テキストの情報量すら計算する。「電車の一駅分で読めるシナリオ」とは?
──とはいえ、テキストを主軸にしたメディアとしてはやはり映画やアニメなどに比べると、まだスマホゲームは完全に表現しきれない部分があると思います。そこで、「スマホゲームにおけるテキストのメリット、デメリット」をお聞きしてみたいです。
水野氏:
私個人としては、やはり「情報量が適度」であることが強みなのではないかと思います。たとえば、アニメや映画でワンシーンを見逃してしまったら、それはもう損に感じてしまうくらいの情報量が映像媒体には含まれています。
ただ、スマホゲームなどのテキストは自分のペースでタップして読むことができます。そこの「自分のペースで読めて、情報量が適度」なところはある意味で今の情報過多な時代において、受け入れられやすいものだと思います。
そもそもコンテンツ自体がたくさんある中で、やはり情報の多さに疲れちゃう時はありますよね。その時勢に対して、スマホゲームのある種「制限された情報量」がマッチするタイミングがあるのではないかと。
鎌田氏:
開発側も、そこに合わせてシナリオの尺を調整しています。今の時代に適した情報量を検討しますし、スマホゲームとして可能な限りプレイヤーに寄り添えるようなスタイルを模索していますよね。
水野氏:
そうですね。
一例としては「電車の移動中に一駅分で読めるシナリオ」などが指標になる場合がありますね。
──その「一駅分で読めるシナリオ」って、面白い基準ですね。その「一駅分」という指標も含めて、それくらいの尺でシナリオを書く必要があるとすれば、そもそも他のゲームとは書き方も大きく違うのではないでしょうか?
鎌田氏:
まず、スマホゲームはメインストーリー以外にもコンテンツを配置できる箇所が結構あります。たとえば、ホーム画面に配置しているキャラをタップすると、何かしらのセリフをしゃべったり……そういう「シナリオだけに頼らずに、キャラの魅力を描く」ということは、あまり他のゲームにはない書き方かもしれませんね。
水野氏:
スマホゲームのテキスト周りは、やはりそういったメインシナリオではない箇所も重要ですね。ログインした時に見られる5タップ分くらいのシナリオだったり、ホーム画面でキャラをタップした時にしゃべる内容だったり……。その「メインシナリオ以外のちょっとしたテキスト」でいかにキャラの魅力を描けるかが、スマホゲームのシナリオライティングにおける特殊な技術のひとつかもしれませんね。
とはいえ、「5タップ以内に起承転結を書け」と言われると、流石に無理です……(笑)。
一同:
(笑)。
水野氏:
なので、そこで描くのは「キャラのリアクションの面白さ」や「届けたい体験に適した言葉」であることが多いですね。
少しドライな言い方かもしれませんが、「機能として求められている要件をどれほど満たしたテキストを書けるか」が重要です。そこが「ただ物語を書くだけではないスキル」が求められるところですね。
そのためメインシナリオを書くのが上手いライターの方もいれば、そういったちょっとしたセリフでキャラの魅力を引き出すのが上手いライターの方もいます。スマホゲームにおいて、ライターの方の性質の差はそこで出ることが多いかもしれませんね。
──そうした「シナリオの読み方」について、自分の周囲では「作業中にオートでシナリオを流しておく」というものをよく聞きます。今はフルボイスのものが多いですし、ラジオ的な感覚で楽しめたりする部分もあるかと思います。
ただ、シナリオライターさん的にはあまりやってほしくないことなのかもしれませんが……。
鎌田氏:
いやいや、それもいいと思いますよ!(笑)
YouTubeの作業中に流す動画……みたいな楽しみ方も、全然アリだと思います。
水野氏:
スキップされてしまうよりは全然いいですね(笑)。
完全にスキップされてしまうのはやはりシナリオライター的には悲しかったりします。だからこそ、いつか見てもらった時に心を揺さぶることができたり、何かしらの引き寄せる力があるものを作り続けるべきだとは思います。スキップされる可能性があるからと言って、そのシナリオに手を抜くような人はいません。
