東南アジアは中国の裏庭
──ここから最後にかけては、日本と東南アジアの関わり合いについて伺えればと思います。
東南アジアの文化圏を考えるうえで、日本を始めとした諸外国の影響って結構大きいと、お話を聞きながら感じていて。そうした影響関係って、国ごとに違いなどあるのでしょうか?
佐藤氏:
たとえば、ベトナムってじつはかなり中国的なマーケットなんですよ。普通に、武侠小説や『三国志』のネタなどが通用しますよ。曹操などが普通に人気です(笑)。
大和田氏:
ベトナムの人ってよく「自分たちは中国が嫌いだ」と言うけど、文化的にはかなり近いですね。
佐藤氏:
タイも比較的中国よりですね。19世紀初めごろに王様が臣下に“君臣の礼”を教えるために、『三国志演義』を翻訳させたんですよ。それは『サームコック』と呼ばれるんですが、そういうこともあって昔から『三国志』が広く受け入れられているんです。
逆に、ベトナム、タイ以南になってくると、華僑でなければ『三国志』は知らない人のほうが多い気がします。
──『三国志』が、中国との文化的近さを測る基準になるわけですね(笑)。
佐藤氏:
そうした話もあって、ベトナムで人気のゲームにはじつは中国のものが多いんです。ベトナムの大きなゲーム会社のVNGやVTCなどは、中国から仕入れたゲームを昔からベトナム語に翻訳して運営したりしていますしね。似た例として、タイのアジアソフトなども挙げられると思います。
言ってしまえば、東南アジアって中国や韓国の裏庭的なマーケットなんですよ。
正規のモバイルゲーム市場を見ても、PCで人気の中国や韓国のIPを、そのまま移植しているものなどが多いんです。そしてそれを結構な割合で華僑の人たちが中心になって遊んでいるわけです。もちろんそれは“正規化したマーケット”であって、マーケット全体の姿ではありませんが。
インドネシアに愛される日本
──すると、よく親日だなんだという議論がありますが、実際のところ日本ってどう見られているんでしょう?
佐藤氏:
「親日かどうか」という話に関しては、正直、そう簡単には評価できないですよ。歴史の教科書での日本の書かれかたとか、日本の商品がどれだけ好まれているかとか、日本のアニメがどれくらいの時間観られているかとか、じつにいろいろな見かたがありますからね。
大和田氏:
とはいえ、インドネシアでは日本語の習得者がASEANトップの80万人【※】で、親しみがあるのは感じますね。おそらく東南アジアでもインドネシアだけに、各大学で“日本祭り”というものがあるんです。いわゆる映研やアニメ研に始まり、剣道部や柔道部も含め、日本文化を研究するサークルが全部集まって、大学の中でイベントをするんです。
いま僕は、ジャカルタからクルマで4時間くらいするバンドンという田舎町に住んでいるんですが、そこは高原でエアコン代がかからないという理由で大学が集まっているんですね。人口約450万人という横浜市と同程度の規模に、大学が46もあるんですよ。そして凄いのが、そのほぼ全部に日本系のサークルがあって、毎週のように“日本祭り”をやっているわけです。そんなわけで、日本文化というものに結構みんな憧れを持って見てくれているのを感じます。
※とはいえ、この数字にはタネがあって、じつは高校の第二外国語で教わっている人をカウントしているんですね。大学進学率が高くないので、高校で数を取っているんです。大学で日本語を学ぶ人の人口で言えば、2位のタイの3万人とほぼ同じ数になります。(大和田氏)
大和田氏:
ただ注意しなければいけないのが、日本人が考えているようなフレームワークで彼らが日本の文化を見ているかというと……結構違う部分があるということです。やっぱり日本人はマニアックに突き詰めちゃって、コンテンツの好みが異常なまでに細分化され過ぎているんですよ。
たとえばソーシャルゲームって、言ってしまえば日本でしかウケないわけです。
日本で育っていれば、いろいろなカードゲームの文脈があるので、たとえば「このカードとこのカードを合成したら、こういうアイテムが出る。それを作るためにガチャを回すんだ」ということが解ります。でも、その文脈を知らない人からすると、いきなり「SSRが……」とか言われても「はあ?」という話で。いまのソシャゲをパッと見ても、まったく理解されないんですよ。
──そこは、まさに海外での展開を考えるうえで、重要なポイントですね。
日本の“マニアックさ”は理解されていない
大和田氏:
たとえば、あるレース系のゲームで「タイヤのカードとマフラーのカードを合成するとエンジンができる」というものがあったんですが、それに対して「なぜゴムと鉄でエンジンになるの?」みたいなことを真面目に突っ込まれたりしますからね(笑)。そのレベルまで踏み込んでくると、むしろ日本が特殊すぎてグローバルには通用しませんね。
──コンテンツが成熟しているがゆえに、ハイコンテクストになっている、と。
大和田氏:
あるいは日本の萌えキャラとかって、いわゆる“大きなお友達“向けのような感じがあるじゃないですか。でもインドネシアで萌えゲーをマーケティングすると、遊んでいるのは半数以上が女の子なんですよ。彼女たちからするとあれは「可愛い」なんです。
実際、もともとは「可愛い」だったものが、いろいろな経緯を経て「萌え」というジャンルに細分化していったんだと思いますが、まだ文化に深い蓄積がない世界では、萌えキャラもハローキティも同じ「可愛い」でひと括りにされている状態なんです。
佐藤氏:
ちなみに東南アジアの特徴として、この「可愛い」というものに対する評価が高いという実感がありますね。
たとえば中東だと、女性がキャラクターに求めるものとして「かっこいい」が結構強いように思います。とくにサウジアラビアなど、昔は女性が外に出ませんでしたから、活動的に動く女性のキャラクターが好まれるそうです。
──それは面白い違いですね。すると、「可愛い」は、なぜ東南アジアだけに通用するんでしょうか……?
大和田氏:
僕はなんとなく、海洋民族に共通の感性があるんじゃないかなと思っていまして。ほら、海洋民族の神様ってみんな女性じゃないですか。
──……あ! 確かにそうかもしれません。