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いまスマホゲームは、かつての「週刊漫画」になっている──現代の最先端テキストメディア「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手のシナリオディレクターに聞く

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シナリオライターは、公式Twitterやライブイベントも担当する!?

──これまでのお話を聞いていて、シナリオライターに求められるスキルの幅が広がったことによる変化はすごく感じました。
 ただ逆に、「やれることが増えることによる面白さ・楽しさ」もお聞きしたいです。そこに小説とは違った「スマホゲームのシナリオライティングの面白さ」があるような気がしていて。

水野氏:
 やはり「シナリオライターであると同時に、脚本以外の箇所にも携われる」ことを楽しめる方は強いと思います。自分の作り上げたテキスト以外にも、収録した音声や調節した演出などがひとつのゲーム体験としてユーザーの方の手元に届く……そんな経験ができるのは、他の職種では中々ありません。

 テキストを書くだけでなく、「体験を届ける」という点ですごく良い仕事だと思いますね。

鎌田氏:
 しかも、「数万人単位が毎日同じシナリオを読む」という状況自体、他では中々味わえないことです。「毎日数万部売れている本」と考えると、とてもすごい状況だと思います。

水野氏:
 毎日数万人単位のユーザーの方が見るだけに、すごく大きな責任も伴いますが、その分確かな影響力もありますよね。

鎌田氏:
 そして、「ゲームだけには留まらないケース」もあったりします。メディアミックスコンテンツに携わった場合、ゲーム以外にも同コンテンツのアニメやマンガの脚本にシナリオライターがそのまま参加することもあります。そういう「横の広がり」もあったりするのが面白いところですね。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_048

 それこそ、シナリオ職の人間がそのコンテンツのプロモーションに関わっていることもあります。キャッチコピーを書いたり、リアルライブの中にある寸劇の台本を書いたり……そういったプロモーションの施策にシナリオライターが参加することもよくあります。

 やはりシナリオライターは「テキストのプロ」ですから、本人次第でコンテンツ内のテキストが必要な箇所はどこでも担当することができる可能性がありますね。

水野氏:
 たしかに、メディアミックスコンテンツだとそのケースは多いですね。
 ちょっとしたTwitterでの施策なんかも、シナリオライターが関わっていたりします。

──そうなのですか!? プロモーション周りもシナリオライターの方が参加されていたのは、驚きです。そのポジションは広報の方が全て担当しているのだと思っていました。

鎌田氏:
 ちゃんとゲームの面白さを理解した上で、シナリオも書いている方がPRに参加すれば、クオリティも上がりますからね。

水野氏:
 やはりキャラのセリフひとつひとつをユーザーのみなさまが大切にされているので、語尾や一人称をひとつ取ってもしっかり配慮しなければいけません。ユーザーのみなさまの期待を裏切らないためにも、プロモーション周りもライターがしっかり監修してクオリティを担保するのは大切ですね。

──多くの方がリアルタイムで触れているからこそ、いわゆる「キャラの解釈違い」も起こりやすい。そこのリスクを避けるためにも、プロモーション周りもしっかりとシナリオチームが担当する必要があるんですね。

水野氏:
 そうじゃないと、公式なのに「にわかが!」って言われちゃいますからね(笑)。

一同:
 (笑)。

水野氏:
 リスクヘッジの役割もあるのですが、やはり「クオリティの担保」という観点から見ても、そういったテキストを扱ったプロモーション周りもシナリオライターがチェックするのが安全ですよね。

鎌田氏:
 サイバーエージェントのゲーム・エンターテイメント事業部に関しては、Twitterの公式アカウントの文言なども、シナリオチームのチェックが入ることが多いです。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_049

──公式SNSなどのプロモーションをチェックしているということは、やはりグッズなどもシナリオチームの監修が入ったりするのでしょうか?
 いちファンの感覚としては、ああいった場所にも「解釈に合ったテキスト」が置かれていてほしい気持ちがあります。