我々は「いつかその人が興味を持ってくれた時に、確実に喜んでもらえるものを用意しよう」という使命を持ってシナリオを書いていますし、そこは多くのライターの共通認識だと思います。
作業中にオートで流していても、何かしらの引っかかるセリフが聞こえてきてスマホの画面に顔を向けることはあるはずですし、そこをキッカケにして本格的にシナリオを楽しんでいただけたら、すごくありがたいですね(笑)。
──逆に、開発側から見ても「スマホゲームのテキストの読ませ方」も変わってきているのでしょうか? それこそ、これまでお話に出たように現代の娯楽の多さに対して、「合間に遊べる」ことがスマホゲームの強みだと思います。そこのテキスト量や、ユーザーにどう読んでもらうかのテクニックなどをもう少し詳しくお聞きしてみたいです。
水野氏:
求められるテキスト量もプロジェクトによって変わるのですが、分かりやすい例でいうと「セリフのテキスト量を増やしてほしい」という要望があったりします。なぜかというと、「ストーリーの説明を丁寧にしてほしい」という、「わかりやすさ」を担保するためです。
ユーザーの想像に委ねてしまうよりかは、具体的な心理描写まで書いてほしい……今はそんな「説明した」方が喜ばれると考えるプロジェクトもあったりします。その「わかりやすさ」による間口の広さと敷居の低さが、スマホゲームにおいては重要だったりします。
逆に、「いかに書きすぎず、短いセリフで描けるか」ということを求められるプロジェクトもあります。そこはターゲットによって、かなり変わってくるところです。
一般的なスマホゲームのシナリオを書く時に言われがちなことが、「流れで読んでもわかるように」ということです。合間に遊ぶのがスマホゲームでもあるので、ユーザーの方がプレイを再開した際に混乱せずに読めるようなシナリオが重要だったりします。
例えば、キャラの役割を明確にしたり、今の目的や状況を一定タイミングごとに明言するなど、そこで「どのくらい説明をするのか」は結構難しいところです。やはり、いち書き手としては想像を膨らませてもらうのも、シナリオの面白さだと考えていますので。
──確かに、『ヘブバン』や『ウマ娘』を遊んでいると、「流れで読んでいても、キャラのやり取りの楽しさが伝わってくる」ことは多いです。具体的なストーリーラインを把握できていなくても、キャラの魅力は十分に伝わったり、プレイヤーの記憶には残るような気がしています。
鎌田氏:
その辺の「会話数」も意識しているところですね。
水野氏:
そもそもの「キャラの会話を見ること」を楽しく仕上げることによって、「ストーリーを読んでもらう」という目的も達成できるように工夫するのが目標だったりしますね。
──プレイヤーが画面やボタンを押すと、テンポよくストーリーが流れていく。そこの手触りを含めたシナリオライティングが重要なのですね。
水野氏:
そうですね。たしかに、スマホゲームだからこそのテンポ感をかなり重視しているかもしれません。
一般的なアニメや映画の場合、ストーリーを進展させるために、ストーリーに寄与しない無駄なセリフはできる限り削ることが求められます。ですが、スマホゲームの場合はその「無駄とされるセリフ」が喜ばれることもあるんですよね。あえて横道にそれて、キャラの設定や関係性を深ぼったり。そこも含めて手触りやテンポ感の配分は、しっかりと考える必要があります。
「ストーリーの進展に必要なセリフだけを書く」ことが脚本のセオリーではあるので、この辺りが独特な文化かもしれません。
鎌田氏:
そういう「喜ばれる無駄なシーン」は、やはりユーザーの方がスクショを撮ってSNSで盛り上がってくれたりするんです。この「意図的に無駄なシーンを作る工程」は、スマホゲームならではかもしれません。
水野氏:
タイトルにもよりますが、本当にストーリーに全く関係がない、寝るときにパジャマを着るかどうかの話題だったり……「キャラのプライベートが垣間見える」情報が一つ出るだけでも、ユーザーの方は喜んでくれたりしますね。
──その「テンポ感」を重視したシナリオづくりは、やはりライター自身の感性に寄るものなのでしょうか? それとも、ある程度スキルを育成をできるものなのでしょうか。
