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『ゴースト オブ ヨウテイ』では「使える言葉が増えた」ことで翻訳難度がアップ? 羊蹄六人衆の名前も「蛇、鬼、狐、蜘蛛、龍ときて、いきなり斎藤?」と思った?——篤役 ファイルーズあいさん&ローカライズチームインタビュー

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『Ghost of Tsushima(ゴースト オブ ツシマ)』(以下、『ツシマ』)から続く、Sucker Punch Productionsによる剣戟オープンワールド最新作『Ghost of Yōtei(ゴースト オブ ヨウテイ)』(以下、『ヨウテイ』)。

江戸時代初期、1603年の蝦夷地(北海道)を舞台に、両親を殺された流浪の武芸者・篤(あつ)による、復讐物語を描くという作品だ。

『ツシマ』に続き海外発で日本を描いた作品ながら、時代考証やローカライズのクオリティでも高い評価を得ている本作。

前作と同じく「日本語版」ではなく「日本版」を作るというところを目標に取り組まれていたということだが、前作よりも現代に近い「江戸初期」が舞台となったことで、使用できる言葉のバリエーションが増えたことが、意外にも最初の課題となったという。

電ファミニコゲーマーでは、ローカライズでの苦労や向き合い方などについて、主人公・篤の日本語版ボイスを担当したファイルーズあいさんと、同作のローカライズを務めたソニー・インタラクティブエンタテインメントの坂井大剛氏と関根麗子氏に、インタビューを行う機会をいただいた。合同インタビューでの取材となっているが、本作に関心がある方は楽しんでいただければ幸いだ。

『ゴースト・オブ・ヨウテイ』ファイルーズあいさん×SIEローカライズチーム合同インタビュー_001
写真左からSIE IPL Japan ローカライズプロデューサー関根麗子氏、ファイルーズあいさん、SIE IPL Japan ローカライズスペシャリスト坂井大剛氏。

聞き手/豊田恵吾
執筆/恵那

※この記事には『ゴースト オブ ヨウテイ』のネタバレが含まれています。お気をつけください。

前作『ツシマ』に比べて「使える言葉が増えた」ことがローカライズの最初の課題に

──まず最初に、坂井さんと関根さんがローカライズチームの中で、どのような役割を務められていたのかを教えてください。

坂井氏:
私は「ローカライズスペシャリスト」という職名で本作に関わっているのですが、自分の仕事について簡単に説明すると、台本翻訳や、ゲーム内音声・ゲーム内テキストなど日本語ローカライズ全体の品質管理を担当していました。

収録現場にも参加していますが、そちらでは音響ディレクターさんが指揮を執っています。「台本を納品するまで」がメインの仕事ではありますが、収録中にシーンの状況やキャラクターの心情を説明して一緒に作品を作り上げています。

関根氏:
私は「ローカライズプロデューサー」という役割で、ローカライズ全体を統括して滞りなく進行させることが仕事でした。スケジュールや環境を整えたり、アドバイザー(監修)の方や開発側とのやり取りを行ったり、みなさんが収録に臨むための雑務などを行ってきたというイメージです。そのほか監督モードの準備なども行っていますね。

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──本作は時代的な背景に加えて、蝦夷地の方言であったりとかアイヌの言葉など、地域的な要素も言葉に関わってくる作品だったと思います。ローカライズのハードルは高かったと思うのですが、苦労された点などはありましたか?

坂井氏:
我々は『ツシマ』のローカライズにも関わっていたのですが、そのときと比べると「使える言葉が増えた」というのが、じつは最初の大きな難点のひとつでした。

『ツシマ』の主人公は境井仁という武士でしたから、言ってしまえば武士言葉を使っていけば、ある程度の時代劇感は出せたんですね。ただ、本作の主人公である篤は流浪人ですから、武士言葉を使う必然性がありません。時代も大きく下って江戸時代初期ですので、現代に通じる言葉もかなり多くなっているんです。

──使える言葉が増えてローカライズが難しくなった、というのは意外でした。

坂井氏:
たとえば現代でも使われる「マジ」という言葉・表現も、江戸時代であればじつは時代考証的には問題なく使えるんです。ほかにも、「~しまくる」といった表現も使えます。「斬りまくる」とか「倒しまくる」みたいな言葉も、使おうと思えば使うことはできるんです。

ただ、こうした言葉を使うと作品の雰囲気が大きく変わってしまいますから、『ヨウテイ』の中で使うべきなのかと問われると、難しいところです。ですので本作では、広がった言葉の選択肢を削ぎ落すことがいちばん最初の仕事でした。

──前作を踏まえたうえでのローカライズ手法の進化であったり、新たに意識されたポイントなどはありましたか?