鎌田氏:
 グッズに関しても、やはりシナリオチームの監修が入ることもあります。プロモーションチームの独断でグッズが制作されることは、自分が担当してきた現場ではそこまでありませんでした。やはり事前にPRチームと相談してグッズに使用する素材やセリフもしっかりと決めます。

 「チーム同士の連携」は先ほどから何度も話題に上がっていますが、やはりシナリオチームとPRチームの連携もしっかり意識しているところですね。

水野氏:
 もちろんIPをどう動かすかの権限は主にプロデューサーが持っているのですが、より具体的な「IPの特色」……いわゆる「そのコンテンツの文脈」は、シナリオ側が深く把握していることもあります。そういう点でPRチームと連携する機会が生まれることは多いですね。

──個人的に、「PR周りもシナリオチームが担当していることがある」ということに結構驚いています。やはり、「ただ見ている側からは知り得ない情報」と言いますか。

水野氏:
 確かに、「シナリオチームがPRの施策にも協力している」ことはインタビューでも言わないですし、採用の募集要項などにも書かれていませんからね。

──これまでのお話を聞いていると、スマホゲームの開発においてシナリオライターは「花形」のポジションに近いのではないかと感じます。それくらい幅広く動かれている場合、もう「シナリオライター」という地位そのものから変わってもいいような気がします。

鎌田氏:
 ここ最近ではもう「ゲーム内のシナリオを書いている、いちライター」というポジションではなくなってきていますね。

水野氏:
 シナリオチームの皆が「シナリオライターとは?」と自問自答しているかもしれません(笑)。

一同:
 (笑)。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_050

鎌田氏:
 シナリオライターと他の職種で採用人数に差が見られることもありますよね。

水野氏:
 そうですね。これは会社やプロジェクトの方針にもよるかもしれませんが、そもそものシナリオチームは構築の段階から「余裕を持った人数」が配置されることがあまりないです。まずは「最低限の人員」からスタートすることが多い印象があります。結果、すぐに人手不足になるという……。

鎌田氏:
 その風潮に対して、今の流れとして「シナリオが中核になったゲーム」の存在が大きくなっているからこそ、新卒の方を採用して優秀なシナリオライターを育てていこう……と話しています。

──かなりお答えしづらいであろう話題で恐縮なのですが、実際のところ「今のシナリオライターの給料」はどんな感じなのでしょう?
 その辺りも含めたゲーム会社の内部における「シナリオライターの扱いの変遷」をお聞きしてみたいです。

鎌田氏:
 昔に比べると、確かに「扱い」そのものが変わってきたような印象はあります。それこそ「社員ライターが生まれる」ということ自体が、この扱いの変遷を象徴していると思います。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_051

水野氏:
 流行の変化と同期する形で、扱いも徐々に変わってきているとは思います。

 数年前までは基本的にフリーランスの方が担当したり、プランナーの片手間の仕事だと思われていたシナリオが、今は専門の役職として認知されてきています。そして募集をかけて、シナリオライターを正社員として雇う。これまで以上にシナリオに責任が伴うと同時に、いろいろな会社がそういう判断をしてくれているのは、我々としてはすごく嬉しい話ですね。

──やはり今のスマホゲームはそもそもの形態として「シナリオ」が中核になっているからこそ、同時にシナリオライターという職業も開発現場において中核になってきたのですね。

水野氏:
 スマホゲームのシナリオはコンシューマーと違い、「いかに書き続けられるか」が求められるものです。いかに安定した供給を行い、いかにクオリティの高さを維持し続けるか……という観点から見て、「正社員のシナリオライター」が一種の役割として求められるようになったのだと思います。

 ユーザーや会社なども含めて、かなり大きい規模で「ニーズが変わった」ところはあるかもしれないですね。

シナリオライターから、ディレクターになれる?