水野氏:
一定の育成は可能だと思います。
例えば「スマホゲームのテンポ感」において重要なことの一つとして、「ユーザーが疑問に思わない」ことだと思っています。たとえば、プレイ中に「このキャラは何を言っているんだろう?」「なんの会話をしているんだろう?」と意味が伝わらず疑問に思われた瞬間、ユーザーは別のアプリに切り替えてしまうかもしれません。つまり、読み進める手を止めてしまわないシナリオ作りが大切です。
そして、そのテンポ感に対して必要なのは「必要な情報の取捨選択ができる」ということです。それは一定の技術ではあるので、育成することは可能です。
鎌田氏:
端的に言えば、あのテンポ感は「構成」の技術ですね。
だから、ある程度は知識や技術として覚えられると思います。
それこそ学校に通ったり、映像脚本やゲームシナリオの書籍などでも、一定勉強できたりします。サイバーエージェントのゲーム・エンターテイメント事業部では、構成やキャラ作りについての社内マニュアルを制作したことがあります。
水野氏:
マニュアル化されてるのは素晴らしいですね!
弊社でも研修などで学んでいただきますが、そこに加えて、「実際にスマホゲームを遊んでもらう」ということもやはり大切です。そこで「スマホゲームのシナリオの感覚」を身につけてもらいたいですね。
シナリオライター自体が「感性寄り」の仕事ではあると思うのですが、それでも理論や技術を学ぶ経験は、自身への負担を軽減するためにもしてほしいと考えています。自分の感性だけに頼り続けていると、いつか手が止まってしまう日が来るはずです。シナリオライターとして長生きしてもらうためにも、シナリオ職として技術や知識を勉強していただく機会は大切にしています。
──ここまでのおふたりのお話を聞いていて、スマホゲームのテキスト表現は「リッチさ」と「量産性」をちょうどいいバランスで両立している……と感じました。ひとりのキャラをリアルタイムで追い続けるような面白さを、フルボイスで定期的に掘り下げていくことができる。
まずそこが時代性に合っていて、同時にストーリーやガチャが実装されることによる小説やアニメでは提供することの難しい「ライブコンテンツ」としての在り方も獲得できている。「今のテキストメディアとして、スマホゲームが最前線にある」という状況は、かなり理にかなった話な気がしています。
水野氏:
確かにターゲット層の事前調査であったり、隙間時間で読んでもらえるような尺の調整だったり……。ただテキストを書くだけではなく「いかに読んでもらえるか」という点に関して今のスマホゲームは時代性にすごく配慮していると思いますね。
鎌田氏:
先ほど「作業中に流す」ことが話題にも上がっていましたが、今はもうゲーム側に倍速再生が搭載されているものもたくさんあります。もはやタップすら必要なく、アニメ感覚で楽しめるようなスマホゲームもかなりあります。それくらい、「今の時代とプレイヤーに寄り添う」ことが重要ですね。
とはいえ、もちろんオーソドックスなタップして読むスタイルが好きな方もいるので、そこはある程度選択できるようになっているタイトルもあります。なんとなく、人がゲームに合わせるというより、ゲームが人に合わせるような時代が来ている印象はありますね。
──冷静に考えると、コンシューマーのアドベンチャーやRPGでは、基本的に「作業中に流す」ようなことはまずないと思います。ですが、同じゲームのシナリオだったとしても、プラットフォームや市場が違うだけでここまで性質が変わってくるんですね。
水野氏:
ライターの方でも、スマホゲームの現場に入って、初めて「スマホゲームにはこんな制約があるのか」と気付くケースも多いです。
そもそもゲームシナリオライターは「そのゲームの制約の中で、いかに面白いものを書けるか」が腕の見せどころでもある職業です。だからこそ、まだまだ形式自体が新しいスマホゲームのシナリオは他のテキストメディアと比べると難易度が高いものになっている印象はありますね。
──逆に、スマホゲームのシナリオを書くことの醍醐味や面白さなどはどういったあたりにあるのでしょうか?
