キャラクターが先、世界は後。宇宙も「カセットフューチャリズム」も共感のために物語に配置された
──亀山監督は、まずキャラクターを立ててから世界観やストーリーを構築されているのでしょうか?
亀山監督:
基本的に、キャラクター優先でストーリーを作っています。まず「このキャラクターの立ち振る舞いがおもしろそうだな」とか、「こういうビジュアルのキャラクターがいたらおもしろいかも」といったキャラクター起点の発想があります。
そこから、彼らをどううまく繋ぎ合わせてストーリーの起承転結へと落とし込んでいくか……というアプローチで毎回作品を作っています。
──では「宇宙」という舞台設定も、キャラクター設定後に決まっていったのでしょうか。
亀山監督:
そうですね、宇宙を舞台に選んだこと自体にそこまで強いこだわりがあったわけではないんです。宇宙を舞台にしたほうが派手になるし、画面もおもしろく仕上げられるという理由からです。
──なるほど。ではカセットフューチャリズムという世界観も、結果的に導き出された表現だったのですね。
亀山監督:
そうですね。カセットフューチャリズムに固執していたわけではありません。
レトロな要素を取り入れたのは「共感」が理由だったりします。すべてが架空のハイSF的な世界観になってしまうと、どうしても視聴者として没入しづらかったり、共感しづらかったりして「自分とはかけ離れた、違う世界の話なんだな」とちょっと壁を感じてしまうと思うんです。
でも、どこかにノスタルジーを感じる要素や「これ、知っているな」と思えるディテールがあると、観ている側もスムーズに世界観に入り込めるのではと考えています。
それに、レトロな要素は自分自身がなんとなく好きなものでもあります。自分がレトロな要素をなんとなく好きな理由も、「共感できるから」なんだろうなと思っているんです。
きっと同じ理由で、作品を観てくださる方々にもそうした部分に共感しながら楽しんでいただけているのかなと感じます。
マルコス氏:
いまの説明を聞きながら、僕たちの手法とあまりに似ていることに驚きました。僕たちも、いつも物語の終わりから作り始めるんです。
何に向かって物語を描くのか、そして辿り着く終わりは、キャラクターの人生のワンシーンであり、単なるプロットの展開や世界観の設定・フィクションの話ではありません。
「このキャラクターに物語の最後で何を学ばせたいか」、「そこで彼らはどう成長・変化しているのか」──ということから彼らの旅を組み立てていくので、思考のプロセスとしては、100%終わりから作ることになります。「彼らが最終的に『B』にたどり着くのなら、この旅の出発点である『A』はどうあるべきか」と。
そうすると、おそらく彼らは終着点とは真逆の場所からスタートすることになる。感情的にまったく逆の状態で物語が始まるわけです。そこから、その旅を支えるための世界観を構築していきます。これはゲームプレイの設計でも、世界設定でも同様です。
本作のような、宇宙を舞台にしたSF的なフィクションはものすごく可塑的で、アイデア次第でいくらでも形を変えられます。魔法のような装置が登場しては消え、SFらしいルールが現れては消える。それらはすべて物語を支えるためのものなんです。
結局のところ、人が映画館に行ったりゲームをプレイしたりするのは「なにかを感じるため」だと僕は深く信じています。単に「なるほど、この架空の世界にはこんな深い歴史があるのか」と納得するためだけに作品に触れるわけではありません。
だからこそ、作品はまず心に刺さらなければいけない。そして、共感できるかどうかが大事になります。この考え方は『オービタルズ』にもそのまま当てはまります。宇宙が舞台で、人々はみずからの意識を機械にアップロードし、体は3Dプリントされるという、一見すると非常にSF的で日常からかけ離れたコンセプトです。
ゲームの中では、機械の体がオイル漏れを起こしていて、ふつうのドライバーで修理するようなメカニクスが存在します。そうするとプレイヤーは「なんだ、ただの機械じゃないか」と親近感を覚えるんですね。
作中のキャラクターたちは電話を持っていますし、CD-ROMのようなメディアも登場します。そうした日常的な要素を混ぜ込むことで作品と観客の距離を縮める、という点にはまったく同感ですね。
ジェイコブ氏:
『オービタルズ』の世界は、大砲を撃てたり、ブースト加速できたり、乗り回せる未来的な宇宙船が存在します。
ですが、船内のメインエリアに足を踏み入れると、ブラウン管テレビの前にソファとゲーム機が置いてあるんです。しかも、キャラクターたちはソファに腰かけるのではなく、わざわざ床に直で座り込んでゲームを遊べるようになっていて(笑)。