──もう少し長い目で見たゲーム開発としてお聞きしたいのですが、スマホゲームの現場で「シナリオライターからディレクターに昇格する人」は出てきているのでしょうか? ゲーム開発においてプログラムが重要だった時代はプログラマーからトップに立つ人が出ていたし、デザインが重要だった時代はデザイナーからトップに立つようなケースもいくつかあったと思います。
 その「シナリオライター版」のようなものが出てきているのかどうかは、気になります。

鎌田氏:
 いまシナリオライターとして入ってきている新卒の方には、最終的にディレクターやプロデューサーを目指している方も多いですね。

 「シナリオだけでなく、世界観なども全部自分で作りたい」「最終的にはトップに立ち、自分自身の手でいちからコンテンツを作ってみたい」という大きな夢を持っている人は、シナリオライターにも増えてきていますね。

水野氏:
 そのモチベーションも、昔に比べると大きく変わっていると思います。シナリオを中核にしたゲームが増えてきたからこそ、より良い演出やシナリオにマッチした機能を持ったゲームに触れた上で、シナリオライターを目指す方も増えています。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_052

 シナリオで表現できることの幅が広がったことにより、「シナリオライターを目指す人」のタイプもある程度変わってきたところはあるかもしれないです。そして「自分の手でオリジナルのIPを作りたい」ということは、おそらくみんなが持っている野望なのではないかと思います。

鎌田氏:
 その「自分の手でオリジナルのコンテンツを作る」立場になった時には、やはりシナリオを理解できている方が絶対に有利です。

水野氏:
 本当に「ディレクターになって、自分でシナリオを書く」ということが実現できれば、あとはもうやりたい放題できますからね(笑)。

──確かにそうですね(笑)。とはいえ、ディレクターに上がる頃にはそういう苦労もわかっているはずなので、ある程度の制約などは踏まえた上で作れるのではないでしょうか。

水野氏:
 シナリオチームとしては、ありがたい限りですね(笑)。

鎌田氏:
 その立場になれば必要なライターの人員配置もある程度把握しているはずですし、「この役職がどれくらい大変か」をしっかりと把握しておくのはやはり大事だと思います。

──その「ディレクターになれる、多くの業務を任せられるシナリオライター」というタイプの人は、現在シナリオディレクターを担当されているおふたりの目から見て、パッと判断できるものなのでしょうか? 当然ながら、経験を積む中で徐々にスキルを獲得していくのが普通だとは思うのですが。

水野氏:
 面接などの場も含めて、一定の判断はできると考えています。

 ただ、すべてのライターに上記のスキルを求めるかは悩ましいですね……。できれば幅広く活躍できるオールラウンダーなライターを目指してほしいです。それこそコミュニケーションスキルであったり、企画やコンテづくりの能力だったり、多角的な視点を持つことは大切です。

 ですが、その「多角的な視点を持つ」ということは、時にはライティングに限界を設けてしまうものだと思うのです。なぜかと言うと、シナリオライターは書き続けていく中で独自の文法を持ち始めてしまうからです。つまり、書けば書くほど「自分に最適化した書き方・話し方」になって、それがライターの個性であり、シナリオに反映された際に独自の魅力に繋がっていると考えています。

 その「自分に最適化された文法」が対人でのコミュニケーションにおいて有利なのかというと、やはりそうではありません。結果、「面白いシナリオを書く」ことが得意な一方で、人とのコミュニケーションにおいて自分の考えを伝えるのが苦手な方もいらっしゃいます。

 その問題をどうにかするために、無理矢理矯正する必要があるのか……と考えた際、ライターとしての魅力を失わせてまで矯正する必要はないと思います。やはり得手不得手がありますので、その人の個性として大切にしてあげたいですよね。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_053
(画像はゲーム | 株式会社サイバーエージェントより)

──逆に、いまスマホゲームの現場でシナリオライターとして採用されるためには、どういった勉強をすればいいのでしょうか? かなりオールラウンダーなだけに、求められるスキルも相応に増えていると感じます。

鎌田氏:
 最近、入社されてきた方の中に、学校で「映像脚本」を学んでいた方がいましたね。3Dのゲームが増える中で、シナリオにもコンテ制作にも活かせるので、結構有利なスキルだと思います。