水野氏:
スマホゲームの場合、やはり「ユーザーの方々の反応がすぐに返ってくる」のはライター的にはすごく嬉しいことですね。まぁ、その分だけ胃が痛くなることもあるんですが……(苦笑)。
一方、アニメ脚本などの場合は、書き終わってから世に出るまで数年かかったりもします。そんな他メディアと比較して、「ユーザーの反応を生で見ながらシナリオを書ける」スマホゲームのシナリオライティングはやはり楽しいですね。そういう意味で、やっていることは「週刊連載」に近いのかもしれないです。
鎌田氏:
スマホゲームの場合、ユーザーの反応は本当に出した瞬間に返ってきます。そしてその分、ユーザーさんのご意見を反映するまでも短かったりします。
それこそひとつのコンテンツに数十億円のリソースをかけて開発することもありますよね。それほど巨大なコンテンツの中に自分のテキストが乗る……という経験自体、やはり中々味わえることではありません。
全体で動いているリソースを考えれば、そんな巨大コンテンツにライターとして参加するのは、ある意味大作映画の脚本を担当するレベルのことなんですよね(笑)。その分責任も大きいのですが、それだけのやりがいはあると思います。
なぜ、スマホゲームはユーザーと並走しなければならないのか
──すごく今さらな質問になってしまうのですが、今のスマホゲームのシナリオチームはどのくらいの規模感で稼働されているものなのでしょう?
鎌田氏:
そこもプロジェクトごとに変わってきますね。多いところであれば10人以上のライターを抱えていることもありますし、少ないところでも4~5人はいたりします。
水野氏:
うーん、そうですね……やはりそれぐらいの人数が今のスマホゲームでは必要になってくると思います。まず毎週、毎月新しいものをリリースするだけのテキスト量がありますし、最終的な人員としてはシナリオディレクター・進行管理・ライターなどの役職を合わせて最低5人くらいはいてほしいです。
鎌田氏:
そして今はスマホゲームもフルボイスが当たり前なので、収録担当もいると助かりますよね。
水野氏:
収録担当もぜひいてほしいです(笑)。
そして、そのチームの中で誰かが体調を崩して進行が止まってしまうと大変なリスクを負ってしまうので、しっかりとタスクの管理をしつつ回していくのは大事です。特に継続的なリリースが必要なスマホゲームで、どこかのチームが止まってしまうのは大変な事態ですからね。
──なるほど。確かに継続的に作り続けなければならないスマホゲームはそこが大変ですよね。実際のところ、今のスマホゲーム制作はやはり社内でシナリオチームを抱えるようなスタイルが主流だったりするのですか?
鎌田氏:
社内ライターを抱えるスタイルはやはり数年前から増えている感じがしますね。
正確なところは言えませんが、それもスマホゲームにおけるシナリオの重要性が高まってきたことと繋がっているのかもしれません。
水野氏:
ちょうどアカツキゲームスもサイバーエージェントさんも、「社内でシナリオを書く」ことに重きを置いている会社ですね。
──具体的に、「社内でシナリオを書く」という方針が増えてきているのはなぜなのでしょう?