坂井氏:
ベースになっている考え方や進め方は、『ツシマ』のときから大きくは変わっていないと思います。「日本語版を作る」のでなく「日本版」を作る、というのが『ツシマ』から引き継いできたローカライズの隠れたテーマになっています。

もとの英語でどんな表現なのかを意識しすぎるのではなく、日本のユーザーが楽しめるためにどうすればいいのかをしっかりと考えてきたつもりです。

──単なる翻訳以上の“ローカライズ”を目指されていたわけですね。

坂井氏:
『ツシマ』のときと同じく、東大で日本中世史を専攻されている本郷先生(本郷和人氏:東京大学史料編纂所教授)にご相談させていただいて、当時の言葉の調査だけではなく、1603年という時代やそのころの蝦夷地という場所にどんな人たちが集まっていたのかなど、いろいろなお話をうかがってきました。

簡単にまとめると、その時期の蝦夷地というのは現在のニューヨークのような、さまざまな文化の混ざり合う、文化のるつぼだったそうです。だから『ヨウテイ』では、武士言葉だけではなく、たくさんの言葉を入れながら、その中で使うべき言葉を削ぎ落して、フィクションとしての蝦夷地や篤のキャラクターに似合う言葉を探していきました。

『ゴースト・オブ・ヨウテイ』ファイルーズあいさん×SIEローカライズチーム合同インタビュー_003
▲画像はGhost of Yōtei | ゲームタイトル | PlayStation (日本)より

ファイルーズあいさん:
演じていて、たしかにあまり時代劇っぽくない言葉遣いだなと感じたところもありました。しゃべり方が堅苦しくないので、共感しやすい部分も多かったです。

坂井氏:
じつはファイルーズあいさんが過去に声を担当されたキャラクターの言葉の使い方も参考にさせていただき、トライした箇所もあります(笑)。

ファイルーズあいさん:
「~じゃあねえのか」の部分ですかね(笑)。そういうことだったんですね!

──ちょっと話が逸れますが、羊蹄六人衆の名前についてお聞かせください。「蛇」、「鬼」、「狐」、「蜘蛛」、「龍」ときて、最後に「斎藤」となったとき、ローカライズチームとしてはどう受け取ったのですか?

坂井氏:
あれはもう、なんとも言えないですが、斎藤です(笑)。

──(笑)。変えたい、という気持ちは……。

坂井氏:
個人的には少し考えました。「いきなり斎藤?」と思いますよね(笑)。とはいえ、斎藤は大軍を束ねる将なので、コードネームを付けるのもそれはそれで違うかなと。

ファイルーズあいさん:
今日の衣装にも帯をつけさせてもらっているんですけど、『ヨウテイ』をプレイしていない衣装さんが「それ、すごくかっこいいね。上から順に蛇、鬼、狐、蜘蛛、龍……え? 斎藤? ええっ??」となっていました(笑)。

でも、そこがいいんですよね。なじみのある名前の人が、あんな恐ろしいことを平気な顔で……となりますし、しかもカリスマ性もあるから絶対に敵にしたくない相手じゃないですか。

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坂井氏:
逆にリアルな感じってことですよね

ファイルーズあいさん:
そうです。 だから私、『ヨウテイ』の収録のあいだとか、収録が終わったあとも斎藤さんの表札などを見ると、「斎藤……!」ってなりましたから(笑)。

関根氏:
羊蹄六人衆の名前を帯に書くシーンは、最後にファイルーズあいさんが、すごくかっこよく「斎藤」と言ってくださったので、とてもいいシーンになったと思います。

「弱さを隠すための強さ」を表現できることが、篤役としてのファイルーズあいさんの魅力

──ファイルーズあいさんはオーディションを経て篤役に決まったとうかがっていますが、ローカライズチームから見て「篤」らしさを感じたポイントはどんなところだったのでしょうか?