 他には、自分が普段通っている学校と同時にダブルスクールでシナリオの専門学校に通い、専門的なスキルを獲得してから来た……なんて方もいらっしゃいました。

水野氏:
 少なくとも、「シナリオを書いたことがある」は最優先事項だと思います。やはり、現場に入ってから「やりたいことと違った」となるといろいろな部署に迷惑などもかかってしまいます。

 そして「ゲームシナリオを書きたいかどうか」も重要です。先ほども話した通り、ゲームにはさまざまな制約などがあるため、「完全に自分の思い通りに書きたい」方は、どちらかというと小説家などに向いているのではないかと思います。まず適性として、「共同作業で、周りと協力して良いものを作ろう」というスタンスを持てているかどうかが大切です。細かいスキルなどは、その次の話ですね。

 この「共同作業を頑張れる」というスタンスがないと、チーム内では破綻を生み出しかねないです。

シナリオライターに、シナリオだけを学ばせることはない

水野氏:
 こうしてキッカケをもらえて色々話せるのは、やっぱり面白いですね。基本的に社内で開発をしている我々は、あまり他の会社の方と意見を交わせる機会がないのです。

 しかも、毎日締め切りに追われているから余計に……(笑)。

一同:
 (笑)。

鎌田氏:
 個人的に、「育成」はアカツキゲームスさんでどうやっているのか聞いてみたいですね。
 他社の新卒の育成方法は、今くらいしか聞く機会がないかもしれないですし……(笑)。

水野氏:
 ウチの場合、どういう育成の仕方でも基本的に「シナリオだけを学ばせる」ことはないです。先ほど少し話題に出た通り、アカツキゲームスは新卒採用の「企画職」で来て下さった新卒の方のキャリアの一つとして、「シナリオ職」があります。

 いきなり「シナリオ職」として配属するのではなく、カスタマー対応、プランナー、デバッグ……そういった数多くの役割を体験していただいた上で、最終的に「シナリオ職」を目指すか、それとも別の職種に就くかを決めていきます。その過程があることで、シナリオライターとして活躍いただく際にも「ユーザーの方がどんな反応をするのか」「デバッグのタイミングでどんなバグが起きるのか」といった多種多様な知識を得た上で、シナリオを書くことができるようになります。

 やはり「ゲームを把握した上で、書く」ことが大事です。

鎌田氏:
 「実際にシナリオを書き始めるまでの期間」は、結構長めに取られているのですか?

水野氏:
 1年~2年くらいは取っていると思います。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_054

 というのも、いきなり新卒の方が「何も知らないままシナリオチームに入り、ゲームの仕様を理解していなくて何もできない……」という状態になってしまうのはかなり理不尽ですよね。だからこそ、一定の地盤として「いろいろな仕事ができる」状態になった上で、次のステップとしてシナリオライターに進む形になっています。

──その「研修期間」のようなものは、シナリオ以外のプログラマーなども行うのでしょうか?

水野氏:
 プログラマーの方は「エンジニア採用」で募集をかけていて、その職種独自の研修があります。

 そもそもアカツキゲームスの採用は、「企画職採用」と「エンジニア職採用」の2枠が用意されているだけです。サイバーエージェントさんのように「いきなりシナリオ職での新卒採用」という形にはまだチャレンジできておらず、そういう意味で今回の対談はすごく参考になりますね。

鎌田氏:
 サイバーエージェントの場合、まず「クリエイター」という大きい枠が用意されています。ここにUIデザイナーやイラストレーターなどのさまざまなクリエイターが含まれているのですが、この中にシナリオライターも含まれています。

 そして、プランナーやプロデューサーなどの企画担当は「ビジネス」という大きい枠に含まれています。サイバーエージェントはその辺りを「大きな職種の違い」として一括でまとめている感じです。

水野氏:
 なるほど。そもそもの枠組みとして「クリエイターの枠」が用意されている感じなんですね。

鎌田氏:
 クリエイターはクリエイターの枠。企画は企画の枠。
 その辺りは大まかにまとまっています。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_055

水野氏:
 アカツキゲームスは、元々「シナリオ職」という枠自体がなかったんです。ですが、昨年度から「シナリオ職」という枠が組織図にでき、今は企画部のひとつとなっています。

