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「とにかく頭がおかしいものを作ってほしい」。ホラー専門会社・株式会社闇のゲームブランドが、たったふたりのチームに出したオーダーがそれだった。配信でバズった『たろうくんはいってきました』制作陣に作品に込めた狙いを聞くインタビュー

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ホラーコンテンツがいま、かつてないほど盛り上がっている。

小説や映画、さらにはウェブ上で展開されるフィクションなど、話題作が次々と現れていることはご存じの通りだ。

そして「ホラーゲーム」もまた、ゲーム実況との相性のよさや、「怖くても観て楽しめる」という怖がりな方々にもリーチができるようになったことから、盛り上がりが加速している。そんなホラー作品群の中でも、2026年8月にリリースされた『たろうくんはいってきました』はひときわ異彩を放っていた。

意味深なタイトルに始まり、ウェブを検索しながらあるサイトに残された動画について調べていくというシステム、そして物語の中心となる「タローくん」の強烈な個性……。どこを見ても「一風変わったホラーゲーム」という雰囲気の作品だ。

販売を手掛けるのは、『行方不明展』『恐怖心展』といった展示を仕掛けてきたホラー専門会社・株式会社闇。本作は彼らが「ホラーゲーム専門ブランド」として立ち上げた「YAMI GAMES」のタイトル第1弾となる。開発は公募によって選ばれたふたりのチーム、BeforeHomeWorksによって進められた。

前述したとおり、ホラーゲームの盛り上がりを語るうえで無視できないのが実況プレイを行う「配信者」たちの存在だ。『たろうくんはいってきました』もまた、大手の配信者たちに取り上げられることで「バズ」を生み出した作品なのだ。果たして、この「バズ」は偶然の産物か、それとも入念な設計のもとに生み出されたものなのか?

このたび、本作のプロデューサーを務めるYAMI GAMESの藤田翼氏、そして開発を手掛けるBeforeHomeWorksの松明氏とT氏を迎えたインタビューを実施した。

本インタビューではまず、本作が「配信での撮れ高」を考慮して作られたという驚きの裏話が語られる。さらに藤田氏からの当初のオーダーが「とにかく頭がおかしいもの」だったというエピソードなど、作品に込められた意図や狙いを存分にうかがうことができた。

そして、藤田氏からは気になるYAMI GAMESの次回作『報連喪症候群』の制作背景についてもお聞きすることができた。

以下、その模様をお伝えしていこう。

『たろうくんはいってきました』開発者インタビュー:配信でバズったゲームの制作陣に作品に込めた狙いを聞く_001
左より藤田翼氏、松明氏、T氏。

聞き手・文/豊田恵吾

※この記事は『たろうくんはいってきました』の魅力をもっと知ってもらいたいYAMI GAMESさんと電ファミ編集部のタイアップ企画です。

※この記事には『たろうくんはいってきました』のネタバレが含まれています。お気をつけください。


ホラーは「盛り上がりすぎ」かも? ホラー制作者から見た業界の盛り上がり

──本日はよろしくお願いします。近年、ホラーコンテンツの盛り上がりがすごくあると感じています。ホラーを扱う株式会社闇として、そしてYAMI GAMESを立ち上げた立場として、この盛り上がりをどう捉えていらっしゃるのでしょうか?

藤田氏:
そうですね。すごく盛り上がっていると思います。ただ、社内では去年ぐらいから「盛り上がりすぎじゃないか」と言われていました。ピークに早く達しすぎて、その直後に急落するのが怖い、という話が社内で出ていたんですね。

ですから、盛り上がっているのはいいけれど、トレンドがすぐ終わってしまうのが怖くもあります。

でもだからこそ、その盛り上がっている中で、どんどん自社の作品やIPを作って世に送り出していきたい。それが闇としてのロードマップであり、目標です。そのうちのひとつが、ゲームの分野ということになっているんですね。

あとは、『恐怖心展』【※】や『行方不明展』【※】といった展示イベント。このふたつも、弊社が手がけた体験型展覧会として、成功を収めました。そこからいろんな会社さんが「我々も手を出そう」と、すごく乗り出してきて。それも含めて、ブームの加熱がすごいから、逆に落ちるのも怖いよね、という危機感もあります。それが社内の認識ですね。

※『恐怖心展』
体験型展覧会 。人間がさまざまなものに対して抱く「恐怖心」をテーマにした展示が行われた。

※『行方不明展』
体験型展覧会 。来場者は架空の行方不明に関する資料を読み解く。

──『恐怖心展』と『行方不明展』については、消費されるものではなく、フォーマットそのものを作ったという手応えがあったのでしょうか?

藤田氏:
そうですね。新しいホラーのフォーマットで、こういうIPのやり方を作れたというのは「発明」ですよね、というのが社内の認識です。「行方不明展」では、ACC賞【※】をいただきました。

※ACC賞
『行方不明展』は、一般社団法人ACCの主催する「2025 65th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」において、ブランデッド・コミュニケーション部門Bカテゴリー(ソーシャルインフルエンス)の「ACCブロンズ」を受賞している。

──リアルイベントでありながら、ということですね。

藤田氏:
いままでのリアルイベントは、ホラーの文脈だけで言うと、お化け屋敷などでアトラクトするものが多かったんです。その中で「見るホラー」「感じるホラー」を、その先駆けとして開発できた。それが、我々のいい成果だったんじゃないかと思っています。

YAMI GAMESは「ホラーゲーム専門ブランド」として立ち上げた

──そのような中でYAMI GAMESを立ち上げられたわけですが、どのような経緯だったのでしょうか?