水野氏:
やはりスマホゲームである以上、「そのタイトルと一緒に長くシナリオを書いていく」ことが大切になってきます。たとえば、1年ごとにライターが入れ替わってしまうと、その1年間で描いてきたシナリオや、ファンの方々の熱量や反応の変化などのノウハウをリセットすることになってしまいます。それはすごく大きなマイナスですよね。
そのために、一度プロジェクトに合流いただいた方には少しでも長く携わってもらい、そのタイトルと一緒に駆け抜けてもらいたいんです。その結果として社内ライターが増えていき、アカツキゲームスでは今の形になりました。
先ほど触れた「ライティング以外にも、コミュニケーションスキルも必要」ということは、ここの「一緒に長くやっていくため」にも繋がっていますね。
──確かに、少なくとも数年間運営を続けていく上ではユーザーさんの反応や熱量を確認するのも大切ですよね。そこを反映する上でも、やはり社内でシナリオチームを持っているメリットは大きそうです。
水野氏:
同じチームで何年も続けていく中で、ある種の「秘伝のタレ」が生まれてくると言いますか……(笑)。
もちろんチーム全体の認識をすり合わせるための言語化も大切なんですが、それでも「実際のチームの空気感」は伝えきれないところはあります。だからこそ、どんどんライターが入れ替わるよりかは、同じ方が長く携わってくれるスタイルが開発的にも心強いのは間違いないと思います。
鎌田氏:
「ゲームにおけるシナリオの注力の仕方」もここ数年で変わったのかもしれないですね。昔はお付き合いのある外注会社さんに大まかなテーマや資料を送って、まずはプロットが上がってくるのを待つようなスタイルも結構あったとは思います。
ですが、ここ数年で市場全体のシナリオのレベルが上がってきている以上、横で密に連携を取りながら良いシナリオを作り上げる必要が出てきているとは感じます。
水野氏:
ユーザーのみなさんの要望をすべて汲み取った上で作り上げるわけではないのですが、やはりスマホゲームはユーザーのみなさんと並走していくものです。だからこそ、「いかにお互いが楽しめるものにするか」というゲーム作りの姿勢は大事にしている部分ですね。
だからこそ、シナリオへのユーザーの皆さんの意見もしっかりと確認させていただいています。シナリオというものはライター自身の想いが乗っているものなので、ときには悔しさを感じてしまう方もいるのですが、それでもシナリオライターは「いかに耳を傾けられるか」が重要です。
ひとりでやる分には「我が強い」ことが強みになるかもしれませんが、スマホゲームの場合はそのバランス感覚が大切ですね。
──「ユーザーとの並走」でお聞きしてみたかったのですが、どんなスマホゲームにもちょっとしたミニエピソードや期間限定イベントがあったりしますよね。ああいった「イベントの企画そのもの」はシナリオチームから提案するものなのでしょうか?
水野氏:
一般的には、ディレクターやプロデューサーなどから大まかな「要件」の指定があったりはします。たとえば、8月のイベントであれば「水着のキャラを出してほしい」といったような、商材として満たさなければならない条件はある程度提示されています。
ですが、その上で「そのイベント内のシナリオ」はこちら側で考えることができます。そこで水着キャラを活かしたどんなシナリオを書くか、用意された要件を満たした上でどんな形にしていくのか……といったところは、結構シナリオチームの自由にできたりします。
とはいえ、「客観的な人気を度外視して好き勝手にキャラを出す」ということをしてしまうと……売り上げなどの側面から見てもサービスとしては上手くいかなくなってしまいます。その「やりたい事と最終的な売り上げのバランス」を保つことは、かなり重要ですね。
──少し話が逸れてしまうのですが、イベントなどで「このイベントは特にシナリオが面白い」と感じて、そこから「このライターが担当したイベントは面白い」という認識が自分の中で固まっていくことがあります。
先ほども「スマホゲームはリアルタイムでユーザーの反応が返ってくる」ことが何度か話題に出ていましたが、「このライターが書いたシナリオは人気がある」という結果からその担当ライターが選ばれるようなケースはあったりするのでしょうか?