鎌田氏:
 アカツキゲームスさんの「シナリオに行く前に、一度プランナーを経験する」というやり方はすごく良いと思います。やはり仕様を理解できてない状態でいきなりシナリオに入ってしまうと、書きづらいところはかなりありますからね。

水野氏:
 やはり仕様の部分を理解できていないと、「なぜこのシナリオは実装できないのか」の根本的な原因がわからないです。そこを把握してもらう機会は、あった方がいいと思います。

 ですが、この期間は「シナリオだけを書きたい人」にとってはやはり苦痛なものになってしまうケースもあるはずです。その辺りの塩梅はまだまだ模索中ですね。

──「このシナリオは実装できません」と言われたところに対して、その原因がわからなければ永遠に問題がループしてしまいますよね。

鎌田氏:
 「そもそも何を直せばいいのかわからない」のループに陥ってしまう方は結構いる印象があります。

水野氏:
 この「実装できません」って、特に事情を知らないまま言われてしまった側としては単に理不尽だと感じてしまうんです。そこに対して、少しでもゲーム開発そのものを理解してもらった上で「なぜダメなのか」を知ってもらう必要はありますよね。

──少し話が逸れてしまうのですが、シナリオライター採用への応募は経験・未経験問わず多いものなのでしょうか?

水野氏:
 アカツキゲームスでの中途採用の場合はそもそも採用基準に「未経験者」を含んでいないですね。

鎌田氏:
 サイバーエージェントも同じで、新卒は未経験の方も歓迎ですが、中途採用の場合、「どこかの会社で書いたことがある」「個人製作で書いたことがある」「出版経験がある」などの経験が必要ですね。

水野氏:
 何の理由もなく未経験の方を含んでいないわけではなくて、これまでの経緯や理由があります。たとえば、過去にシナリオ未経験の方を募集していた際、参考資料として商業作品をコピペしたものなどが送られてくることが何度かあり……(苦笑)。

 そういった事例も含めて、現在の中途採用では「一定基準」を満たした方に絞っている状況だったりします。そもそも新卒も入ってくる中で、中途採用で入ってきた方を同時に一から育成する余裕がないので、どうしても即戦力としての執筆経験は求めてしまいます。

──中途採用の場合はそういった経験が求められるのですね。そこの「具体的な基準」はもう少し詳しくお聞きしてみたいです。たとえば、「過去にこの有名タイトルに携わっていました」という方がいらっしゃるケースもあると思いますし、どういった基準でそこの採用を見極めているのでしょう?

水野氏:
 一つの基準としては「勤続期間」が重要だと考えています。たとえ有名タイトルに何度か携わっていたとしても、短期間で何度も転職を繰り返しているジョブホッパーのような方は、長期的な活躍を期待している現場としては、入社後が心配になってしまいます。

 これも何度も話に出ていますが、やはりスマホゲームは「長く書き続けられること」が重要です。自分が飽きるかどうかより、自分が携わっている作品や遊んでくれているユーザーの方を大切にできるかどうかが求められます。自分が作りたいものを作るだけでなく、メンバーと協力して一緒に作り上げるスタンスが必要です。

 そのため、「有名なタイトルに携わっていた」というだけでは、あまり判断基準にはしません。
 
 というか、ぶっちゃけその辺りって捏造することもできてしまうので……。

鎌田氏:
 そうですよね、確かめづらい情報でもありますし……(笑)。

 特にライターはいくつかの場所をはしごするような職歴になることがどうしても多いので、その辺りの判断基準も他に比べると難しいような気がします。

水野氏:
 なので、最終的には一緒に働いてみないとわかりません(笑)。

一同:
 (笑)。

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(画像はアカツキゲームス公式サイトより)

「正社員のシナリオライター」である以上、理不尽な退職はさせない

──先ほどから何度か「研修を大切にしている」とのお話が出ていますが、そもそもアカツキゲームスと水野さんはなぜそこまで研修を重要視されているのでしょう?

