なぜ日本はIPを生めるのか
──ここでひとつお聞きしたいのが、東南アジアと日本の関わりでの「IP」の扱いです。
いま、中国を始めとして各国でIPがすごく欲しがられているけど、生み出せている国は非常に限られていますよね。その中で、日本が数少ないIP創出国だということについて、おふたりはどのように見ているのでしょうか?
大和田氏:
新興国を見ていると、日本は「寝食を惜しんで創作と向き合える層」が厚いんだなと感じますよ。時間があって純粋な心を持っている思春期に向き合ったものの蓄積が膨大にある。それは生活が苦しい国においてはなかなか難しい話ですから。
ただ、とくに日本に限った話で言うと、これだけIPを生めているのは“漫画文化”が大きいと思います。クラスにひとりかふたりは漫画を描いてる子がいるわけですし、コミケの盛り上がりなどを見れば言わずもがなですよ。
──ここで言っているような意味での漫画文化って、どうやって確立されていくものなんでしょうか?
大和田氏:
何より重要なのは、エコシステムとして成立することです。たとえば日本の漫画は趣味で始めたとしても、その先には各漫画雑誌に懸賞があり、その先には漫画家やそのアシスタントして食べていく道がある。そしてまたその成功者のフォロワーが出てきて……というサイクルが回るわけですよ。
それは東南アジアなどの新興国のサブカルチャー全般において、これといった成功者が出てきていないことにも繋がる話ですね。
産業と市場が噛み合っていない新興国
佐藤氏:
要は、市場と産業がうまく噛み合っていないんです。日本もアメリカも、出したゲームが自国で売れる。でも、インドネシアのクリエイターがインドネシア人に向けてゲームを出そうと思っても、自国市場がそんなに大きくないわけですよ。
それだけじゃ稼げないから、仕方なくほかの国も意識してやるしかない。その総和で見たグローバルという最大公約数の市場を対象に打ち出すから、どうしてもオリジナルな尖ったゲームが出てきにくいわけです。
大和田氏:
そうなるとPDCAもうまく回らないんですよね。きちんとしたフィードバックがないから改善しようがないし、結局「俺らはアメリカ人じゃねーしな」みたいなところに落ち着いてしまう。
その結果、どうしても受託でやらざるを得なくなるわけです。そして仕様書どおりに作っていても、マーケットを自分たちで理解して仕掛けるところまでは行けないんです。
佐藤氏:
実際、ゲームの作りかたからして全然発想が違いますからね。僕らの感覚では、まずゲームクリエイターさんが面白いことを考えて、それをゲームに落とし込んでいくという順番じゃないですか。
でも、インドや東南アジアのゲーム開発者の場合は、まずアメリカなどのランキングトップタイトルを徹底的に調査します。そしてそのレビューを見て、問題点を箇条書きにしていく。それで「トップタイトルと似たゲームで、かつ不満をなるべく解消したもの」を作っていくんです。自分たちのゲームへのフィードバックではなく、他社のゲームへのフィードバックを見るところが面白いですね。
大和田氏:
「ゲームはサイエンスなのか、アートなのか」という話がありますが、まさにそうした人たちは、ゲームの楽しさには再現性があるというアプローチで作っているわけです。
佐藤氏:
現在、東ヨーロッパ以外の新興国がそのジレンマに陥っているように思います。しかし、アメリカのような他国市場でうまくいかないのはもちろん、現地市場でゲームを売ろうとしても、もうアメリカやヨーロッパのトップクラスのゲームにユーザーが慣れちゃっているわけですよね。その状況で自国のゲームをイチから売り出そうとしても、あまりにも差がありすぎるんですよ。
大和田氏:
ちなみに、マレーシアやタイでは政府がそうした産業化に取り組んでいます。マレーシアのクアラルンプールでは、じつは政府が10年前から100%のお金を出してデジタルコンテンツ産業を育てていて。まずは彼らが取り組んだのはCGで、ハリウッドの下請けができるところまでは成長したんです。そこで今度は3年前から、ゲームクリエイターを育成していくプログラムを進めています。そんなふうに、政府がゲームクリエイターのためのインキュベーションセンターを作らざるを得ないような状況なんです。
プランナーが不足している新興国
──いまいろいろとお話がありましたが、結局のところ、自国のゲームを開発するうえで何が欠けているのでしょうか?
