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音楽が違法な世界で“罪”を犯すリズムゲーム『UNBEATABLE』がおもしろい。初めてEmコードを鳴らしてみたときのような驚きを与えてくれる

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『UNBEATABLE』がおもしろい。
だが、そのおもしろさについて語ることはむずかしい。

ゲームそのものは、かんたんである。
というより、難易度を、プレイヤーの入力技術にあわせて変えられる。
リズム・ゲームだ。

どんなゲームであるかは、トレイラーを見てもらうのがいちばんはやい。

どんな気分のゲームであるかは、キャッチコピーを言うのがいちばんはやい。

「音楽が違法の世界で、あなたが罪を犯すゲーム」。

文/藤田祥平
編集/実存


誰もいない武道館でギターを掻き鳴らし、警官をぶちのめす

物語は、要約するといいだろう。

『UNBEATABLE』レビュー・評価・感想:初めてEmコードを鳴らしてみたときのような驚きを与えてくれる_001

謎のバンドがスタジアムで演奏している。武道館ライブだ。
観客席の少女が、音楽に打ちのめされて、ぼんやりしている。
ボーカルが彼女に近づいて、目を合わせる。

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べつの女が、いくぶん非現実的な草原で目を覚ます。これは二十歳くらい。
彼女のコントロールの権限があなたに移る、つまりあなたがスティックを右に倒せば、彼女は右に駆ける。

あなたはロング・ショットでたっぷり三十秒、草原のなかを駆ける。
かつて観客席の少女だった、いまは十二歳の女の子と出会う。
十二歳の女の子は、二十歳の女が背負っているケースを指さして、言う。

「それ、違法だよ」

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ところで、二十歳の女の名はビート(Beat)。拍の意である。
十二歳の女の子の名はクェヴァー(Quaver)。八分音符の意である。

クェヴァーはビートに協力を求め、住宅街を守るものものしいゲートの監視の目を盗み、自転車で街を目指す。現代日本ふうの都市の町並みの中心に、スタジアムがある。
ふたりは誰かが鍵をかけ忘れた搬入口からしのびこみ、クェヴァーがひとりでステージへ向かう。

ビートは完全に死んでいる武道館のフードコートを通り抜けて、観客席からステージへ向かう。
音楽が違法となってから七年間のあいだ放置されていた武道館の大ホールは、ぼろぼろになっている。

そのステージの中心に、アコースティック・ギターを抱えたクェヴァーがいる。
弾き語りがはじまる。

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それはすばらしいものだ。
しかし、すぐに、騒ぎを聞きつけた「警官」がやってくる。

「警察」の警官ではない。「HARM」の警官である。
Harmony and Resonance Management、意訳すれば、「共鳴調和管理機構」といったところか。

そもそもどうして音楽が違法なのかといえば、「サイレンス」のためだ。
これは人々の感情が高まったときにあらわれるお化けで、さまざまな破壊行為をする。

同一の意味内容に同時に感動する人間の数が多いほど危険で、だからこの世界では七年間ものあいだ、音楽が違法なのである。
つまり「HARM」の連中は、世の秩序をまもるために頑張っている。

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そして、「HARM」の警官の銃口が、弾き語りをする女の子に向けられる。

その瞬間、ビートは、その警官をぼこぼこにぶちのめすことを決意し、実行する。
音ゲーがはじまる。

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ところで、Beatという言葉にはいろんな意味があるが、「ぶん殴る」もそのひとつだ

ここから「警官」と「サイレンス」の大群が押し寄せてきての逃走劇あり、いきすぎたバンドメンバー募集の試みとしての「刑務所」への侵入あり、捕縛あり、脱獄ありで、ノリはわかってくる。

あなたがこの世ではじめてEmのコードを鳴らしてみたときの驚き

『UNBEATABLE』の欠点は、長所だ。

たとえばわたしは、クェヴァーとビートがスクーターに二人乗りをして、どこかへ向かっているときの会話を、なぜか忘れられない。
それはこんなふうだ、

「めずらしいギターだね」とクェヴァーが言う。

「は?」とビートが、ピンクのギターケースに収められたみずいろのギターのことを思いながら、文化的に非常にハイコンテクストな──つまり現代アメリカの若者口調で──言う。

「いや、これ、Debatably(ちがうってヤツもいるだろうけど)、『ジ(まさに)・ギター』だぞ。レス・ポール・スタンダード。知らないの?」

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ビートは、クェヴァーがいくら十二歳だからといって、あれだけギターがうまいのだから、レス・ポールくらい知っているはずだ、と思って、訝しんでいるのだ。

「うん」と、クェヴァーは言う。

「見たこともないや」

そしてこうした、一見して冗長な会話劇は、ある驚きをプレイヤーに伝えようとするための埋め草である。
それは世界を所与のものとして認める以前の、原始的な驚きだ。

それはあなたがこの世ではじめてEm(イー・マイナー)のコードを鳴らしてみたときの驚きだ。
当然だ、常識だ、と思っていたことが、「レス・ポールを知らない天才少女ギタリスト」という驚異によって覆される驚きだ。