水野氏:
 私自身、元々フリーランスで10年くらいシナリオライターをやっていました。その10年間の中で、筆を折ってしまうライターを何人も見てきました。そしてそれが納得のいく理由による引退だったかというと……結構理不尽な理由が多かったと思います。

 その中に、本来であればもっと活躍できていたはずの「もったいない才能」を持っている方がたくさんいました。そして、アカツキゲームスは「人を大切にする」ことをモットーにしている会社です。だからこそ、私としてはシナリオライターの方に「理不尽な退職」はしてもらいたくないのです。

 つまり、可能な限りクリエイティブに集中できるような環境を作り、理不尽な理由で筆を折られてしまわないような体制を作りたかったんです。

 そしてこの環境を作り上げる以前に一番起きていた課題が、「メンバー間の共通言語がズレていることによる衝突」でした。たとえば、「自分はこうした方がクオリティが高いと思う」「いや、私はクオリティが低いと思う」といったように、そもそもの「クオリティ」の定義すらバラバラでした。もちろん、人によって感性は別ですが、同じチームで作り上げていくためには、視線を揃える必要はあります。

 その上、アカツキゲームスは映像業界出身の方もいれば、ゲームや舞台出身の方もいます。いろいろな意味で、みんながバラバラの個性や価値観を持っています。だからこそ、制作工程や判断基準もバラバラで衝突の原因になっていたため、「みんなが基準とする作り方を学ぶ」ための機会として、研修を実施するようになりました。

 その結果として、みんなの中に共通言語を持つことができると同時に、「相手が違う認識をしている可能性がある」ということに気付けるようになりました。チーム内の衝突もなくなりましたし、数値的に離職率も下がったんですよね。当初からの目的でもある「スマホゲームだから、一緒に長く作っていきたい」を達成することができたので、この研修は今も継続しています。

──そういった背景があったのですね。

水野氏:
 研修だけの力ではなく、一度学ぶ機会を用意したところ、みなさんが自発的にお互いのことを知ろうとしてくれたのが大きかったと思います。もちろんクリエイター同士の個性は大切なのでポジティブな形での意見の衝突はあって良いと考えていますが、相手の心を折るような否定までする必要はないと考えています。

 まぁ、衝突自体はどうしても生まれるものですからね……。

鎌田氏:
 クリエイター同士の場合、やはり避けようのないものはあります……(苦笑)。

──ですが、シナリオディレクターを担当されているおふたりだからこそ、そういった「我の強いクリエイター」とも協力できているのではないでしょうか?

水野氏:
 いい関係を築けていたらうれしいですね(笑)。

 ただ「我の強いクリエイター」だけが良いというわけではなく、「遠慮がちなクリエイター」は、人間の気持ちを察することに長けている分、シナリオ上でもキャラを深堀りするのが得意だったりします。「相手の気持ちに対して敏感」であることは、ゲームシナリオにおいてはひとつの才能だと思います。

 同時に「打たれ弱い」という側面があったりもするので、そこのバランスは可能な限りこちらでケアできればと。人の機微に敏感だからこそ書ける物語もあるはずですし、その才能もしっかりと汲み取っていきたいです。特に、そういう方は業界の荒波に揉まれてしまうこともありますから……。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_057

──実際のところ、サイバーとアカツキゲームスのシナリオチームに入られた新人さんはどんな反応なのでしょう?

水野氏:
 当初からシナリオを書きたがっていた新人の方が、本格的にシナリオに関われる仕事をされた時はすごく嬉しそうにされていましたね。先ほど話したとおり、いくつかの経験を積んだ上でシナリオ担当になるのですが、最終的にそのチャンスを掴めるかどうかは本人次第です。

 それこそ、ログインボーナスの一言だけのセリフを丁寧に書けたり、デバッグの際にセリフのチェックをしっかりできたり……チャンスを掴めるだけのスキルを磨き、努力を続けたからこそ、今はシナリオチームで活躍されています。「腐らずにやり続けていく」ことはすごく大事だと思います。