大和田氏:
よく言われるのは「プランナーがいない」ということです。いわゆるゲームデザインができなくて、インドネシアだと、ディベロッパーとしてまともに動いている会社が1〜2社しかない厳しい状況です。
佐藤氏:
それはまさに新興国に共通の問題ですね。以前、マレーシアの政府機関と共同で、東南アジア6ヵ国のゲームスタジオ約50社、教育機関約40法人へのアンケート調査やヒアリングをベースに、ゲーム産業の調査をしたレポートを作ったことがあります。それで出た結果ですが、たとえばマレーシアだとグラフィックをやるゲームアーティストは結構いるんです。一方、たとえばベトナムでは意外とゲームプログラマーがたくさんいたりする。けれど、やっぱりどの国も共通して、ゲームデザイナーが全然足りていないわけです。
大和田氏:
その理由って、彼らが最近のコンシューマーしか遊んでいないからだと思うんですよね。
日本のゲーム文化の蓄積を活かすべき
大和田氏:
逆に日本人は20〜30年ゲームを遊んでいるわけで、実際、外から「日本すごい」と言われるのはそうした蓄積の部分ですよ。たとえば、アーケードのゲームクリエイターがいる国って、台湾を除いたらほとんど日本くらいなものですし。
佐藤氏:
アメリカのゲームクリエイターなどにもそれはよく言われます。日本のゲーム作りにおいて、アーケードゲームというものが残っているのは日本のひとつの強みだと。
北米にもゲームセンターはあり、モバイルゲームをアーケードゲーム化した筐体が入っていることはありますが、逆のケースは考えにくい。アーケードゲームから始まったゲームがほかのプラットフォームのゲームに影響を与えるというのは、ゲームセンターが少ないアメリカのエコシステムではありえないことなんですよ。
大和田氏:
まあ、3分で100〜200円を落とさせるノウハウが凄まじく蓄積されているわけですよね。
──そうした「コンティニュー」のようなノウハウが、ソシャゲに活かされたのではという説もありますからね。
大和田氏:
もちろんそうでしょうね。そうしたゲーム性を突き詰めて商品化させるというのは日本の特色だと思います。
日本が現地産業に関わっていくビジョン
大和田氏:
そして先程の「ゲームはアートかサイエンスか」という話でいうと、日本の古くからのゲームクリエイターって「このゲーム性は宮本さんならでは」という、アートとしか言いようがない職人技の世界があると考えているわけですよ。別にどちらが正しいというものではないと思いますが、いま世界はどちらかと言えば、後発の人たちがフォローアップをするためには、サイエンス的な方向でしか成長できない現実がある。
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そうしたときに日本のポジションとして、ゲームデザインやプランニングのところを最終兵器として出し惜しみしながら高値で取り引きして、生き残る方法を考えるというのはひとつのモデルだと思います。
──日本が現地の“産業”に深く関わっていくというビジョンは、確かに有効かもしれません。
大和田氏:
まあ実際、単にIPだけ出しても別に面白いゲームにならないんですよ。中国などもそういうIP系のゲームが一時期バーッと盛り上がりましたけど、もういまはほとんど下火になりました。
いまはIPの権利を取らないで、逆に『陰陽師』のように日本のクリエイターに直接発注するようになったから、要は日本のゲーム産業が養分化しているわけですよね。そうしたときに彼らが欲しいのもやはりプランナーや面白いゲーム性で、そこをしっかりとやっていけば中国企業とも渡り合えると思いますよ。
アモイで催された漫画版のチャイナジョイに出店した人に聞いた話ですが、ビッグコミックスピリッツの元編集長を日本から連れてきて、プランニングやディレクションを教える催しがあったみたいで、すると実際にレベルが見違えるほどに上がったらしいんですよ。
佐藤氏:
ただ、中国だとそんなふうに日本のクリエイターを力ずくで引き寄せるという技ができますが、東南アジアのような地域は流石にそんなことはできないんですよね。