鎌田氏:
そこのユーザーさんの声も、やはりシナリオチームの運営において参考にするデータのひとつではあります。ユーザーさんから好評なライターには、ある種の「チャレンジ」として、重要なシナリオやイベントをお願いすることはあります。
たとえば、「前回の担当シナリオが好評だったから、コンテンツで注力すべき月のシナリオをやっていただけませんか?」と重要な箇所をお願いしたりしますね。その動かし方は、プロジェクトごとにフレキシブルにやってると思います。
水野氏:
アカツキゲームスでも同様の考えです。
ただユーザーの方の反応がネガティブだった場合の事例も伝えておくと、たとえば、社内で「これは絶対に良いシナリオだ」と判断してリリースしたら、ユーザーの方からの反応が想定と異なる場合もあります。その時に「担当したライターの評価を下げるのか?」と考えると、それは理不尽な話ですよね。ユーザーの方からの不満を全てそのライターに押し付けることになってしまいます。
そういった点も含めて、「ユーザーの方の評価だけをライターの絶対評価にはしない」と考えています。
社内の内部ライターとして活躍いただくからには、まず大前提として社内からの期待に応える必要があります。その結果としてユーザーさんの反応を上乗せしたりはします。ただ「責任者含めてOKを出したものなのに、ライターだけが責められている」という理不尽なことが起きないようにはしたいですし、何かあった時には全員で受け止めて、反省や改善ができる形にしたいですよね。
──そういった点も含めて、スマホゲームはシナリオライターの名前を公表しないケースが多いのでしょうか? 割合的に、個々のスタッフの名前を全面に押し出すスタイルのところは少ないですよね。
鎌田氏:
コンシューマーだとスタッフの名前が出るのは普通なんですが、スマホゲームの場合は出さないケースが多いですね。一例として挙げると、プロジェクトによって「『このコンテンツに協力している』ことまでは言っていい」という場合があったりします。逆に言えば、「どこのシナリオを書いたか」を明確には言ってはいけない……ということでもあります。
水野氏:
理不尽な炎上対策なども含めて、「ライターを守る」という理由で明かさないことが多いですね。もちろん会社やタイトルごとのさまざまな理由もあります。その辺りは結構難しい問題です。
とはいえ、いちライターの感覚としては、「少なくともエンドロールがあるなら載せてほしい」とは思います。
名前を出さなければ、そのライター個人の「実績」には繋がらないんですよね。結果的に、今後のライター人生において身を立てていくためのステータスになるので……そういった難しさもあります。
──スマホゲームは何年も運営を続けていくだけに、いろいろな対策を立てなければひとりのスタッフが攻撃を受けてしまうケースに発展しかねないですよね。
水野氏:
そうなんです。もちろん、ライター側の「自分の名前を出してほしい」という要望もよくわかります。かといって、いろいろなリスクなども鑑みて、出さない方がいい理由もあります。ここはすごくデリケートな問題だと考えています。
加えて、「他社IPの場合はそもそも出せない」という点もあったりします。
この辺りは、良くも悪くも「独自のルール」が作られている感覚はありますね。
鎌田氏:
スマホゲームはやはり触れる方の母数が多い分、ユーザーの方の反応も大きいです。そこであまり名前を表に出しすぎてしまうと、最悪スタッフの実生活に被害が出てしまうようなケースも考えられます。
その辺りのリスクを考えると、本当に難しい問題だと思います。
──これも答えづらい質問かもしれませんが、実際おふたりは「スマホゲームのスタッフの名前は出すべきか、出さないべきか」はどう思っていますか?