坂井氏:
篤というキャラクターが持つ強さと弱さ、その両面をうまく引き出して演じていただいたのがファイルーズあいさんだったと思っています。

篤は言葉数は少なく、でもその切れ味は鋭いという、刃物のような人物です。ですがその一方で、言葉の鋭さは篤の弱い心を守る、鎧のようなものでもあります。弱い心を、強い言葉で隠しているんです。

──なるほど、その両面が揃ってはじめて「篤」というキャラクターになると。

坂井氏:
オーディションで使用したシーンのひとつに、篤や十兵衛たちが集まって和やかにご飯を食べる場面があったのですが、ファイルーズあいさんが本当に屈託なく笑ったり、冗談を飛ばしたりしているのを聞いたときに、「これはめちゃくちゃいいシーンだな」と感じました。

一方で、啖呵を切るような強気なセリフもすごく威勢が良くて、このギャップこそが篤というキャラクターの魅力を深めてくれるだろうと確信できました。

ファイルーズあいさん:
そう言っていただけて、私としてもうれしいです。これまでも私は強い女性の役を演じさせていただくことが多かったんですが、ほかの作品では「ちょっと圧が強すぎるので、力を抜いてください」とディレクションをいただくこともありました。その「圧の強さ」っていうのは、篤を演じるうえでも活かせた部分だと思います。

ただ、ちょうどオーディションの時期が、自分にとって心の弱さと向き合わなければならないような、少ししんどい時期でもあって、私自身としても、強い言葉の内側にいる弱い自分を意識することがありました。

坂井さんのお話を聞いて、そういう状態の自分が、等身大の篤にうまく重なったのかもしれないなと感じましたね。このタイミングでこの役にめぐり合えたっていうのは、ものすごく幸運なことだったんだなと感謝しています。

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関根氏:
ファイルーズあいさんは海外での人気も高くて、キャスティングをしたときには開発の人たちもすごくよろこんでくれていたんですよね。

もともとそうした海外人気を意識したわけではなかったのですが、海外ファンの中には日本語ボイスでプレイしてくださってる方もいらっしゃるんですね。そういった楽しまれ方を見ると、ファイルーズあいさんに担当してもらって本当によかったと思います。

──日本語音声の収録にあたっては、英語版で篤を演じたエリカ・イシイさんの音声を聞いたうえで臨まれたのでしょうか?

ファイルーズあいさん:
そうですね。じつは収録もエリカさんの音声と合わせる形で行っていて、最初に一度エリカさんの音声を流していただき、そのあともう一度音声を流していただいて、その音声に合わせて私もしゃべるという流れで収録していたんです。

セリフの長さであったり、テンション感みたいなものを、1回目のエリカさんのセリフで体に沁み込ませつつ、日本語セリフのどの部分を立てるのかというのを瞬時に頭の中で組み立てる必要があって、本当に難しかったですね。

収録自体、何時間も続いたのでたいへんではあったのですが、いい緊張感が続いてすごくやり応えも感じました。

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▲画像はGhost of Yōtei | ゲームタイトル | PlayStation (日本)より

──エリカさんの音声を聞いたうえで、参考になったポイントや日本語の演技の中に取り入れたポイントなどはありましたか?

ファイルーズあいさん:
私は英語ネイティブではないので、すべてを理解できているわけではないのですが、エリカさんの言い回しや単語の強調など、話し手の意図を感じる部分はなるべく汲み取るように努力しました。

エリカさんの演技って飾りっ気がなくて、篤というキャラクターをまるごと自分のものにしているんだなと感じられるんですよ。

彼女自身、アニメとかマンガといったエンタメ作品が大好きらしくて、「作品やキャラクターに寄り添うことが大好きでたまらない人のお芝居なんだ」っていうのが伝わってくる、本当に素敵な演技でした。

──本作は日本語リップシンクに対応したことでも話題になりましたよ。キャラクターが自分の声にあわせてしゃべるというのは、なかなか珍しい体験かと思いますが、ご覧になっていかがでしたか?

ファイルーズあいさん:
ひと言で言えば「誉れ」ですね(笑)。

じつは最初、あまりに自然すぎて、私自身はリップシンクされていることにぜんぜん気づかなかったんですよ。あとから実況動画などで指摘されているのを見て、ようやく気づいたくらいなんです。

当たり前のように感じてしまっていたのですが、声・言葉に対してこんなにもリスペクトをもって作ってくださったのかと……すごくうれしかったです。

関根氏:
私たちが納品した音声に対して、ひとつひとつアニメチームが手直ししてくれているものですからね。私たちも、完成品が日本語音声に合わせたリップシンクになっているのを見たときには、すごく感動しましたね。

『ヨウテイ』には時代劇への愛、前作『ツシマ』への愛も詰まっている

──『ヨウテイ』は感情の機微や心情も色濃く描かれているゲームだと思いますが、みなさんの印象に残っているシーンやセリフはありますか?