さらに言うと、西ヨーロッパやアメリカの会社は、新興国各国のゲーム開発者を基本的に自分たちの下請けとしか見ておらず、基本的にプランナーを育てようという発想がないんですよ。
たとえば、アメリカのゲーム会社はインドのゲーム開発会社を下請けとしてよく使うけれども、ゲームの素材を作らせるだけでプランニングなどはやらせようとしない。したがって、いざ彼らが自分たちでゲームを作ろうとすると、素材はアメリカのゲームによく似ているけれども、自分たちでさえちっとも面白いと思えないゲームが出てきてしまうことがあるそうです。
大和田氏:
台湾ですら、いまだにそういう扱いですからね。
佐藤氏:
そうした中、新興国の中で唯一うまくいき始めている地域が東ヨーロッパなんです。
西ヨーロッパのゲーム会社からの下請けが多いことに加え、西ヨーロッパやフィンランドなどの北ヨーロッパに物理的に距離が近くてゲームデザインを学ぶ機会が多かったとか、そこで修行したりワークショップに出たりして帰ってきた東ヨーロッパの人がプランナーとして活躍したとか、理由はいくつかあるんですが……。いずれにせよ東南アジアを含め、ほかの新興国地域はいいゲームが1本リリースされても後が続かないので、概してうまくいってないのが現実ですね。
大和田氏:
もちろん現地の政府の支援によって良くなるとは思うんだけど、日本はそこのアドバンテージを活かすことを、もっと政策的な観点から考えていかないといけないと思います。
佐藤氏:
何より、新興国のイベントに日本のゲーム開発者をお招きして感じることですが、日本のゲーム開発者って、いまでも新興国のゲームクリエイターやゲームクリエイター志望の人々にたいへん尊敬されているんです。
新興国ではPS2までは遊んだことがあるが、PS3以降は遊んだことがなく、スマートフォンが出てきてからゲームを作り始めたクリエイターがたくさんいます。日本のゲームが強かったPS2時代までのゲームは遊んだことがあるけれども、PS3以降にゲームから離れたために、PS3時代に台頭した欧米製タイトルの影響を受けていない人が結構多いんです。アメリカやヨーロッパより、新興国のゲーム開発者のほうが日本のゲーム開発者へのリスペクトが相対的に大きいと私は感じています。
──そうしたリスペクトを土台にしたうえで、東南アジアを“産業の興る場”として見たときの旨みっていったい何なんでしょうか?
佐藤氏:
それは、「地域内分業」ができるところですね。たとえば東ヨーロッパやラテンアメリカ、南アジアだと、歴史的な理由で隣国どうしがあまり仲よくないんです。でも東南アジアについては、ASEANという緩い繋がりの中で国どうしの分業が考え始められるようになってきています。
たとえばマレーシアがイラストレーターを出して、ベトナムがプログラマーを出して、ゲームのデザインをインドネシアの起業家が考えて、という感じです。実際、そうした動きを作っていくことにいくつかの政府が乗り気になっているんです。ゲームのプランニングが最大のネックになっていますが、ここで日本企業がその地域内分業の流れにうまく乗っかれば、かなり面白い立場を築けるんじゃないかと思いますね。
実際東南アジアは、全部の国を合わせても現時点で2700億円程度(メディアクリエイト調べ、家庭用ゲーム・PCゲーム・モバイルゲーム3つの合計値)とゲーム市場規模が決して大きくはありません。それに、今後数年が経過しても、日本企業が単にゲームを販売しただけで十分に利益を挙げられるほど成長するとは思えません。さらに東南アジアには中国企業に地の利があります。韓国企業も中国市場のリスクを認識して東南アジアに目を向けており、すでにタイなどではかなり成功しています。こうした中、日本企業が欧米・中国・韓国企業と競争してシェアを勝ち取っていくのはそう簡単なことではありません。
そういう点でも、単に“市場”を見るだけじゃなく、現地のプランナーを育成してほかの市場を一緒に攻略していくなど、“産業”にまでうまく繋げていく視点が必要だと思います。
──なるほど。すると次回は、東南アジアに限らず、中国を始めとするBOPの市場について引き続きお伺いできればと思います。(了)
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