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個別の事象が問題なのではない。
ただ、世界は、見知ったり聞いたりした以上のなにかを含んでいるのではないか。そう考えたなら、すでに期待である。

しかし、それが期待であることを、ビートも、プレイヤーもわかっていない。ただ、楽曲の、ある小節ごとに、自己と自我とを一にして、表出しようと試み続けているのみだ。

だからアニメ映画と混淆した音ゲーのシークエンスの、あるむずかしい小節において、クェヴァーがビートのみずいろのレス・ポールを手に立ち上がり、むずかしい音ゲーの譜面に難儀しているあなたのバック・グラウンドで堂々としたギター・ソロを奏ではじめるとき、この作品は完全に名作だ。

現代における敵は、「サイレンス」ではなく「ノイズ」ではないか

しかし冗長も、おなじ根からくる。
フィールドを探索してイベントを起こす、表れた現代アメリカ語のテキストを読む、種々のミニ・ゲームに参加する。

試みはよい。
だが、その冗長さは、ピークのための休符として機能していない。
休符のための休符になっている。

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緊密で細緻な楽曲は、休符さえ音楽である。
だとすれば、はじめから、この作品は狙いのつけかたを間違っていたことになる。

どう違えたか。
現代における敵は、「サイレンス」ではなく「ノイズ」だ。
問題は、権威主義的な体制にあるのではない。
良い音楽を聞かない、大衆のほうにある。

大衆は、問題ではあるが、悪ではない。
大衆はイノセントだ。
土を耕し、海で漁をし、ブラック企業で奴隷労働をする。

だから、専門人が食える。
したがって、専門人の責任とは、仕事に疲れて帰ってきた大衆が、一日の疲れを癒やすためにスマホをつけて聞く音楽を、監督することだ。

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あらゆる美的感覚と同様に、音楽への理解もまた、訓練によって磨かれる。
子どもはマクドナルドのハンバーガーを喜び、里芋の煮っ転がしを好まない。

だからといって、マクドナルドばかり食べさせてはいけない。
マクドナルドが気にしているのは、標準化された規格による利益支配のシステムのみである。

たまにはいいが、葉物も食わせてやらねばならない。
子供がいやがるなら、腹がすくまで放っておけばいい。

大衆は、『UNBEATABLE』のオリジナル・サウンドトラックを聞いても、まったくぴんとこない。
専門人は、「これは大衆にはわからないから」といって、良い音楽を流さない。

しかし専門人は専門人でありたいから、化学調味料にまみれた楽曲を大衆の耳に押しつけ、聴覚を破壊し、暴利をむさぼる。
そしていまや、アルゴリズムがそのシステムを完成させてしまった。

つまり、大衆音楽が崩壊したのは、専門人の裏切りのためだ。
だから「HARM」という権威主義的な敵役の魅力が、はっきりしない。

「バンド」というものの運命

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そのヴォリューム・ノブを最大にしたとき流れる楽曲がごみなら、悪を助けただけだ。

つまりこの物語がするべきだったのは、標準化された「サイレンス」ではなく、ほんものの「ノイズ」──数百ワットのアンプの目盛りを最大にしたときのような──で、大衆を黙らせておいてから、おもむろにギターをかき鳴らし、楽曲をはじめることだった。

そうしていないから、『UNBEATABLE』という楽曲中の休符は、休符になっていない。
「そんなにおもしろくないパートが終わり、おもしろいパートが来るまでの、死んだビート」になっている。

構図を間違えたのだ。
そのことが、あまりにも惜しい。

というのも、この作品を支えている意志は、冗長ではない。
オリジナル・サウンドトラックを聞けばわかる。

しかし、バンドの運命とは、こういうものかも知れない。
バンドは、彼らの存在を支えている時代のパラダイムが、見えない。
見えないからこそ、表出できる。

というより、見えないことが、彼らの動機なのだ。
大衆は、その盲目さを愛する。
盲目だとわかっていて、慈悲で愛するのではない。
自分たちもまた盲目であるから、感情移入するのだ。

感情移入ほど、くだらないものはない。
移入がすんだら、用済みだ。
そしてまた新たな対象へ移る。
而して流行となる。

大衆は、自分たちが盲目であることは、わかっていない。
だが、彼らはこう思う、

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「ロックスター/アイドルは、(盲目である)わたしたちのありようを、レペゼン(Represent)してくれているように思われる。」

そして、どんなロックスター/アイドルだって、一皮むけばうんこもおしっこもするという現実を、決して見ようとしない大衆の理想主義こそが、ロックスター/アイドルの生まれてくる深源なのだとすれば、その理想のためにロックバンドを組み、きびしい練習をつづけ、ためにバンドを失い、にもかかわらず今日のステージに立つという仕事が、いかに絶望的に呪われているかは、言を俟たない。

だとしたら、なんのためにステージに立つのか?

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逆説だ。
伝わらないからこそ、彼らは歌うのである。

ライター
1991年大阪府生まれ、文筆家。 Website : https://github.com/rollstone1/fujitashohei/wiki
Twitter:@rollstone
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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