マルコス氏:
ホログラムのテーブルにして、下から光らせて、ネオンだらけの近未来的なデザインに仕上げることもできました。
でも、僕たちは、あえてそうしないことにしたんです。
亀山監督:
『オービタルズ』ではキャラクターたちがとても現実的で地に足のついたデザインの服を着ていますよね。SFらしい、未来的なファッションではない。
キャラクターが何を身につけているかという点も、プレイヤーが共感するうえで非常に重要な要素だと思います。キャラクターをデザインする際、まさに同じアプローチをとっています。
マルコス氏:
「このキャラクターたちは何がかっこよくて、楽しくて、ワクワクするか」ということだけを考えてデザインしました。「こいつは角の生えた青い男でネクタイを締めている……最高にクールだな!」というような感覚ですね。そこに親近感や共感が生まれるんです。
その共感があるからこそ、「こんなSF的な世界観でこういう服を手に着ているのは少し辻褄が合わないかもしれないけれど、まあいいか」となるわけです。
ジェイコブ氏:
作中ではほかの誰ひとりとして、あんな服は着ていないのですが、それでいいんです。むしろ、「共感」という点ではかなり効いていると思っています。
というのも、テストプレイヤーが『オービタルズ』を遊ぶ姿を見ていたときに、興味深い反応が起こったんです。本作の冒頭でキャラクター選択画面になった瞬間、みんな即座にマキとオムラのどちらにするか決めていたんです。「俺はこいつでいく」、「僕はこっち」と。
キャラクターデザインには、直感的に響く何かがあるんでしょうね。自分自身に似ている部分を感じるのかもしれません。プレイヤーの共感が、瞬時に特定のキャラクターへと引き寄せるパワーになっているのかもしれません。
鉛筆で線を引き、絵の具が乾くのを待つ。1980〜1990年代の技法を実践し、アナログを知る
──『オービタルズ』は制作手法として「トラディジタル」(伝統的なトラディショナルな手法とデジタルの組み合わせ)を掲げています。まず紙と鉛筆のアナログから始めて、そこでアイデアを固めたあとにデジタルへ移る、と。そのこだわりについてうかがわせてください。
マルコス氏:
「1980年代、1990年代のアニメにインスパイアされたゲームを作ろう」という企画が立ち上がったとき、僕たちはこのテーマをとても真剣に捉えていました。
当時のクリエイターたちがどうやって実際に作品を作っていたのかを理解するため、研究と実践を行ったんです。
1980年代はデジタルツールなんてほとんど使っていませんでしたし、当時の環境では表現できることに制限がありました。もし最初からデジタルだけで本作を作ろうとしていたら、あの質感を再現できなかったでしょう。
だからこそ、僕たちは表現の源流へと遡って、当時の表現手法をそのまま実践してみることから始めたんです。そこから、多くのことを学びました。
鉛筆で線を引くための鉛筆の扱い方があって、ポスターカラー【※】で背景を描くときには色の応答があり、塗ったあとに乾くのを待つ時間も必要なわけです。
そうしたかつてのプロセスは、「絵をどう作るか」という考え方を変えました。使用できる色の数が限られているので、ひとつひとつの選択がより明確かつ先鋭的になっていく。そうした細かな判断の積み重ねが、最終的なビジュアルの説得力に差を生み出すんです。
さらに、僕たちの場合はアナログ作業で得た膨大な学びを、最終的にゲームエンジン上で再現できる形へと変換していかなければなりません。トラディショナルな手法から学んだことをデジタル上で再現するために、自作のシェーダーを開発したり、独自のプラグインやフィルターを作り始めました。
※ポスターカラー……不透明水彩絵の具の一種。隠蔽力が高くムラなく均一に塗れ、乾燥すると鮮やかでマットな質感に仕上がる。濡れた状態と乾いた後でわずかに色味が変化する特徴を持つ。
ジェイコブ氏:
もうひとつ、マルコスがいつも話している重要なことがあります。紙と鉛筆で物理的に作業をすると、当然ですが「Ctrl+Z(取り消し)」が存在しないんです。ミスをしたら、そのミスを受け入れて活かしていくことになります。
そうした不完全さこそが、作品としての完璧さを形作っているんです。不完全さが、喜びの一部なんです。
マルコス氏:
一度ミスをした瞬間に、それを受け入れて活かしていくことになる。そしてその偶然生まれたミスが、デザインの一部になっていくんですよね。
──ゲーム制作において、そういった作り方はとても珍しいですよね。
通訳氏:
そうなんです。加えて、アニメーション制作も同様で、STUDIO MASSKETさんとの取り組みはかなり珍しい事例です。
具体的に言うと、ゲーム用の3Dアセットをそのままアニメスタジオ側に提供しているんですね。
ゲームシーンからアニメーションパートへシームレスに繋ぐための方法は、いろいろなゲームタイトルが試行錯誤していますが、今回は効率の向上、時間短縮も兼ねてその手法を徹底しています。
具体的には、STUDIO MASSKETさんにゲーム内のデータをそのままお渡しして、そのカットをダイレクトに使用してアニメーションへとシームレスに接続する手法を編み出しました。この手法によって作業時間を大幅に短縮しつつ、アニメーション会社とのスムーズな連携を実現しているんです。
従来のアニメ制作のプロセスではできない手法ですし、そもそもゲーム会社とアニメスタジオが連携すること自体が非常に珍しいので、稀有な開発スタイルと言えますね。
──ふつうなら「アニメパートの映像を納品してもらう」という話になりますよね。シーンだけを完結させて見せる、というように。
亀山監督:
自分には想像がつかないですね……。
私の作品は、映像表現のスタイル自体がレトロというわけではないんです。映像そのものはめちゃくちゃ3DCGで構築していますし、現代的な作りにしています。作中に登場するガジェットや小ネタが、レトロ要素なだけというか。
だからこそ、制作の工程までアナログに遡るというのは、自分としては想像の及ばない領域です。
最近のインディーアニメの世界では個人クリエイターの方がどんどん増えています。その中には、あえていまの時代にレイヤーに線を描いて色を塗って作品を作るような、当時のアニメ制作の手法を実施している方が増えている印象があります。彼らはまさに、いまお話にあったような実践をやられているんだろうなと思いました。作品のスタイルそのものをレトロにするには、これほどの苦労があるんですね……。
私の作り方をお話すると、キャラクターデザインの時間短縮のために最初からデジタルで描き始めてしまいます。
ただ、最近になってサインを求められる機会が増えて「キャラクターのイラストを描いてください」と言われたときにうまく描けないのはさすがにダサいなと思って(笑)。マッキーペンを使ってキャラクターを一発描きできるように練習し始めたんです。めちゃくちゃ難しいんですが、めっちゃ楽しいんですよね。描くたびにどんどん上達していく過程を感じられます。
さきほどお話があったように、「Ctrl+Z」が使えないというプレッシャーがそうさせるのだと思います。その難しさというか、まるでゲームをプレイするように、何度も繰り返すことでどんどん腕が上がっていく進歩感を楽しんでいます。アナログツールで絵を描くことってすごく大切な、脳にすばらしい刺激なんだなと実感しました。
ブラウン管テレビの電源ボタンの「ガチャッ」、カセットに噛まれる指、巻き戻さないと始まらないVHS
マルコス氏:
アナログがすばらしいところのひとつは、描き上がったあとにそれが「手に取れる物体」になるところだと思うんです。自分の目で直接見られるし、そのまま人に手渡すこともできる。
ジェイコブ氏:
誰かにあげると、そこに意味が生まれるんですよね。ファンの方へ直接手渡す体験は、オンラインで画像データを送信するのとは、まったく同じことではないですよね。
マルコス氏:
僕たちと亀山監督の思想に、こうした共通点がいくつも見えてくるのがすごくおもしろいですね。僕たちの作品は、デジタル版だけでなくパッケージ版、つまりフィジカルとしてもリリースされます。
そしていま、こうして手で触れられる実体のある絵やアートについて話している。その前には、僕たちが手がけるレトロフューチャリズムの世界観について語り合い、作中のオブジェクトが単なるホログラムではなく、触れられる質感を持った物理的なモノとして存在している話をしていました。
だからこそ、僕たちはずっと「手触り」や、「実際に手に取って感じられる何か」という同じ考えの周りを巡っているんだと思います。人間の経験について、ですね。
ここを巡ることですばらしい結論を導き出せるかはわかりませんが、これらは僕たちに響くものですし、何度でもここに戻ってくるんだと思います。
3Dで作品を制作していると、すべてがデジタルで、ディスプレイの中にしか存在しないので、だんだん飽きが来てしまうんです。デジタルの世界だけでモノづくりをするのは、だんだんと退屈になってきてしまうというか。
でも、物理的になにかを作ることは毎回とてもおもしろいですし、実際に物体があると満足感があります。それが、手に取れるものを作ることの強みなのだと思います。
