによって寝付きがよくなったりとか、健康になっていくのが実感できて楽しいんですよ。
リアルなパラメーターが上がっていくと。
今回のゲーム『オーディナル・スケール』でも、たとえばリアルで剣道をしている人はゲーム内でも強いわけですよね。走り込みをしたりするとどんどん強くなっていく。
えーでもめんどくさいじゃーん。
体動かした方が楽しいですよ、MIROさん(笑)。
でも、だったらVRでも低周波治療器でも身体につけて、筋肉に電流流してビックンビックンやってればいいんじゃない?
いやいや(笑)。
もう身も蓋もないですねほんとに!
あ、でもARで球筋を予測するみたいなやつあったじゃないですか。あれはよかった。あれが理想のARですよ(笑)。
ARデバイスもどんどん小型化していって、外からは装着しているかどうかわからないくらいになって。そのうち剣道の試合でも使う人が現れて、有段者同士の試合で使った、使わないで問題になって……。剣道界を揺るがす大事件になりそう(笑)。
メカニカルドーピングじゃないですか! でも、そういうアプリ入れてケンカしてみたいですね。
我々の運動神経じゃ、見えてても避けられなさそうだけど(笑)。
ARデバイスのUI
≪オーグマー≫のUI【※】についてはどうですか?
※UI
ユーザーインターフェースの略称。人間が機械を扱う際に必要な情報を表示したり、コントロールするするための方法やデザインのこと。ゲームでいう「プレイ画面」や「操作性」にあたる言葉。
視界ふさぎすぎじゃないのって思いました。私は片目ヘッドマウントディスプレイをつけながら数年通勤していたのでよくわかるんですが、視界の片隅に物があるって結構邪魔なんですよ。
実体験(笑)。
経験者が言うならしょうがないですね(笑)。
必要なときに呼ぶっていうのは良いと思うんだけど、結構邪魔っぽそうだなと。
ウィジェット【※】で時計をずっと出すのとかはよくないと。
※ウィジェット
ひと目で情報を得られるように小型化されたアプリのこと。
いや、だって……時計ずっと見たい?
たしかにいらない。
でしょ? 目線をトラッキングして、上を見たときに時計がパッと出てくるとかね。
そう言われてみるとオーグマーって昔のAndroidのデフォルトっぽいUIですね。
常に配置されてる必要はないだろ、と。経験者にしか分からない実感ですね。
ARと個人情報
劇中で、オーグマーはゲームだけでなく、さまざまな広告にも使われていましたね。ARデバイスが普及した社会は、あんな感じになるんですかね?
執拗に出てきますよね。映画の最初に流れるバラエティニュース番組でも、やたらとポイントとクーポンの話をしてますし。
あのクーポンシステムのビジネスモデルがわからなかったんですよね……。無限に金をばらまいてるようにしか見えないんですけど、あの原資は一体どこから出てるんだっていう。
あれはオーグマー普及のために、開発元がお金を出してるんじゃないですか?
オーグマーを普及させるためにクーポンをばらまくというのはリアルな未来ですよね。AR広告やクーポンが世界を覆って、「オーグマーをかけてるとオトクだよね!」ってみんなが思うようになる未来。
オーグマーを普及させるためのキラーコンテンツとして、広告やクーポンが有望だということですね。
ユーザーはコンテンツだと認識しないままに、みんなが広告やクーポン目的でオーグマーを利用しています、という未来絵図はありえますよね。
それにしても、このデバイス、かなりの量のライフログが取れますよね。
オーグマーのEULA【※】がどういう利用規約になってるか読んでみたいですよね。今でもよく炎上するじゃないですか、個人情報の取り扱いって。つけてる間じゅう自動的にライフログを収集して、勝手にビッグデータで解析するなんて……大問題になりそう(笑)。
※EULA
使用許諾契約。ユーザがアプリケーションやサービスを利用する上で守るべき条件をまとめたもの。
個人情報っていうレベルじゃない(笑)。
高木浩光先生【※】大ハッスルですよ(笑)。
※高木浩光
産業技術総合研究所情報セキュリティ研究センター主任研究員。インターネット上での個人情報やセキュリティに対する活発な啓蒙活動で知られる。
でも劇中ではあれをつけてるゲーマーたちはそんなこと全然気にしてないですよね。
この世界に行くまであと10年間ですけど、その間のプライバシー感覚の変遷みたいのはちょっと知りたいよね。
舞台が2026年ということで、いろいろな問題が現実と地続きに感じられますよね。
振り返ってみて
いやー、それにしても面白かったですね。1800円払う価値はあった。現時点でのARについていろいろ考えることができるいい映画でした。
今回の劇場版は『SAO』シリーズで唯一、技術的考察が出来るコンテンツだったのでは? 劇場版以前の『SAO』編で登場する「ナーヴギア」や、劇場版以後の『アリシゼーション』編で登場する「STL」の技術はブラックボックスですし、技術的にどうこうは話しづらいですから。
そういえば、映画のあと長男がすっかり『SAO』シリーズにハマって、勝手にAmazon Primeでアニメ版を追っかけて観てるんですよ。いまは『フェアリィ・ダンス』編だったかな。
ものすごいAR・VR英才教育ですね(笑)。お子さんがキリト君(本作の主人公)みたいに立派な子に育つことを期待しましょう。
どんどん次の世代を教育していきましょう(笑)。ありがとうございました!