 やはりシナリオ職のやることは多岐に渡ります。その「シナリオ以外の仕事」に対して手を抜いてしまったら、ゲーム全体がダメになってしまいます。だからこそ、ゲームシナリオに関わる以上はシナリオ以外のことにも真剣に向き合う姿勢が必要です。

鎌田氏:
 まさにそこは大切なポイントですよね(笑)。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_058

水野氏:
 特に正社員の場合はそうですね(笑)。

 業務委託の方の場合であれば、完全にライティングだけに集中していただく役割を任せることもあります。ただ正社員としてプロジェクトに関わるとなれば、やはり会社やプロジェクト全体に貢献する意識や責任が求められることになります。

鎌田氏:
 やはりシナリオライターであっても、組織のことを考えなければならないタイミングがあるんですよね。

水野氏:
 そうなんですよね、クリエイティブだけじゃなくてマネージメントも……(笑)。
 特に今の私たちの立場だと、そこは意識せざるを得ないですよね。

スマホゲームのシナリオライターは、何が楽しい?

──採用についていろいろとお聞きしましたが、率直に「スマホゲームのシナリオ職に就く」ことにはどんなメリットがあるのでしょう?

水野氏:
 すごく単刀直入に言えば、「サービスが続く限り、仕事がある」ことだと思います。

 それに加え、「ユーザーに作品を見てもらえる機会が多い」こともあります。やはり、シナリオライターとしては自分の書いたものがユーザーに届いてなんぼです。その機会が多いのは、クリエイターとしてはかなりのモチベーションに繋がります。

 「多くの方に、自分の書き上げたシナリオを求めてもらえる」ということは、中々クリエイター冥利に尽きることです。

鎌田氏:
 やはり書籍などではここまで間口が広く、多くの方に見てもらえる機会は中々ないんですよね。

 こちらも先ほど話題に出ましたが、私としては「自分次第で仕事の幅を広げられる」ことだと思います。プロジェクトによってはアニメや漫画の脚本に携わることもできますし、その「幅広さ」のメリットはすごく大きいです。スマホゲームの現場に入ると、職歴が分厚くなりますよ(笑)。

一同:
 (笑)。

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(画像は『IDOLY PRIDE』公式サイトより)

──この記事を読んで、初めて「スマホゲームのシナリオライターが何をしているのか」を知る人も多いかもしれません。なんとなく、「スマホゲームのシナリオライター」ってどんな環境でどう仕事をしているのかの想像がつきにくい職業だと思うのです。それこそ、まさかこんなオシャレなオフィス【※】でやっているとは思わない方もいるはずです。

鎌田氏:
 新卒インターンでは「出社して、ただシナリオを書くだけの仕事ではありません」ということはしっかり説明するのですが、確かに外から見ると何をしているのかわからないところはあるかもしれませんね……(笑)。

 そして、社内外問わずミーティングで想像以上に人とコミュニケーションを取ります。

※「アカツキゲームスのオフィス」
先ほどから何度か写真に映り込んでいるが、今回の対談はアカツキゲームスのオフィス内で実施された。ものすごくオシャレなオフィスだった。正直に書くと、かなりうらやましい。

水野氏:
 ゲームはやはり総合芸術なので、最終的には人とのコミュニケーションがすごく求められます。

 プランナーやデザイナーとのミーティングもありますし、チーム内でフィードバック会をすることもあります。一日中デスクに向かって書いているイメージとはまさに逆で、どちらかというと「シナリオを書く時間をいかに捻出するか」を求められているところはあると思います。

──そうなのですね。なんだか事情に突っ込んでしまい申し訳ないのですが、やはりそういった形態だと「執筆時間の確保も含め、現場のライターから上がってきたものがクオリティを担保できていなかった」というケースも起こりうるのではないでしょうか?