藤田氏:
僕が入社した2年ほど前の時点で、すでに自社の作品、やりたい戦略、IP戦略などが走り始めていました。その中で、ホラー映画などを専門に製作するような映画事業と、あとは創業者自身がやっているAIのエンタメ、ホラーエンタメを作るという事業が走っていました。加えて「行方不明展」などのイベントをおもにやる事業。これらはすでに動いていました。

そこに僕が入って、「ホラーってゲームもあるよね」という話をしました。ですから「僕がやってみたいんで、いいですか」という感じで、事業立ち上げをして、やらせてもらっています。

勝ち筋は考えていました。配信者みたいな人たちって、普通のジャンルよりもホラーゲームを取り上げる確率が高いかなと、なんとなく僕は思っていたんです。配信者に関する事業のキャリアがあったので、そこから「配信者さんってこういうゲーム配信を選びがちだ」という肌感覚がありました。

つまり、旬のホラーゲームはみんな遊ぶし、旬を過ぎても遊ぶときは遊ぶ。ホラーしかできないこの会社なら、そこをやるべきだと考えたんです。

──YAMI GAMESのコンセプトで驚いたのが「ホラーしかやりません」と掲げていらっしゃるんですよね。

藤田氏:
もともとの株式会社闇が、そもそも「ホラーしかできません」という会社なので。うちのゲームブランドも「ホラーゲームしか取り扱いません」という形です。

──YAMI GAMES立ち上げのタイミングから『たろうくんはいってきました』のBeforeHomeWorksさんとはもう繋がりがあって、プロジェクトが動いていたのでしょうか?

藤田氏:
正確にはちょっと違うんです。事業としてまず行ったのが、ゲーム企画の公募を立ち上げることでした。そこから応募してくれたチームのもっとも良かった方が松明さんとTさんのおふたりだったんです。プロトタイプがあったので、そのまま開発を進めることになりました。

検索システムもラストのオチもなかった。プロトタイプから「メタホラー」に行き着くまで

──そのプロトタイプの時点で、すでに製品版の内容は作られていた、あるいは浮かび上がっていたものだったのでしょうか?

藤田氏:
大枠はありました。ただ「これだと商品化としてはまだまだだね」という話をして、ブラッシュアップしてもらいました。

松明氏:
もともとプロトタイプを提出する段階で本業の合間に3年ほどかけて作っていたんですね。

動画を見ているシチュエーション、主人公がタローくんであること、洞窟から脱出する、という大枠はすでにありました。でも、検索システムもラストのオチも、まだ存在していなかったんです。

闇さんといっしょに作っていく中で、「メタホラー」というジャンルでやっていこうという話になり、検索システムというのが出来上がっていきました。段階的にメタ的な要素を強めていく、最終的にあるシチュエーションにたどり着いていく。そういうところをいっしょに練り上げていった、という形になりますね。

──それは意外でした。「メタホラー」は、闇さんとのお話し合いの中から生まれてきた企画だったんですね。

藤田氏:
当初、「ジャンルをどうしようかな」と思っていたんです。ホラーしかやらないゲームブランドなので、すべて「ホラーゲーム」と一括りにするのもどうかと思い、何か作品ごとに「◯◯ホラー」みたいなものをつけていこうかなと思ったんですね。

そして、今回で言うとメタフィクション的な要素がある。じゃあメタフィクションホラーで「メタホラー」にしよう、と。この言い方をしている作品って、意外と少ないと気づき、これに決めました。

──松明さんとTさんは、どういう役割なのかを、改めておうかがいできればと思います。

松明氏:
僕が企画、シナリオ、あとはマップの作成だったり、キャラクターのモーションとか、フェイシャルアニメーションを担当しています。そのほか、ゲーム内のイベント関係、カットシーンなど、そういった部分のプログラムを担当しています。

T氏:
プログラムやゲーム全体のフレームワーク、ゲーム全体のプロジェクトデータの管理だったりを担当しています。あとは松明さんがやってないUIの部分なども、僕が対応しています。

──基本、おふたりで作りきったということですね。

松明氏:
そうですね。ふたりで作って、手が回らないところとか、グラフィック関連などは、アセットを使っているという形になります。

──もともとおふたりはお付き合いが長い状況で「今作をいっしょに作ろう」という形になったのでしょうか?

松明氏:
はい。もともと僕らは、10年ほどの付き合いがあります。ゲーム関連の専門学校の同級生だったんですけど、そこで仲良くなったんです。

専門学校卒業後、別々のゲーム会社でプログラマーとして働いていて「将来的にはふたりでゲーム会社を作りたいよね」という話をしていました。「5、6年経ったら作ってみようか」という話をして、いまに至ります。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。元ファミ通.com編集長。1990年代からゲームメディアに所属しており、これまで500人以上のゲーム開発者、業界関係者、著名人インタビューを手がける。1970年代後半からアーケード、PC、コンシューマーゲームにのめり込み、『ウィザードリィ』のワイヤーフレームで深淵を覗き、現在に至る。
Twitter:@Famitsu_Toyoda

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