実物があるというのは、やっぱりすごくいいなと感じました。実物に触れることが、多くの刺激とインスピレーションを与えてくれます。もっとフィジカルなモノづくりをやらないといけないなと思います。
ジェイコブ氏:
おもしろいのは、「手触り」を感じさせているのは普段は考えもしないような小さなこと、ということです。ブラウン管テレビなら電源ボタンにあの「ガチャッ」という音と手応えがあって、電源が入って画面が「ジッ」と鳴る。
現代のテレビは指を置くだけでなんのフィードバックもなくオンになって、完璧です。でも、どこか寂しさがある。
マルコス氏:
僕たちはみんな同世代だと思うので共感してもらえるかもしれませんが……カセットテープの穴に指を突っ込んだときの指を噛まれるような感触、あの感じが……。
亀山監督:
VHSテープを観ようとすると、まず巻き戻さなきゃいけませんよね。巻き戻してようやく、最初から再生が始まるわけです。
たしかに手間がかかって面倒なんですが、いまあえてそれをやるとすごく満足感があって、いい気分になるんです。
『ミルキー☆サブウェイ』のやり取りのリズムは、「すごく西洋的」
──さきほど『ミルキー☆サブウェイ』はハリウッド的だというお話がありましたが、海外の方から観たときの印象をもう少し聞かせてください。
ジェイコブ氏:
本作を観たあと、かなり早い段階で話題にのぼったのが「日本の方が作っているのに、すごく西洋的な影響を感じる」という点で、それがすごく興味深く思えました。僕たちは西洋の人間で、今度は僕たちがいま亀山監督の作品から影響を受けている。だからこそ多くの共通点を感じました。
マルコス氏:
繰り返しとなりますが、強く印象に残ったのは、すべてがとてもリズミカルである点です。
シーンの組み立て方や繋がり方、アクションシーン、セリフ、ジョークに至るまで、すべてがビートに乗っているように感じられて、明確なテンポ感がある。映像がなくてもラジオ番組としてほとんど成立し、それだけで物語を完璧に理解できてしまうくらい、心地よい「タン、タン」というリズムが存在しているんです。
マルコス氏:
テンポは、ゲームの手触りにおいても、とても重要です。僕たちはよくテンポについて話し合っています。アニメーションやVFXにとっても欠かせない要素ですので、チームに対してつねに「エフェクトの音楽性を考えてください」とフィードバックをしています。
たとえば、単にかっこいいだけの爆発ではなく、「バッ」と鳴るような爆発だからこそ、プレイヤーに満足感が生まれる。この「気持ちよさ」を『ミルキー☆サブウェイ』からは強く感じました。
ジェイコブ氏:
とくに、ジョークとオチの間合いがすばらしいですよね。せっかくジョークがあってもテンポが終始一定だと、オチがあまり効いてこないんです。
『ミルキー☆サブウェイ』は「タン、タン、間、オチ」という、本当に満足感のあるすばらしいテンポになっていて、マルコスとふたりで観ながら思わず吹き出してしまった場面が何度もありました。
亀山監督:
『ミルキー☆サブウェイ』を西洋的だと感じられた理由は、僕がこれまでハリウッドの映画やテレビ番組をたくさん観てきたからだと思います。感覚としては、ほとんど日本のことを英語で語っているようなものなんです。
だからこそ、編集の技法やテンポは西洋のコンテンツから学んだ手法でありながら、描かれている物語やキャラクター自体はとても日本的です。海外の視聴者の方々も、自分たちの言語で日本的なものを楽しんでもらえるのだと思います。
テンポやペーシングに関しては、自分の中に明確な解法があるわけではないんです。アニメーションを制作したり声優さんのアフレコを行う前に、僕自身がキャラクターのセリフを実際に喋ってビデオコンテ【※】を作成しています。
自分の声が入ったビデオコンテを確認しながら、ここはもうすこし長くしたほうがいい、ここはもっとテンポよく縮めようといったように試行錯誤を重ねて、聴いていて気持ちいいテンポ感を作っていきます。
「こうしたら気持ちいいテンポになる」といった明確なルールが存在するわけではなく、その都度声にあわせて仮で映像を作って、それを確認して、気持ちのいいテンポに整えていく……という感じです。
※ビデオコンテ……絵コンテをもとに静止画や仮音声を繋ぎ合わせ、動画形式にした映像の設計図のこと。映像全体のテンポ感や尺、カットのつながり、タイミングを具体的に確認・調整するために作成される。
マルコス氏:
キャラクターの仮の音声も、監督ご自身で吹き込まれているんですね。それを声優さんたちに「こういうニュアンスで演じてほしい」と見本として渡すのでしょうか?