水野氏鎌田氏
 あぁ、ありますね……。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_060

一同:
 (笑)。

水野氏:
 そこがまさに「正社員になった責任」だとも思います。執筆時間を確保できなかったからといって、ユーザーのみなさんにクオリティの低いものをお届けするわけには行きません。そこに対していかに帳尻を合わせるかは、もうこちら(シナリオディレクター)側の責任になってくるかな……。

 ある意味、「ライターにそういうものを提出させてしまった」という責任があると思います。

鎌田氏:
 そうですね。それを見込んだ上でスケジュールを立てられなかったこちらにも責任があります。

水野氏:
 「事前に確認をしておかなかった」「途中経過をヒアリングしなかった」などのいろいろな責任がありますね。とはいえ、イベントやリリースをそこで延期させるわけにもいかないですし、締め切りは絶対厳守です。

 そこの「危ない状況に対してアラートを挙げられる」こと自体が、ライターに必要なひとつの能力ではないかと思いますよね。シナリオライターにとって一番マズいのは、手をこまねいたまま締め切りを迎えてしまうことです。それに対して「悩んでいる」「力を貸してほしい」と相談しやすいような安心感を作り上げることが、シナリオディレクターの仕事でもあります。

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_061

──最後になりますが、これからスマホゲームのシナリオライターを目指そうと考えている方に向けて、何かメッセージをいただければと思います。

水野氏:
 シンプルですけど、本当に「ゲームだからこその物語を一緒に作りたい方」は、ぜひ!という感じです。

 やはり、ゲームナリオを書きたい方は大歓迎ですし、こちらも「ゲームだからこそ味わえるストーリー体験」をプレイヤーの皆さんに届けられるように日々奮闘しています。そこに一緒に関わりたいと思っている方がいれば、ぜひ一度ご連絡ください。

鎌田氏:
 私としては、「チームで何かを作りたい」と考えている人が向いていると思います。

 ゲーム開発の良いところは、「チームで大きなコンテンツを作る」ことです。しかもそれがスマホゲームであれば、長年にわたって携わることもあります。それを楽しめる方であれば、大歓迎ですね。

──この対談を通して、サイバーエージェントとアカツキに興味を持つ方はより増えるのではないかと思います。本日はありがとうございました!(了)

インタビュー:「スマホゲームのシナリオ」は、どう作られている? 大手ディレクターに聞くゲームシナリオの価値_062


 記事内でも少し話題に上がっていた通り、スマホゲームはさまざまな事情もあって開発スタッフが表に出てくる機会が少ない。だからこうして、「そもそも何をしているのか」を知る機会すらあまりない。だからこの対談は、業界全体で見てもそこそこ貴重な情報なのではないだろうか?

 個人的に驚いたのは、やはり「タップ数とテキスト量を事前に計算した上でシナリオを書く」ということだ。私個人の感覚として、スマホゲームのシナリオの強みは、やはり「とにかく手軽に、面白い話を読める」ことだと思っていた。移動中だろうと、合間の時間だろうと、目覚めの朝のちょっとしたまどろみタイムでも、スマホゲームはサクッと面白い話を読んだりできる。

 そして今回、水野氏と鎌田氏に「その手軽さはなぜなのか」を明確に言語化してもらった感覚がある。学生時代から遡ってみれば、もはや10年近い付き合いであるスマホゲームの面白さの仕組みを、ついに解明されたかのような気持ちになった。やはり、ここまで考えられた上で緻密に編み込まれたシナリオ構築だったのか。改めて、ひとりのスマホゲームを楽しませてもらった人間としては頭が上がらない思いだ。

 さらにこの対談は、そんなスマホゲームのシナリオライターをこれから目指す人に向けたものでもある。プランナーからコンテづくり、果てにはプロモーションまで……おそらく「シナリオライターの範囲が想像以上に大きい」と感じている人がかなり多いのではないだろうか。だけど、これだけ多岐に渡る仕事ができるのは、私にはとても楽しそうに見える。

 なぜなら、「自分がコンテンツの中核になれる」という体験はそうそう味わえるものではないからだ。そして、アナタの人生にとってかけがえのない経験になるはず。

 そしていちゲーマーとしては……やはり「面白いスマホゲーム」を作り出してほしい!と思う。未来のシナリオライターの活躍を、楽しみに待ちたい。


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