水野氏:
私個人としては、出せる機会があるなら絶対に出した方がいいと思っています。ですが、やはりそれもコンテンツによると思います。
たとえば、それが恋愛を想起させるコンテンツだった場合、ストーリーの開始前にライターの名前が出てくると……やや興ざめしてしまう方はいますよね。キャラとの話なのに、奥にいる人間を意識してしまうというか。極端な例ですが「おじさんの名前が出てきた後に美少女を見ても、ちょっと……」と思う方は間違いなくいるはずなんです(笑)。
一方で、「名前を出しても違和感がないようなIP」の場合は、先ほど話にあった一定のリスク対策の上でどんどん出してあげるべきだとは思っていますね。商品に対してそういった「夢が壊れる」や「体験を阻害する」ような弊害が起きないのであれば、スタッフの名前は出してもいいのではないでしょうか。
鎌田氏:
逆に、「ライターの名前を出すこと」自体がある種の集客やプロモーションに繋がるケースもあります。立ち上げから著名な作家さんが名を連ねるタイトルのように、「その作家さんが書いたお話が読みたい」と思うファンが多いのであれば、スタッフの名前が出ていること自体が魅力的に思ってもらえますしね。
水野氏:
すでに固定ファンがいるライターの方の場合は、イラストやサウンドと同じように「名前が出ていること」による影響が大きい部分かもしれないですね。
やっと、シナリオライターが「専門職」になった
──アカツキゲームスとサイバーエージェントグループのシナリオディレクターの方が、こうして揃うことも中々ない機会だと思います。お互いに直接お聞きしてみたい話などはありますでしょうか。
水野氏:
そうですね……共通の話題になりそうな苦労話を挙げるとすれば、今の現場は「シナリオチームが合流できるタイミング」がプロジェクトによって違ったりします。やはりシナリオはゲームの中核をになうことも多いですし、早く関われるのであれば、なるべく早くそのプロジェクトに関わりたいですね。
社外の事例も含めてプロジェクトによって、シナリオ側から提案やアイデアを出せないくらいに企画が固まった状態でシナリオチームに回ってきてしまうこともあり……そうなるとやはり苦しいところはあります。シナリオ側の人間としては、なるべく早くプロジェクトに合流した上で、チーム全体で協力しながらものづくりをしていきたいですよね。
鎌田氏:
確かに、そういうパターンもあったりしますよね。とはいえ、その事例はここ数年でだいぶ減ってきた印象はあります。業界全体というか、それぞれの会社が「シナリオの重要性」に気付いたのではないでしょうか。
徐々に、「もう少し早くシナリオチームを巻き込まないとだめだよね」という認識になってきていると思います。その辺りのシナリオの扱いは、やはり数年前から少しずつ変わってきているような気がします。
水野氏:
少し前は「誰でもできる仕事」だと思われていたところが、ここ数年でシナリオも「専門職」の立ち位置になってきましたよね。
鎌田氏:
そうですね。シナリオライターはここ数年で一気に「専門職」になりました。
そのくらいの立ち位置になったからこそ、プロジェクトの初期段階の中核メンバーにシナリオライターが入ることも増えています。プロデューサーや協力企業さんとの打ち合わせにもシナリオ担当が同席したりしますし、業界全体を通して「シナリオも一緒に作る」ケースがどんどん増えてきていますよね。
だからこそ、シナリオライターやシナリオディレクターに求められるスキルもかなり幅広くなっています。先ほどいくつか例として挙げた「コンテ技術」「コミュニケーションスキル」なども含め、業務量の変化に比例する形で、必要な能力の幅も広がってきています。
水野氏:
幅はかなり広がっていますね。本当に「ただ黙ってシナリオを書くだけ」が仕事ではなくなりました。
それこそ他社IPを取り扱ったタイトルでは、先方とのやり取りが一番多くなることもありますし、そういう役割も含め「シナリオを書けたうえで、コミュニケーションスキルもある」ような方が今一番活躍できる人材な気がします。ただ、そういう方ってかなり貴重なんですけどね……。
鎌田氏:
だからそういう意味で、採用って難しくないですか……?(笑)
水野氏:
めちゃくちゃ難しいです!(笑)
──少し言い方が良くないかもしれませんが、そのコミュニケーションが苦手だからこそ物語を書こうと思ったり、シナリオライターを目指される方もいるはずですよね。
水野氏:
そうですね。やはり「コミュニケーションが苦手だから書いているんです」という方もいるのですが、それでも今の現場ではコミュニケーションスキルは必要になってきます。
水野氏:
そこに加えて、ゲームの進化により会話劇の表現が多様化したことで「プランナー」としての能力が求められることも増えてきています。先ほど例に挙げた「ゲームの仕様を理解する」ことであったり、そのコンテンツで表現したいストーリーを作り出すためにどんな仕様がベストなのか……ということも企画段階から作る必要があります。
なので、場合によってはシナリオライターにも「どんな仕様にするか」を決めるスキルが求められることがあります。とはいえ、執筆を専門としてきた方にすぐそんなスキルを求めてしまうのも酷な話なので、上手くそこは役割分担をする必要がありますよね。
逆に、シナリオライターが仕様を完全に理解した上で動けると、よりそのゲームの機能や体験にマッチしたシナリオを書くことができます。そして、その分プレイヤーが得られる体験も向上します。それ自体はすごく良いことなのですが、それだけ求められるスキルのハードルも上がってきています。
──そういう「実際の現場で求められる、シナリオライティング以外の技術」はどこかで教えてもらえるものなのでしょうか? コミュニケーションスキルはまだしも、ちょうど今お話に出たプランナーとしての能力などは、専門学校などでも覚えられるものではないような気がします。
鎌田氏:
う~ん……やはりここは現場で地道に覚えていくしかないと思いますね……。
水野氏:
ですね。それはまさに課題として考えています。私も「一般的なシナリオライティングしか経験していない方がスマホゲームの新規開発の現場に入ったら、何もできなかった」という事例をお聞きしたこともあります。そのくらい、求められるものが大きく変わっているんですよね。
新規開発の現場に行ったら、具体的なタップ数や話数も決まっていなかったり、そもそもの会話劇などの仕様も一切決まっていない中で、自分が主導して仕様を決めていく必要があったり……。そんな現場で活躍するためのシナリオ技術以外の育成も、やはり重要ですね。
──先ほど「一駅分で読めるシナリオ」のお話が出ていましたが、やはり仕様の初期段階から「具体的なタップ数」を決めるものなのですね。これはいちプレイヤーの視点では全く気がつきませんでした。
水野氏:
大まかな基準はかなり初期の段階で作りますね。
やはり、シナリオライターは制限がなければいくらでも書いてしまうので……(笑)。
鎌田氏:
「このシーンを入れたい!」という要望は無限にありますからね(笑)。
水野氏:
そうそう、終わりが見えなくなってしまうので……(笑)。
完全にシナリオライターの独断でタップ数や全体のボリュームを決めていくと、そこに対する演出や音声収録の段階で「シナリオが膨大すぎてリソースが追い付かない」という事態が発生します。そうなると、実装は不可能ですよね。
だからこそ、「定期的に配信できた上で、ユーザーのみなさんが楽しめるだけのボリューム」は事前に想定しておく必要があります。
──そういった音声や演出に関して、シナリオライターはどのくらい見るものなのでしょう? そこの明確なテキスト外の箇所にどのくらい指示を出しているのかは気になります。
鎌田氏:
今はシナリオライターが指示していくパターンが増えていますね。
サイバーエージェントのゲーム・エンターテイメント事業部の場合、一度シナリオライターにUnityを触ってもらって「3Dのスクリプト」を体験してもらう機会を用意したこともあります。自分の管轄外だったとしても、一度触ってみることで「スクリプトにこんなにも時間がかかるのか」ということをシナリオ側でもしっかりと理解しておくのは大事だと思います。
水野氏:
とても素晴らしい試みですね! もちろん「スクリプターの方に完全に任せてしまう」という手もあるのですが、ライターが演出でどんな表現が可能なのか、どれだけコストがかかるのかを理解しておくだけで、最終的な会話劇の品質も効率も格段に変わります。
鎌田氏:
やはり、「お互いの苦労を知っておく」ということは必要ですね(笑)。
スクリプトチームも、長期スケジュールで細かな演出を作ってくれていますから。
──なるほど、一周回って昔のゲーム作りの形態に近付いてきているような感じなんですね。
プログラマーがグラフィックも書いている、みたいな。
鎌田氏:
確かにそれは近いかもしれないですね。
実際、昔のゲーム開発ってシナリオライターもスクリプトを触っていましたよね。
水野氏:
私もコンシューマーゲームを作っていた時は、背景のレタッチもやったし、スクリプトも書いたし、音声収録にも立ち会ったり……もう大体「自分でやれ!」みたいな感じでしたよね(笑)。
鎌田氏:
イラストも自分で発注したりしましたね(笑)。