亀山監督:
はい、キャストのみなさんが僕の声を聴くことになります。すごく恥ずかしい作業ではあるのですが、作品のために必要な工程なので割り切ってやっていますね。
イベント展示では、その仮音声が公開されていて、展示会場内に自分の声が響いています(笑)。
──『オービタルズ』は、日本語ボイスが用意されているのでしょうか?
マルコス氏:
はい、日本語のボイスも入っています。本作のボイスは8言語に対応していますが、日本語を最初に制作する、というのがルールでした。
僕たちはまず最初に、日本語で脚本を執筆したんです。このプロジェクトを進める中で、「もしこれが実際に世の中に存在するアニメ作品だったらどんなものだろうか」と考えたからなんですね。
そのため、最初に日本語で脚本を書き、日本語の台本としてキャストに演じてもらいアニメーションを制作したうえで、あとから英語へと吹き替えるというプロセスを踏みました。これはたいへんな作業だったのですが、そのおかげで正しいアニメのテンポ感を手に入れることができました。
日本語のしゃべり方に合わせなければならないため、じつは吹き替えの英語ボイスが少しぎこちなくなっています(笑)。日本語版のほうが、より「アニメらしい質感」を持っているということですね。
『ミルサブ』の自然な会話は、掛け合いではなく「別録り」で収録していた
ジェイコブ氏:
そういえば、『ミルキー☆サブウェイ』を観ていて強く印象に残った部分がもうひとつあります。
さきほど「会話がすべてすごく自然に聞こえる」という話をしましたが、僕たちが声の収録をするときには、とくに英語では通常は役者さんが個別にブースに入り、1行ずつセリフを録っていったんです。おそらく、これが一般的なやり方。
ですが『ミルキー☆サブウェイ』の会話は、お互いの言葉を遮ったり畳みかけたりと、とてもテンポが速いですよね。だから、違うプロセスを採用しているのではないかと思ったんです。
アフレコの際は、キャストの皆さんが同じ部屋に入られていっしょに収録されたのでしょうか? あの会話の自然さは、いったいどうやって生み出しているのかなと……。
亀山監督:
アフレコ自体は、同じ日に同じ部屋で行いました。ただ、音声はキャラクターごとに個別に収録しています。
というのも、作品に登場する一部のキャラクターは機械的なデジタル音声なので、あとからエフェクト処理をかける必要があります。ですが、エフェクトが不要な生声のキャラクターも存在しています。だからこそ、収録を分けなければならなかったんです。
そのため、役者さんたちには掛け合う相手が何を言っているのかを頭の中で想像しながら演じていただきました。だから、あの自然な掛け合いはまさに声優さんたちの技術の賜物なんです。
マルコス氏:
別々に録音してあとからミックスしたものだとは、まったくわかりませんでした。 同じ場所に集まって、その場ですごく自然に会話しているように感じられました。
──亀山監督から「こういった演技でお願いします」という指示は出されていたのでしょうか。
亀山監督:
演技の指示もしますし、修正のリクエストも出しています。
自分としてはたまに直してもらう程度で、ごくわずかしか修正を指示していないつもり……だったのですが、スタッフからは「ものすごくたくさん修正を入れている」ように見えたらしくて。
ほかの音響監督さんやプロデューサーさんの感覚からすると、かなり細かく修正を出しているみたいなんです。こだわりが強いように見えたみたいですね。
基本的には、自分の中でイメージしている演技の質感とのギャップを埋めていく感覚です。
細かな演技のニュアンスで「自分の想定とちょっと違うな」と感じる部分や、「いまの言い回しだと少し怖く聞こえてしまうかな」といった部分を微調整してもらいました。
プロジェクトで「すべてをコントロールするのは不可能」。骨を置いて、その周りの肉はチームに考えてもらう
──『ミルキー☆サブウェイ』の圧倒的な完成度は、亀山監督がほぼおひとりで手がけられたからこそ生み出せたのではないかと感じています。『オービタルズ』も同様に、少人数制作だからこその統一感があり、ディテールの端々にまでこだわりが宿っています。みなさんは、個人制作・小規模制作だからこそ実現できることを、どう考えていらっしゃいますか?