坂井氏:
共感を得られにくいかもしれないのですが、お雪と篤が出会った最初のころに侍に舐められて、ステゴロの喧嘩をするシーンです。そのとき、篤がお雪に向かって「弾き手、撥(ばち)止めんなよ」って言うセリフがすごく好きなんですよね。

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ファイルーズあいさん:
わかります! あのシーン、めっちゃかっこいいですよね! 私もすごく好きです。お雪が弾いてる三味線の音も相まって、バチッと決まるんですよ。

坂井氏:
台本の時点でもこれは絶対かっこよくなると思っていたのですが、ファイルーズあいさんの演技が本当に見事でかっこよさが倍増しています。

その場面に限らず、ファイルーズあいさんはしゃべる相手によって篤の言葉の柔らかさとか強さを変えてくださっているんですよね。台本に書いているわけではないのですが、それを自然にやってくださったのがありがたかったです。

──推したいポイントやキャラクターはいかがですか?

関根氏:
私の推しポイントは、すごく渋いイケオジがいっぱい出てくることでしょうか(笑)。これから遊ぶプレイヤーさんにも、ぜひお気に入りのおじさんを見つけてほしいです。

──ちなみに、関根さんの推しおじは誰なんでしょう?

関根氏:
選び難いですね……。斎藤ももちろん好きなんですけれども、いちばんは榎本師匠かな?

ファイルーズあいさん:
私も榎本師匠は好きです! ものすごくちゃんとした大人なんですよね。

関根氏:
白髪頭なのにとんでもなく強いところも、すごく惹かれるものがありますよね。時代劇っぽいというか、とにかく大好きです。

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坂井氏:
時代劇っぽさで言うと、『ヨウテイ』では有名な時代劇映画の監督から名前をもらった「黒澤モード」や「渡辺モード」、「三池モード」という、演出を変更するモードがあります。

この「三池モード」の三池崇史監督なんですけど、じつは監督ご自身が名前と説明文を書いてくださっている刀がゲーム内に登場しているんです。「血錆之禍蜜(ちさびのまがみつ)」(英語版名称:Blood Rust Honey)という刀なんですが、これを装備すると篤の周りをハエが飛ぶ特殊効果があります。

「なんでこんな演出が?」と思ったプレイヤーさんも多いと思うのですが、開発チームのアートディレクターが、三池監督の映画をオマージュして作ったものなんですね。

三池監督の『十三人の刺客』という映画の中で、登場人物の顔にハエが止まるという印象的なシーンがあり、それをモチーフにしているんだそうです【※】

ファイルーズあいさん:
すごい! そんな理由があったんですね!

坂井氏:
ゲーム内ではものすごくさらっと登場していて、気づく人が少ないのがもったいないと思っていまして、せっかくなのでここでお伝えさせていただきました。

※『十三人の刺客』のモチーフ:敵役の鬼頭半兵衛が死ぬシーンで、死に際に鼻にハエが止まるシーンがある。粘度を出すために血糊にハチミツが混ぜてあり、現場がハエだらけになり、撮影中に偶然にも本物のハエが止まったというエピソードが知られている。「血」、「蜜」という文字が入っているのはそのため。

──ありがとうございます。最後にファイルーズあいさんからも推しポイントを紹介いただけますか。

ファイルーズあいさん:
境井仁を思わせるような伝説が出てきたり、ゆなの刀が出てきたり、前作『ツシマ』との繋がりが感じられたのは、個人的にはたまらないポイントでした。前作への愛情もちゃんと継承されているんだなと感じましたね。

もちろん『ヨウテイ』からプレイしてもまったく問題なく楽しめるんですけれど、『ツシマ』をプレイされていた方ならば、体の奥底から湧き上がるような情熱を感じられると思います。前作ファンにとっては、エモさを感じる演出もあるので、そこはぜひ推していきたいですね。

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──ありがとうございました。


高い評価を得ている『ゴースト オブ ヨウテイ』の日本語ローカライズ。単なる翻訳ではなく、日本のプレイヤーに楽しんでもらうための「日本版」を目指すという高い目標があったからこそ、というのが伝わるインタビューだった。

副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
編集・ライター
ル・グィンの小説とホラー映画を愛する半人前ライター。「ジルオール」に性癖を破壊され、「CivilizationⅥ」に生活を破壊されて育つ。熱いパッションの創作物を吸って生きながらえています。正気です。

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