亀山監督:
個人制作や小規模な開発というのは、デメリットもありますが、もちろんメリットも存在します。
さきほどお話したボイス収録であれば、たとえば原作のあるアニメ制作では、マンガ原作の著者、作品全体の監督、そして音響監督といったように役割が複数段階に分かれていることが一般的ですよね。そうすると、関係者のあいだで正解とするキャラクターの声のイメージがバラバラになってしまうケースも起こり得ます。
『ミルキー☆サブウェイ』は、そこをすべて自分ひとりで担っています。キャラクターを生み出したのも自分、それを作品の文脈に落とし込むのも自分、そして指示を出すのも自分。ですので、ビジョンがブレない、というのはあるかもしれません。
「何を描きたいか」という目的が一貫しているという点は、個人や少人数制作ならではの強みが出ているのかなと。
一般的なアニメ制作においても、他社へ複数外注しているよりも、1社で完結しているほうが完成度に定評がある傾向を感じます。制作に携わるメンバーどうしでコミュニケーションがとれていたり、完成形が共有できていることによって、作品としてのおもしろさが生まれるのだと思います。
ジェイコブ氏:
僕たちもよく話していることですね。
マルコス氏:
僕たちがいつも行き着く結論は「大勢のスタッフが関わる大きなプロジェクトにおいて、ゲームのあらゆる要素をコントロールすることはできない」ということです。
もしそれをやろうとしても「あのVFXを」、「あのアセットを」、「あのメカニクスは」とひとつひとつに干渉していたら時間が足りませんし、すべての要素を完全に手中に収めようとするのは現実的ではありません。それを試みること自体、僕たちにとって良いとも思わないんです。
だからこそ、僕たちが選んだアプローチは、作品の枠組みを構築することでした。本作の場合は「これはマキとオムラの、ふたりの旅の物語だ」ということです。
世界観や作品の目指すビジョンを徹底的に明確にし、絶えず補強し、毎週、毎日のようにチーム全体へ根気強く共有し続け、チームに絶えず思い出させるんです。
もちろん、大事にしているポイントでは「ここはこうでなければならない」、「この配色でなければいけない」といった細かい指定を出すこともあります。
それ以外の部分に関しては、枠組みを作ることのほうが大事だと考えています。まずは骨を作って、どんな肉付けをしていくのかはチームのメンバーに委ねています。
ジェイコブ氏:
ゲーム開発は規模が非常に大きく、作り込まなければならない時間も膨大ですから、すべての要素を握るのは不可能です。だからこそ、大事にするポイントを厳選する必要があるんです。物語やペーシングにおける本当に重要な場面ですね。
そうした作品の核となる場面については、「このとおり」になるようにとても細かいフィードバックを出します。
ですが、それ以外の部分──たとえばゲームプレイ要素などについては、デザイナーに対して「プレイヤーに笑ってほしい」、「チャーミングだと感じてほしい」といった意図や感情の方向性を伝えるにとどめます。
そこから先は自由な発想に委ねるんです。彼らはその意図を受け取ってインスピレーションを膨らませ、新しいアイデアを形作ってくる。そこに僕がフィードバックをします。
少なくともゲーム制作においては、スタッフひとりひとりに「この作品は自分のものだ」という感覚を持ってもらうことがとても重要だと考えています。そうすれば、情熱を持って作品に向き合うことができます。
『オービタルズ』の開発には、すでに5年近くが費やされています。スタッフが毎日出社して働くにあたって、5年間という年月は非常に長いですよね。
だからこそ、彼らは満たされている必要があります。情熱を持ち、自分たちが作品に盛り込む要素を大切に思うことで、ゲームそのものがよくなっていきます。作品を愛している50人のクリエイターによって作られたゲームになるわけですからね。

















